日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈

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3章 チョコレートコスモスを添えて

第2話 一緒にいたいけれど

「あの、女将おかみさん、占ってもらいたいんですけど、ええですか?」

 勝川かつかわさんが占いを希望するのは、お子さんの性別が分かって以来だった。今の勝川さんには、自身で解決できないほどの悩みがあるのだろうか。

「もちろんええですよ。よろしかったら今からでも。何かありましたか?」

 世都せとはタロットカードが置いてある、カウンタ席のいちばん奥に回る。勝川さんはわずかに肩を落とした様子で、口を開いた。

「実は、転勤が決まりまして。来年の1月からなんですけど」

「あら、それやったら、岡町から出てかはるんですか?」

「そうなります。せやけど今んとこ2年間て決まってて。私が勤めとる会社は本社が大阪で、新しいことやるいうたらまず大阪からなんです。それが軌道に乗ったら他の支店も始める感じで。で、今回東京支社でも始めることになって、指導っちゅうか、そのために私が行くことになったんです」

「さすが勝川さんですね! でも大変そうですねぇ。それやったら単身赴任になるんでしょうか?」

「占って欲しいんは、そこなんです。たった2年て言われたらそうかも知れませんけど、私は家族一緒に行くべきやと思ってるんです。でも奥さんも娘も嫌やて言うて」

 勝川さんは言って、悲しげに目を細めて息を吐いた。

「確かに、2年やったらって思わはるのは不思議や無いですよねぇ」

「理由聞いたら、まぁ2年なんやしってことが大きいんですけど、奥さんが東京嫌やて言うてて、娘は彼氏と離れたく無いて言うてて。……彼氏がおるって」

 幼稚園で彼氏! 男女交際の低年齢化はここまで来たか。世都は密かに驚く。いや、さすがにきっとおままごとみたいなものなのだろう。世都の世代にもあった。「しょうらい、けっこんしようね」なんておませな子たちの可愛らしい口約束だ。そうだと信じたい。

 可愛がっているだろう娘さんにすでに彼氏がいると、うなだれる勝川さんが受けたショックはともかく。

 オブラートに包まず言うと、東京の人を嫌っている大阪人は一定数いる。気取っている、お高くとまっている、言葉使いがなよなよしていて気持ち悪い、など。

 世都は東京に特別な感情は持ち合わせていないので、言い掛かりな面も多いと思っている。言葉だって普通に日本の共通語なのだし。

 とはいえ、あべのハルカスが麻布台ヒルズの完成により、日本一高いビルの座から陥落したときには小さな悔しさを覚えたのだが。

「占わせてもらうんは、ご家族一緒に行った方がええか、単身赴任したほうがええか、でええんですかね?」

「はい。私としては一緒に行ってもらえる材料が欲しいんです。一緒に上京したらこんなええことがあるで、とか、そういうの。好きな芸能人に会えるかも知れんとか。奥さんの言うことは分かるんですけど、私はやっぱり家族は一緒におった方がええと思うんです」

「そう、ですね」

 世都はつい目を伏せた。それは確かにそうなのかも知れないのだが。

「分かりました。見てみましょうね」

 世都はタロットカードを切る。かき混ぜ、山にし、分け、まとめ。そうして出たカードは「吊るされた男」の正位置だった。

「……これは、ご家族を説得するどころか、単身赴任された方がええって告げられましたかねぇ」

 世都が苦笑すると、勝川さんは「えっ」と目を剥いた。

「「吊るされた男」の正位置は、忍耐、試練、自己犠牲、固定観念から離れる、などの意味があります。自己犠牲はさすがに言い過ぎな気がしますけど、勝川さんが意見を奥さんと娘さんに譲る、固定概念から離れるは、ご家族は必ずしもご一緒で無いとあかん、ていうところを壊したらって取れますねぇ」

 すると勝川さんは焦って「で、でも」とつっかえながら上擦った声を上げた。

「奥さんの自己犠牲とか、東京嫌いって固定概念から離れるとか、そうとも取れませんか?」

 世都はやんわりと首を傾げた。そして優しく言う。

「勝川さんは、奥さまがご自分を犠牲にしはることを望みはります?」

 すると、勝川さんははっと目を見張った。そして自分をいさめる様に深々と息を吐いた。

「ほんまや。私はあほや。確かに家族一緒にはいたいけど、奥さんと娘を犠牲にしたいわけや無い。そうですよね、2年ですもんね。私、単身赴任がんばります」

「はい。勝川さんやったら、絶対に大丈夫ですよ。お帰りをお待ちしてますね」

「ありがとうございます」

 勝川さんは憑き物が落ちた様なすっきりとした顔になり、朗らかに微笑んだ。



 家族は一緒にいるものだ。そう信じている勝川さんは、きっと仲睦なかむつまじいご両親に大切に育てられたのだろう。そして今のご家族との関係も良好なのだろう。

 それはとても素晴らしいことだと思う。勝川さんは幸せ者だ、世都は心の底からそう思う。

 だが、それは必ずしもそうだろうか。世都はそう思わないのだ。

 世間には、巧く行かない家族なんてごろごろいる。夫婦だから思いやって、親子だから仲良く、親だから大事に、子どもだから慈しんで。それが叶わないことは、決して珍しく無いのだ。

 その日の「はなやぎ」の店じまい後、片付けをしながら、世都はぽつりと呟く。

「家族って、一緒におれたら幸せなんかなぁ」

 コンロを拭き上げていた世都はふと顔を上げる。すると洗い物を終えた龍平りゅうへいくんが切なげに世都を見つめていた。

「……姉ちゃん」

「ごめん龍ちゃん、何でも無い」

 世都は苦笑いを浮かべた。

 実は世都と龍平くん、龍ちゃんは、血の繋がった姉弟なのだった。
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