41 / 46
4章 ラッパスイセンのささやき
第2話 それが、華やぎの
3日になり、世都はがらがらとキャリーを引いて、仕入れのために商店街中ほどのスーパーに向かう。個人店舗が多いこの岡町商店街はまだお正月休みのところも多いのだ。いつも仕入れをしている八百屋さんやお肉屋さん魚屋さんも例に漏れず。お酒の仕入れは昨年末に多めにしておいた。
まだ三が日なこともあるので、お惣菜を始め日替わりのお料理はおせちに入る定番のものにする。お惣菜は子孫繁栄の数の子、家族・家業の繁栄のたたきごぼう、五穀豊穣の田作り、平和・平安の紅白なますに、財産の栗きんとん。お料理には出世を意味するぶりの照り焼きや、縁起物の百貨店とも言えるお煮しめ、八幡巻きなど。
今ではおせち料理にもいろいろな変わり種もあるが、そういうものこそ百貨店のおせちにはふんだんに詰まっている。なので「はなやぎ」では基本のものを提供するのだ。おせちの数々に込められた意味を大切にしたい。
そして、3日の今日だけお屠蘇をサービスする。年末に酒屋さんで屠蘇散を仕入れておいたのだった。
口開けのお客さまは高階さんだった。ほぼ毎日と言って良いほど来ていて、一番乗りももう何度めのことか。
高階さんはぶりの照り焼きと八幡巻き、青菜炒めを注文した。まずはお屠蘇で邪気を払い、そのあとはいつものサマーゴッデスのハイボールだ。
今日の青菜はちぢみほうれん草である。冬の寒さに当たって葉が縮んで厚くなったほうれん草は甘さを蓄え、冬ならではのご馳走なのだ。
「女将は正月休み、どうしとったん。旅行とか?」
「親戚のお宅にお邪魔して宴会ですよ」
「あー、ほんならお年玉用意したりとか」
「はい。小さくは無いですけど、子どもがいますからね。それはもうきっちりと」
姪っ子のふたりは世都と龍ちゃんが連名で用意したお年玉を、喜んで受け取ってくれた。あげる先がこのふたりだけなので、世都たちは毎年奮発する。代わりに進学祝いなどは免除してもらっている。
「親戚の子かぁ。人数多かったらお年玉も大変そうやな。大きなったら金額も増えるやろうし」
「そうですねぇ。でもうちは幸いそこまでは。気楽なもんです。宴会も楽しかったですよ」
「それやったら良かったわ。やっぱり年初めはええことあって欲しいよなぁ」
「そうですね。高階さんはどうしてはったんですか?」
「俺も実家帰ったりとかいろいろやわな。ま、あんま代わり映えせんわ」
「それができるんが、幸せって気がしますねぇ」
「せやな」
世都と龍ちゃんは、その幸せを伯母ちゃんたちに与えてもらっている。それが無かったら姉弟で静かなお正月を過ごしていただろう。それももちろん穏やかで良い時間なのだろうが、伯母ちゃんたちと過ごす時間は、それこそ華やぎなのだ。
自分たちがまだ生きていても良い証明、人に必要としてもらえている実感、そんな人間としての矜持を与えてくれる。そんな空間なのである。
閉店時間の23時が近付き、もう飲み物もオーダーストップしている。お客さまも帰って、世都と龍平くんはせっせと後片付けを始める。
「あ~、今年も無事に新しい年を始められたねぇ」
「そやな。何や気が引き締まるわ。今年もがんばろって」
「そやね。龍平くん、……龍ちゃん、あらためて、今年もよろしくね」
「うん、こちらこそ、姉ちゃん」
そうしていると、がちゃりとドアが開いた。カウンタ内にいた世都はとっさに顔を上げる。立っていたのは高階さんだった。
「あら、高階さん。どうしはりました? お忘れ物ですか?」
世都が目を丸くすると、高階さんは「いやいや」と首を振った。
「もう閉店やのに済まんな。ちょっと邪魔してええか?」
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
世都は作業台を拭いていたふきんをその場に置き、フロアに出て行った。すると高階さんが入って来て、続いてふたりの男女が姿を現した。世都は目を見張る。
「……お父さん、お母さん?」
予想もしなかった人物の来訪だった。龍ちゃんも「え?」と顔を上げた。
両親は気まずそうな表情で、入って来たばかりの場所で佇んでいた。
まだ三が日なこともあるので、お惣菜を始め日替わりのお料理はおせちに入る定番のものにする。お惣菜は子孫繁栄の数の子、家族・家業の繁栄のたたきごぼう、五穀豊穣の田作り、平和・平安の紅白なますに、財産の栗きんとん。お料理には出世を意味するぶりの照り焼きや、縁起物の百貨店とも言えるお煮しめ、八幡巻きなど。
今ではおせち料理にもいろいろな変わり種もあるが、そういうものこそ百貨店のおせちにはふんだんに詰まっている。なので「はなやぎ」では基本のものを提供するのだ。おせちの数々に込められた意味を大切にしたい。
そして、3日の今日だけお屠蘇をサービスする。年末に酒屋さんで屠蘇散を仕入れておいたのだった。
口開けのお客さまは高階さんだった。ほぼ毎日と言って良いほど来ていて、一番乗りももう何度めのことか。
高階さんはぶりの照り焼きと八幡巻き、青菜炒めを注文した。まずはお屠蘇で邪気を払い、そのあとはいつものサマーゴッデスのハイボールだ。
今日の青菜はちぢみほうれん草である。冬の寒さに当たって葉が縮んで厚くなったほうれん草は甘さを蓄え、冬ならではのご馳走なのだ。
「女将は正月休み、どうしとったん。旅行とか?」
「親戚のお宅にお邪魔して宴会ですよ」
「あー、ほんならお年玉用意したりとか」
「はい。小さくは無いですけど、子どもがいますからね。それはもうきっちりと」
姪っ子のふたりは世都と龍ちゃんが連名で用意したお年玉を、喜んで受け取ってくれた。あげる先がこのふたりだけなので、世都たちは毎年奮発する。代わりに進学祝いなどは免除してもらっている。
「親戚の子かぁ。人数多かったらお年玉も大変そうやな。大きなったら金額も増えるやろうし」
「そうですねぇ。でもうちは幸いそこまでは。気楽なもんです。宴会も楽しかったですよ」
「それやったら良かったわ。やっぱり年初めはええことあって欲しいよなぁ」
「そうですね。高階さんはどうしてはったんですか?」
「俺も実家帰ったりとかいろいろやわな。ま、あんま代わり映えせんわ」
「それができるんが、幸せって気がしますねぇ」
「せやな」
世都と龍ちゃんは、その幸せを伯母ちゃんたちに与えてもらっている。それが無かったら姉弟で静かなお正月を過ごしていただろう。それももちろん穏やかで良い時間なのだろうが、伯母ちゃんたちと過ごす時間は、それこそ華やぎなのだ。
自分たちがまだ生きていても良い証明、人に必要としてもらえている実感、そんな人間としての矜持を与えてくれる。そんな空間なのである。
閉店時間の23時が近付き、もう飲み物もオーダーストップしている。お客さまも帰って、世都と龍平くんはせっせと後片付けを始める。
「あ~、今年も無事に新しい年を始められたねぇ」
「そやな。何や気が引き締まるわ。今年もがんばろって」
「そやね。龍平くん、……龍ちゃん、あらためて、今年もよろしくね」
「うん、こちらこそ、姉ちゃん」
そうしていると、がちゃりとドアが開いた。カウンタ内にいた世都はとっさに顔を上げる。立っていたのは高階さんだった。
「あら、高階さん。どうしはりました? お忘れ物ですか?」
世都が目を丸くすると、高階さんは「いやいや」と首を振った。
「もう閉店やのに済まんな。ちょっと邪魔してええか?」
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
世都は作業台を拭いていたふきんをその場に置き、フロアに出て行った。すると高階さんが入って来て、続いてふたりの男女が姿を現した。世都は目を見張る。
「……お父さん、お母さん?」
予想もしなかった人物の来訪だった。龍ちゃんも「え?」と顔を上げた。
両親は気まずそうな表情で、入って来たばかりの場所で佇んでいた。
あなたにおすすめの小説
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました
由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。
そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。
手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。
それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。
やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。
これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント120万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【奨励賞】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。