46 / 46
エピローグ
エピローグ
春めいて来たなぁ。世都はそんなことを思いながら、八百屋さんの陳列棚を眺める。菜の花、筍、新じゃがいも、春きゃべつ、春人参、新玉ねぎ、数々の山菜。少し珍しいものでは葉ごぼうなんてものまである。春にしかお目にかかれないご馳走たちだ。
葉ごぼうは、ごぼうの若いものである。普段食べる根の部分が長く太く育つ前に、土の上に伸びた葉と茎を食べる。見た目は蕗に似ている。
主に関西で食べられていて、大阪の八尾市の名産品である。全体的に灰汁があるのだが、茎の部分はさほど気にせず食べることができる。多いのは葉の部分で、茹でて冷水に取り灰汁抜きをしてやるのだ。育ち始めた数センチの根の部分ももちろん食べられる。
煮物や佃煮にしても美味しいが、今日はシンプルにごま炒めにしよう。葉は灰汁抜きして千切りにし、茎はざく切りに、根はささがきにしてやる。
ごま油で炒め合わせ、日本酒とみりん、お醤油で調味をしたら、たっぷりのすり白ごまをまぶし、仕上げにごま油を落とす。
ごぼうが持つ土の香りをほのかにまとい、だが噛みしめると瑞々しさが感じられ、白ごまの香ばしさが合わさるのだ。
「はぁ~、葉ごぼうかぁ。春やなぁ」
高階さんは晴れやかな表情で、お箸で葉ごぼうを摘み上げて口に入れた。
「葉ごぼうってニッチっちゅうか、あんまメジャーや無いやんなぁ。俺もここで初めて知ったし」
「そうですね。これは八尾産ですし、葉ごぼうはそもそも関西が主流ですからねぇ」
高階さんは、両親の依頼が終わったあとも、こうして時折来てくれている。
「俺、ここ気に入ってるし。さすがにもう経費は使えんから今までより頻度は落ちるけどな。うちも豊中やから来やすいし。ま、せやから小柳さんらの仕事、俺に回って来たんやけどな」
阪急電車宝塚線の豊中駅。岡町からひとつ北上した駅だ。この2駅の間隔は短めで、線路沿いに歩けば15分ほどである。もし終電を逃しても充分に歩いて帰れる距離なのだ。女性にはおすすめできないが。
「小柳さんらとは会うてるん?」
「土曜日のお昼に、お茶飲みに行ったりしてます。あのふたりは土日休みですけど、うちは平日ですからね。今年定年になったら平日でも時間取れそうですけど」
「ああ、そっか。休みが合わんか。でもあのふたり根っからの仕事人間なんやろ? 定年退職しておとなしくしてられるんかいな」
「どうでしょうねぇ。この先もお金には困らん様にしてるみたいですけどね。あのふたり大企業勤めですから、満額の退職金えげつないと思いますよ」
「そらまた下世話な話や。でも大事なことやわな」
高階さんは紫色の切子ロックグラスをからりと回しながら、小さく笑う。
グラスの中身は呉春本丸本醸造酒だ。大阪府の呉春株式会社で醸される日本酒である。甘さは控えめながらもお米の香りがふわりと立ち、きりっとした飲み口の一品だ。
岡町擁する北摂地域にはいくつかの酒蔵があり、この呉春は岡町から数駅北上した池田駅が最寄りの、池田市に蔵がある。呉春を冠する日本酒のみを、長年真摯に作り続けている。池田市から箕面市に連なる五月山の伏流水を使っていることも特徴である。
両親の会社は両方とも定年退職後の嘱託制度が無い。役員ともなればともかく、60歳になった月の終わりにすっぱりと終わるのだ。
そのあとはゆっくりと休んでもらって、もし時間を持て余すのならお仕事なり趣味なりに打ち込めば良い。
「ええやん。好きに過ごしてもろたら。って、これまでも好きにしてはったんやもんな」
「そうですね」
世都はふふ、と笑う。高階さんにはもうすっかり家庭の事情を知られてしまっているので、こういう話も気安くできる。世都も龍ちゃんも、今だからこそ笑い飛ばせる。これまでも吹っ切れたつもりではあったのだが、やはり無意識のところで引っ掛かっていたのだと思う。
友だち親子なんて言葉もあることだし、程よい距離感で親子として付き合って行けたらと思っている。
世都の視線は、ついカウンタ席の奥に置いてやるタロットカードに向く。あれでいろいろなお客さまを占って来た。
自分勝手な恋心を押し付けてしまったお客さま、親の責任放棄で大切な人との幸せを逃すかも知れなかったお客さま、家族と離れることを危惧したお客さま。
世都ができることなんて限られている。大変な事情を抱えているお客さまを救うなんておこがましいことだ。それでもほんの少し、わずかでも助けになっているのなら。まだまだ素人の域ではあるものの、女将としての甲斐があったというものだ。
すると高階さんが世都の目線に気付いたのか、「なぁ」と好奇心を滲ませた目で世都を見た。
「俺も何か占ってくれへん?」
「あら、お珍しい。初めてや無いです?」
「せやな。いや、俺正直、占いとかってあんま信じてへんかったんや。でもここで女将の占い見とってさ、面白いなぁて思って。こうさ、ちょっとしたきっかけとかさ、なんや勇気もらえるっちゅうかさ」
高階さんはそう言って、照れ臭そうに笑った。
「ほな、僭越ながら、占わせてもらいましょか。何のことにします?」
世都がカウンタの奥に移動すると、高階さんもグラスを手に付いて来る。世都はタロットカードを手に取り、ぱさりと広げた。
「せやなぁ、せや、俺は運命の人といつ出会えるやろ」
そんなことを真剣な顔で言うものだから、世都は思わず「ぶっ」と噴き出してしまう。
「あ、酷いやん。俺にかて夢見させてや」
高階さんが少し拗ねる様に言って、世都はまたおかしくなって「あはは」と笑った。
「はい。ほな、占ってみましょうかね」
世都は笑顔で、タロットカードを混ぜ始めた。
葉ごぼうは、ごぼうの若いものである。普段食べる根の部分が長く太く育つ前に、土の上に伸びた葉と茎を食べる。見た目は蕗に似ている。
主に関西で食べられていて、大阪の八尾市の名産品である。全体的に灰汁があるのだが、茎の部分はさほど気にせず食べることができる。多いのは葉の部分で、茹でて冷水に取り灰汁抜きをしてやるのだ。育ち始めた数センチの根の部分ももちろん食べられる。
煮物や佃煮にしても美味しいが、今日はシンプルにごま炒めにしよう。葉は灰汁抜きして千切りにし、茎はざく切りに、根はささがきにしてやる。
ごま油で炒め合わせ、日本酒とみりん、お醤油で調味をしたら、たっぷりのすり白ごまをまぶし、仕上げにごま油を落とす。
ごぼうが持つ土の香りをほのかにまとい、だが噛みしめると瑞々しさが感じられ、白ごまの香ばしさが合わさるのだ。
「はぁ~、葉ごぼうかぁ。春やなぁ」
高階さんは晴れやかな表情で、お箸で葉ごぼうを摘み上げて口に入れた。
「葉ごぼうってニッチっちゅうか、あんまメジャーや無いやんなぁ。俺もここで初めて知ったし」
「そうですね。これは八尾産ですし、葉ごぼうはそもそも関西が主流ですからねぇ」
高階さんは、両親の依頼が終わったあとも、こうして時折来てくれている。
「俺、ここ気に入ってるし。さすがにもう経費は使えんから今までより頻度は落ちるけどな。うちも豊中やから来やすいし。ま、せやから小柳さんらの仕事、俺に回って来たんやけどな」
阪急電車宝塚線の豊中駅。岡町からひとつ北上した駅だ。この2駅の間隔は短めで、線路沿いに歩けば15分ほどである。もし終電を逃しても充分に歩いて帰れる距離なのだ。女性にはおすすめできないが。
「小柳さんらとは会うてるん?」
「土曜日のお昼に、お茶飲みに行ったりしてます。あのふたりは土日休みですけど、うちは平日ですからね。今年定年になったら平日でも時間取れそうですけど」
「ああ、そっか。休みが合わんか。でもあのふたり根っからの仕事人間なんやろ? 定年退職しておとなしくしてられるんかいな」
「どうでしょうねぇ。この先もお金には困らん様にしてるみたいですけどね。あのふたり大企業勤めですから、満額の退職金えげつないと思いますよ」
「そらまた下世話な話や。でも大事なことやわな」
高階さんは紫色の切子ロックグラスをからりと回しながら、小さく笑う。
グラスの中身は呉春本丸本醸造酒だ。大阪府の呉春株式会社で醸される日本酒である。甘さは控えめながらもお米の香りがふわりと立ち、きりっとした飲み口の一品だ。
岡町擁する北摂地域にはいくつかの酒蔵があり、この呉春は岡町から数駅北上した池田駅が最寄りの、池田市に蔵がある。呉春を冠する日本酒のみを、長年真摯に作り続けている。池田市から箕面市に連なる五月山の伏流水を使っていることも特徴である。
両親の会社は両方とも定年退職後の嘱託制度が無い。役員ともなればともかく、60歳になった月の終わりにすっぱりと終わるのだ。
そのあとはゆっくりと休んでもらって、もし時間を持て余すのならお仕事なり趣味なりに打ち込めば良い。
「ええやん。好きに過ごしてもろたら。って、これまでも好きにしてはったんやもんな」
「そうですね」
世都はふふ、と笑う。高階さんにはもうすっかり家庭の事情を知られてしまっているので、こういう話も気安くできる。世都も龍ちゃんも、今だからこそ笑い飛ばせる。これまでも吹っ切れたつもりではあったのだが、やはり無意識のところで引っ掛かっていたのだと思う。
友だち親子なんて言葉もあることだし、程よい距離感で親子として付き合って行けたらと思っている。
世都の視線は、ついカウンタ席の奥に置いてやるタロットカードに向く。あれでいろいろなお客さまを占って来た。
自分勝手な恋心を押し付けてしまったお客さま、親の責任放棄で大切な人との幸せを逃すかも知れなかったお客さま、家族と離れることを危惧したお客さま。
世都ができることなんて限られている。大変な事情を抱えているお客さまを救うなんておこがましいことだ。それでもほんの少し、わずかでも助けになっているのなら。まだまだ素人の域ではあるものの、女将としての甲斐があったというものだ。
すると高階さんが世都の目線に気付いたのか、「なぁ」と好奇心を滲ませた目で世都を見た。
「俺も何か占ってくれへん?」
「あら、お珍しい。初めてや無いです?」
「せやな。いや、俺正直、占いとかってあんま信じてへんかったんや。でもここで女将の占い見とってさ、面白いなぁて思って。こうさ、ちょっとしたきっかけとかさ、なんや勇気もらえるっちゅうかさ」
高階さんはそう言って、照れ臭そうに笑った。
「ほな、僭越ながら、占わせてもらいましょか。何のことにします?」
世都がカウンタの奥に移動すると、高階さんもグラスを手に付いて来る。世都はタロットカードを手に取り、ぱさりと広げた。
「せやなぁ、せや、俺は運命の人といつ出会えるやろ」
そんなことを真剣な顔で言うものだから、世都は思わず「ぶっ」と噴き出してしまう。
「あ、酷いやん。俺にかて夢見させてや」
高階さんが少し拗ねる様に言って、世都はまたおかしくなって「あはは」と笑った。
「はい。ほな、占ってみましょうかね」
世都は笑顔で、タロットカードを混ぜ始めた。
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました
由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。
そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。
手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。
それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。
やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。
これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント120万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。