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1章 碧、前職で奮闘する
第4話 いつもの朝
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山原さんはショックを受けた様にうなだれてしまう。山原さんは琴平店長の産休の報告があったとき、きっと期待しただろう。もしかしたら自分が店長に! なんて。
それを思うと気の毒にも思う。だが店長というのはこの店舗の継続、スタッフとお客さまの安全を守らなければならない立場だ。仲良しこよし、忖度ではやっていけない。
とはいえ、碧も先々「とくら食堂」に入る予定なので、期間限定ではある。一般的な移動のタイミングで他店舗から店長候補を呼び寄せ、引き継いでいくつもりだ。これも琴平店長と話し合ったことである。今からだと来年の4月になるだろう。
山原さんは消沈し、無言のままとぼとぼとバックヤードに向かう。帰り支度をするのだろうが、これから山原さんがどうするのか、それは本人に任せることになる。
自分を見つめ直しながらあらためて店長を目指すのか、今のまま勤め続けるのか、辞めるのか。
これまでは面談などで、こうした内容の会話はふたりで交わされていたはずだが、今回はみんなの目の前で繰り広げられてしまった。
山原さんの特性はスタッフ周知のことではあったものの、山原さんが恥をかかされたと思っても不思議は無いだろうし、ああいう人だ、その場で暴れたりしてもおかしく無かった。
だから、山原さんは相当ショックを受けたはずだ。何も言えないほどに。自分が望んだポジションに立つことができない、しかもしの理由は自分にあると言われたのだから。
碧だって完璧な人間では無い。そもそもこの世界に、完璧な人間などいない。それでも欠点を自覚し、それをカバーしながら生きていくのだ。ときには周りに助けてもらいながら。
山原さんはその前提が抜けていた。だからこんなことになってしまったのだと思うのだ。
山原さんはこれからどうするのだろうか。余計なお世話なのだろうが、碧は心配になってしまうのだった。
翌朝、いつもの様に8時に起きる。鳴り続けるスマートフォンのアラームをのろのろと消し、しょぼしょぼする目をこすりながら、ベッドから降りた。
碧の自室の家具は、柔らかなベージュで統一されていた。ブランドが違ったりするのでわずかな色の差はあれど、統一感は出せていると思う。
ベッドカバーは淡い緑色。こういったところでアクセントを出している。決してカラーセンスが良いとは思っていないが、自室を快適なものにするために、好きなもので固めるのは楽しいのだ。
碧は顔を洗って身なりを整え、私服に着替える。今日はワインレッドのニットにシンプルにブルージーンズのボトムを合わせた。濃紺の厚手ジャケットを羽織って、バッグを手にお家を出た。
碧のお家は「とくら食堂」と同じ本町にある。本町は大阪メトロ御堂筋線と中央線、四ツ橋線が乗り入れていて、利便性がとても高い。
この本町はビジネス街ではあるが、人々が住まうマンションや、大通りから少し奥に入れば戸建住宅もある。だが多くは企業が入る商業ビルである。その合間に飲食店もある。
碧の両親が経営する「とくら食堂」も、そのうちのひとつである。碧は歩いて「とくら食堂」に向かう。チェーン食堂で朝10時から22時まで働く碧と、朝ごはんとお昼ごはんを提供する「とくら食堂」を営む両親とは、生活リズムがすっかりと違ってしまっている。
碧が起きる時間には両親はとうにお家を出ているし、碧が帰ってくる時間には両親は寝てしまっている。ただ、碧の休日は土曜日である。淀屋橋は日曜日が定休日の飲食店が多いのだ。企業が軒並みお休みだからだ。そこは本町と共通している。
お店そのものは開いているのだが、お客さまが平日より少ないので、社員はふたりで充分なのだ。日曜日は山原さんがお休みである。
「とくら食堂」も土日祝がお休みなので、土曜日は両親と触れ合える。ごはんを一緒に食べることができる、貴重な曜日なのだ。
碧が勤める「さつき亭」がある淀屋橋から本町は、大阪メトロ御堂筋線でたったの1駅である。大阪のメイン道路でもある御堂筋沿いを歩いても15分ぐらいだ。朝から体力を消耗するわけにはいかないので、碧はおとなしく電車に乗っているが。帰りは帰りで暗くて危ないので、やはりメトロである。
お家は四ツ橋筋沿いにある靱公園の近くだ。この公園はなかなか広く、たくさんの木々が並木を作っていて、バラ園もある。公園の真ん中を通る道にはベンチが置かれていて、人々が憩っている。
「とくら食堂」は四ツ橋筋から少し脇道に入った小さなビルの1階である。お家からは徒歩で5分ほどだ。
碧は「とくら食堂」の営業日には、ここで朝ごはんを食べることにしていた。お客さまが少ない時間帯に、お父さんが作ってくれた朝ごはんをたっぷり食べて、両親とお話をして、お仕事に向かうのだ。
そして、到着。碧は開き戸をがらがらと開ける。
「いらっしゃ、お、碧、おはよう」
「碧ちゃん、おはよう」
両親に笑顔で迎えられ、碧はほっこりと心を暖かくするのだった。
それを思うと気の毒にも思う。だが店長というのはこの店舗の継続、スタッフとお客さまの安全を守らなければならない立場だ。仲良しこよし、忖度ではやっていけない。
とはいえ、碧も先々「とくら食堂」に入る予定なので、期間限定ではある。一般的な移動のタイミングで他店舗から店長候補を呼び寄せ、引き継いでいくつもりだ。これも琴平店長と話し合ったことである。今からだと来年の4月になるだろう。
山原さんは消沈し、無言のままとぼとぼとバックヤードに向かう。帰り支度をするのだろうが、これから山原さんがどうするのか、それは本人に任せることになる。
自分を見つめ直しながらあらためて店長を目指すのか、今のまま勤め続けるのか、辞めるのか。
これまでは面談などで、こうした内容の会話はふたりで交わされていたはずだが、今回はみんなの目の前で繰り広げられてしまった。
山原さんの特性はスタッフ周知のことではあったものの、山原さんが恥をかかされたと思っても不思議は無いだろうし、ああいう人だ、その場で暴れたりしてもおかしく無かった。
だから、山原さんは相当ショックを受けたはずだ。何も言えないほどに。自分が望んだポジションに立つことができない、しかもしの理由は自分にあると言われたのだから。
碧だって完璧な人間では無い。そもそもこの世界に、完璧な人間などいない。それでも欠点を自覚し、それをカバーしながら生きていくのだ。ときには周りに助けてもらいながら。
山原さんはその前提が抜けていた。だからこんなことになってしまったのだと思うのだ。
山原さんはこれからどうするのだろうか。余計なお世話なのだろうが、碧は心配になってしまうのだった。
翌朝、いつもの様に8時に起きる。鳴り続けるスマートフォンのアラームをのろのろと消し、しょぼしょぼする目をこすりながら、ベッドから降りた。
碧の自室の家具は、柔らかなベージュで統一されていた。ブランドが違ったりするのでわずかな色の差はあれど、統一感は出せていると思う。
ベッドカバーは淡い緑色。こういったところでアクセントを出している。決してカラーセンスが良いとは思っていないが、自室を快適なものにするために、好きなもので固めるのは楽しいのだ。
碧は顔を洗って身なりを整え、私服に着替える。今日はワインレッドのニットにシンプルにブルージーンズのボトムを合わせた。濃紺の厚手ジャケットを羽織って、バッグを手にお家を出た。
碧のお家は「とくら食堂」と同じ本町にある。本町は大阪メトロ御堂筋線と中央線、四ツ橋線が乗り入れていて、利便性がとても高い。
この本町はビジネス街ではあるが、人々が住まうマンションや、大通りから少し奥に入れば戸建住宅もある。だが多くは企業が入る商業ビルである。その合間に飲食店もある。
碧の両親が経営する「とくら食堂」も、そのうちのひとつである。碧は歩いて「とくら食堂」に向かう。チェーン食堂で朝10時から22時まで働く碧と、朝ごはんとお昼ごはんを提供する「とくら食堂」を営む両親とは、生活リズムがすっかりと違ってしまっている。
碧が起きる時間には両親はとうにお家を出ているし、碧が帰ってくる時間には両親は寝てしまっている。ただ、碧の休日は土曜日である。淀屋橋は日曜日が定休日の飲食店が多いのだ。企業が軒並みお休みだからだ。そこは本町と共通している。
お店そのものは開いているのだが、お客さまが平日より少ないので、社員はふたりで充分なのだ。日曜日は山原さんがお休みである。
「とくら食堂」も土日祝がお休みなので、土曜日は両親と触れ合える。ごはんを一緒に食べることができる、貴重な曜日なのだ。
碧が勤める「さつき亭」がある淀屋橋から本町は、大阪メトロ御堂筋線でたったの1駅である。大阪のメイン道路でもある御堂筋沿いを歩いても15分ぐらいだ。朝から体力を消耗するわけにはいかないので、碧はおとなしく電車に乗っているが。帰りは帰りで暗くて危ないので、やはりメトロである。
お家は四ツ橋筋沿いにある靱公園の近くだ。この公園はなかなか広く、たくさんの木々が並木を作っていて、バラ園もある。公園の真ん中を通る道にはベンチが置かれていて、人々が憩っている。
「とくら食堂」は四ツ橋筋から少し脇道に入った小さなビルの1階である。お家からは徒歩で5分ほどだ。
碧は「とくら食堂」の営業日には、ここで朝ごはんを食べることにしていた。お客さまが少ない時間帯に、お父さんが作ってくれた朝ごはんをたっぷり食べて、両親とお話をして、お仕事に向かうのだ。
そして、到着。碧は開き戸をがらがらと開ける。
「いらっしゃ、お、碧、おはよう」
「碧ちゃん、おはよう」
両親に笑顔で迎えられ、碧はほっこりと心を暖かくするのだった。
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