とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

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1章 碧、前職で奮闘する

第3話 思わぬアクシデント

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「……へ?」

 それからさらに半年。12月になったばかりの街はすっかりとクリスマスムードである。この店舗でもそこかしこにサンタクロースや雪だるまのシールでデコレーションがされていた。

 出勤してすぐ、琴平ことひら店長にバックヤードに呼び出されたあおは、話を聞いて、思わず間抜けな声を上げてしまったのだった。



 その日の営業終わり、簡単な後片付けなどを済ませ、フロアにスタッフ全員が集まる。お店の奥に琴平店長が立ち、みんなが向かって適当に並んだ。

「今日も1日お疲れさまでした」

 琴平店長の挨拶に、全員が「お疲れさまでした」と倣う。それからその日気付いたことや、反省点、意見や改善点などが並べられ。

「最後に。都倉とくらさん」

 碧が呼ばれ、「はい」とそそくさと前に出て、琴平店長に並んだ。みんな、驚いたり怪訝な表情だったりと様々だ。碧はみんなに見つめられ、思わず緊張してしまう。

「私ごとですが、実はこの度、産休と育休をいただくことになりました」

 琴平店長の華やいだ様なせりふに、店内は「わぁ!」と喜びで沸き上がる。

「おめでとうございます!」

 方々からそんな声が上がった。

「ありがとうございます」

 琴平店長は嬉しそうにはにかむ。

 琴平店長は既婚者で、お子さんを望んでいることは、碧を含む一部女性スタッフは知っていたので、本当におめでたいことだった。

「産休は来年2月からいただきます。そこで、この店舗の店長が都倉さんに代わります。み……」

「何でですか!」

 琴平店長が言い終わらぬうちに、怒声の様なものが上がった。さすがに驚き、声を主を探すと、山原やまはらさんが興奮した様に顔を紅潮させて、眉を吊り上げていた。

「ぼくが店長になりたいんは、店長も知ってはったや無いですか! それやのに、何でそんな腰掛けなやつなんかが店長になるんですか!?」

 ああ、やはりまだ誤解されたままだったか。あれから約1年半、山原さんはほとんど碧と会話はおろか、ろくに目を合わせようともしなかった。持ち場こそ隣ではあったが、お仕事上でも関わることがあまり無かったので、問題は無かったものの、良い傾向とは言えなかった。

 そう振る舞うことで、山原さんはどんどん店長就任への道が閉ざされていっていたのに、本人はそれに思い至らなかった。

「山原くん、ちょっと向こうで……」

 話の内容が内容なので、琴平店長は山原さんをバックヤードに促そうとした。だが激昂してしまっている山原さんはその配慮に気付かずに。

「何でなんですか!」

 また大声を上げた。琴平店長は諦めた様な顔になり、細い息を吐いた。

「……山原くん、わたし、面談のときにいつも言うてるよね? その思い込みが激しいところが、店長になるには難しいって」

 琴平店長が冷静に言うと、山原さんはうろたえた様に表情を変える。この「さつき亭」では1ヶ月に1度、短いが店長との面談がある。相談ごとなどがあれば琴平店長はいつでも聞いてくれるが、この面談は半年に1度の昇給や昇級などにも関わってくるものである。

 山原さんはその度に、店長になりたいと訴えてきたのだろう。そしてそうなるためのアドバイスを受けてきた。にも関わらず、山原さんは変わらなかったのだ。

 碧のお仕事を腰掛けと決めつけ、思い込み、無視を決め込んできた。碧は何も謝罪などを望んでいたわけでは無い。ただ普通に接して欲しかっただけだ。

 琴平店長はそういったことももちろん把握していた。だから折を見て山原さんにも注意してきたし、誤解されている碧に対して便宜を図ろうとしてくれていた。幸い他のスタッフには恵まれていたから、碧はどうにかこれまで勤め続けることができた。

 山原さんはきっと、自分の性格を把握していないのだろう。言われても自覚ができない。それもまた、思い込みの強い性格のひとつの特徴なのかも知れない。

「お、れは、思い込み激しくは無い、はずです」

 山原さんはしどろもどろになって言うが、琴平店長はゆっくりと首を振った。

「あれから1年半も経ってんのに、まだ都倉さんのお仕事を腰掛けやと思ってることが何よりの証拠。都倉さんは真面目に働いてくれてる。ここをスキルアップの場やと思って、真剣にやってくれてる。山原くんも一生懸命やってくれてるんは分かってる。でもね、店長の資質って、それだけや無いんよ」

 山原さんは愕然とした顔で、琴平店長の言葉を聞いている。琴平店長はまっすぐに山原さんを見据えていた。山原さんと誠実に向き合っているのだ。

 琴平店長はきっと、面談のたびにそうしてきたのだと思う。だが山原さんに届かないまま、これまできてしまった。

 山原さんはこの「さつき亭」が、そしてこの店舗が好きで、だからこそ店長になって、もっと盛り立てたいと思っているのだと思う。その気持ち、心意気はすごいと思うし、琴平店長もありがたいと思っているのでは無いだろうか。

 ただその肝心の山原さんが、現状、店長になり得る器で無かったことだけが残念だ。

「都倉さんには向上心がある。お家の定食屋さんを継ぐために、力を付けようとしてる。せやからわたしは、都倉さんに次の店長を任せようと思ったんよ」

 実のところ、この店舗の社員は琴平店長と山原さん、碧の3人である。なので消去法ともいえる。とはいえ、碧に資質が無ければ他店から他の社員を迎えれば良い話なのだから、やはりありがたいことに碧は、琴平店長のお眼鏡に叶ったということなのだ。
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