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1章 碧、前職で奮闘する
第2話 ここは割り切って
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琴平店長は「まぁね!」と気持ちを切り替える様に明るく言うと。
「とにかく、都倉さんはなんも気にせんと。山原くんと並んで働くんがしんどかったら、配置換えも考えるけど」
碧は考えるまでも無く。
「いえ、それは。調理さしてもらえるんが、いちばん修行になりますし」
「せやんなぁ。ちゅうて、山原くんを変えるんも、へそ曲げそうやしなぁ……」
琴平店長はまた困り顔を浮かべる。山原さんは店長になりたいのなら、実績も積みたいだろう。だが店長の資質はそれだけでは無いし、何せ実際現時点では、人間性で難しいと思われているのだ。
「とにかく、もう無理ってなったら遠慮無く言うてね。下手したら他店舗に移動とかになるかも分からんけど、わたしも店長として厳しくせんとあかんし」
「はい、ありがとうございます」
碧が頭を下げると、琴平店長は軽く手を振りながら、ホールに戻って行った。琴平店長のお仕事は基本ホールである。そうすることで全体を見ているのだ。
そのタイミングで牛スタミナ炒めの注文が入ったので、碧は冷蔵庫から牛肉のスライスを出した。
余計なことは考えないに限る。山原さんのことも、お仕事だと割り切ってしまおう。幸い山原さんとは連携することが無いから、喋らなくてもお仕事はできるし、琴平店長や他のスタッフが理解をしてくれているのだから、問題無い。
やがて山原さんが戻ってくる。揚げ物の注文が入ったみたいで、冷蔵庫から下ごしらえ済みのとんかつを出した。それをそっとフライヤーに落とす。とたんにじゅわぁっと小気味好い音が上がった。
山原さんは不機嫌を隠そうともしない。気まずい。そう思ったが、気にするだけ無駄だということも分かっている。こういう性格の人は、思い込んだら人の言うことなんて聞かない。そりゃあ店長就任には難しいだろう。スタッフが振り回されるのが目に見えている。
碧がいつまでここでお世話になるのかは、まだ決まっていない。ならその間、例え山原さんが誤解したままであっても、できることを懸命にやるだけである。
お客さまに美味しい定食でお腹いっぱいになってもらう。それがこの食堂の存在意義である。それを見失わなければ大丈夫なのだ。
あれから、約1年の月日が経ち、また7月がやってきた。湿度が上がり、今は梅雨真っ只中である。今日は雨こそ降っていないが、すっかりと曇天である。
碧は変わらずチェーンの食堂でフライパンを振るい、グリルの前に陣取っている。グリルで焼かれているのは塩さばとほっけ、牛ステーキである。
この食堂の定食で、いちばんお値段が張るのが牛ステーキ定食である。焼いてから包丁で切って提供するので、お箸で食べられる様になっている。
お値段がお値段なので、そう数は出ないのだが、それでも1日に何回かは注文が入る。ステーキ肉はすでに形成された状態で納品されるので、店舗ではお塩とこしょうをして焼き上げるだけだ。
グリルは1台しか無いのだが、大きさはそれなりだ。なのでお魚ゾーンとお肉ゾーンを分けて使っている。焼き魚は数種あるし、牛ステーキよりもかなり数が出るので、広く取っている。
今はお昼ごはんの時間帯。グリルの上にはほっけ2尾と塩さばの半身が1枚乗り、碧が手にしているフライパンでは豚のしょうが焼きが踊っている。
お昼と晩のピーク時間に限り、焼き場と揚げ場はスタッフがそれぞれひとりずつ増える。焼き場にはベテランのおばちゃんパートの秋田さんだ。お子さんがもう大学生だということだから、40歳代だろうか。
秋田さんは食べることが大好きだと公言している人で、体型はふっくらとしている。顔も丸顔だ。なので秋田さんと並んでコンロの前に立つと、身体と身体がくっつきそうになってしまう。まぁ女性同士だし、問題は無いのだが。さして不愉快でも無いのだし。
今もまた、秋田さんと小さく接触してしまった。碧は慌てて「すいません!」と謝る。すると秋田さんはいつもの様にからからと笑って。
「かまへんかまへん、お互いさまや。それより碧ちゃん、ちゃんと食べてるか? いつ見ても細っそいでぇ」
「食べてるんですけどねぇ」
碧は笑いながら応える。碧も食べることが大好きで、痩せの大食いを自認している。こればっかりは体質だ。ちなみにお母さんは碧以上の大食いなので、きっとこれは遺伝なのだろう。
思えばたくさん食べても太らないのはラッキーなのだろう。あまりにも痩せ細っているのは見ていても心配になるが、碧はそこまででは無い、はずだ。標準的だと自分では思っている。
秋田さんが炒めているのは、肉野菜炒め。お肉もお野菜もたっぷり食べられて、お醤油ベースの味付けが美味しい人気の一品である。
秋田さんはしゃきっと炒めあげた肉野菜炒めを楕円形のシルバープレートに盛り付けて、カウンタにスタンバイしているトレイに置いた。そこにはすでに時間を見計らって、アルバイトさんによって白いごはんとお味噌汁、お新香が置かれている。
「はーい、肉野菜炒め定食、あがりやで~」
「はーい!」
すかさず元気一杯の男性アルバイトスタッフが、手早く運んで行った。碧が作っていた豚のしょうが焼きもそろそろ仕上げだ。火が通った豚肉に、特製のしょうが焼きたれを回しかける。さらに美味しそうな香りが立ち昇った。
秋田さんは新しいフライパンを出し、温めて油を引いた。注文が次から次へと入ってくる。
ピークが終わるまでは、この忙しさが続く。碧は仕上がった豚のしょうが焼きを、千切りきゃべつがこんもりと盛られたシルバープレートに移し、グリルのほっけをひっくり返した。
「とにかく、都倉さんはなんも気にせんと。山原くんと並んで働くんがしんどかったら、配置換えも考えるけど」
碧は考えるまでも無く。
「いえ、それは。調理さしてもらえるんが、いちばん修行になりますし」
「せやんなぁ。ちゅうて、山原くんを変えるんも、へそ曲げそうやしなぁ……」
琴平店長はまた困り顔を浮かべる。山原さんは店長になりたいのなら、実績も積みたいだろう。だが店長の資質はそれだけでは無いし、何せ実際現時点では、人間性で難しいと思われているのだ。
「とにかく、もう無理ってなったら遠慮無く言うてね。下手したら他店舗に移動とかになるかも分からんけど、わたしも店長として厳しくせんとあかんし」
「はい、ありがとうございます」
碧が頭を下げると、琴平店長は軽く手を振りながら、ホールに戻って行った。琴平店長のお仕事は基本ホールである。そうすることで全体を見ているのだ。
そのタイミングで牛スタミナ炒めの注文が入ったので、碧は冷蔵庫から牛肉のスライスを出した。
余計なことは考えないに限る。山原さんのことも、お仕事だと割り切ってしまおう。幸い山原さんとは連携することが無いから、喋らなくてもお仕事はできるし、琴平店長や他のスタッフが理解をしてくれているのだから、問題無い。
やがて山原さんが戻ってくる。揚げ物の注文が入ったみたいで、冷蔵庫から下ごしらえ済みのとんかつを出した。それをそっとフライヤーに落とす。とたんにじゅわぁっと小気味好い音が上がった。
山原さんは不機嫌を隠そうともしない。気まずい。そう思ったが、気にするだけ無駄だということも分かっている。こういう性格の人は、思い込んだら人の言うことなんて聞かない。そりゃあ店長就任には難しいだろう。スタッフが振り回されるのが目に見えている。
碧がいつまでここでお世話になるのかは、まだ決まっていない。ならその間、例え山原さんが誤解したままであっても、できることを懸命にやるだけである。
お客さまに美味しい定食でお腹いっぱいになってもらう。それがこの食堂の存在意義である。それを見失わなければ大丈夫なのだ。
あれから、約1年の月日が経ち、また7月がやってきた。湿度が上がり、今は梅雨真っ只中である。今日は雨こそ降っていないが、すっかりと曇天である。
碧は変わらずチェーンの食堂でフライパンを振るい、グリルの前に陣取っている。グリルで焼かれているのは塩さばとほっけ、牛ステーキである。
この食堂の定食で、いちばんお値段が張るのが牛ステーキ定食である。焼いてから包丁で切って提供するので、お箸で食べられる様になっている。
お値段がお値段なので、そう数は出ないのだが、それでも1日に何回かは注文が入る。ステーキ肉はすでに形成された状態で納品されるので、店舗ではお塩とこしょうをして焼き上げるだけだ。
グリルは1台しか無いのだが、大きさはそれなりだ。なのでお魚ゾーンとお肉ゾーンを分けて使っている。焼き魚は数種あるし、牛ステーキよりもかなり数が出るので、広く取っている。
今はお昼ごはんの時間帯。グリルの上にはほっけ2尾と塩さばの半身が1枚乗り、碧が手にしているフライパンでは豚のしょうが焼きが踊っている。
お昼と晩のピーク時間に限り、焼き場と揚げ場はスタッフがそれぞれひとりずつ増える。焼き場にはベテランのおばちゃんパートの秋田さんだ。お子さんがもう大学生だということだから、40歳代だろうか。
秋田さんは食べることが大好きだと公言している人で、体型はふっくらとしている。顔も丸顔だ。なので秋田さんと並んでコンロの前に立つと、身体と身体がくっつきそうになってしまう。まぁ女性同士だし、問題は無いのだが。さして不愉快でも無いのだし。
今もまた、秋田さんと小さく接触してしまった。碧は慌てて「すいません!」と謝る。すると秋田さんはいつもの様にからからと笑って。
「かまへんかまへん、お互いさまや。それより碧ちゃん、ちゃんと食べてるか? いつ見ても細っそいでぇ」
「食べてるんですけどねぇ」
碧は笑いながら応える。碧も食べることが大好きで、痩せの大食いを自認している。こればっかりは体質だ。ちなみにお母さんは碧以上の大食いなので、きっとこれは遺伝なのだろう。
思えばたくさん食べても太らないのはラッキーなのだろう。あまりにも痩せ細っているのは見ていても心配になるが、碧はそこまででは無い、はずだ。標準的だと自分では思っている。
秋田さんが炒めているのは、肉野菜炒め。お肉もお野菜もたっぷり食べられて、お醤油ベースの味付けが美味しい人気の一品である。
秋田さんはしゃきっと炒めあげた肉野菜炒めを楕円形のシルバープレートに盛り付けて、カウンタにスタンバイしているトレイに置いた。そこにはすでに時間を見計らって、アルバイトさんによって白いごはんとお味噌汁、お新香が置かれている。
「はーい、肉野菜炒め定食、あがりやで~」
「はーい!」
すかさず元気一杯の男性アルバイトスタッフが、手早く運んで行った。碧が作っていた豚のしょうが焼きもそろそろ仕上げだ。火が通った豚肉に、特製のしょうが焼きたれを回しかける。さらに美味しそうな香りが立ち昇った。
秋田さんは新しいフライパンを出し、温めて油を引いた。注文が次から次へと入ってくる。
ピークが終わるまでは、この忙しさが続く。碧は仕上がった豚のしょうが焼きを、千切りきゃべつがこんもりと盛られたシルバープレートに移し、グリルのほっけをひっくり返した。
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