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1章 碧、前職で奮闘する
第9話 桜の樹の下で
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4月になった。「さつき亭」を円満に退職し、晴れてフリーとなった碧。4月1日の今日は水曜日で、碧は来週の月曜日から「とくら食堂」に入ることになっていた。なので5連休である。
「さつき亭」にいたときは、特に店長になってからは連休の取得が難しかった。ただの社員でいた1年目と2年目は、お客さまが少ない土日を含めて5連休を取ることができたが、店長の間は3連休が精一杯だった。
働き方としてはどうかと思わないでも無いが、どうしても店舗のことが気になってしまうのだ。これは人によりけりだろうが、碧の性格ではどうしてもそうなってしまうのだった。
今でも少し、お世話になった淀屋橋店のことが気にはなる。けれど春日井さんに任せておけば大丈夫だし、もう自分は部外者である。
店長というお仕事は、やはり自分には荷が勝ちすぎていたな、と今さらながら思うのだ。社員の田所さんと春日井さん、パートの琴平さんに秋田さん、他スタッフの支えが無ければ、到底できなかっただろうと思う。
今晴れ晴れとした気持ちなのは、そうした重責から離れられたからだろう。もしかしたら自分は、思うよりプレッシャーに弱いのかも知れない。
こんなことで「とくら食堂」を任せてもらえるのだろうか、とつい不安になってしまうが、またさらに経験を積むことで、自信にしていけたら良いと思っている。
「さて、と」
今は14時過ぎ。「とくら食堂」閉店の時間だ。碧は5合炊きの炊飯器の蓋を開ける。ごはんが炊き上がったばかりで、柔らかく甘い湯気が碧の顔をほわぁ……と包み込んだ。
靱公園の桜は満開に近く、華やかだ。我先にと開いたピンク色からは、ゆるやかな風に乗ってはらりと花びらが舞い、優雅である。
靱公園は都会の中にあるオアシスという位置付けで、特に今の様な気候の良いときには、お昼にはベンチでごはんを食べる人もいる。今は多くの人がお仕事中だが、近所に住まうだろう人や小さな子が遊具を使って遊んでいたり、ベンチでドリンク片手に桜を眺めたりしている。
碧は桜の樹の近くに青いレジャーシートを広げ、風で飛ばない様に四隅に荷物を置いた。スニーカーを脱いでシートに上がると、「んー!」と大きく伸びをした。
気持ちが良い。風も心地良くて、お日さまも温かい。まさにお花見日和だ。
「碧ちゃん、お待たせ~」
「待たしたな」
「とくら食堂」を店じまいしたお父さんとお母さんが連れ立ってやってきて、靴を脱いでレジャーシートに上がった。お父さんの手にはエコバッグがあった。
「今日の残り。いつもの卵焼きと、朝ごはんにも出したほうれん草の白和えな。昼のメインはさばの塩焼き。3切れ余ったわ。あとは残ったごはんな」
「ひとり一切れ食べれんで。ごはん、持ってきてくれた?」
言いながらお父さんとお母さんは腰を下ろす。お父さんはエコバッグからタッパーを出した。さばは焼いて間もないのか、タッパーが温かい。
「うん。5合炊いて、全部持ってきた。お母さんには足りんかも知れんけど」
お母さんは大食いなのだ。フードファイターだった過去がある。お母さんは美しい人なので、「美しすぎるフードファイター」なんて二つ名があったほどだ。
「大丈夫やって。お父さんと碧ちゃんの分まで取らへんから安心しぃ」
お母さんはそう言って、楽しそうにからからと笑う。お母さんは確かにたくさん食べることができるが、普段はそれなりに節制している。基本は一般的な成人の1人前にとどめているのだ。食べ放題でも無い限りいつでもたくさん食べていたら、都倉家破産の危機である。
シートの上にお父さんが作ったおかず、ごはんを詰めたタッパー、そしてごはんのお供である佃煮などのパッケージを広げる。
このごはんのお供は、碧が「さつき亭」を退職するときに、お祝いとしてもらったものだった。
「都倉さんはスイーツとかより、ごはんをお腹いっぱい食べる方が好きやと思って」
田所さんはそう言ってくれた。まさしくその通りだった。なので今日、碧の退職祝いと「とくら食堂」入りのお祝いを兼ねて、家族でお花見をし、ごはんのお供を食べ尽くす勢いで、ごはんをお腹いっぱい食べようということになったのだ。
「どれから開けよっかな~」
碧は迷いつつ、昆布の佃煮とちりめん山椒、明太子のオリーブオイル漬けを紙の器に出した。飲み物はペットボトルのお茶である。都倉家は全員お酒好きだが、ごはんをめいっぱい食べるときにはお酒は飲まない。これはごはんへの敬意なのである。
ごはんはタッパーに詰めてすぐに持ってきたので、まだ温かい。碧はいちばん小さいタッパーをお父さんに差し出した。
「はい、お父さんのごはん。お茶碗大盛り1杯分」
「ありがとう」
お父さんが食べる量は、一般的なのである。普段食べるごはんもお茶碗1杯分。今日はごはんがメインなので、少し多めにしたのだ。
あとの4合あまりは、お母さんと碧で半分こだ。大きなタッパーにふんわりと盛った。
「ほな、いただこか」
「うん」
「はーい」
両親と碧は揃って「いただきます」と手を合わせ、割り箸を割った。碧はまず、明太子のオリーブオイル漬けをごはんに乗せ、一緒に口の中へ。ごはんの甘さと明太子のぴりっとした旨みと刺激、オリーブオイルの若々しい香りが口いっぱいに広がった。
「美味し~い!」
美味を目一杯堪能する。お父さんが焼いてくれた塩さばや、白和えと卵焼きにもどんどんお箸を伸ばして。
「やっぱりお父さんのごはん美味しい~幸せ~」
「そうかそうか」
お父さんは満足そうにお箸を動かしている。お母さんも旺盛な食欲を見せている。がつがつという擬音が聞こえる様だ。
「ほんまどれも美味しいわぁ。碧ちゃんの元職場の人らに感謝やね」
「うん」
「ほんまに、ええ人らに巡り会えたな」
「……うん!」
お父さんの優しい言葉に、碧は淀屋橋店のスタッフを思い出し、満面の笑みになった。
「さつき亭」にいたときは、特に店長になってからは連休の取得が難しかった。ただの社員でいた1年目と2年目は、お客さまが少ない土日を含めて5連休を取ることができたが、店長の間は3連休が精一杯だった。
働き方としてはどうかと思わないでも無いが、どうしても店舗のことが気になってしまうのだ。これは人によりけりだろうが、碧の性格ではどうしてもそうなってしまうのだった。
今でも少し、お世話になった淀屋橋店のことが気にはなる。けれど春日井さんに任せておけば大丈夫だし、もう自分は部外者である。
店長というお仕事は、やはり自分には荷が勝ちすぎていたな、と今さらながら思うのだ。社員の田所さんと春日井さん、パートの琴平さんに秋田さん、他スタッフの支えが無ければ、到底できなかっただろうと思う。
今晴れ晴れとした気持ちなのは、そうした重責から離れられたからだろう。もしかしたら自分は、思うよりプレッシャーに弱いのかも知れない。
こんなことで「とくら食堂」を任せてもらえるのだろうか、とつい不安になってしまうが、またさらに経験を積むことで、自信にしていけたら良いと思っている。
「さて、と」
今は14時過ぎ。「とくら食堂」閉店の時間だ。碧は5合炊きの炊飯器の蓋を開ける。ごはんが炊き上がったばかりで、柔らかく甘い湯気が碧の顔をほわぁ……と包み込んだ。
靱公園の桜は満開に近く、華やかだ。我先にと開いたピンク色からは、ゆるやかな風に乗ってはらりと花びらが舞い、優雅である。
靱公園は都会の中にあるオアシスという位置付けで、特に今の様な気候の良いときには、お昼にはベンチでごはんを食べる人もいる。今は多くの人がお仕事中だが、近所に住まうだろう人や小さな子が遊具を使って遊んでいたり、ベンチでドリンク片手に桜を眺めたりしている。
碧は桜の樹の近くに青いレジャーシートを広げ、風で飛ばない様に四隅に荷物を置いた。スニーカーを脱いでシートに上がると、「んー!」と大きく伸びをした。
気持ちが良い。風も心地良くて、お日さまも温かい。まさにお花見日和だ。
「碧ちゃん、お待たせ~」
「待たしたな」
「とくら食堂」を店じまいしたお父さんとお母さんが連れ立ってやってきて、靴を脱いでレジャーシートに上がった。お父さんの手にはエコバッグがあった。
「今日の残り。いつもの卵焼きと、朝ごはんにも出したほうれん草の白和えな。昼のメインはさばの塩焼き。3切れ余ったわ。あとは残ったごはんな」
「ひとり一切れ食べれんで。ごはん、持ってきてくれた?」
言いながらお父さんとお母さんは腰を下ろす。お父さんはエコバッグからタッパーを出した。さばは焼いて間もないのか、タッパーが温かい。
「うん。5合炊いて、全部持ってきた。お母さんには足りんかも知れんけど」
お母さんは大食いなのだ。フードファイターだった過去がある。お母さんは美しい人なので、「美しすぎるフードファイター」なんて二つ名があったほどだ。
「大丈夫やって。お父さんと碧ちゃんの分まで取らへんから安心しぃ」
お母さんはそう言って、楽しそうにからからと笑う。お母さんは確かにたくさん食べることができるが、普段はそれなりに節制している。基本は一般的な成人の1人前にとどめているのだ。食べ放題でも無い限りいつでもたくさん食べていたら、都倉家破産の危機である。
シートの上にお父さんが作ったおかず、ごはんを詰めたタッパー、そしてごはんのお供である佃煮などのパッケージを広げる。
このごはんのお供は、碧が「さつき亭」を退職するときに、お祝いとしてもらったものだった。
「都倉さんはスイーツとかより、ごはんをお腹いっぱい食べる方が好きやと思って」
田所さんはそう言ってくれた。まさしくその通りだった。なので今日、碧の退職祝いと「とくら食堂」入りのお祝いを兼ねて、家族でお花見をし、ごはんのお供を食べ尽くす勢いで、ごはんをお腹いっぱい食べようということになったのだ。
「どれから開けよっかな~」
碧は迷いつつ、昆布の佃煮とちりめん山椒、明太子のオリーブオイル漬けを紙の器に出した。飲み物はペットボトルのお茶である。都倉家は全員お酒好きだが、ごはんをめいっぱい食べるときにはお酒は飲まない。これはごはんへの敬意なのである。
ごはんはタッパーに詰めてすぐに持ってきたので、まだ温かい。碧はいちばん小さいタッパーをお父さんに差し出した。
「はい、お父さんのごはん。お茶碗大盛り1杯分」
「ありがとう」
お父さんが食べる量は、一般的なのである。普段食べるごはんもお茶碗1杯分。今日はごはんがメインなので、少し多めにしたのだ。
あとの4合あまりは、お母さんと碧で半分こだ。大きなタッパーにふんわりと盛った。
「ほな、いただこか」
「うん」
「はーい」
両親と碧は揃って「いただきます」と手を合わせ、割り箸を割った。碧はまず、明太子のオリーブオイル漬けをごはんに乗せ、一緒に口の中へ。ごはんの甘さと明太子のぴりっとした旨みと刺激、オリーブオイルの若々しい香りが口いっぱいに広がった。
「美味し~い!」
美味を目一杯堪能する。お父さんが焼いてくれた塩さばや、白和えと卵焼きにもどんどんお箸を伸ばして。
「やっぱりお父さんのごはん美味しい~幸せ~」
「そうかそうか」
お父さんは満足そうにお箸を動かしている。お母さんも旺盛な食欲を見せている。がつがつという擬音が聞こえる様だ。
「ほんまどれも美味しいわぁ。碧ちゃんの元職場の人らに感謝やね」
「うん」
「ほんまに、ええ人らに巡り会えたな」
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お父さんの優しい言葉に、碧は淀屋橋店のスタッフを思い出し、満面の笑みになった。
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