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4章 碧、転機を迎える
第11話 いつかの約束
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気まずい。そんな空気感の中、碧は洗い物に戻る。お父さんとお母さんはさすがに肝が座っているのか、何処吹く風といった表情でお仕事を進めている。
開き戸が開く。渡辺さんか? と顔を上げるが、違った。若い男女ふたり連れのお客さまだ。普段着といったラフな格好で小振りながらトランクを引いているので、観光か何かだろう。
「おはようございます~、いらっしゃいませ」
お母さんがレジ作業の手を止めて、ふたりをテーブル席に案内した。お冷やと冷たいおしぼりを持っていく。
「ここは初めてですか?」
「はい」
お母さんの問いに、男性が溌剌とお返事をする。お母さんはペラもののおしながきを示しながら「とくら食堂」のシステムを説明し、お客さまたちは了承してくれる。アレルギーや好き嫌いを聞いてみると、女性が。
「わたし、ピーマンがあまり好きじゃ無いんですけど、パプリカってピーマンとは違うんですよね?」
「はい。ピーマンは少し苦味がありますけど、パプリカは肉厚で甘いですよ。ピーマンが苦手なお方でも、大丈夫やと思うんですけど、もしご不安な様ならおくらだけお入れしますよ」
「いえ、パプリカ挑戦したいです。でも、もし残してしまったらごめんなさい」
「お気になさらんでください。やったら、少しおくら多めにさしてもらいましょうかねぇ」
「助かります、お願いします」
「おれは好き嫌いとか大丈夫です」
「はい。では少々お待ちくださいね」
お父さんは太刀魚を捌く手を止めて、卵を溶きほぐしている。碧は洗い物が終わったので、小鉢とお味噌汁とごはんを用意する。小鉢のひとつはおくらを多めにした。
スクランブルエッグも完成して、お母さんが朝ごはんを運ぶ。ふたりはさっそく食べ始めた。
渡辺さんがきてくれるまで、重い空気のままだったらどうしようかと思っていたので、助かった、という気持ちが大きい。
件の女性の様子はあまり変わらないが、店内はいつもの「とくら食堂」に戻ってきただろうかと思っていると。
開き戸が開く音。今度こそ、と思ったら、やはり渡辺さんだった。駅から走ってきたのだろうか、「はぁ、はぁ」と息を切らしている。
「都倉さん、すいま、せん、ご迷惑、を」
すると、渡辺さんが言い終わらぬ間に、女性が勢いよく立ち上がった。
「楓お兄ちゃん!」
そうすがる様に叫んで、渡辺さんに飛び付いた。
「は、え? 愛理ちゃん? 何でここに!?」
渡辺さんは仰け反りながら目を白黒させる。碧は唖然としてしまった。
「だって、だって……っ」
渡辺さんにしがみ付く、愛理ちゃんと呼ばれた女性は涙声になっていた。
「あの、都倉さん、ご連絡で言うてはった「婚約者を名乗る女性」って、まさかこの子ですか?」
「そ、そうです」
碧はそれだけ言うので精一杯だった。ふたりは確かに知り合いの様だが、どうにも婚約者というのが懐疑的になってくる。少なくとも、渡辺さんには寝耳に水の様では無いか。
渡辺さんの胸でさめざめと泣き続ける愛理さんを、渡辺さんは困った様に見て、それでも、落ち着かせる様に背中をさすって、やんわりと身体を離した。
「愛理ちゃん、婚約者ってどういうことなん? ぼくら、幼なじみやろ?」
「な、に、言うてん、の、楓おに、いちゃん、言うて、くれたやん、むか、昔」
愛理さんはしゃくり上げながら、掠れた声を上げる。
「大きく、なったら、結婚、しようねって」
それはもしや、幼いころとかの口約束のことだろうか。碧は思わず呆気に取られてしまう。よもやこの愛理さんは、それを信じていたというのだろうか。
「やから、あたし、高校卒業して、花嫁修行、始めて、プロポーズ、してくれるん、ずっと、待って、たの、に」
そう言って、しくしくと泣きだした。
碧は何もできない、と思う。渡辺さんのお見合い相手である碧が何を言ったところで、愛理さんの神経を逆撫でするだけである。渡辺さんのせいでも無いのだが、ここはお任せするしか無い。
「……愛理ちゃん、家に帰ろ」
渡辺さんが愛理さんに優しく言う。愛理さんはこくりと小さく頷いた。
「都倉さん、ほんまにすいません。また今度連絡さしてもらいますんで、今日はこれで。あらためてお詫びさしてもらいます」
「いえ、こちらは大丈夫ですんで」
「ほんまにすいません」
渡辺さんは愛理さんを促し、何度も頭を下げながらお店を出ていった。
碧はどうにか、一旦ではあるだろうが収束したことに安堵し、小さく息を吐いた。お母さんはテーブル席の男女のお客さまのもとにいって。
「お騒がせしてすいませんねぇ~、失礼しました」
「いえいえ。というか、あんなドラマみたいなこと、本当にあるんですねぇ」
女性が感心した様に言うと、男性も。
「本当にね、びっくりしたよねぇ。ああいう女の子が健気って言うのかなぁ」
すると女性がかすかに顔をしかめて。
「何言ってるの。あんなのどう見ても地雷でしょ」
するとお母さんはおかしそうに「あらまぁ」と微笑んだ。
「ほんま、めっちゃ地雷やん」
佐竹さんが忌々しそうにぽそっと呟く。碧もその通りだと思ったので、小さく頷いた。
開き戸が開く。渡辺さんか? と顔を上げるが、違った。若い男女ふたり連れのお客さまだ。普段着といったラフな格好で小振りながらトランクを引いているので、観光か何かだろう。
「おはようございます~、いらっしゃいませ」
お母さんがレジ作業の手を止めて、ふたりをテーブル席に案内した。お冷やと冷たいおしぼりを持っていく。
「ここは初めてですか?」
「はい」
お母さんの問いに、男性が溌剌とお返事をする。お母さんはペラもののおしながきを示しながら「とくら食堂」のシステムを説明し、お客さまたちは了承してくれる。アレルギーや好き嫌いを聞いてみると、女性が。
「わたし、ピーマンがあまり好きじゃ無いんですけど、パプリカってピーマンとは違うんですよね?」
「はい。ピーマンは少し苦味がありますけど、パプリカは肉厚で甘いですよ。ピーマンが苦手なお方でも、大丈夫やと思うんですけど、もしご不安な様ならおくらだけお入れしますよ」
「いえ、パプリカ挑戦したいです。でも、もし残してしまったらごめんなさい」
「お気になさらんでください。やったら、少しおくら多めにさしてもらいましょうかねぇ」
「助かります、お願いします」
「おれは好き嫌いとか大丈夫です」
「はい。では少々お待ちくださいね」
お父さんは太刀魚を捌く手を止めて、卵を溶きほぐしている。碧は洗い物が終わったので、小鉢とお味噌汁とごはんを用意する。小鉢のひとつはおくらを多めにした。
スクランブルエッグも完成して、お母さんが朝ごはんを運ぶ。ふたりはさっそく食べ始めた。
渡辺さんがきてくれるまで、重い空気のままだったらどうしようかと思っていたので、助かった、という気持ちが大きい。
件の女性の様子はあまり変わらないが、店内はいつもの「とくら食堂」に戻ってきただろうかと思っていると。
開き戸が開く音。今度こそ、と思ったら、やはり渡辺さんだった。駅から走ってきたのだろうか、「はぁ、はぁ」と息を切らしている。
「都倉さん、すいま、せん、ご迷惑、を」
すると、渡辺さんが言い終わらぬ間に、女性が勢いよく立ち上がった。
「楓お兄ちゃん!」
そうすがる様に叫んで、渡辺さんに飛び付いた。
「は、え? 愛理ちゃん? 何でここに!?」
渡辺さんは仰け反りながら目を白黒させる。碧は唖然としてしまった。
「だって、だって……っ」
渡辺さんにしがみ付く、愛理ちゃんと呼ばれた女性は涙声になっていた。
「あの、都倉さん、ご連絡で言うてはった「婚約者を名乗る女性」って、まさかこの子ですか?」
「そ、そうです」
碧はそれだけ言うので精一杯だった。ふたりは確かに知り合いの様だが、どうにも婚約者というのが懐疑的になってくる。少なくとも、渡辺さんには寝耳に水の様では無いか。
渡辺さんの胸でさめざめと泣き続ける愛理さんを、渡辺さんは困った様に見て、それでも、落ち着かせる様に背中をさすって、やんわりと身体を離した。
「愛理ちゃん、婚約者ってどういうことなん? ぼくら、幼なじみやろ?」
「な、に、言うてん、の、楓おに、いちゃん、言うて、くれたやん、むか、昔」
愛理さんはしゃくり上げながら、掠れた声を上げる。
「大きく、なったら、結婚、しようねって」
それはもしや、幼いころとかの口約束のことだろうか。碧は思わず呆気に取られてしまう。よもやこの愛理さんは、それを信じていたというのだろうか。
「やから、あたし、高校卒業して、花嫁修行、始めて、プロポーズ、してくれるん、ずっと、待って、たの、に」
そう言って、しくしくと泣きだした。
碧は何もできない、と思う。渡辺さんのお見合い相手である碧が何を言ったところで、愛理さんの神経を逆撫でするだけである。渡辺さんのせいでも無いのだが、ここはお任せするしか無い。
「……愛理ちゃん、家に帰ろ」
渡辺さんが愛理さんに優しく言う。愛理さんはこくりと小さく頷いた。
「都倉さん、ほんまにすいません。また今度連絡さしてもらいますんで、今日はこれで。あらためてお詫びさしてもらいます」
「いえ、こちらは大丈夫ですんで」
「ほんまにすいません」
渡辺さんは愛理さんを促し、何度も頭を下げながらお店を出ていった。
碧はどうにか、一旦ではあるだろうが収束したことに安堵し、小さく息を吐いた。お母さんはテーブル席の男女のお客さまのもとにいって。
「お騒がせしてすいませんねぇ~、失礼しました」
「いえいえ。というか、あんなドラマみたいなこと、本当にあるんですねぇ」
女性が感心した様に言うと、男性も。
「本当にね、びっくりしたよねぇ。ああいう女の子が健気って言うのかなぁ」
すると女性がかすかに顔をしかめて。
「何言ってるの。あんなのどう見ても地雷でしょ」
するとお母さんはおかしそうに「あらまぁ」と微笑んだ。
「ほんま、めっちゃ地雷やん」
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