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3章 意図せぬ負の遺産
第8話 どうしてここまで
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翌日、日曜日になり、お昼前、守梨はSNSを使って祐ちゃんにメッセージを送る。
『お休みやのにごめん。何時でもええんで、うちに来てもらわれへんやろか』
するとすぐに返事があった。
『分かった。昼ごはん食べたあとに行く。1時ぐらい』
助かる。せっかくの週に1度の休日を、短時間とは言え潰してしまうのは申し訳無いのだが、守梨に両親の声は聞こえない。
そう、守梨は昨日の梨本の件を、両親に聞きたかったのだ。
お昼ごはんの片付けを終えて、13時に差し掛かる。ほんの少しを過ぎたころ、祐ちゃんが来てくれた。リビングに通してコーヒーを用意する。
「ごめん、少し遅れた」
「全然大丈夫。ほんまにごめん、貴重な休みやのに」
「構わへんよ。何かあったんか?」
守梨は昨日の一件を話した。すると祐ちゃんが顔色を変える。その変わりように守梨こそが目を丸くしてしまった。
「怪我とかは無かったんか?」
「う、うん。チェーン掛けたドア越しやったし、脅されただけやから大丈夫」
少し狼狽えながら応えると、祐ちゃんは憮然とした表情で言い切る。
「全然大丈夫や無いやろ」
そう、大丈夫では無い。昨日よりは落ち着いたとは言え、思い出すとまた恐怖がじわじわと蘇る。また来られたらどうしよう。そう思うとインターフォンが鳴るのが怖くなる。
本当は、このことを祐ちゃんに言うのは躊躇った。今でこそドミグラスソースのために力を積み重ねてくれている。これ以上いらぬ心配など掛けたくは無かった。
だが両親から話を聞くのに、祐ちゃんの協力が必要不可欠なのだ。祐ちゃんで無いと両親の姿は見えないし、声も聞こえない。なら正直に話して助力を請うしか無いのである。
きっと祐ちゃんに嘘やごまかしは通用しない。それだけ長い付き合いなのである。
「まぁ、そりゃあちょっとあれやけど、うん、大丈夫やから」
苦笑しながら守梨は言う。思考とは裏腹に祐ちゃんに言えたことで、少し気が楽になった様な気がしていた。だから大丈夫、そう言いたい気持ちなのだ。
「それで、私には心当たりがまるで無くて。お父さんとお母さんに聞いてみて欲しいねん」
「そうやな、その梨本っちゅう男が親のって言うんやから、おやっさんらに聞いてみなな。それで解決できるかも知れへん。そのことおやっさんらには?」
「昨日言うた。もしかしたらあれから思い出してくれてるかも知れへん」
「そうやな」
そこで守梨と祐ちゃんは連なって「テリア」に降りる。厨房を抜けてフロアに出ると、祐ちゃんが向かった先は厨房への出入り口から近いテーブルセットだった。祐ちゃんは椅子を引いて腰を降ろす。もしかしたら今、両親は座っているのか。今までずっと立っていたみたいなのに、珍しいこともあるものだ。
「うーん、そうですか。ああ、そうですね」
祐ちゃんの相槌が聞こえる。この様子から、やはり両親にも思い当たることは無さそうだ。そしてその通りだった。
「お父さんらにも心当たり無いんやったら、あの梨本さんは何の慰謝料を求めてはるんやろ」
守梨は眉根をしかめて考える。いじめを例に出すものどうかとは思うのだが、やられた方はいつまでも覚えていて、やった方はすぐに忘れてしまうなんて話も聞く。それが当てはまってやしないだろうか。
だが守梨が知る両親は、そういうことをしない人間性である。「テリア」だって真摯に誠実に運営して来た。お客さまは善人ばかりでは無いだろうから、理不尽なクレームはあったと思うが、慰謝料云々とまで言われるのは相当である。
そもそも、あの梨本は本当に「テリア」のお客さまなのだろうか。そんな疑問まで沸いてくる。
「警察には言うたんやろ? 警察官が「テリア」の常連の榊原さんなんやったら、今度こそ当てになるんや無いか? とりあえず連絡待ってみよ。俺もできるだけ顔を出すから」
「祐ちゃん、平日毎晩来てくれるやん。それで充分や」
これ以上、祐ちゃんに迷惑は掛けられない。守梨が言うと、祐ちゃんは「いいや」と首を振った。
「家におっても落ち着かへんわ。ここで守梨の無事を確かめてる方が安心する」
祐ちゃんの気持ちは本当にありがたい。心強い。だが。
「なぁ祐ちゃん、何でここまでしてくれるん?」
それは素朴な疑問だった。すると祐ちゃんは照れ臭そうに目線を逸らす。
「……まぁ、俺が好きでやっとることやし」
答えになっている様でなっていない。だがこれ以上掘り下げる気持ちまでにはなれず、守梨は「ふぅん?」と首を傾げた。
『お休みやのにごめん。何時でもええんで、うちに来てもらわれへんやろか』
するとすぐに返事があった。
『分かった。昼ごはん食べたあとに行く。1時ぐらい』
助かる。せっかくの週に1度の休日を、短時間とは言え潰してしまうのは申し訳無いのだが、守梨に両親の声は聞こえない。
そう、守梨は昨日の梨本の件を、両親に聞きたかったのだ。
お昼ごはんの片付けを終えて、13時に差し掛かる。ほんの少しを過ぎたころ、祐ちゃんが来てくれた。リビングに通してコーヒーを用意する。
「ごめん、少し遅れた」
「全然大丈夫。ほんまにごめん、貴重な休みやのに」
「構わへんよ。何かあったんか?」
守梨は昨日の一件を話した。すると祐ちゃんが顔色を変える。その変わりように守梨こそが目を丸くしてしまった。
「怪我とかは無かったんか?」
「う、うん。チェーン掛けたドア越しやったし、脅されただけやから大丈夫」
少し狼狽えながら応えると、祐ちゃんは憮然とした表情で言い切る。
「全然大丈夫や無いやろ」
そう、大丈夫では無い。昨日よりは落ち着いたとは言え、思い出すとまた恐怖がじわじわと蘇る。また来られたらどうしよう。そう思うとインターフォンが鳴るのが怖くなる。
本当は、このことを祐ちゃんに言うのは躊躇った。今でこそドミグラスソースのために力を積み重ねてくれている。これ以上いらぬ心配など掛けたくは無かった。
だが両親から話を聞くのに、祐ちゃんの協力が必要不可欠なのだ。祐ちゃんで無いと両親の姿は見えないし、声も聞こえない。なら正直に話して助力を請うしか無いのである。
きっと祐ちゃんに嘘やごまかしは通用しない。それだけ長い付き合いなのである。
「まぁ、そりゃあちょっとあれやけど、うん、大丈夫やから」
苦笑しながら守梨は言う。思考とは裏腹に祐ちゃんに言えたことで、少し気が楽になった様な気がしていた。だから大丈夫、そう言いたい気持ちなのだ。
「それで、私には心当たりがまるで無くて。お父さんとお母さんに聞いてみて欲しいねん」
「そうやな、その梨本っちゅう男が親のって言うんやから、おやっさんらに聞いてみなな。それで解決できるかも知れへん。そのことおやっさんらには?」
「昨日言うた。もしかしたらあれから思い出してくれてるかも知れへん」
「そうやな」
そこで守梨と祐ちゃんは連なって「テリア」に降りる。厨房を抜けてフロアに出ると、祐ちゃんが向かった先は厨房への出入り口から近いテーブルセットだった。祐ちゃんは椅子を引いて腰を降ろす。もしかしたら今、両親は座っているのか。今までずっと立っていたみたいなのに、珍しいこともあるものだ。
「うーん、そうですか。ああ、そうですね」
祐ちゃんの相槌が聞こえる。この様子から、やはり両親にも思い当たることは無さそうだ。そしてその通りだった。
「お父さんらにも心当たり無いんやったら、あの梨本さんは何の慰謝料を求めてはるんやろ」
守梨は眉根をしかめて考える。いじめを例に出すものどうかとは思うのだが、やられた方はいつまでも覚えていて、やった方はすぐに忘れてしまうなんて話も聞く。それが当てはまってやしないだろうか。
だが守梨が知る両親は、そういうことをしない人間性である。「テリア」だって真摯に誠実に運営して来た。お客さまは善人ばかりでは無いだろうから、理不尽なクレームはあったと思うが、慰謝料云々とまで言われるのは相当である。
そもそも、あの梨本は本当に「テリア」のお客さまなのだろうか。そんな疑問まで沸いてくる。
「警察には言うたんやろ? 警察官が「テリア」の常連の榊原さんなんやったら、今度こそ当てになるんや無いか? とりあえず連絡待ってみよ。俺もできるだけ顔を出すから」
「祐ちゃん、平日毎晩来てくれるやん。それで充分や」
これ以上、祐ちゃんに迷惑は掛けられない。守梨が言うと、祐ちゃんは「いいや」と首を振った。
「家におっても落ち着かへんわ。ここで守梨の無事を確かめてる方が安心する」
祐ちゃんの気持ちは本当にありがたい。心強い。だが。
「なぁ祐ちゃん、何でここまでしてくれるん?」
それは素朴な疑問だった。すると祐ちゃんは照れ臭そうに目線を逸らす。
「……まぁ、俺が好きでやっとることやし」
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