繋がりのドミグラスソース

山いい奈

文字の大きさ
29 / 55
3章 意図せぬ負の遺産

第7話 思いもよらぬ人

しおりを挟む
 ガラスの時に来てくれた警察官の名刺は、自室の机の引き出しに収めていた。携帯電話の番号も記されていたので、それに掛けるとすぐに出てくれた。

 ついさっき恫喝どうかつめいたものを受けたことを訴えると、すぐに行くと言ってくれたので、守梨は安堵する。

 身体の震えもどうにか落ち着きつつある。警察が来てくれたらきっと安心だ。ガラスの件が何も進んでいないことが少々不満でもあるのだが、警察にもきっと事情があるのだろうし。

 あれから被害届は出したのだが、それについてはあれからこちら側に新たな被害は無い。それもあってどうにか自分を納得させられてはいる。悪質ではあるもののただのいたずらだったのだと、そう思うことができていた。

 インターフォンが鳴ったのは、それから約20分後。それまでの間、心がざわついていた守梨まもりは「テリア」のフロアにいた。両親のそばにいたかったのだ。

「お父さん、お母さん、慰謝料って何? 何があったん?」

 そう問うてみる。しかし答えが守梨に届くことは無い。またゆうちゃんにお願いしないといけないのかと思うと、自分が情けなくなった。

 幽霊が見えない体質なのだから仕方が無いのだと分かっていても、もどかしい思いがつのってしまうのだ。

 インターフォンを出るとやはり警察だった。しかし女性の声である。ガラスの時は男性ふたりだったので、不思議に思いながら守梨は玄関に向かった。

 念のためチェーンを掛けたままドアを開けると、隙間からひょいと顔を覗かせたのは、丸顔の可愛らしい、カーキのカットソー姿の女性だった。

住吉すみよし警察署の丸山まるやまです。前回から担当が変わるんですが、よろしくお願いします」

 そう言いながら開かれた警察手帳には、間違い無く女性の顔写真。守梨は一旦玄関を閉め、チェーンを外してから開け放った。

「お手数をお掛けしてすいません」

「いえいえ、大変でしたね」

 丸山と名乗った女性警察官は、そう言って優しい笑顔でねぎらってくれる。そして丸山さんの後ろにもうひとり。警察官はふたり1組で行動するのだと、どこかで聞いたことがあった。パートナーなのだろうと顔を見て、守梨は「あ」と声を上げた。

「ええと、確か、榊原さかきばらさん」

 そう、先週両親にお悔やみをくれた、あの榊原さんだったのだ。ジャケットは着ておらず、白いシャツにノーネクタイ、チャコールグレイのスラックス。

 守梨が務める会社でもそうなのだが、夏場は男性もノーネクタイにジャケット無しの社員が多い。いわゆるクール・ビズというものだ。警察官にも浸透しているということなのだろう。

 そう言えば先週来てくれた警察官ふたりも、しっかりとクール・ビズ仕様だったなとぼんやりと思い出す。

「そうです。覚えててくれはりましたか」

「もちろんです。先週はほんまにありがとうございました。お香典、驚きました。ほんまにお気遣いいただいて」

 守梨が頭を下げると、榊原さんは「いやいや」と手を振る。

「僕の精一杯の気持ちですから」

 おや、大柄で、失礼だが怖い風貌なのに、一人称は僕なのか。少し意外に感じたが、仕事モードなのかも知れない。

 こうしてあらためて見ると、確かに声は太いしいかつい見た目、やはりサングラスを掛けているのだが、醸し出す雰囲気は、女性の丸山さんと一緒だからか、柔らかく感じる。どちらにしても両親のためにわざわざ足を運んでくれたのだから、きっと良い人なのだ。

「警察の人やったんですね」

「そうなんです。今、家は新今宮しんいまみやなんですけど、住吉署に異動になる前はあびこに住んどったんですよ。そん時に記念日で食べた「テリア」さんの味に惚れ込んで、給料後に奥さんと来とったんですわ。新今宮に引っ越した後も、給料の後はここって決めてて。いや、会社にもここにも行きやすいっちゅう理由で、新今宮に引っ越したぐらいで」

 放っておけばまだ喋りそうな榊原さんを、丸山さんが「そこまで!」と止めた。

「話を本筋に戻さんと。すいません、春日かすがさん。この人こんなごつい見た目なんですけど、中身おばちゃんなんですよ」

「おい」

 ころころとおかしそうに話す丸山さんに、榊原さんは気分を害した風でも無く、にこやかに突っ込む。

「いや、すいませんお嬢さん、お話聞きますから。何やえらいことになったみたいで」

 榊原さんがすっと表情を引き締める。すると守梨はさっきの恐怖を不意に思い出し、肩を震わせた。つい和やかな雰囲気に心地が良くなったが、来てもらった目的は不穏なことだった。

「はい。よろしくお願いします。とりあえず上がってください」

 そうして守梨は、榊原さんと丸山さんを、リビングに通した。



「お嬢さんが同僚に電話くれた時、たまたまそばにいましてね。「テリア」のお嬢さんの一大事や、そりゃ僕が行かな、てなりまして。石投げ込まれた話も聞きました。僕、ここしばらく和歌山に出向しとったんです、進展が無くて、ほんまにすいません」

 榊原さんが頭を下げると、横で丸山さんも「すいません」と倣った。ふたりとも申し訳無さげな表情である。

「いえ、今はもうガラスも無事ですし。それよりも今は、さっきのことの方が怖くて」

 守梨は男が梨本なしもとと名乗ったことと、慰謝料を請求されたことを話した。

「どんな顔でした? 年齢はどれぐらいとか分かります?」

「顔は怖くて良う見られへんかったんですけど、30台とかやと思います。なんや神経質そうな……あ、蛇みたいなイメージかも知れません。あとは、派手なシャツ着てました。赤いんだか黄色いんだか黒いんだか良う分からん様な」

 蛇の生態など良く知りもしないのだが、にょろにょろと巻きつく、絡みつく、そんな印象を持ったのだ。

「粘着質な感じですかね。慰謝料、請求される様なお心当たりあります? ご両親は亡くなられてるんで、難しいかもですが」

「そうなんです。親のやったことって言うてはったんで、両親が生きてた時に何やあったんや無いかと思うんですけど、私は何も聞いてへんで」

「そうですよねぇ……」

 榊原さんと丸山さんは困った様に顔を見合わせた。

「とりあえず、名前は分かってるんで、そっから調べてみます。そんなことするぐらいやから、こっちのデータベースにあるかも知れませんし。あとは周辺の防犯カメラ確認してみます。消極的なことしかできんで、ほんまにすいません」

「いえ、こちらこそ」

「何かあったら、すぐにご連絡ください」

「はい。よろしくお願いします」

 榊原さんと丸山さんは恐縮しつつ名刺を置いて、帰って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

処理中です...