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3章 意図せぬ負の遺産
第16話 これからもともに
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翌朝、守梨と祐ちゃんは住吉警察署に赴いた。祐ちゃんが車を出してくれたので助かった。
住吉警察署の最寄り駅は阪堺電車の住吉駅である。全国の住吉神社の総本社である住吉大社にも近い。
電車を乗り継いで行ける場所なのだが、車の方が所要時間が短いのである。
住吉警察署に到着して受け付けを済ませ、通された会議室の様なところで待っていたのは榊原さんと丸山さん、そして昨日梨本を引き渡した警察官だった。
梨本は始終反抗的で、取り調べは難航したそうだ。それでも梨本が捲し立てた慰謝料請求の理由は、ただの逆恨みだった。
梨本が3人の女性を連れて「テリア」で食事をしていた時、大声で騒ぐわ暴れるわで、他のお客さまに著しく迷惑となってしまい、お父さんがそれをやんわりと窘めたそうなのだ。
だがそれでも治まらず、何度も繰り返され、結局お店からの退去を促す事態に発展する。梨本はそれに恥をかかされたと感じたそうだ。
どこの飲食店でも、お客さまには楽しく食事をして欲しいと思うものである。だが最低限のマナーやモラルというものはある。飲食店に限らず、それを欠けば弾き出されるのは道理である。
「あの物静かなシェフ、お父さんが言うくらいなんやから、よっぽどやったんやと思います。まぁ慰謝料やら何やらって店の前で大声出すぐらいなんやから、お察しってやつですわ」
榊原さんはすっかりと呆れた口調である。守梨も同意見だし、きっと祐ちゃんもだろう。
「店のドアのガラス、あれ割ったんも梨本でした」
「あ、そうやったんですか?」
実は守梨は、昨日の顛末のお陰で、ガラスの一件のことがすっ飛んでしまっていた。梨本が連行されたことで安堵したのだが、実はまだ安心できないことを失念していたのである。玄関にチェーンを掛けるのはすっかり癖になったのだが。
「あらかじめ恐怖を与えることで、相手を、この場合はお嬢さんを御しやすくしようとしたと。梨本はチンピラです。あまり言えんのですけど、ルートがありましてね、シェフご夫妻が亡くなったこと、それから家にはお嬢さんおひとりで住んではることを知って、それやったら行けるて思ったんでしょう。仕返しを狙っとったんかも知れません」
「そうなんですか……」
お父さんに咎められたのがいつのことなのかは判らない。だが両親が逝去しておよそ4ヶ月。少なくともそれ以上、恨みを募っていたのか。不当な感情なわけだが、された方は忘れないとも言う。特に梨本は粘着質そうだから、相当だったのだろう。
「それにしても原口くん」
「はい」
「昨日はほんまにはらはらしましたわ。梨本を煽る様なこと言うて」
そうだ。それは守梨も横で見ていて、本当にどきどきした。警察官である榊原さんご夫妻が後ろにいてくれたとは言え、危なかった。実際守梨たちは襲い掛かられかけたのだから。お父さんが守ってくれなければ、祐ちゃんが怪我をしていた。
「ああ、あれで梨本が殴るでもしてくれたら、話が早いと思いまして。そしたら暴行罪とかで逮捕できるやろかって」
祐ちゃんのしれっとしたせりふに、榊原さんは「はぁー」と大きく息を吐く。呆れている様な、少し非難する様な。だが榊原さんの声は言い含める様に優しかった。
「そんなん、素人さんがやったらあきません。僕ら警察官でもやりませんよ。逆上したら危険ですからね。これからこんなこと無い方がもちろんええんですけど、万が一があったら、もうほんまに止めてくださいね。自分の身を守ることを優先してください」
「分かりました。すいませんでした」
祐ちゃんは殊勝に頭を下げた。
榊原さんでは無いが、守梨も本当にそう思う。祐ちゃんはこれから「テリア」の料理人になるのである。守梨とともに歩んでもらうのだ。自分を大事にしてもらわなければ。
もう大事な何かを失うのは、まっぴらである。
明日から、また守梨と祐ちゃんは「テリア」再開のために励む。懸念ごとは解決したのだから、心置きなく打ち込むことができる。
守梨のセミナーも折り返しである。人脈を広げつつ、学ぶべきこともまだまだある。ビストロでの修行を兼ねたアルバイトだって続けている。祐ちゃんも納得できていない部分を突き詰めるのだろう。
祐ちゃんとともにあれる安心感、そして心強さ。それは守梨の励みになる。負けない様に頑張らなければ。守梨はあらためて強く思った。
住吉警察署の最寄り駅は阪堺電車の住吉駅である。全国の住吉神社の総本社である住吉大社にも近い。
電車を乗り継いで行ける場所なのだが、車の方が所要時間が短いのである。
住吉警察署に到着して受け付けを済ませ、通された会議室の様なところで待っていたのは榊原さんと丸山さん、そして昨日梨本を引き渡した警察官だった。
梨本は始終反抗的で、取り調べは難航したそうだ。それでも梨本が捲し立てた慰謝料請求の理由は、ただの逆恨みだった。
梨本が3人の女性を連れて「テリア」で食事をしていた時、大声で騒ぐわ暴れるわで、他のお客さまに著しく迷惑となってしまい、お父さんがそれをやんわりと窘めたそうなのだ。
だがそれでも治まらず、何度も繰り返され、結局お店からの退去を促す事態に発展する。梨本はそれに恥をかかされたと感じたそうだ。
どこの飲食店でも、お客さまには楽しく食事をして欲しいと思うものである。だが最低限のマナーやモラルというものはある。飲食店に限らず、それを欠けば弾き出されるのは道理である。
「あの物静かなシェフ、お父さんが言うくらいなんやから、よっぽどやったんやと思います。まぁ慰謝料やら何やらって店の前で大声出すぐらいなんやから、お察しってやつですわ」
榊原さんはすっかりと呆れた口調である。守梨も同意見だし、きっと祐ちゃんもだろう。
「店のドアのガラス、あれ割ったんも梨本でした」
「あ、そうやったんですか?」
実は守梨は、昨日の顛末のお陰で、ガラスの一件のことがすっ飛んでしまっていた。梨本が連行されたことで安堵したのだが、実はまだ安心できないことを失念していたのである。玄関にチェーンを掛けるのはすっかり癖になったのだが。
「あらかじめ恐怖を与えることで、相手を、この場合はお嬢さんを御しやすくしようとしたと。梨本はチンピラです。あまり言えんのですけど、ルートがありましてね、シェフご夫妻が亡くなったこと、それから家にはお嬢さんおひとりで住んではることを知って、それやったら行けるて思ったんでしょう。仕返しを狙っとったんかも知れません」
「そうなんですか……」
お父さんに咎められたのがいつのことなのかは判らない。だが両親が逝去しておよそ4ヶ月。少なくともそれ以上、恨みを募っていたのか。不当な感情なわけだが、された方は忘れないとも言う。特に梨本は粘着質そうだから、相当だったのだろう。
「それにしても原口くん」
「はい」
「昨日はほんまにはらはらしましたわ。梨本を煽る様なこと言うて」
そうだ。それは守梨も横で見ていて、本当にどきどきした。警察官である榊原さんご夫妻が後ろにいてくれたとは言え、危なかった。実際守梨たちは襲い掛かられかけたのだから。お父さんが守ってくれなければ、祐ちゃんが怪我をしていた。
「ああ、あれで梨本が殴るでもしてくれたら、話が早いと思いまして。そしたら暴行罪とかで逮捕できるやろかって」
祐ちゃんのしれっとしたせりふに、榊原さんは「はぁー」と大きく息を吐く。呆れている様な、少し非難する様な。だが榊原さんの声は言い含める様に優しかった。
「そんなん、素人さんがやったらあきません。僕ら警察官でもやりませんよ。逆上したら危険ですからね。これからこんなこと無い方がもちろんええんですけど、万が一があったら、もうほんまに止めてくださいね。自分の身を守ることを優先してください」
「分かりました。すいませんでした」
祐ちゃんは殊勝に頭を下げた。
榊原さんでは無いが、守梨も本当にそう思う。祐ちゃんはこれから「テリア」の料理人になるのである。守梨とともに歩んでもらうのだ。自分を大事にしてもらわなければ。
もう大事な何かを失うのは、まっぴらである。
明日から、また守梨と祐ちゃんは「テリア」再開のために励む。懸念ごとは解決したのだから、心置きなく打ち込むことができる。
守梨のセミナーも折り返しである。人脈を広げつつ、学ぶべきこともまだまだある。ビストロでの修行を兼ねたアルバイトだって続けている。祐ちゃんも納得できていない部分を突き詰めるのだろう。
祐ちゃんとともにあれる安心感、そして心強さ。それは守梨の励みになる。負けない様に頑張らなければ。守梨はあらためて強く思った。
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