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1章 新世界でお店を開くために
第4話 それだけでは無く
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「まぁ、確かに餓鬼には酒の息は臭いかも知れんわな。でも美味い酒を知らんでっちゅうんも勿体無い。何よりここで商売やるんやったら、酒は扱え。で無ければ許さん」
「そんなこと言われても」
そもそも、どうしてそんなにお酒に執着するのか。そして、今さらながら、このあやかしは何者なのだろうか。角があるから鬼だと思ったのだが。
「ここでお店をするとしたら、わたしがお金を出して借りるんですよ。お店をどうするか、わたしに権利がありませんか? せやのに、何であなたにそこまで言われなあかんのです?」
決して喧嘩腰では無く、単純な疑問として聞いた。
「ここにおるんはおれの方が長い。前の店んときからおれはここにおる。そんときも酒を出す店やった。せやからおれが繁盛させたった。今は店主が歳取って店畳んだけどな」
「え、お酒を出すお店にしたら、繁盛さしてくれるんですか? 出さへんかったら?」
「閑古鳥鳴らしたる」
そんな無茶苦茶な。でもあやかし、しかも大物なら、そうできる力があるのかも知れない。
「そもそも、原因はお前が酒を飲めんことやろ。今から買ってこい。この辺でも酒屋のひとつやふたつあるやろ」
「あ、確か堺筋沿いにあったはず」
堺筋は大阪市北区の天満橋から新世界の一角でもある動物園前を経由し、天下茶屋までを繋いでいて、その下には大阪メトロ堺筋線が走っている。
堺筋はかつてはいくつもの百貨店が立ち並び、大阪いちの目抜き通りだったのだそうだ。今はその役目は御堂筋に移っている。
「いくらなんでもいきなり一升瓶とは言わん。せやな、4号瓶でええわ。「甘めですっきりして飲みやすい日本酒」言うて見繕ってもらえ。コップは使い捨てのやつでええから、ふたつ用意せぇ」
「何するつもりです? まさかわたしに飲まそうとしてます?」
「そのまさかや」
あやかしがにぃ、と口角を上げる。由祐は思わず顔を歪めてしまった。
「嫌ですよ。飲みたない人に無理に飲ますん、アルハラですよ」
すると今度はあやかしが、その麗しい顔を忌々しげに歪める。
「何や、現代人は何でもかんでもハラスメントや言うて、ほんま面倒やな。別に飲まんでも、舐めるだけでもええ。お前はただ、餓鬼のころの記憶で酒が嫌になっとるだけや、酒の旨さを知らんだけや。おかんが飲めるんやったら、お前も飲めるやろ」
「だから嫌ですよ、わたし、今んとこ長生きしたいですし」
「あ? どういうこっちゃ」
「わたしの母、お酒の飲み過ぎで、脳梗塞で亡くなってるんで」
由祐が淡々と言うと、さすがのあやかしも面食らった様で、目を見開いて口を閉じた。
そう、由祐のお母さんは、由祐が小学生5年のときに脳梗塞でこの世を去った。
その日の朝、由祐はいつも通りの時間に起きて、お母さんのお酒の混じった息に少しうんざりし、それでも買ってくれていた食パンをトースターで焼いて食べて、自分で全ての準備をして学校に行った。
いつもなら、由祐が帰ってくるときにはお母さんのお酒も抜けていて、笑顔で迎えてくれて、市販品だがおやつを用意してくれていた。だがその日は違ったのだ。
お母さんは、畳の床に倒れていた。最初はうっかり眠ってしまったのか、なんて思ったのだが、手には干し掛けの洗濯物を握っていて、どうにも様子がおかしい。由祐がお母さんの身体を揺すってみても微動だにしない。
これはおかしい。こういうときはどうすれば。まだ11歳の由祐の頭は目まぐるしく回る。そして辿り着いたのは、幼なじみである深雪ちゃんのお母さんだった。
確かお母さんの携帯電話には、深雪ちゃんの家の電話番号が入っていたはず。由祐はまだ携帯電話を持たせてもらってはいなかったが、電話の掛け方は教えてもらっていた。果たして深雪ちゃんのお母さんは。
「すぐに救急車を呼ぶからね! 今から私もそっちに行くから!」
叫ぶ様にそう言ってくれた。由祐は力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。そのまま身体を引きずる様にお母さんの元に向かう。
「……お母さん、お母さん」
由祐は、お母さんの身体をさすって呼び続けた。だがお母さんからの返事は無かった。
やがて深雪ちゃんとおばちゃんが駆けつけてくれて、続けて救急車も到着した。救急救命士さんはかがんでお母さんを診て。
「……すでにお亡くなりになっています。ご愁傷さまです」
そう言って神妙に頭を下げた。そしておばちゃんと話をして、警察に連絡されることになった。不審死の扱いになるとのことだった。
お母さんは行政解剖が行われ、脳梗塞だったことが判明した。
深雪ちゃんのお母さんに助けてもらいながら、お母さんの職場のラウンジに連絡し、お通夜に葬式、火葬の手はずを整えた。まだ小学生だった由祐がひとりで執り行うには手に余るものばかりだった。
それらが終わり、少し落ち着いたころ、それでも悲しみは全く癒えず、由祐はお母さんが遺した携帯電話で、お母さんを奪った脳梗塞の原因を調べてみた。
すると、そこには飲酒があった。由祐は目を見張った。
もちろんそれだけが原因では無かったのかも知れない。高血圧がいちばんの要因だと書いてあった。お母さんがそうだったかは分からない。それでも。
由祐がさらにお酒を苦手としてしまうのは、致し方が無かったのだ。お母さんを喪った原因なのかも知れないのだから。
「そんなこと言われても」
そもそも、どうしてそんなにお酒に執着するのか。そして、今さらながら、このあやかしは何者なのだろうか。角があるから鬼だと思ったのだが。
「ここでお店をするとしたら、わたしがお金を出して借りるんですよ。お店をどうするか、わたしに権利がありませんか? せやのに、何であなたにそこまで言われなあかんのです?」
決して喧嘩腰では無く、単純な疑問として聞いた。
「ここにおるんはおれの方が長い。前の店んときからおれはここにおる。そんときも酒を出す店やった。せやからおれが繁盛させたった。今は店主が歳取って店畳んだけどな」
「え、お酒を出すお店にしたら、繁盛さしてくれるんですか? 出さへんかったら?」
「閑古鳥鳴らしたる」
そんな無茶苦茶な。でもあやかし、しかも大物なら、そうできる力があるのかも知れない。
「そもそも、原因はお前が酒を飲めんことやろ。今から買ってこい。この辺でも酒屋のひとつやふたつあるやろ」
「あ、確か堺筋沿いにあったはず」
堺筋は大阪市北区の天満橋から新世界の一角でもある動物園前を経由し、天下茶屋までを繋いでいて、その下には大阪メトロ堺筋線が走っている。
堺筋はかつてはいくつもの百貨店が立ち並び、大阪いちの目抜き通りだったのだそうだ。今はその役目は御堂筋に移っている。
「いくらなんでもいきなり一升瓶とは言わん。せやな、4号瓶でええわ。「甘めですっきりして飲みやすい日本酒」言うて見繕ってもらえ。コップは使い捨てのやつでええから、ふたつ用意せぇ」
「何するつもりです? まさかわたしに飲まそうとしてます?」
「そのまさかや」
あやかしがにぃ、と口角を上げる。由祐は思わず顔を歪めてしまった。
「嫌ですよ。飲みたない人に無理に飲ますん、アルハラですよ」
すると今度はあやかしが、その麗しい顔を忌々しげに歪める。
「何や、現代人は何でもかんでもハラスメントや言うて、ほんま面倒やな。別に飲まんでも、舐めるだけでもええ。お前はただ、餓鬼のころの記憶で酒が嫌になっとるだけや、酒の旨さを知らんだけや。おかんが飲めるんやったら、お前も飲めるやろ」
「だから嫌ですよ、わたし、今んとこ長生きしたいですし」
「あ? どういうこっちゃ」
「わたしの母、お酒の飲み過ぎで、脳梗塞で亡くなってるんで」
由祐が淡々と言うと、さすがのあやかしも面食らった様で、目を見開いて口を閉じた。
そう、由祐のお母さんは、由祐が小学生5年のときに脳梗塞でこの世を去った。
その日の朝、由祐はいつも通りの時間に起きて、お母さんのお酒の混じった息に少しうんざりし、それでも買ってくれていた食パンをトースターで焼いて食べて、自分で全ての準備をして学校に行った。
いつもなら、由祐が帰ってくるときにはお母さんのお酒も抜けていて、笑顔で迎えてくれて、市販品だがおやつを用意してくれていた。だがその日は違ったのだ。
お母さんは、畳の床に倒れていた。最初はうっかり眠ってしまったのか、なんて思ったのだが、手には干し掛けの洗濯物を握っていて、どうにも様子がおかしい。由祐がお母さんの身体を揺すってみても微動だにしない。
これはおかしい。こういうときはどうすれば。まだ11歳の由祐の頭は目まぐるしく回る。そして辿り着いたのは、幼なじみである深雪ちゃんのお母さんだった。
確かお母さんの携帯電話には、深雪ちゃんの家の電話番号が入っていたはず。由祐はまだ携帯電話を持たせてもらってはいなかったが、電話の掛け方は教えてもらっていた。果たして深雪ちゃんのお母さんは。
「すぐに救急車を呼ぶからね! 今から私もそっちに行くから!」
叫ぶ様にそう言ってくれた。由祐は力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。そのまま身体を引きずる様にお母さんの元に向かう。
「……お母さん、お母さん」
由祐は、お母さんの身体をさすって呼び続けた。だがお母さんからの返事は無かった。
やがて深雪ちゃんとおばちゃんが駆けつけてくれて、続けて救急車も到着した。救急救命士さんはかがんでお母さんを診て。
「……すでにお亡くなりになっています。ご愁傷さまです」
そう言って神妙に頭を下げた。そしておばちゃんと話をして、警察に連絡されることになった。不審死の扱いになるとのことだった。
お母さんは行政解剖が行われ、脳梗塞だったことが判明した。
深雪ちゃんのお母さんに助けてもらいながら、お母さんの職場のラウンジに連絡し、お通夜に葬式、火葬の手はずを整えた。まだ小学生だった由祐がひとりで執り行うには手に余るものばかりだった。
それらが終わり、少し落ち着いたころ、それでも悲しみは全く癒えず、由祐はお母さんが遺した携帯電話で、お母さんを奪った脳梗塞の原因を調べてみた。
すると、そこには飲酒があった。由祐は目を見張った。
もちろんそれだけが原因では無かったのかも知れない。高血圧がいちばんの要因だと書いてあった。お母さんがそうだったかは分からない。それでも。
由祐がさらにお酒を苦手としてしまうのは、致し方が無かったのだ。お母さんを喪った原因なのかも知れないのだから。
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