煮物屋さんの暖かくて優しい食卓

山いい奈

文字の大きさ
67 / 122
19章 受け継がれるもの

第4話 親娘3代の絆

しおりを挟む
 それは翌日のこと。また冨樫とがしさんがひょっこりと顔を出す。にこにこと晴れやかだ。

「こんばんは」

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ~」

 冨樫さんが中に入って来ると、その後をお祖母さま、そしてお母さまが続いた。

「あら、店長さんに大店長さんじゃ無いですか。お珍しいですね」

 冨樫さんたちは大店長さんを囲む様に並んでカウンタに掛ける。佳鳴かなる千隼ちはやがおしぼりを渡すと揃って「ふぅ」と手を拭いた。

「あっはっは、里奈りなに頼んで強引に付いて来ちまったよ。どうしても佳鳴ちゃんにお礼が言いたくてさ。あんたたち月に1度しかうちに来ないだろ?」

「あら? お礼って何かありましたか?」

 佳鳴が目を丸くして言うと、店長さんはまた「はっはっは」と豪快に笑った。

「昨日里奈にいろいろ言ってくれたって言うじゃ無いか。本当に助かったよ。ありがとうね」

 店長さんが言うと、大店長さんも横で「本当にありがとうねぇ」と頭を下げた。

「いいえぇ、私は何も」

 佳鳴が慌てると、店長さんは「そんな謙遜けんそんすること無いよ」とまた豪快に笑う。そうなると佳鳴はもう恐縮しっぱなしである。

「私が先走ってうっかり跡を継ぐだのなんだの言っちまったからさ、里奈ったら呆然としちゃって「煮物屋さん行って来る」って言って何も持たずに店を出てっちゃってさ。慌てて追い掛けて財布だけ持たせたんだけどね。引き止めようかとも思ったんだけどさ、昨日の里奈の状態だったら私が何を言っても重いだけだろうって思ってさ。結果佳鳴ちゃんに丸投げしちゃう様なことになっちまって」

「いいえ。むしろ余計なことになっていないと良いんですが」

 佳鳴なりにかなり言葉を選んだつもりだ。少しでも冨樫さんの心が軽くなる様に。

 佳鳴もまだまだ経営者としては未熟な自覚があって、偉そうなことなど何も言えないのだが、それでも人を相手にするという共通している部分で、言葉を紡いだのだ。

「とんでも無いよぅ。私だとどうしても親目線になっちまうからねぇ。母さんだとやっぱり孫が可愛いもんだしね。第三者の言葉ってもんが要ったのさ。まだ結論は出ていないんだけどねぇ」

「それは冨樫さんが跡を継ぐ継がないのお話ですね」

「そうなんです」

 冨樫さんが苦笑する。

「店長さんのお話は本当にありがたくて嬉しかったんですけど、やっぱりまだ思い切りが出なくて。お祖母ちゃんとお母さんは無理に継いで欲しいって思ってるわけじゃ無くて、私が望めばって思ってくれてるんで、私も焦らずに考えて行こうかなって」

「それが良いですね。大事なことですもんね」

「はい」

「そうなるとうちだけじゃ世間が狭いからね、他の店に修行に出すつもりさ」

「私はそこまでしなくても良いと思うんだけどねぇ」

「母さん、そういう部分が祖母ちゃん目線なんだよ。跡を継ぐとなったら甘くしちゃいけないよ」

「そうは言うけどねぇ」

 大店長さんはやはり渋る。可愛い孫に大変な思いをして欲しく無いのだろう。それは祖母として当然の感情なのだと思う。だが。

「母さん、里奈はまだぬるま湯の中にいるんだよ。うちに限らず経営するとなればそうも言ってられないよ。そんなことは母さんだって判ってるだろう?」

「そりゃあねぇ、私も冨樫を始める前はよそのお店で働いていたけどねぇ」

 やはり大店長さんは浮かない顔。すると冨樫さんが困った様に声を上げた。

「お母さん、お祖母ちゃん、だから私まだ継ぐって決めたわけじゃ無いよ?」

「あ、そうだったそうだった。あっはっは」

「あらあら、ほほほ」

 店長さんがまた豪快に、そして大店長さんは照れた様に笑った。

「それよりも注文しないと。ここの注文方法は言ったよね。ご飯とお酒どっちにする?」

「私はお酒をもらおうかね。そうだねぇ、何にしようか。母さんはどうする?」

 店長さんはドリンクメニューを手にして、横の大店長さんにも見える様に傾けた。大店長さんは「日本酒あるかえ?」と目を細める。

「母さん老眼なんだから眼鏡しないと」

「あれはねぇ、お仕事以外ではできたらしたくないんだよねぇ。眼鏡はあんまり好きじゃ無いんだよねぇ」

「仕方が無いねぇ。日本酒あるみたいだよ。冷酒と冷や、どっちが良い?」

「冷やが良いねぇ」

「私はビールをもらおうかな」

「私は酎ハイのレモンください」

「はい。かしこまりました」

 佳鳴はタンブラーを用意して酎ハイレモンを作る。千隼は日本酒の冷やを準備。一升瓶いっしょうびんから細身のグラスに注ぎ入れ、ビールは瓶ビールを出して栓を抜きグラスを添えた。

「はい。お待たせしました」

 作った飲み物を提供すると、店長が両手でビールのグラスと日本酒を取り、冨樫さんが酎ハイレモンと瓶ビールを受け取った。それぞれの前に置いて、冨樫さんが「はい、お母さん」と店長さんにビールを注いだら。

「かんぱーい」

 軽く器を重ね合わせ、冨樫さんと店長さんはぐいとグラスを傾け、大店長さんはちびりと口を付けた。

「あっはっは、旦那放って飲むビールは美味しいねぇ!」

 店長さんはそう笑ってまたビールを煽った。

「本当にもうこの子ったら。あんたのために婿養子に来てくれた人になんてことを」

 大店長さんが呆れた様に言うが、店長さんは「あはは」とどこ吹く風だ。

 店長さんは大店長さんの跡を継いだのだが、結婚の時に旦那さんが婿養子に入ってくれたそうなのだ。

 店長さんが嫁入りしても跡を継ぐことはできたのだろうが、旦那さんが「僕三男だし問題無い無い」とあっけらかんと言ってくれたのだそうだ。その旦那さんは普通の会社員だ。

 そう思うと、冨樫さんはなんとも大らかな家族に育まれたものだと思う。

「じゃあお父さまはお家でおひとりで?」

「いいえ。私たちが今日ここに来るってことになったら、同僚を誘ってみるって言ってました。駄目でもひとりで行ける小料理屋があるからって。たまには羽根を伸ばして来るって笑ってました」

「あら、素敵なお父さまですねぇ」

「そうなんです。うち、お父さん5時に仕事が終わって帰って来るので、私たちより早いんですよ。だから晩ご飯作るのはお父さんなんです」

「じゃあ今日は久しぶりの上げ膳据え膳ですか?」

「そうなるね。朝ご飯は私が作ってるし弁当も持たせてるけどね。でも朝はパン焼くぐらいだし、弁当は米さえ炊いてればおかずは冷凍食品でどうにかなるからさ。前の日の晩ご飯のおかず少し分けたりね。私は炊事すいじでは楽させてもらってるからね。だからたまには息抜きしてくれたらね」

「たまにはそういう時間も大切ですよね。はい、お料理お待たせしました」

 今日のメインは豚ばら肉と白ねぎと焼き豆腐の煮物だ。薄切りの柔らかな豚ばら肉から出る脂の旨みが、白ねぎと焼き豆腐に絡んでいる。白ねぎのねばりが煮汁にほのかなとろみを与えていて、喉ごしもなめらかだ。

 青みは白ねぎの青い部分を細く切って、最後にさっと煮込んでいるので彩りも鮮やかである。

 小鉢のひとつは人参とえのきのきんぴら。細切りにした人参と割いたえのきをごま油で炒め、調味をしてすりごまをたっぷりと振った。

 もうひとつは薄揚げとちんげん菜のおかか炒めだ。醤油は使わず削り節をふんだんに入れて、あっさりとした仕上げにしている。

「おや、おいしそうだね!」

「そうだねぇ」

 店長さんと大店長さんが嬉しそうに顔を綻ばせる。

「そう言えば煮物なんて久しぶりだ。旦那のご飯は炒め物が多くて、あとは買って来た惣菜をちょこっと添えてくれてね。その炒め物が妙に美味しかったりするんだけど、煮物はあまり出ないからね」

「そうだねぇ。本当に助かってるけど、私には少し重いかも知れないねぇ。ほんの少しだけどねぇ。でも美味しいんだよ」

「お祖母ちゃんお母さん、私その美味しさの正体知ってるよ」

 冨樫さんがにっと口角を上げる。

「うまみ調味料だよ」

 すると店長さんと大店長さんは「ああ!」と声を上げた。

「なぁるほどね! そりゃあ確かにうま味だわ」

「そうだねぇ」

 店長さんと大店長さんはそう言って笑う。

「さて、じゃあいただこうかな」

「そうだねぇ」

 店長さんと大店長さんは「いただきます」とはしを取って、まずは揃って煮物に手を伸ばした。店長さんはとろとろの豚ばら肉とくたっとなった白ねぎ、大店長さんは焼き豆腐を綺麗に割って口に運んだ。そして「んん」と目を見開いた。

「美味しいね! とても優しい味だ。素材からしっかりと旨みが出てる。お出汁がしっかりしていてお醤油なんかは控えめなのかね?」

「そうだねぇ。とても身体に優しそうな味だねぇ」

 すると冨樫さんは「でしょ、でしょ!?」と嬉しそうに言う。冨樫さんは箸を付けずに店長さんと大店長さんが食べる瞬間を待っていたのだ。

「ここのご飯美味しいでしょう?」

「ああ、美味しいねぇ。お酒に合うのはもっと濃い味だろうと思ってたけど、これは良いね。お酒の罪悪感が無いって不思議なもんだよ」

「本当だねぇ」

 店長さんと大店長さんは嬉しそうにあれもこれもと箸を付け、満足そうに口を動かす。冨樫さんも食べ始めると「美味しい~」と頬を緩ませた。

「本当に美味しいねぇ。また来るとしようかね」

「私もまた来たいねぇ」

「私が来る日と被らない様にお願いね」

「分かってるよ。あんたのいこいの時間を邪魔しないよ。そうだねぇ、今度旦那も連れて来ようか」

「ふたりで来たら良いねぇ。夫婦水入らずだねぇ」

「たまにはね。そうだね、火曜日が里奈、水曜日が母さんと私、金曜日か土曜日が旦那と私。どうだい?」

「なんで! 私来たいと思った日に来たいよぅ。しかもお母さん2回もあるじゃん!」

 冨樫さんが悲痛そうな声を上げると、大店長さんは「うんうん」と頷く。

「私はそれで良いよ。水曜日を励みに頑張ろうかねぇ」

「ちょっと、お祖母ちゃんがそんなこと言っちゃったら決まっちゃうじゃ無い!」

「あっはっは」

 家族3世代のそんな賑やかな言い合いを聞きながら、佳鳴はほっと口元を綻ばせた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari@七柚カリン
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

処理中です...