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しおりを挟む先付け 江戸の料理人、現代で吠える
東京、谷中――
古い寺と、昔ながらの商店街に囲まれたレトロな町だ。
その片隅にある小さなアパートの一室で、春野咲は必死に手を動かしていた。
五月の初め。うららかな気候にもかかわらず、汗だくである。
「おい咲、手つきが鈍臭ぇぞ。もたもたしてっと、いつまでたっても何にもできねぇぜ!」
彼女の右斜め上三十センチのところから喝が飛んだ。
左手で卵の白身が入ったボウルを抱え、右手には菜箸。この状態で、彼女は先ほどからボウルの中身を渾身の力でかき回しているのに。
そんな咲は、この春、大学生になったばかりである。
生まれてから十八年、これほど熱心に卵と向き合ったことはなかった。決して怠けてなどいない。その証拠に、腕はジンジンと痺れ、熱を持っている。
「あぁ、もう駄目。疲れたー」
咲はとうとう手を止めて嘆いた。
すると、隣にいる青年がボウルを覗き込み、ぐっと表情を引き締める。
「諦めんな! 卵の泡立ては気合と根性だぜ。ちゃんと腰入れて、腕全体を使ってかき混ぜれば、お前にもできる!」
「ごめん、無理」
「おいおい……溶いてる途中の卵を放ったらかしにすんのかよ。無駄んなっちまう」
「そんなこと言ったって~」
どこぞの熱血スポーツキャスターのような口調で叱咤激励されたが、もはや限界だった。
中途半端にかき回されてへにょへにょになった卵の白身を、ボウルごと調理台に置く。
身長、百五十四センチ足らず。至って普通体型の彼女が、肩の上で切り揃えたボブヘアを揺らして必死に卵と格闘した結果がこれである。もう、腕も心もクタクタだ。
「……ま、そこまで無理なら仕方ねぇや。休んでくんな」
疲れ切った咲の様子を見て、隣にいる青年はそう言った。そして、ひょいと身体を躍らせるようにして飛び上がる。
百八十センチはありそうな長身が、文字通り、飛び上がったのだ――天井まで。
「あっ、待って」
そのまま彼が手の届かないところへ行ってしまいそうで、咲は思わず手を伸ばした。だが伸ばした手は長身をすり抜けて、虚しく空を切るばかり。
たとえ咲が腕を目一杯伸ばしても、それが彼に触れることは決してない。何せ、相手は『この世のものではない』存在なのだから……
「悪ぃな、咲。無理言って」
その『この世ならぬもの』は、床から五十センチ以上浮いた状態で、ふっと微笑んだ。ボウルを放り出した咲を責める様子など微塵もない。
ただ、その笑顔は少し儚げで、どこか寂しそうな色が混じっている。
本来なら何もないはずの空間を見上げながら、咲は彼の名前をそっと呼んだ。
「惣佑……」
空中を漂う長身の正体は、紛れもなく『幽霊』である。
名前は、惣佑。苗字はない。
きりりと束ねた総髪に、紺色の着物を纏った彼は、今から百六十年ほど前に料理人として生き、そして不意に命を失ったという。
百六十年前といえば、日本はまだ江戸時代。お城に将軍がいて、みんながみんな着物を着て帯を締め、髷を結っていた頃だ。
それから日本は何度か大きな時代の節目を迎えたが、惣佑はその間もずっと幽霊としてこの世を彷徨い続けていたらしい。
そして、実体のなくなった彼の存在に気付く者はいなかった。――咲を除いては。
咲が幽霊の惣佑に出くわした……いや、出会ったのは、四月。
今からひと月ほど前、栃木から大学進学のために上京して、この谷中のアパートに越してきた日のことだ。
惣佑は正真正銘の『幽霊』であり、咲の住む部屋に『憑いて』いた。他の人には見えない彼の姿を、咲の目はしっかりと捉えてしまったのだ。
初めて出会った日、本物の幽霊を見て腰を抜かした咲に向かって、惣佑はふわりと微笑んで言った。
『――ああようやく、一人じゃなくなったんだな、俺』
それが、始まりだったのだ。
さて、調理台に、卵の白身が入ったボウルが放置されている。
惣佑はそれを黙って見つめていた。このまま放っておけば、いずれ卵は駄目になってしまう。駄目になって捨てられて、土に還っていく。
しかし惣佑はどこかへ還ることもできず、この世を彷徨っている。あらゆるものが生まれ出て土へと還る瞬間を、彼は何度一人で見つめてきたのだろう。
生きている時、惣佑は料理人として毎日包丁を握っていたそうだ。
毎日毎日、誰かのために野菜を刻んで魚を捌いて……それがこれからも続くと信じていた。
だけどそんな日々は、突然途切れてしまったのだ。彼の命の終わりとともに。
惣佑は今、放り出された卵を黙って見つめることしかできない。かき混ぜた時に感じる腕のだるさも、ジンジンと痺れる感覚も、もう二度と味わうことはない。
彼にはどうすることもできないのだ。実体のない幽霊は、包丁一つ持てないのだから。
「……卵を泡立てればいいんだよね?」
咲は一度軽く息を吐き出して、再びボウルに手を伸ばした。
ボウルの中に入っているのは、卵二つ分の卵白。黄身のほうは別のお皿に取り分けてある。
材料と向き合った彼女を見て、惣佑が俯きがちだった顔を上げた。
「疲れたんじゃねぇのか、咲」
「ちょっと休んだから、もう大丈夫だよ!」
「よし、じゃあ、やるか!」
少し悲しげだった表情が、屈託のない笑顔に変わる。その顔を見て、咲は改めて思った。
惣佑はまだ料理がしたいのだ。たとえ、実体を失ってしまっていても。
そんな彼の姿が見えるのは自分だけである。つまり、彼の代わりに料理ができるのは咲しかいない。
惣佑と出会った時、心に決めたのではなかったか。
――惣佑の指南で、料理を作ろう! 腕を上げて、彼の未練を解消し、無事にあの世へ送ってあげよう!
その決意が胸に蘇り、咲の背筋が再びしゃきっと伸びる。
「泡立てるって、どのくらい? ふわふわの泡にするってことでいいの?」
菜箸を動かしながら訊くと、惣佑は頷いた。
「おう! しっかりめに立ててくんな」
「ねえ、これって……もしかしてメレンゲ?」
「めれんげ……って何でぇ?」
「今の時代では、卵白を泡立てたものをメレンゲっていうの」
惣佑と出会ってから、何度か彼の指南でキッチンに立ったものの、はっきり言って咲は料理に関してはまるで素人である。上京するまで日々の食事は母親に任せきりにしてきたので、包丁などろくに握ったことがなかった。
だから普段は一から十まで惣佑の教えに従っているが、ごくごくたまに立場が逆転することがある。
江戸時代の日本にはなかった食材や料理法が、現代では普通に出回っている。特に明治時代以降に日本に入ってきた西洋の料理は、惣佑にとって未知の存在らしく、咲が説明することが多い。
「ほー。『めれんげ』ったあ、なかなか洒落た名前じゃねぇか。咲は卵白の泡立て、初めてかい?」
「昔お母さんとケーキ……お菓子を作る時にやったことあるよ。まさかこれからお菓子を作るの?」
「いや、菓子じゃねぇ。菜……飯のおかずだ。さっき出汁を引いただろ。それと泡立てた卵を組み合わせるんだ」
彼の言う通り、傍らのガスコンロには出汁が入った土鍋がある。卵を割る前に、昆布と鰹節を使って引いたものだ。
惣佑が指南するのはもちろん、彼が生きていた江戸時代の料理である。
昔から受け継がれる日本料理に欠かせないのは、何と言っても出汁だ。咲が一番に習ったのは出汁の取り方だった。
今はインスタントの顆粒の出汁が出回っているが、一からやっても思っていたほど難しいことはない。
どんな料理にも合うと言って教えられたのは、昆布と鰹節を使った合わせ出汁の取り方だ。
まず鍋にたっぷりと水を張り、そこに表面を軽く拭いた十センチくらいの長さの昆布を入れる。そのまま鍋を火に掛け、沸騰してしばらくしたら昆布を取り出して、今度は鰹節をわさわさっと投入する。
アクを取りながら数分煮立たせ、火を止めて鰹節が沈んだら、もういい出汁が取れている。鍋の中身を布巾で漉しつつ別の容器に移せば、完成だ。
二種類入れるのが面倒だったら昆布か鰹節のどちらかだけでも構わないし、何ならざるに鰹節を乗せて上から熱湯を注ぐだけでもいい。
『いい出汁さえありゃ、味付けは最低限でも美味ぇ料理ができるんだぜ』
惣佑は咲に、そう教えてくれた。
「咲、お前上手ぇこと出汁が引けるようになったじゃねぇか。最初は手つきが危なっかしかったが、これなら問題なしだ」
土鍋の中を覗いた惣佑が力強い口調で言う。
その隣で、咲は「う、うん……」と曖昧に頷いた。
確かに、最近はいちいち手順を聞かなくても出汁が取れるようになった。だが問題は、手元にあるメレンゲだ。
(出汁と組み合わせるなんて、一体どんな料理なんだろう。っていうか、美味しいのかな……?)
メレンゲというと、咲にはどうしてもお菓子のイメージが付きまとう。
料理の完成図がさっぱり頭に浮かばず、惣佑が何をしようとしているのか一向に見えてこない。
「悪ぃな、咲。俺に付き合わせて、こんなわけの分かんねぇもん作らせて……」
横で溜息交じりに言われ、咲は慌てて口角を引き上げた。不安な気持ちが顔に出てしまっていたようだ。
「えっ、い、いや、そんなことないよ!」
「俺に無理に付き合うこたぁねえんだぜ。一度っきりの人生だ。どうせなら好きなもんを食ったほうがいい」
惣佑が彼女の顔を覗き込み、微笑んだ。笑っているはずなのに、何とも言えない寂しそうな表情をしている。
「惣佑……」
咲は何だか心臓をギュッと掴まれたような気がした。ぐぐっと感情がせり上がってきて、鼻と目の奥を切なく刺激する。
人生が一度きりしかないのは惣佑も同じだ。その彼の人生は、半ばで閉ざされた。
いわば咲は、彼の志を引き継いでいるつもりなのだ。
それでも、もし彼女が「料理なんてしたくない」と言えば、惣佑は笑って許すだろう。恨んで祟ったりすることなど決してない。
彼はただ、寂しそうに佇むのだ。
江戸時代に命を落としてから、もう百六十年も、たった一人でそうしてきたように……
「心配しないで。私も料理したいから、惣佑に付き合ってるの! この際、ちゃんとしたやり方を覚えたいものね。ああでも、道具は好きなのを使わせて」
込み上げてくる衝動が目から溢れないうちに、咲は身体を動かすことにした。手始めに、調理台についている抽斗からあるものを取り出し、流しで軽く洗う。
「おっ、何でぇ、その珍妙な棒は」
惣佑は咲の手元を凝視して、首を傾げた。
「泡立て器だよ。お箸でかき混ぜるより、効率がいいと思う」
一人暮らしの割に、咲のキッチンには調理道具がそれなりに揃っている。彼女の母が、上京する娘のためにあれこれ買ってくれたのだ。
ほとんど料理の経験がなかった咲は、それらの道具を使いこなせるか心配していたが、幽霊の料理人と同居したことで宝の持ち腐れにならずに済んだ。
「けったいな形してんなぁ。西洋の道具か?」
細い針金が組み合わさってできている泡立て器を、惣佑がしげしげと見つめる。興味津々といった様子だ。
「……多分そうだと思うけど、やっぱり江戸時代にはなかったの?」
「そんな妙な形の黒金の棒、見たことねぇな。なるほど、こりゃかき混ぜに特化した道具かい。確かに要領がよさそうだ」
「じゃあ、泡立てるね」
惣佑が見やすいように少しボウルを傾け、咲は泡立て器を動かし始めた。
さすが文明の利器。菜箸ではたいして変化がなかったボウルの中身が、みるみる泡立っていく。
そのまま十分くらいかき混ぜていると、惣佑がうん、と大きく頷いた。
「それくらいでいい。今度は取り分けておいた黄身をよぉく溶いて、泡立てた白身と混ぜねぇ。それからさっき引いた出汁を温めて、酒と醤油と味醂を足すんだ」
「分かった」
彼に言われた通り、まずメレンゲと黄身を混ぜ合わせると、真っ白だったボウルの中がほんのり黄色くなった。調味料を加えた出汁は、土鍋の中で沸騰して美味しそうな匂いとともに湯気を立て始める。
土鍋の具合を真剣に見ていた惣佑が、そこで指示を飛ばした。
「今だ、咲。出汁に卵を一気に流し込め!」
「了解!」
「いいぞ。鍋の蓋を閉じて、火を弱めるんだ」
「はい!」
ガスコンロの上で、土鍋がコトコトと音を立てている。蓋を閉じているので中の様子は全く分からない。
「よしよし。多分、そこそこ上手くいってると思うぜ。今のうちに漬物を切って、飯を盛っておきねぇ」
惣佑はガスコンロから離れて別のほうを指さした。
そこに置かれているのは炊飯器だ。料理を始める前にセットしておいたので、すっかり炊き上がっている。
惣佑に初めてこの炊飯器を使って見せた時のことを、咲は思い出した。
この世を漂っている間に、形自体は目にしていたようだが、実際に使用されているのを観察するのは初めてだったらしい。ボタン操作一つでご飯がふっくら炊き上がる様に、彼はたいそう驚いた。咲を『忍術使い』と呼んだほどだ。
そして惣佑から江戸時代のご飯の炊き方を聞いて、その面倒くささに今度は咲が驚いた。
昔は薪がなければ一杯のご飯も食べられず、火加減を調節するのも一苦労だったようだ。
炊飯器が発明されたことで、一体何人の料理人が重労働から解放されたのだろう……
「えーっと、ご飯の前に漬物だよね」
咲は炊飯器を横目に見つつ、冷蔵庫からプラスチック容器を取り出す。
中に入っているのは茄子の漬物。買ってきたものではなく、昨日の晩、惣佑に習って彼女が自分で漬けたものだ。
作り方は簡単で、まず洗って一口大に切った茄子を容器に入れる。そこに酢と出汁を加え、塩を少々入れて、あとはよく和えるだけ。そのまま十五分くらい置くと、美味しい浅漬けになる。
昨日の夕食の時もこの茄子の浅漬けを味わった。『シャッキリ』と『しっとり』が混ざった、そのみずみずしい歯ごたえを思い出し、彼女は残っている茄子をすべて器に盛る。
一晩置いた茄子は何だか色が濃くなっており、水気を吸ってしんなりとしていた。惣佑の話では、より味が染みて昨日とは一味違うとのことだ。
漬物を用意したあと、今度はご飯を二つの茶碗に盛り、箸も二膳用意して、咲はワンルームの部屋の真ん中にある折り畳み式の卓袱台に運んだ。
彼女はいつもこうやって料理を二人分盛り付けることにしている。一つは自分の分、もう一つはもちろん、惣佑の分だ。
幽霊である惣佑は、ものに触れることができない。
触ろうとしても手がするりと物体をすり抜けてしまう。匂いや温度も、まるで感じないという。当然、食べ物を口にすることなどできない。
だが、ちゃんとそこにいる。
だから、咲は彼の分も用意する。
一人分を二人で分けるのでそれぞれの皿に乗っている量は少ない。しかしそうやって小さな卓袱台に二人分の食器と箸を並べると、惣佑はいつも微かに照れたような、はにかんだような表情を浮かべるのだ。
口には出さないが、喜んでくれているのだろう。咲にとっては、それが何よりも嬉しい。
「土鍋は、もう火から下ろしていい?」
ご飯茶碗と漬物の皿と箸を並べてから訊くと、惣佑は頷いた。
「ああ。火を止めたら土鍋ごと卓に持ってきねぇ。取り皿と匙もいるな」
「はーい……って、なんかお鍋やるみたいだね」
キルトでできた鍋敷きの上に土鍋を置くと、何だか気分がほっこりしてきた。咲の実家でも冬になるとこんなふうに鍋が用意され、みんなでつつきあったものだ。
実家の大きな食卓とはまるで違う、小さな卓袱台に置かれた小ぶりな土鍋。
しっかり閉じられた蓋の隙間からは湯気が溢れ、煮詰めた出汁の香ばしい匂いが部屋中に広がっている。
「咲、蓋を取ってみな。……火傷すんなよ」
惣佑に言われ、咲は蓋の取っ手を鍋掴みで挟み慎重に持ち上げた。
「わぁ……!」
鍋の中には、夢のような光景が広がっていた。
少しきつね色に染まったふわふわの泡が、鍋の縁から溢れんばかりに盛り上がっている。
(とっても、美味しそう!)
立ち昇る湯気から香ばしい醤油の匂いや爽やかな酒の香りが漂ってきて、咲は思わずゴクリと唾を呑んだ。
「どうだ。これが『たまごふわふわ』でぃ」
鍋の中に釘付けの彼女を見て、惣佑が満足そうに言う。
「たまごふわふわ……! なんか、可愛い名前だね」
「匙で卵を掬って、飯と一緒に食べてみな。美味ぇぞ」
「うん。いただきまーす!」
土鍋の前で手を合わせてから、咲はスプーンを差し込んでみる。
ふわふわの泡なので全く手ごたえがない。
掬っているのに何もしていないような不思議な感触を楽しみながら、鍋と茶碗を何度か往復してご飯の上に卵の泡を乗せる。
咲が使っているのは、お気に入りの猫の絵が入った茶碗だ。そこにふぅふぅと息を吹き掛けて少し冷まし、最初は泡だけを口に入れる。
「…………っ!」
途端に、ふわふわが舌の上でスッととろけた。
泡の粒一つ一つが弾け、ほんのり甘辛く味付けた出汁と一緒に、口の中一杯にじゅわーっと広がっていく。
歯ごたえのない泡なのに、美味しいものを味わっているという実感が身体を駆け巡った。口の中で消えた泡は味蕾を優しく刺激して、全身に染み込んでいく。
ご飯と一緒に味わうと、また格別だった。
きめ細かい泡がご飯を一粒一粒包んでほんのりと味付けし、いくらでも食べられそうな気がする。
ふわふわと柔らかく不思議な食感を楽しんだあと、今度は茄子の漬物に箸を伸ばした。
スプーンを入れるとすぐにとろける泡と違って、こちらはしっかりと掴める。一口大に切った茄子を口に放り込むと、少ししんなりしていて、出汁と酢の味が中まで染みていた。噛むたびに、ゆっくりと旨味が滲み出てくる。
夕べも同じ漬物を食べ、その時は茄子のシャキシャキした感触を楽しんだが、今日は全く味が違う。
卵と漬物、そして白いご飯。
たったこれだけなのに、咲の心の中はフルコースを食べた時のように満たされていた。
ふわふわ、じんわり。初めて食べた料理のはずが、なぜかちょっと懐かしい。
「美味しい……すごく」
ふにゃふにゃと身体ごととろけそうになりながら、呟く。
「美味ぇか。そうか。……ならよかった」
惣佑はそう言って、咲を優しく見つめる。目が合うと、さらに柔らかく微笑んだ。
――初めて惣佑と出会った日。
彼は「料理をすることが生き甲斐だった」と語った。自分が作った料理を誰かに食べてもらって、笑ってほしい、と。
応援ありがとうございます!
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