『元』魔法少女デガラシ

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一.押しかけた「元」魔法少女

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 なんだ? 何の気配だ?

 こんな夜中に、何かが部屋の中をうろついている様な気がして目が覚めた。自分は元々、霊感などは持ち合わせていないもんだと思っていたが……人の気配という訳でもなさそうだ。仕方がないので、意を決して布団を飛び出し部屋の灯りを付ける。
 うう、もう三月とはいえ、まだまだ寒いな……しかし、部屋の中を見渡しても何も居る様子はない。八畳一間に流しが付いただけの安アパートだ。人が隠れる様な場所もない。

 ん? 後ろで何かが動いた! 慌てて振り向くと、昨晩畳んであったはずのバスタオルが、崩れて……いや、動いてる!? 眼をこらして観察すると……ああ、これは……そっと、バスタオルに手をやる。

「ニャアー」

 はは、なんだよ。やっぱり猫だ。野良猫か? それにしちゃヤケに人慣れしている様だけど、どっから入って来たんだ? 部屋の戸を確認したら、ありゃ、鍵が開いてる!? 寝る前に締め忘れたか。でもここ二階なんだが……まあ、いいか。迷い猫をそっと外に追い出してから、改めて部屋の中を確認する。

 うわっ! 俺の聖域が!

 部屋の片隅に大き目のスチールラックがあり、そこに自分の気に入ったキャラのフィギュアとかぬいぐるみといったものを飾ってあったのだが、その一角が猫に倒されていた。えっ、いい歳した成人男子が何だってんだって? いいだろ。好きなんだから。日曜朝の女児向け変身魔法少女アニメだって、製作側は小学生以下の少女と二十代男性が対象って公言してる時代だよ! 俺はオタクなの! そんな事を考えながらコレクションを直し、再び寝直す事にした。そしてしばらくして……

 うーん。また、なんか部屋の中で動くものの気配がする。夜明けまでにはまだ時間があるだろうに……ゆっくり寝かせてくれよ。そう思いながら、寝返りを打って部屋の中を見回したのだが、ちょっと待て。なんだよあれ!?
 寝返りを打って聖域の方を見たら……人? 暗くてよくは分からないが女性だよな。でかい尻を俺の方に向けていて、しかもなんかTシャツ見たいのしか着ていなくて、パンツ丸見えじゃないか?

「おいっ! お前一体何者だ!?」
「ひゃっ!!!!」俺の声に驚いて、変質者の侵入者は飛び上がった。

 俺は立ち上がって部屋の灯りを付ける。
 やっぱり女だ。しかも結構とうが立ってるな。三十前後か……じゃなくて何なんだこいつは? まさかとは思ったが、やっぱり、大き目のTシャツを一枚羽織っただけで、下はそのまんま下着だけの様だ。大きく開いた首回りからブラ紐もはみ出している。なんか春先によく出てくるような変態さんか?

「あ、あー。起こしちゃった?」変態女が口を開いた。
「起こしちゃった? じゃねえ。お前は泥棒か? どっから入ってきた?」
「どこからって……ちゃんと玄関から。にしても君。ダンケのフィギュアとかぬいぐるみ結構持ってるね~。マジノ信者?」
「ああん? お前、フィギュア狙いの泥棒か!? 確かにそれ、今プレミア付いてるけどな」
「ああ、違うの違うの。なんかこのあたりに信者の波動を感じて……そんで猫ちゃんに偵察して貰ったら、この部屋に確かに動かぬ証拠があったって。それで信者さんなら助けてくれないかなって思ったんだ」

「???? あんたは一体何を言ってるんだ?」
「あんたじゃないよ。私はダンケルク。魔法少女マジノ・ダンケルク! まあ、だけどね!」
「はあっ? いや、盗人猛々しいとはこの事だ。よりにもよってダンケちゃんを語るとは! もう勘弁ならねえ。けーさつだ。けーさつ呼ぶからそこでおとなしくしてろ! あれ? 俺のスマホは?」スマホは脇のテーブルの上に置いたはずなんだが……って、あーっ、変態女が持ってる! そして変態女がどこかに電話をかけたかと思ったら、いきなり話し出した。

「あー! すいません!! けーさつですか。私、今変な男に絡まれてて……」
「馬鹿やろ! 何ウソ電かけてんだよ!!」
 そういいながら慌ててスマホを取り上げ回線を切った。
「はは、とりあえず先手必勝で防衛……」
「ふざけんな!」そう言いながら改めて110番に電話をした。

「はい警察です。事件ですか。事故ですか?」
「あの、私の部屋に不審な女が勝手に入って来て、部屋のものを物色してるんです」
「はい。それではすぐに警察官を向かわせますね。住所をお願いします」
「住所は、太田区七郷……」
「もしもし。あの聞き取れません。もう少し大きな声ではっきり……」
「はい。太田区七郷……」
 さっきより大きな声で話すが、先方には聞こえていない様だ。
「もしもーし。あれ無言になっちゃったよ。いたずらかな。番号も非通知だし……」
 電話の先で警察の人がこんな事を言っていて、やがて回線が切れた。

 そしてふと変態女の顔をみたら、ものすごいドヤ顔でこう言った。
「どう? まだ多少魔法は使えるんよ」

 ◇◇◇

 変態女が暴れたりする様子もなかったので、とりあえず落ち着いて話を聞こうと思った。
「よかった。話を聞く気になってくれて。そうじゃなきゃ、その気になるまで、正拳入れなきゃならなかったよ」
 物騒な事を言う。

「それで私は、さっきも言ったけどマジノ・ダンケルク。十年前まではね。魔法少女って十八歳で卒業だから……それで、あなたも信者なら知ってると思うけど、私達魔法少女マジノ・リベルテはみごと魔王を倒したんだけど、実はその後が悲惨でね。十代のほとんどは魔法少女の事ばっかりの人生で、中学しか出てないし、十八でいきなりニートよ! 途中省くけど……昨日まで沖縄にいたのよ。それでいよいよ食い詰めてこっちに来たんだけど……なんでこっちはこんなに寒いのよー。それでとりあえずどこか屋根の有るところに転がり込もうと、猫ちゃん使って空港近くの信者さがしていたのよ」

 ヤバイ。この人、あっちの世界の人だ。やっぱり早々に追い出さなきゃ。そうは思ったのだが、さっきの魔法とか……疑問もたくさんある。玄関を見たら、女物のビーチサンダルがひと揃え置いてあった。本当にこの格好で沖縄から来たのか? 

「それで、この部屋の鍵も魔法で開けたの?」
「えっ? いや、それはピッキングして……人生経験が長いといろいろ出来るのよ」
「ピッキングって……最初の猫の時も?」
「そう」
 いや、やっぱりさっきのスマホも、魔法じゃなくて電波妨害出来る機械とかに違いない。こいつはやっぱりあぶねえ奴だ。下手したでに出て、お引き取り願おう。

「あの。事情はだいたい分かりましたが私もご覧の通りの独身男性。あなたのようなお嬢さんがここに泊られるのはちょっと危険では……なんなら蒲田駅前のビジネスホテルとか空いてないか検索しますが?」
「あれ? お兄さん。私を襲う度胸があると? でもいいわよ。来るなら来なさい! 
 卒業してパワーは衰えたけど、まだまだ普通の人間には負けませんよ。それに、ホテル泊まるお金あったら、ここに来てない……それでごめん。お兄さん。誰?」

 えっ? ここでその質問? 
 俺はもうすっかり毒気を抜かれてしまい、ハアッとため息をついた。

「俺は、田中良男たなかよしお。二十四歳。普通の独身サラリーマンです……」
「そんでもって、マジノ信者!」
「それは否定しません! 魔法少女マジノ・リベルテがリアタイで放送していた時、俺まだ小学生だったんだけど、姉ちゃんが大好きで一緒に観てたらハマったというか……じゃなくて、あれはあくまでもアニメの話で、ダンケルクが実在しちゃいかんでしょ!」

「あーあ。何がアニメでフィクションかしら。みんなは知らんでしょうけど、あれは実話よ。じ・つ・わ! 国が情報をコントロールしてるのよ。いきなり真実をバラしたら世界中がパニックになるし、それでいて魔法少女を支援しなきゃならないし……だから信者育成の一環でTV放送してたの!」
「そんな……訳がわからん。どうやってそれを信用しろと……」

「ああん。めんどくさい! もういいわよ、魔法少女じゃなくても。私は五十嵐かえで。二十八歳無職! お金が無いのも、服がこれだけなのも本当なのよ。哀れに思って今夜泊めて! でもそうね。泊めてくれたらいい事してあげようか?」
「いい事?」
「うん。私、リベルテ卒業後。お金に窮してデリヘルで働いてた事あるんだ。そん時、いろいろ学んだから、それで……」

「ふざけんなーーー! 俺のダンケちゃんがそんな事する訳ないでしょ!」
「元魔法少女だって、食べるためには仕方ないじゃん。でも安心して。まだ処女だから」
 だめだ……もう頭がついていけん。とにかくこいつに深入りはしちゃだめだ。
 今日の所は一泊させてでも、明日には出て行ってもらおう。

「僕の布団使って寝ていいですから。朝になったら出てって下さいね!」
「あれ、君は?」
「ぼくはこのタオルで大丈夫です!」
「そんなー。いっしょに寝てもいいんだよー。ただし……着てるもんの上からなら、ちょっと位触ってもいいけど、中に指入れたらへし折るからね」
「そんな事しません!」そう言って俺はタオルを巻いて、聖域の前に横になった。
 そしたら数分後、俺の布団からグーグーと高いびきが聞こえてきた。

「……なんだんだよこれ。ダンケちゃんには全く似てねえし……五十嵐かえでって言ってたよな。クソ、五十嵐じゃなくてデガラシなんじゃねえの。魔法少女のデガラシ!」

 もう白みがかっている窓の外を気にしつつ、少しでも寝なければと焦る田中であった。



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