『元』魔法少女デガラシ

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十五.夫婦交換?

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 結局、先斗町に行った旦那衆お二人は朝帰りだった様だ。まったく、お二人とも奥さん同伴なのにいい度胸してるよな。しかも二人とも至ってお元気で、朝からビール飲んでるわ。

 今日は清水寺や金閣寺などを回る観光コースで、宿も京都駅の近くに移す予定だ。
 俺はリンダ夫人に気に入られてしまったのか、ちょくちょく腕を組まれたり抱き着かれたりした。旦那の眼の前でよくやれると思うが、ロックス氏は別に歯牙にもかけていないかの様に見えた。まあ、万一彼の怒りを買ったなら、俺はハドソンリバーに沈むんだろうな。
 その日の予定を終え、ホテルに戻って自室でほっと一息つきながら缶ビール飲んでいたら、坂出社長から呼び出しがあった。

「田中。ちょっと相談があるんだ」なんか社長の表情が険しい。
「何でしょうか。リンダ夫人が俺と距離近い件なら、あちらにクレームお願いします」
「そうじゃない。そんなのロックス氏はまったく気にしていないさ。仮にお前が夕べ、リンダさんと同衾してたとしてもな……だがそう言うレベルの話じゃなくて、彼からこう頼まれたんだ。『月代さんと二人でお話させてくれないか?』って」
「えっ!? それってまさか……」おれも驚いて飛び上がった。

「ああ。多分、お互いのパートナーを交換しようって事じゃないかと思うんだよ」
「いやいやいや。仮にそうだったとして何で私に相談を!?」
「いや、多分今の時点では、君のほうが月代の心情を理解してるんじゃないかと思って……夫として恥ずかしい限りだが、どう思う?」
「それって月代さんがOKするかって事ですよね? そんなの知りませんよ!!」
「そうか……そうだよな。だが、僕の口からは言いにくい! 君からそれとなくあいつの気持ちを聞いてくれないか」
「いや、勘弁して下さいよ。そんな事聞ける訳……」
「ボーナス十倍!」
「……あの……私が金で転ぶとでも?」
「いや、決してそう言うつもりじゃないが……そろそろあんな安アパートからもう少しいい所に引っ越したほうが、かえでも喜ぶだろうかなーっと」
 結局、金で釣ろうとしてるじゃん。

 だが、ここで俺がNoと突っぱねたら、多分この人は自分でアルデにそれを打診するだろう。そうしたらこの夫婦は間違いなく終わりだ。それなら俺が間に一枚かんだ方が、まだ多少はクッションになるかも知れない。決してボーナス十倍に釣られたわけじゃないぞ。
 そう考えて、坂出社長には「わかりました」と返事をした。

 ◇◇◇

「そう……ですか。坂出がそんな事をあなたに」

 翌日、旦那衆は大阪にあるインペリアル配下の会社の工場見学に出かけ、奥様方は大原観光だった。大原に同行した俺は、三千院での自由散策中に、周りの隙を見て昨夜の事をアルデに打診した。

「いや。こんなふざけた話。断っちゃって下さい! どうしても欲求不満だっていうなら、私でよければそのうち何とかしますから……」もうサンスケだってやってるしな。
「あら。それは魅力的なお話ね……でも田中君。このお話、私、受けようと思うの」
「はいーーーー!? なんでまた、あんなちんちくりん藪にらみオヤジと?」
「違う違う。ロックス氏はお話したいって言ってるんでしょ? 別に肉体関係とは言ってない。うちの主人が勝手に妄想してるだけじゃないの? あのリンダ・シュタインハウスと関係出来るって」
「いや、幾らなんでもそれは善意に解釈しすぎというか……大人の男女がお話するってのは、つまりそういう事では……」
「そうかも知れないけど。そうでない予感があるのよ。私には……まだ、はっきりとは言えないんだけどね。だから田中君。こう返してくれないかな。『お話だけであればOKです。そして、差支えなければ田中も同席させて下さい』ってね」
「はあ。まあ私が同席するのは全く構わないんですが……それでお二人の秘事を見せつけられたりしたら眼も当てられないというか……」
「その時はその時よ。頼んだわよ」

 アルデンヌのその答えに坂出社長自身も驚いていたが、どうやらそのままあちらに回答した様だ。そしたらなんとOKの返事が来てさらに驚いた。ロックス氏は見られた方が燃えるタチなのだろうか。いやいや、お話だけって事だし、それ以上の事が起こりそうなら、俺が身体を張ってでも止めるしかないんだよな。

◇◇◇
 
 今日は移動日で、京都から箱根仙石原まで車で日中移動した。
 着いた宿は大きな岩風呂が有名な老舗旅館で、リンダ夫人待望の温泉だ。
 男湯では、旦那衆がコンパニオンのお姉さんを大勢呼んで混浴ごっこをしている様だが、俺はここでもサンスケの恰好で女湯にいた。しかも今日は、井坂秘書さんまでいる……。
 なんか秘書課の若手達も俺のこの格好にすっかり慣れてしまった様で、もうきゃーきゃー騒ぐ事もしてくれない。ついにはリンダ夫人、月代夫人の後でいいので俺に背中を流させようと、吉崎以下、女子がずらっと待機している始末だった。
 いや、こういう生殺しなのはほんとにもう勘弁してほしい。
 
 翌日。坂出社長とロックス氏は、ご婦人達も伴ってゴルフに行かれた。
 そしてこのゴルフのラウンド後が問題なのだが、ゴルフ場からの帰りのお車では、行った時と違うご婦人がそれぞれ車に乗る事になっていて、旅館にお戻りになる前に、どこぞに寄り道される段取りになっている。この事は、井坂秘書さんや吉崎にも知らされておらず、俺と松本さんで全て取り仕切った。
 俺はゴルフは出来ないのでクラブハウス待機だが、吉崎も井坂さんや秘書課の子たちとコースに出ていた。
 
 そして当然のように、一組目のご夫妻たち四人がコースアップしてきた時点でさっさとお車に向かっていただき、俺はアルデンヌと共に、ロックス氏の乗る車に乗り込んだ。
 松本さんは、あとからコースアップしてくる吉崎達を煙に巻いて出来るだけ足止めする段取りだ。

 車はリムジンで、応接室の様に向かい合って座る事が出来る。
 アルデンヌの隣に座っている俺を、ロックス氏がしげしげと興味深げに眺めているが、今日の見学者としてふさわしいか品定めでもしているのだろうか。

 やがて車は、それほど大きくはないが歴史の古そうな旅館に到着し、案内されて敷地の一番奥にある離れの様な一軒家に通された。表向きは思い切り和風だったのだが、中は小ぎれいで、洋室ベースの居間があり、大きな応接セットがあったので、ロックス氏に促されて、俺はアルデンヌと並んで長椅子に座った。
「それではごゆっくり」お茶を淹れた中居さんがそう言って退出した。

「奥さん。今日はわざわざすまなかったね。だが私の趣旨を正しく理解してくれた様でうれしいよ。その若者が今のサポーターなのかい?」
 ありゃ? 日本語だ。ロックス氏ペラペラじゃん。にしても、サポーターってどういう意味だ。

 アルデンヌがキッとロックス氏を睨み返して言う。
「いいえ。田中さんはただの友人よ。それにしてもどういう了見かしら? 
 今更どうしてとか細かい事は聞かないわ。目的は何?
 魔王ブリッツクリーク!!」

 えっ? アルデンヌは何を言ってるんだ? ブリッツクリークって……あっ、そうだ。マジノ・リベルテが戦ってた魔王じゃん!? それでロックス氏が魔王ってどう言う事???

「ごめんなさい田中さん。最初は半信半疑だったんだけど確証もなく坂出にも言えないし。でもこれだけ近くに居たら、いくら現役でなくても分かっちゃう。もっと早く貴方に相談するべきかどうか迷ったんだけど。相談されても困るわよね……」
 それじゃアルデンヌは、最初からロックス氏が魔王だと? 

「くはははは。さすがリベルテの参謀。腐っても鯛と言うところか」
「まだ腐ったつもりはないけれどね。それでもう一度聞くわ。目的は何?」
「魔王の目的など今も昔も変わらんさ。ただ、ここまで復活するのに十年かかったからね。いや。最初に君にご挨拶だけはしておこうかなって思ったまでさ。と言ってももうマジノ・リベルテは私の敵となり得ないだろうがね」
「くっ! 確かに私達にはもう昔の力はないけれど、必ず現役があなたを倒しに来るわ!」
「そうかもな。だが、あのマジノ・リベルテでさえ滅ぼせなかった私を亡ぼせるチームなどあるのかねえ」
 
 十八%。その数字が俺の頭にハッキリと浮かんだ。

「そんな。魔王ブリッツクリークはマジノ・リベルテに倒されたんじゃなかったのかよ。それがどうしてロックス氏に……」俺もしっかりしなきゃと何とか声を出す。
「はは。若造。お前の方が素直だな。ちゃんと聞いてくれれば教えてやるのに。
 まったくマジノ・アルデンヌは昔っからお高く留まっているから……
 何。簡単な事さ。マジノ・ダンケルクの最後の一撃を食らって、まさに消滅せんとした時、私は一瞬の隙を見つけたんだ。そしてそこに逃げ込み、それから、あのサポーターの坂出に寄生した。あいつも結構野心家だったのでそれなりに居心地は良かったんだが、如何せんお前達側の人間だ。完全に支配下には置けなかったので、ずっとお前にも悟られぬ様注意しながら奴の意識下に隠れていたんだ。だがどうだ。このロックスと言う男は。こいつは心が闇そのものだ。これほど私に相応しい憑代はない。なので、一目惚れだよ!」

「そんな……あの時のあのダンケの一撃は完璧だったはず。それを逃げおおせたなんて……」
「なんだ。まだ分からないのか? 私は君の心に逃げ込んだのだよ。マジノ・アルデンヌ! 君のダンケルクに対する嫉妬というわずかな心の隙間にな!!」
「あっ……」一瞬、アルデンヌが悲鳴を上げた様に思えた。

「そう言う訳なので、君には以前から礼を言いたかったのだ。だからこうした機会を作ってもらった。君だけならこの事はこのまま心にしまっておいても良かったかもしれないが、この若造が証人だ。もう言い逃れは出来ないさ。ははははは、ああ愉快だ。それじゃあ私は先に宿に帰っているよ。君もせいぜいその若造に慰めて貰ってから戻ってくるといい。お前の旦那は、私の妻で腹上死してなければいいがな」
 そう言いながら、ロックス氏……魔王は、部屋を出て行った。
 アルデンヌは、床に這いつくばって嗚咽をあげている。

「あっ、あの。アルデンヌ。そんなに落ち込まなくっても。魔王が心理攻撃してくるのは常套手段ですから……それより、これどうするべきですか? 坂出社長にすぐ連絡したほうが……彼ならしかるべき国家機関とかに連絡とってくれるんじゃ……」

「だめよ田中君……いきなり言っても信じて貰えない。それにずっと彼の中に奴がいた事にも気が付かなくて……もう……手遅れだわ……ああ、私の……私のせいだなんて……私、なんて言ってみんなに詫びればいいのよ!? いやーーーーーっ!!」
 そう言って、アルデンヌが狂った様にわめき散らして暴れだした。

 くそっ、どうする? でもこれ、アルデンヌの了解なしに他人に言っていい話じゃないよな。ええい、ままよ。俺はその場で119番して、救急車でアルデンヌを病院に運んだ。そしてそこで、鎮静剤を打たれ、とりあえずおとなしくはなった。

 ◇◇◇

 しばらくして、坂出一輝と井坂秘書さん、吉崎らが病院に駆けつけてきた。

「ああ田中君。月代はどういう状態なんだ!」さすがの坂出一輝も動揺を隠せない。
 どうやら今日、夫婦交換をした事はみんなにもバレた様で、それがあまりにショックだったため月代夫人が錯乱したのではないかと、井坂秘書さんも吉崎も考えていた様なので、坂出社長には悪いが、それに乗っからせてもらった。
 
 しかし、インぺリアルとしてはイーストマン・ロックス氏という超VIPの接待中でもあり、アルデンヌばかりにかまけてはいられない。結局、俺と吉崎が月代奥様に付き添うという事になり、坂出一輝は井坂秘書さんと宿に戻っていった。

「まったく、信じらんない。いくら何でも嫌がってる奥さんに無理やり相手させるなんて……天下の坂出一輝も地に落ちたものだわ。そんなにリンダさんとエッチしたかったのかしら」吉崎が憤慨している。

「いや。まさか俺もこんな事になるとは……だいたい話だけって事で、俺も同席したんだけど」
「それで何で奥様が錯乱するのよ! 無理に襲われた時に、あんたは何もしなかったの!? 最低ね!! 女性一人位、身体張って守りなさいよ!」
 さんざんな言われ様だが、まあそうだよな。その覚悟はあったのだけど、魔王相手じゃ、拳すら振り上げられなかった。

 ベッドで眠るアルデンヌの側には、サブベッドを入れて吉崎がいてくれる事になったので、俺はアルデを吉崎に任せて病棟の談話室で、缶コーヒーを飲みながら考える。

 どうすんだよこれ。デガラシや足利社長に連絡した方がいいのだろうか。とはいえ二人とも今はただの人だ。魔王になんか敵う訳がない。唯一望みがあるとすれば、現役魔法少女にお願いする事だと思うが、肝心の坂出一輝は、自分がアルデンヌから魔王をうつされて、それをロックス氏にうつしたと知ったら……まあそれなりの機関に働きかけてくれるかもしれないし、そうしないかも知れない。いずれにせよアルデンヌとの夫婦関係は終わってしまうだろう。だが、俺がこのまま二の足を踏んでいてはダメだ。

 こういう時、一番信頼出来る奴……
 俺は、スマホを取り出し、デガラシにかけた。
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