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第二章 E小隊・南方作戦
第十一話 二人旅
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沙羅が、大ばばあ……様と楽しい夜を過ごした翌朝。
「うわ―、こんな区画があったんだ……」
長老府の地下に入ったことは何度かあるが、こんなに奥まで来たのははじめてだ。それにしてもこんなに地下が広いとは……籠城戦でも想定してるのかな。などと思いながら侍従長についていくと、小さな扉の前についた。
「ここが、転送ゲートの部屋でございます。」
侍従長が、沙羅とメルヘンを中に導く。
「なるほど、これが、各魔族の里をつなぐ、秘密の転送ゲートの部屋か……。
でも、こんなのあったら、試練いらなくね?」
「いや、しきたりにより、本来は、試練での使用はしないものです。しかし今回は緊急事態といいますか……それもありますが、そもそも、これがつながっている竜族の転送ゲートのところには、ヒュージ様はいらっしゃいません」
「??」
侍従長の説明に対し、不思議そうな顔の沙羅にメルヘンが告げる。
「竜族は、昔の山岳王城から西の砂漠に移転している。このゲートでは山岳王城までしか行けない。だから、そこから今の里までは、人間のところを突っ切っていく必要がある」
「おお、そういうことか! で、どのくらい離れているの?」
「五百Kmくらい」
「へ―そう、って、五百Km!…… 往復千Km!!」
「そういうことでございます。順調にいっても往復でひと月はかかるかと……。
ご武運をお祈りいたします。」
そう話しながら、侍従長は、よくわからない装置の準備を進めている。
いやいや、去年の紫陽花行軍が、一泊二日で往復百Km,その十倍……。
いくら歩くのがそう苦にならないエルフとはいっても……
それにしてもメルへン、よく来たな~。などと考えつつ、沙羅は装置内の椅子にメルヘンと並んで腰かけた。
そして、あっちで、車とか鉄道とか使えないかな。まあ、行ってみてから考えようなどと考えつつ、周りを包み込むマナの光に身を任せた。
山岳王城には、本当に一瞬で着いた。
山岳王城側のゲート室は、薄明かりはついているものの誰もいない。
「ねえ、メルヘン。来るとき、ここの操作はどうしたの?」
「自分でやった。ここには誰もいない。
沙羅も帰る時、自分でやらないといけない」
「え―っ! そんなのわかるわけないじゃん」
「仕方ない。その時、また私が手伝ってやる」
八歳の幼生体にそんな風に言われ、沙羅としては大変決まりが悪いが仕方ない。
「にしても、ほんとに王城内に誰もいないんだね。人間達にせっかく明け渡したのに、使ってないんだ」
「人間達がほしかったのは王城ではなく山そのもの。山の中の石炭とか鉄が欲しかった。もっと山の上の方でまだ掘ってるけど、最近は、あんまり掘れなくなったとかで、あまり活発に掘っていない。これから西にある砂漠の里に向かうけど、真西だと山脈が険しすぎて越えられないので、いったん南にでて、人間の里中を道を伝って北西に行く。はぐれない様について来て」
ここからは、敵国ダイスロック共和国の中なので、エルフだとバレないようにしないといけない。まあ、エルフが全くいない訳ではないのだが、見慣れないやつがいたらすぐに不審がられてしまうだろう。用心に越したことはない。
もう初夏で結構暑いが、大きめの日除けフードがついた麦藁帽をかぶってエルフ特有のとんがり耳が見えないようにした。メルヘンも、しっぽを無理やり、背中に背負ったリュックの中に詰めている。確かにこれなら遠目には人間の子供となんら変わらないな。
それにしても、しっぽしまっちゃったら、バランス取れなくて歩きにくいだろうに、本当にこの子はすごい子なのかもしれないと、沙羅は改めて思った。
二人で山を下り、日没前には人間の町と思われるところの近くについた。ここから西に向かって大きな街道があり、当面、それに沿って行けばいいらしい。
しかし、戦時下に子どもがフラフラ街道を歩いていること自体が目立ってしまうとのことで、メルヘンは、わざと街道からちょっと離れた林や藪の中を進んでいくが、これが意外と大変だ。だが、見ていると確かに街道は軍用車両なども結構行き来している。バスも多少あるようだったが、子供だけだとやはり目立ってしまうのと、肝心の行先が地名を言われてもどこだかわからないため結局使えなかった。
夜は当然野宿となるし、食料も極力現地調達する必要があった。小さなお店で、近所の子供のようなふりをして駄菓子を買ったりはできたが、レストランなどだと帽子を取らなければいけないので利用できなかった。メルヘンは、バッタがおいしいと沙羅にも取ってくれたが、軍で多少のサバイバル訓練はしていたものの、沙羅にはかなりきつかった。
街道を十日くらい進んだところで、道が南西に大きくカーブした。
「ここからは竜族の里まで人間の道はない。とにかく砂漠の中を北西にむかって進む。人間はほとんど通らないから、今まで見たいにずっと隠れなくてもいいけど、たまに軍の車が通ったりするから油断しちゃだめ」
メルヘンは、全く疲れを見せていない。
それにくらべて、自分はドロドロのヘロヘロだ。
そもそも生き物が違うしな―などと沙羅が考えていたら、それを見透かしたようにメルヘンが言った。
「沙羅、だいぶお疲れ。一日くらい歩いたところにいいところがある。そこで休憩しよう」
「休憩は歓迎だけど、まだ一日歩くのか―。でもちょっと楽しみ」
「うん、元気だして行こう」
いく道は、ほとんど砂漠だ。まばらに雑草は生えているが、陽を遮るものはほとんどない。水は、街道近くの民家の井戸から、夜中にちょっと拝借してきているのでまだ持ちそうだがとにかく暑い。沙羅もメルヘンも、ほぼ全裸の上に日除け用の大きな布をまいて歩いている。布の中をたまに風が抜けていくのが心地よい。
「あそこ」
メルヘンが前方を指さす。
目を凝らしてみると、緑色の茂みのようなものが小さく見える。
まだ結構先だな……。
それからまたしばらく歩いてようやく茂みに到着したがそこはかなり大きな林で、いわゆるオアシスというものだった。
「やた―。水、水はある?」
「あるけど……ちょっと待って。ここは人間も立ち寄る。まずは安全を確かめる」
メルヘンが司令官みたいだ。
二人は、慎重に林の中を見まわり、念のため、中央の泉からちょっとはなれた大きな岩の陰をキャンプ地とした。
「ひゃっほ―。水だ―」
沙羅が、いきなり素っ裸になって泉に飛び込んだ。
「だめ、沙羅。いきなりは……」
とメルヘンが言い終わらないうちに、
「あちちちちちちち―!」
沙羅が全身真っ赤になって、泉から飛び出してきた。
「慌てちゃダメ。ここの泉の水は熱い。冷まさないとお風呂にできない」
「熱いって……温泉? 冷ますの?」
「そう。でも飲料にもできる安全なお湯」
とりあえず、水筒に入るだけ入れて冷ますことにした。
そしてお風呂はというと、泉の近くに穴を掘ってそこに染みてきたやつを冷まして入るらしかったがシャベルの用意がない。仕方ないので手で惚れるだけ掘ってみたが、水たまりのような湯舟が完成した。これだと背中とお尻しか湯に浸からないが、まあ、これはこれで気持ちがいい。前は丸見えだが、メルヘンしかいないし……。
そう思って沙羅はメルヘンのほうを見る。
……? ちょっと待て。
メルヘンも状況は自分と変わらず、身体の一部しかお湯に浸かっていない状況ではあるが……なんだあれ。胸が自分より大きい?
待て待て待て。僕は八歳の竜族の子に負けているのか?
(いやいや、竜族は哺乳類じゃないって…… あれは筋肉、筋肉だよね……)
そうはいうものの、なぜかそこはかとない敗北感が沙羅を襲った。
(チクショー、やっぱ、小隊長に摂政になってもらって毎日揉んでもらおう!)
メルヘンと並んで岩陰に寝っ転がって、満天の星を仰ぎ見ながら、
(バルタン半島の海水浴……いやいや慰問、行きたかったな。小隊長怒ってるかな……)など考えていたが、身体がいい感じに温まって疲れがどっとふき出したのか、その夜、沙羅とメルヘンはぐっすりと眠った。
「うわ―、こんな区画があったんだ……」
長老府の地下に入ったことは何度かあるが、こんなに奥まで来たのははじめてだ。それにしてもこんなに地下が広いとは……籠城戦でも想定してるのかな。などと思いながら侍従長についていくと、小さな扉の前についた。
「ここが、転送ゲートの部屋でございます。」
侍従長が、沙羅とメルヘンを中に導く。
「なるほど、これが、各魔族の里をつなぐ、秘密の転送ゲートの部屋か……。
でも、こんなのあったら、試練いらなくね?」
「いや、しきたりにより、本来は、試練での使用はしないものです。しかし今回は緊急事態といいますか……それもありますが、そもそも、これがつながっている竜族の転送ゲートのところには、ヒュージ様はいらっしゃいません」
「??」
侍従長の説明に対し、不思議そうな顔の沙羅にメルヘンが告げる。
「竜族は、昔の山岳王城から西の砂漠に移転している。このゲートでは山岳王城までしか行けない。だから、そこから今の里までは、人間のところを突っ切っていく必要がある」
「おお、そういうことか! で、どのくらい離れているの?」
「五百Kmくらい」
「へ―そう、って、五百Km!…… 往復千Km!!」
「そういうことでございます。順調にいっても往復でひと月はかかるかと……。
ご武運をお祈りいたします。」
そう話しながら、侍従長は、よくわからない装置の準備を進めている。
いやいや、去年の紫陽花行軍が、一泊二日で往復百Km,その十倍……。
いくら歩くのがそう苦にならないエルフとはいっても……
それにしてもメルへン、よく来たな~。などと考えつつ、沙羅は装置内の椅子にメルヘンと並んで腰かけた。
そして、あっちで、車とか鉄道とか使えないかな。まあ、行ってみてから考えようなどと考えつつ、周りを包み込むマナの光に身を任せた。
山岳王城には、本当に一瞬で着いた。
山岳王城側のゲート室は、薄明かりはついているものの誰もいない。
「ねえ、メルヘン。来るとき、ここの操作はどうしたの?」
「自分でやった。ここには誰もいない。
沙羅も帰る時、自分でやらないといけない」
「え―っ! そんなのわかるわけないじゃん」
「仕方ない。その時、また私が手伝ってやる」
八歳の幼生体にそんな風に言われ、沙羅としては大変決まりが悪いが仕方ない。
「にしても、ほんとに王城内に誰もいないんだね。人間達にせっかく明け渡したのに、使ってないんだ」
「人間達がほしかったのは王城ではなく山そのもの。山の中の石炭とか鉄が欲しかった。もっと山の上の方でまだ掘ってるけど、最近は、あんまり掘れなくなったとかで、あまり活発に掘っていない。これから西にある砂漠の里に向かうけど、真西だと山脈が険しすぎて越えられないので、いったん南にでて、人間の里中を道を伝って北西に行く。はぐれない様について来て」
ここからは、敵国ダイスロック共和国の中なので、エルフだとバレないようにしないといけない。まあ、エルフが全くいない訳ではないのだが、見慣れないやつがいたらすぐに不審がられてしまうだろう。用心に越したことはない。
もう初夏で結構暑いが、大きめの日除けフードがついた麦藁帽をかぶってエルフ特有のとんがり耳が見えないようにした。メルヘンも、しっぽを無理やり、背中に背負ったリュックの中に詰めている。確かにこれなら遠目には人間の子供となんら変わらないな。
それにしても、しっぽしまっちゃったら、バランス取れなくて歩きにくいだろうに、本当にこの子はすごい子なのかもしれないと、沙羅は改めて思った。
二人で山を下り、日没前には人間の町と思われるところの近くについた。ここから西に向かって大きな街道があり、当面、それに沿って行けばいいらしい。
しかし、戦時下に子どもがフラフラ街道を歩いていること自体が目立ってしまうとのことで、メルヘンは、わざと街道からちょっと離れた林や藪の中を進んでいくが、これが意外と大変だ。だが、見ていると確かに街道は軍用車両なども結構行き来している。バスも多少あるようだったが、子供だけだとやはり目立ってしまうのと、肝心の行先が地名を言われてもどこだかわからないため結局使えなかった。
夜は当然野宿となるし、食料も極力現地調達する必要があった。小さなお店で、近所の子供のようなふりをして駄菓子を買ったりはできたが、レストランなどだと帽子を取らなければいけないので利用できなかった。メルヘンは、バッタがおいしいと沙羅にも取ってくれたが、軍で多少のサバイバル訓練はしていたものの、沙羅にはかなりきつかった。
街道を十日くらい進んだところで、道が南西に大きくカーブした。
「ここからは竜族の里まで人間の道はない。とにかく砂漠の中を北西にむかって進む。人間はほとんど通らないから、今まで見たいにずっと隠れなくてもいいけど、たまに軍の車が通ったりするから油断しちゃだめ」
メルヘンは、全く疲れを見せていない。
それにくらべて、自分はドロドロのヘロヘロだ。
そもそも生き物が違うしな―などと沙羅が考えていたら、それを見透かしたようにメルヘンが言った。
「沙羅、だいぶお疲れ。一日くらい歩いたところにいいところがある。そこで休憩しよう」
「休憩は歓迎だけど、まだ一日歩くのか―。でもちょっと楽しみ」
「うん、元気だして行こう」
いく道は、ほとんど砂漠だ。まばらに雑草は生えているが、陽を遮るものはほとんどない。水は、街道近くの民家の井戸から、夜中にちょっと拝借してきているのでまだ持ちそうだがとにかく暑い。沙羅もメルヘンも、ほぼ全裸の上に日除け用の大きな布をまいて歩いている。布の中をたまに風が抜けていくのが心地よい。
「あそこ」
メルヘンが前方を指さす。
目を凝らしてみると、緑色の茂みのようなものが小さく見える。
まだ結構先だな……。
それからまたしばらく歩いてようやく茂みに到着したがそこはかなり大きな林で、いわゆるオアシスというものだった。
「やた―。水、水はある?」
「あるけど……ちょっと待って。ここは人間も立ち寄る。まずは安全を確かめる」
メルヘンが司令官みたいだ。
二人は、慎重に林の中を見まわり、念のため、中央の泉からちょっとはなれた大きな岩の陰をキャンプ地とした。
「ひゃっほ―。水だ―」
沙羅が、いきなり素っ裸になって泉に飛び込んだ。
「だめ、沙羅。いきなりは……」
とメルヘンが言い終わらないうちに、
「あちちちちちちち―!」
沙羅が全身真っ赤になって、泉から飛び出してきた。
「慌てちゃダメ。ここの泉の水は熱い。冷まさないとお風呂にできない」
「熱いって……温泉? 冷ますの?」
「そう。でも飲料にもできる安全なお湯」
とりあえず、水筒に入るだけ入れて冷ますことにした。
そしてお風呂はというと、泉の近くに穴を掘ってそこに染みてきたやつを冷まして入るらしかったがシャベルの用意がない。仕方ないので手で惚れるだけ掘ってみたが、水たまりのような湯舟が完成した。これだと背中とお尻しか湯に浸からないが、まあ、これはこれで気持ちがいい。前は丸見えだが、メルヘンしかいないし……。
そう思って沙羅はメルヘンのほうを見る。
……? ちょっと待て。
メルヘンも状況は自分と変わらず、身体の一部しかお湯に浸かっていない状況ではあるが……なんだあれ。胸が自分より大きい?
待て待て待て。僕は八歳の竜族の子に負けているのか?
(いやいや、竜族は哺乳類じゃないって…… あれは筋肉、筋肉だよね……)
そうはいうものの、なぜかそこはかとない敗北感が沙羅を襲った。
(チクショー、やっぱ、小隊長に摂政になってもらって毎日揉んでもらおう!)
メルヘンと並んで岩陰に寝っ転がって、満天の星を仰ぎ見ながら、
(バルタン半島の海水浴……いやいや慰問、行きたかったな。小隊長怒ってるかな……)など考えていたが、身体がいい感じに温まって疲れがどっとふき出したのか、その夜、沙羅とメルヘンはぐっすりと眠った。
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