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2 不浄の子
2-2 不浄の子
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翌日から鶴千代は早速、滝川屋敷に現れた。
「まだ正月というに、鶴殿はせいがでるのぉ」
佐治新介が感心したように呟く。
「誰が相手しておる?」
「助九郎が槍や刀の手ほどきを」
そこへ義太夫が通りすがりにぼそり。
「…あやつ、鉄砲と手裏剣も教えたるか――いや、やめておこう」
言い置いて、すぐに袖を払って去っていった。
そっと覗いてみると、助九郎が鶴千代の前に座り、真顔で何かを話していた。
「長い道のりを走るための呼吸法がござります。それが二重息吹。吸う、吐く、吐く、吸う、吐く……これを繰り返しまする」
鶴千代は真剣な面持ちで頷き、復唱した。
「吸う、吐く、吐く、吸う、吐く…」
一益の隣で様子を見ていた谷崎忠右衛門が、怪訝そうに眉をひそめた。
「…あれは一体?」
「素破の呼吸法じゃ…」
だが、どうにも違う。
鶴千代は素破ではなく、れっきとした武将の子。馬での移動こそすれ、素足で長駆することなどないはずだ。本来教えるべきは、馬術である。
(師を誤ったか…)
そう思いつつも、在五中将のままでいるよりは遥かにましだと、一益は心中で自らを納得させる。
騒がしくも朗らかな稽古場をあとに、一益はそっと背を向けた。
雪の気配がまだ微かに残る庭を抜け、岐阜城・千畳敷館の章姫の部屋へ向かう。
ふと足が止まる。
(上様が新たに作られた館を、よく見ておらなんだな)
思いつくまま中庭へ向かうと、雪化粧を施された木々が白い輪郭を浮かび上がらせていた。
そこだけ、ひどく静かであった。
音がない。
人の気配もない。
ただ、雪だけがしんしんと落ちてくる。
(……妙な)
雪の帳の向こうに、人影が立っていた。
一益は無意識に歩み寄っていた。
足音は雪に吸われ、己の息遣いさえ遠のく。
月光に照らされ、その人影が輪郭を結ぶ。
白銀の小袖をまとい、雪の中に佇む女――。
顔を上げ、静かに降る雪を見ている。
透けるような白い肌。薄い血の色を宿した唇。凛とした目元。
どこか、この世ならぬ気配があった。
(雪女……)
男を惑わし、息ひとつで凍え死なせるという怪異。
だが今宵の月は明るく、雪面の光が彼女の姿をいっそう際立たせている。
一益は、そっと立ち止まった。
冷たいより、神聖――触れれば崩れそうな、壊してはならぬものを見たような感覚。
女はただ、舞い降りる雪を見上げていた。
時が止まったかのような静けさだった。
(……何者であろうか)
目が離せなかった。
胸の内で、言葉にできぬ衝動がゆっくりと膨らんでいく。
その時。
「姫さま」
背後から小さな声。
女がはっと振り向く。
目が合った。
驚いたように、その表情がわずかに揺れた。
「あ……」
小さく漏れた声。
一益を見つめる瞳には、恐れではなく、どこか知性と光があった。
(……どこかで)
既視感が胸をかすめた瞬間――
「誰じゃ!」
侍女の鋭い声が背後から飛ぶ。
咄嗟に頭を下げ、一益は言い訳もせず退いた。
胸の鼓動だけがやけに大きく響く。
雪の冷たさが肌に沁みる。
(間の抜けた真似をした……)
中庭を離れながら、自嘲がこみ上げる。
肩衣に縫われた家紋が目に入り、胸の奥がひやりとした。
(滝川左近と、気づかれたやもしれぬ……)
だが、あの一瞬。
姫が見せた驚きと、わずかな親しみを帯びた眼差しが忘れがたい。
(……あれは、織田家の姫なれば)
凛として、どこか儚げで、
目元には信長を思わせる気品があった。
(まことに、美しき姫よ)
この岐阜に留まる姫といえば――ひとり。
(鶴千代に嫁がせると仰せだった、吹雪殿か)
『雪』と呼ばれていた、と聞く。
雪の中に立つ姿は、まさに名の通りであった。
一益は胸に残るざわつきを振り払えぬまま、章姫のもとを訪れた。顔を見るなり、章姫が無邪気に笑い、囲碁盤の前で駒を並べていた。
しばし様子を眺めてから、さりげなく訊ねた。
「章。雪様とは、よう遊ぶのか」
何気ない問いのつもりだった。だが返ってきた答えは意外だった。章姫は小さく首を横に振る。
「雪様はね、もうすぐお輿入れでお忙しいの。だから、あんまり遊んでくれませぬ」
(お輿入れ……。やはり、あの姫は吹雪殿か)
信長が鶴千代に娶らせると話していた娘。ならばいまは祝言の支度で手一杯なのだろう。
だが章姫は、少し誇らしげに言葉を継いだ。
「だから今は風様と遊んでおりまする」
(……風様?)
聞きなれぬ名。家中の者とは思えぬ。章姫の口ぶりは、侍女という扱いでもない。一益は眉をひそめた。
「誰じゃ、それは」
章姫は駒を指で回しながら、思い出したように言った。
「風様は、叔父上を好いておられまする。いつも叔父上の話ばかりで」
一益は面食らった。
「いや、わしは……風様とやらには、会うた覚えがないが」
章姫は声を出して笑い、くるくると駒を回し続ける。
「風様が言うておられました。『忍び事』と」
「忍び事? 章、隠すでない」
問い詰めると、章姫はいたずらっぽく口もとに指を当てる。
「では叔父上も、忍び事にしてくだされ」
一益は苦笑し、頷いた。
「承知じゃ。それで?」
章姫は声をひそめて言った。
「風様は、章から聞く叔父上の話が楽しと。叔父上を見とうなって、そっとお姿を見に来たと仰せでした」
一益は息を呑む。
(……まさか、あの夜の姫が『風様』?)
いや、違う。雪の中庭にいたのは白い小袖の姫――まさしく『雪様』にふさわしい気高さ。
だが章姫が語る『風様』は、どこか印象が違う。
「されど叔父上に会うことは叶わぬ故、叔父上がこの館におられるときは、ただ遠くから見るだけ。それで章とは遊べぬと仰せなのです」
「会うことは叶わぬ……と?」
婚礼前の慎みか、それとも別の理由か。だが章姫の言葉が本当なら、風様は一益の動きを知りながら、あえて姿を見せていないことになる。
(わしが来ると知っていて……避けている?)
「章。風様はわしを遠目で見ておると、そう言うたか」
章姫は素直にうなずいた。
「叔父上のことは、風様よう存じておる。章が話すと、嬉しそうにして……いつも『見るだけで良い』って」
どこか切なげな言葉であった。
だが、その主があの『雪の姫』だとすれば――。
(……いや。では、あれは……)
胸の内に、言葉にできぬざわめきが広がる。
「風様は、明日は来るか」
一益が声をひそめて訊ねると、章姫はまた、こくりと頷いた。
心が静かに波立つ。
誰であろうと、どうしても確かめねばならない。
(明日は、前触れなく参ろう)
知られていれば、風様はまた姿を見せぬだろう。
だが突然現れれば――ほんのひとときでも、その『素顔』が見えるかもしれない。
――翌日。
稽古場には、またもや蒲生鶴千代がふらりと姿を現した。今日も傅役の町野左近を連れている。
「鶴殿、すまんがのう。わしらはそろそろ一足先に蟹江に戻らねばならぬよって、これなる助太郎に馬の乗り方を習うがよい」
義太夫が支度を整えながら、いつもの調子でそう言った。助九郎とともに荷をまとめている。鶴千代は小首を傾げ、
「義兄上を置いて先に戻るのか」
義兄上――つまり、一益のことだ。義太夫は一瞬だけ目をやり、軽く笑って答える。
「おぉ、殿のことか。然様、殿は後から岐阜を発たれるゆえのう」
「大事な用でもあるのか」
鶴千代がさらに食い下がるが、義太夫はそれには答えず、助九郎と顔を見合わせてニヤリ。
その傍らでは、佐治新介と助九郎がこそこそと何やらひそひそ話。
――どうにも腑に落ちない。
鶴千代は眉をひそめ、「皆、何か存じておるのか。…内密なことか?」と問い詰める。
「それは…。まぁ、よいわ。教えてやろう」
義太夫が急に真顔になり、声をひそめた。
「来月には種まきせねばならぬ。それゆえ、毎年、この時期には畑に肥料をくれてやるのじゃ」
「畑?」
「稗やら粟やら黍を…。知らんのか?日野では種まきせぬか?」
義太夫は若干あきれ気味。鶴千代はふうむ、と考え込む。
日野にも畑はある。あるが、自分が関わることはなかった。作物の名も、田と畑の区別すら曖昧だ。
信長が進める兵農分離の風が吹き込むのは、あくまで直参の将兵に限られる。義太夫のような陪臣にとっては、扶持だけでは到底やっていけぬのが実情だった。農を持たぬ武士など、空の櫃のようなもの――中身のない格式だけが残る。
「扶持だけで食べていけぬのか?」
鶴千代が目を丸くして問うと、義太夫は苦笑しながら肩を竦めた。
「然様。殿のお情けで扶持は頂いておるが、それだけでは足りぬ。わが家の実入りのほとんどは、鉄砲や槍を整える費用で消えてしまう。ましてや今のような寒さ厳しい折には、作物も取れぬ」
「……そんなにも?」
「まぁ、尾張は陽がよう照るでな、作物は育ちやすい。されど、この時期になると、飢えで命を落とす者も、決して少なくはないのじゃ」
義太夫が預かる蟹江近辺でも、冬と春の端境期には、村で餓死者が出るのが常。家中の兵たちもまた、年によっては食いつなぐのがやっとという始末。寒風に晒されながら鍬を振るい、田を整え、肥をまく――それが、戦場に出る者たちの現実だった。
(長島を抑えることができれば…)
蟹江のすぐ対岸に広がる長島輪中――豊かな水と肥沃な大地に恵まれ、米も麦も黍もよく育つという。あそこを手中に収めることができれば、蟹江一帯の兵農は安定し、寒さで命を落とす者も減る。だが、いまはまだ時期尚早。あの地を支配する願証寺に敵対すれば、尾張・美濃のみならず、近隣の一向宗徒を一斉に敵に回すことになる。
――まだ、機は熟しておらぬ。
一益はそう見ているようだ。義太夫ら家臣たちは、飢える領民を目の当たりにして手をこまねいていることもできず、少しでも収穫できるものを増やそうと鍬を手にしている。
「鶴は、日野でそういった者を見たことがないか?」
義太夫の問いに、鶴千代は小さく首を振った。日野谷は稲作に適した温暖な地で、災厄にも強く、旱魃も飢饉も稀だ。人が飢えて死ぬという現実に、鶴千代はただ茫然とするしかなかった。
「……世には、かような暮らしをする侍も多いのか」
「わしら陪臣はの。戦よりも、飢えとの戦が堪える」
義太夫が苦笑して言った。
その時、鶴千代が辺りを見回した。
「それはそうと、義兄上はいずこへ?」
そういえば、先ほどから一益の姿が見えない。助九郎も新介も首を傾げるばかりで、
「はて……共も連れず、どこぞへ向かわれたようですが……」
「黙って姿を消すなど、珍しきことよな」
義太夫も訝しげに呟いた。
誰もその行き先を知らぬまま、朝の陽はゆっくりと冬の空を昇っていった。
一方その頃――
一益は、家臣たちにさえ告げず、ひとり密かに千畳敷館の奥へ足を運んでいた。
章姫の部屋が近づくと、耳に届いたのは、鈴のような子供の声と、凛とした女の声だった。
「今日のような晴れた日に、風に舞う雪を風花と申します」
誰かが章姫に語りかけている。――澄んだ雪明りに溶け込むような声だった。
(かざばな……)
中庭を覗くと、舞い落ちる雪の下で、章姫がくるくると踊るように手を伸ばしていた。その傍らには、桃色の小袖をまとった一人の若い女。木陰にたたずみながら、やわらかな目で章姫を見守っている。
「風様!雪が章の手に」
章姫が、ひとひらの雪を受け止めた掌を見せて、嬉しそうに声を上げる。
(あれが風様…?)
一益は目を凝らした。
女の顔に、どこか見覚えがある。あの夜、月光の下に立っていた雪女――いや、吹雪。けれど、確信は持てない。光の加減か、佇まいのせいか、何かが違って見える。
(…似てはいるが、同じとは言い切れぬ)
雪にけぶる庭の景色のせいか、向こうの女は幻のように映った。
その時、章姫がふとこちらを向いた。
「叔父上!」
一益を見つけると、章姫が嬉しそうに駆け寄ってくる。舞い散る雪の中、小さな手にはまだひとひらの雪が残っている。
「章…雪が嬉しいか」
そう声をかけたその瞬間、傍らの女――『風様』と呼ばれた女人が、ふと一益の方を見た。
その面差しに、一益は息を呑む。
上目遣いにじっと見つめたあと、女はふわりと頭を下げた。
「滝川左近殿」
その声も、仕草も、あの夜――雪と月の交わる中庭で見た姫と寸分違わぬ。…吹雪、としか思えない。
一益はまじまじとその顔を見つめた。
すると女は、ふいに笑い出した。
「左近殿は、人を斬るような目でご覧になる。恐ろしゅうてかなわぬの」
どこか芝居がかった言い方で、唇に笑みを浮かべる。
その大胆な物言いは、まるで――
(…まるで鶴千代のような)
物怖じせぬ態度と、ひねりの利いた応対。鶴千代に通じるものがあると、一益はつい口にしていた。
「姫は…鶴のようなことを仰せじゃな」
その一言に、女がきょとんとした顔になった。
「鶴とは…あの、噂の蒲生鶴千代殿のことでありましょうか?」
名を出された瞬間、一益の胸に疑念が生じる。その目元―その声―確かに似ているが。
(…吹雪では、ない?)
いや、しかし。あの夜の光景が脳裏に蘇る。
月の下、こちらを見つめていた眼差し――その記憶が、重なるようで重ならない。
思わず一歩踏み出し、問いかける。
「姫…姫は、吹雪殿では…」
言いかけたその時、章姫が無邪気に笑って言った。
「雪様ではなくて、風様にござります」
その言葉に続くように、女も笑った。今度は心底楽しげに、肩を揺らして。
「左近殿はわらわを吹雪とお思いのようじゃ」
「違うと仰せになるか」
問い返す一益に、女はふわりと笑い、そっと雪片を払った。
「わらわは――風花じゃ」
言葉を終えると同時に、ひとひらの雪が肩口に降り、音もなく溶けた。
その名乗りの意味を、一益は掴みかねたまま、ただ立ち尽くすしかなかった。
(風花…吹雪の妹であろうか)
どう見ても、よく似ている。目元、口元、立ち居振る舞いの細部に至るまで、見分けがつかぬほどだ。
――が。
(あの月の夜、会うたのは…)
やはり、姉の吹雪だったのだろうか。
思い返せば、あの時の吹雪は、静かで、慎ましく、目を伏せがちだった。
対して、いま目の前にいる『風花』は、まるで逆――勝ち気で、艶やかで、どこかしら人を試すような笑みをたたえている。
(この小賢しさ……まさか、父親譲りか)
一益がそう思っていると、風花は楽しげに言った。
「章から、左近殿のことを、よう聞いております」
横目に章姫を見ると、当の章姫は照れくさそうに笑い、くるりと背を向けて駆けていく。
「章は……わしのことを、何と言うておるのじゃ?」
声をかけると、章姫は振り返りもせずに笑いながら走っていく。
風花が肩を揺らしながら答えた。
「いつも嬉しそうに披露してくれるのじゃ」
「披露…?」
一益が首を傾げると、風花は唇に手を当て、笑いを堪えるように続けた。
「左近殿がお作りになったという、紙の手裏剣に、どんぐりの駒、小枝の鉄砲…」
「あ、あれは……」
途端に、顔が熱くなる。
あれらは章姫が退屈しないようにと、ほんの戯れで作った物にすぎない。まさか見せびらかしていたとは。
風花がなおも微笑む。その瞳に、からかい半分、愛しさ半分の光が揺れる。
「駒の祝い肴は?」
「…あれは、家中のもので…」
火が出るほど恥ずかしいとはこのことか。
「左近殿もお作りになられたか?」
「幾つかは…」
しぶしぶ答えると、風花は目を細めて言った。
「お優しいお方じゃ…左近殿は」
一益は思わず目を伏せた。
そんな風に言われたことなど、これまでの人生で一度もない。
義太夫が聞いたら、さぞや笑い転げて腰でも抜かすに違いない。
「左近殿とご家来衆が章のために駒を作るお姿を見てみたいものじゃ」
風花は、本当に楽しそうに笑った。
その屈託のなさに引き込まれるように、一益もつられて口元を緩める。
「いや、あれは…笑えぬほどに難儀な作業にて…」
「でしょうなぁ」
二人の声が重なり、澄んだ冬空に笑い声が溶けていく。
その一瞬、ほんの短い時間だけ、この世の中が静かに和らいだ気がした。
だが次の瞬間――。
「それでも、章は嬉しゅうてな。来る者来る者に、嬉しそうに見せびらかしておる。滝川の皆様に、大切に扱われて…まこと、章がうらやましい」
風花の言葉の最後に、ふっと影が差した。
笑みはそのままだったが、その影が、雪よりも静かに沈んだ。
一益は踏み出しかけた足を、そっと引いた。
(……この姫は、なにかを抱えている)
明るさの裏に、ふと垣間見えた翳り。だが、風花はすぐに何かを思い出したように、くすりと笑った。
「左近殿は小袖を一枚しかお持ちではないとか」
唐突な転換に、一益は目を見張る。
「かようなことまで存じておられるのか」
たしかに――小袖は一枚きり。かつて洗濯の最中に、信長の使者が現れたことがあった。
裸に近い格好だったため、乾くまで待たせてしまったのだが、どうやらその一件が主君の耳に入っていたらしい。
「それは…一枚あれば、十分かと」
「父上の使者を待たせて?」
風花の肩が揺れる。おかしそうに、声を抑えて笑っている。
「見かねた父上が、小袖を幾つか下されたと聞いたが?」
実際、信長は色違いの小袖を何枚か遣わしてくれた。
有難く頂戴したものの、胸元や袖口に織田の五つ木瓜の家紋が大きく染め抜かれていた。
さすがにそれを着るのは憚られ、家臣たちに下賜したのだ。
「家人どもに渡しました」
「では、まだ小袖一枚か。無欲なお方じゃ」
その言葉には、からかいではなく、どこか素直な賞賛が滲んでいた。
だが、家紋の話までは言えず、一益は曖昧に笑ってごまかす。
「風花殿にはかないませぬな」
そう応じると、風花はまた楽しげに目を細めた。
「巷では謀将と恐れられているというが―その実、左近殿は大層、愉快な御仁じゃ」
風花の声は、雪の音に溶けるようにやわらかく響いた。
一益は一瞬、返す言葉を失った。
これまで「恐ろしい」と言われることはあっても、「愉快」などと評されたことは一度もない。
困惑し、どこか落ち着かないまま、言った。
「…では、これにて」
これ以上、ここにいれば自分が何を言い出すか分からない――
一益は、逃げるように章姫の部屋を後にした。
信長の長女・吹雪のことは以前から聞き及んでいたが、次女といえば五徳。確か、松平元康の嫡子――竹千代に嫁がせる手筈。
だが、今の風花はどう考えても五徳の年齢ではない。風花と名乗ったあの姫は、吹雪に瓜二つながら、吹雪とも異なる気配を纏っていた。
(にしても、不思議な姫であった)
明るく、よく笑い、人をからかうようでいて、どこか底が知れない。
その雰囲気は、例えようもなく心をかき乱す。
(上様に、あのような姫がおられたとは…)
どうにも腑に落ちず、一益は義太夫を呼び寄せた。
「お呼びで?」
義太夫がやってくる。一益は頷き、言い出し方を少し迷ってから口を開いた。
「上様の…息女のことじゃ」
「鶴と婚儀をあげるという、吹雪様のことで?」
「ではない。五徳でもなく、もっと…年長の姫じゃ」
義太夫が不思議そうに眉をひそめる。
「徳姫様が次女と聞いておりますが…」
「いや。吹雪に瓜二つの風花という姫がおるはず…」
しばし考え込んだ義太夫だったが、やがてふと顔を上げた。
「確かめてまいりましょう。岐阜城の侍女に、昵懇の者が何名かおりますゆえ」
その口ぶりがあまりにもあっけらかんとしていて、どこか引っかかるものを感じたが、一益はそれ以上は問わなかった。
義太夫は気にも留めぬ様子で、すぐさま部屋を後にする。
一益は風花との会話を思い出していた。
あの明るい笑顔と、どこか遠くを見ていたような目――
居間の隅の竹と小刀に手を伸ばし、無意識に削り始める。風花が語った「紙の手裏剣」や「どんぐりの駒」の記憶が、手のひらの感覚と共に蘇る。
義太夫が戻ってきた。
「殿。わかりましたぞ」
「どうであった」
「似ておられるのも道理で。風花様は、吹雪様と同時に生まれた姫でござります」
「同時に生まれた?」
「はい。されど風花様を見た生母が悲鳴を上げ、命を奪おうとしたとか。それを乳母が庇い、密かに育てたのだそうです。三年ほど経ってから、乳母が恐る恐る上様に直訴し、ようやく認められたと―」
一益は小刀を持つ手を止めた。
双子の片方を『不吉』とする風習は、確かにある。両方、あるいは後に生まれた子をその場で葬ることも、珍しくはない。
あの人を食ったような態度の裏に、そんな闇があったとは――
「それでも、風花様は公には存在しないものとして扱われ続け、いまだ嫁ぎ先も決まっておらぬようです」
義太夫の言葉に、一益は章姫との会話を思い返す。
「会うことは叶わぬ」「遠目で見るだけ」――
あれは、風花が『存在しない姫』として扱われている証だったのか。
吹雪には鶴千代、五徳には竹千代という嫁ぎ先があるのに、風花だけが取り残され、屋敷の奥でひっそりと年を重ねてゆく。
章姫を「羨ましい」と言った風花の笑顔が、胸を刺す。
「しかし殿……あの姫をどこかへ嫁がせるのは、難しいかと存じます。侍女たちの噂では、『忌み子』『不浄の子』などと囁かれており…。このまま一生、城を出られぬのではないかとも」
義太夫は、一益が政略婚の算段を考えていると思ったのだろう。
だが一益は、風花の顔と言葉を、ただ反芻していた。
(不浄の子、か…)
あれほど美しく、よく笑い、人の心に明かりを灯す娘が。何故、そんな名で呼ばれねばならぬのか。
――晴れた日に、風に舞う雪を風花というのでござりますよ。
章姫にそう語りかけていた風花の、あの優しい声が耳の奥に残っている。
「かざばなか…」
声になっていた。
自分でもハッとして口をつぐむ。
「は?あの…殿?」
義太夫が訝しげに、一益の顔をのぞきこむ。
「ようわかった。下がってよい」
一益は静かにそう告げ、首を傾げながら退出する義太夫を目で見送った。
一人になった部屋で竹を手に取り、黙々と削り始める。
手元に小さな削り屑が舞う。風に乗って雪がちらつく幻を見ているようだった。
風花から小袖が届いたのは、その翌日のことだった。
驚く一益のもとに、小袖を抱えた侍女が顔を曇らせて現れた。
「滝川様にはお察しと存じあげますが、姫様は忌み子でございます。それゆえ幼き頃より、屋敷の外に出ることもままならず、輿入れの話も叶わぬままでございました」
一益は無言で耳を傾ける。
「姫様は、章姫様から滝川様のお話をたびたび聞かれておりました。何度となく、そっと遠目にお姿を拝み、それだけで満足されておられました。……それが、かようなことに…」
「かようなことも何も、一度会っただけだがな」
一益は苦笑したが、侍女の顔色は変わらなかった。
「姫様は、昨夜は本当にお喜びでした。…されど、このままでは、行く末、姫様が深く傷つかれることとなりましょう。どうか、滝川様も、これ以上姫様にお近づきなさいませぬよう―」
昨日の、風花の艶やかな笑顔が脳裏に浮かぶ。その裏に、どれほどの哀しみが隠れていたのか。
(一生、屋敷から出られぬなどと…)
言いようのない怒りが、静かに湧いてきた。
しかし、一益が黙っていると、侍女は袖口を正し、伏し目がちに一歩退いて口を開いた。
「姫様のためにも、さらに世間の耳目を招くわけには参りませぬ。万一の節は、恐れながら上様へお取り次ぎいたすこととなりまする」
侍女の声には、長年『忌み子』を囲い込んできた屋敷の石の冷たさが宿っていた。
その言葉に、一益の目が鋭く光った。
信長の名を盾に、風花を再び日陰へ押し込もうとしている――。胸が刺す。
「風花殿が外に出られぬは、周りの者が忌み子とさげすむからではないのか。わしを誰と思うておる。その方ごときにいちいち差し出口されとうないわ」
強い口調に、侍女は目を伏せたまま押し黙る。
一礼して、そそくさと部屋を後にした。
一益はその場に残され、小袖を前に置いたまま、しばらく黙して考え込んだ。
「もしや…」
胸騒ぎがして、小袖の中を改める。
すぐに、ほっと安堵の息。――家紋は入っていない。袖口にほのかな柚子の香が残っていた。
(さすがに、風花殿は分かっておる)
織田の家紋があれば、たとえ贈り物でも軽々しく袖を通すわけにはいかない。
だが、これならば何の問題もない。着てみてもよかろう――そう思い、立ち上がったとたん。
外から、バタバタと賑やかな足音が近づいてきた。
勢いよく襖が開き、話を聞きつけた義太夫が、得意満面の笑みで飛び込んでくる。
「殿!これは如何なることで?」
「妙な笑みを浮かべるな、気味が悪い。取り立てて何ということもない」
また煩い奴が来た――と内心辟易しながらも、一益は淡々と答える。
だが義太夫は、聞こえていないかのように身を乗り出した。
「聞き及びましたぞ。風花様と、かように深い仲とは! それをこの義太夫に一言もなかったとは、いささか薄情では?」
「誰も彼も、思い違いも甚だしい。そうではない」
おかしな誤解が広がる前に、釈明せねばならないと観念した一益は、風花とのやりとりや、侍女から言われたことの一部始終を語った。
義太夫はというと、話の最中も、うんうんと大袈裟に頷き、どこか楽しげな笑みのまま熱心に聞き入っている。
「これは我が家にとってまことに目出度きことでござりますな」
「そなたは一体、何を考えて目出度いなどと申しておるのか」
一益が苦々しげに眉をひそめると、義太夫はポンと手を叩き、にやり。
「甲賀を出て以来、とんと女子に関心を示されなかった殿が、ようやく……。いやいや、これはまさしく天の配剤。千載一遇の好機、雨過天晴、鳳凰来儀。かような天変地異が起こるからこそ、この世は面白うござる!」
「……また妙なことを言い出したな」
「ではでは、風花様に小袖の礼をお伝えしては? 礼状を出されますかな?」
「…その文面を考えておったのじゃ」
そう答えると、義太夫は目を輝かせて身を乗り出す。
「恋文でござるな」
「違う。義太夫、少し黙れ」
これ以上話していると、余計な方向へ引きずられそうだ。一益は手を振って制した。
だが義太夫は、気にせず続ける。
「殿。やはりここは和歌でござりましょう」
「和歌、とな?」
「さよう。このような折には、心を和歌に託すのが雅にして最上。香を焚き染め、藤の小枝に結びつけ、当家一の美丈夫たるこの義太夫めが、直々に風花様のもとへお届け仕りましょう!」
歌など詠んだこともない。
「もう、これで風花様は、殿が見た目と大きく異なり、文武両道の風雅な殿方であると誤解すること間違いなしにござりまする」
いちいち引っかかる言い回しに、一益の頭痛は増すばかり。これでは礼状どころの話ではない。
「ひとつ、気がかりなことがある」
「はて、気がかり、とは?」
一益が重い口を開くと、義太夫はとぼけた顔で首をかしげた。
「すでに…風花殿は、大いなる誤解をされておる」
「誤解…と申されますと?」
「風花殿は、わしのことを―心優しく、無欲で、そして愉快な男と…思うておられるようじゃ」
義太夫は一瞬真顔になり、次の瞬間、腹を抱えて大笑いした。
「義太夫…笑いすぎではないか」
「いやいやいやいや、何がどうしてそこまで誤解なされたものかと。いくらなんでも、それは…っ、ぶはははっ!」
義太夫は床板を叩いて転げ回る。
その様子を、一益はしばし無言で眺めていた。
その沈黙が、笑いよりも重かった。
「そなたがわしをどう思うておるのか…ようわかったわ」
「殿、これはご無礼つかまつった…にしても、これはあまりにも面白き誤解。笑わずにはおれませぬ……ぶふっ!」
一益は思った。やはりこの男にだけは、話すべきではなかった――と。
だんだん腹が立ってきたが、義太夫もその様子に気づいたのか、急に笑いを収め、やや真面目な口調で言った。
「さりながら、誤解があろうとも、風花様が殿を慕っておられることに違いはありますまい」
「…慕っておられる、か」
口にするのも気恥ずかしい言葉に、一益は目を伏せた。
本当に、そうなのだろうか――。
「そのような希少なお方、金輪際現れぬやもしれませぬぞ。ここはやはり、誤解されている今が、まさに好機かと!」
「…義太夫。そなたと話をしておると、不思議と、わしの右手が刀の柄を探してしまうのは何故であろうか…」
一益が左手で鞘を握ると、義太夫はさすがに危機感を覚えたのか、話題を変えるように前のめりで言った。
「章姫様を口実に、風花様を屋敷から連れ出してみては如何で?」
突然の大胆な提案に、一益は目を細める。
「…風花殿は、人目に触れるのを何より恐れておられるようであったが」
「そこは我らにお任せくだされ。千畳敷館の裏口、抜け道、すべて存じております。長良川の河原あたりまでなら、口うるさい侍女どもを見事に煙に巻き、人目に触れずにお連れいたしまする!」
どこか自信満々に胸を叩く義太夫。その裏口や抜け道を普段何に使っているのか気にはなったが、風花を外に連れ出すという案は、確かに捨てがたい。
生まれてこのかた、ろくに屋敷を出たことがないという風花に、風と光の下を歩かせてやりたい――そんな思いが胸に湧いた。
「ご案じめさるな。殿は忠右衛門と共に、川辺でお待ちあれ」
明日の風は、あの姫にも触れるだろうか――そんな思いが、一益の胸にわずかに灯った。
義太夫が何か余計なことを風花に吹き込まぬか気がかりではあったが、ここはあえて信じて任せることにした。
岐阜城下の滝川屋敷から長良川河川敷まではわずかな距離。この川では九百年以上前から、夏になると毎晩、鵜飼が行われている。
(鶴が――舞ったのは『鵜飼』であったな)
水面を払う影を見て、先日の鶴千代の舞がふっと脳裏をよぎる。
鬼物の気息すら感じさせる所作は、戦場よりも鋭く、艶やかで――
己の知らぬ世界が、そこにあった。
「何か一つくらい、芸事を覚えた方がよいのかもしれんな」
ふと口にしたその独り言に、隣の忠右衛門が面食らった顔で振り向く。
「ハッ…殿が…芸事、でござりまするか」
一益は軽く鼻で笑いながらも、心のどこかで真面目にそう思っていた。
芸事といえば、鶴千代が嗜む詩歌、能、茶の湯、香道――いずれも、自分とは無縁と思っていた世界だ。
忠右衛門は一息つき、足元の石を拾いながら言った。
「殿は水切りがお得意ではありませぬか」
水切りが芸事とは、まこと忠右衛門らしい発想だと、一益は苦笑する。
「忠右衛門、四段か。未熟な奴よ。水切りはな、手にした石で大半が決まるのじゃ」
そう言って、一益も石をひとつ手に取り、軽く川へ投げる。
石は、水面を六度跳ね、静かに沈んだ。
指先に残った震えが、戦場で矢の軌を見切るときのそれと同じで、一益は僅かに眉をひそめた。
「未熟は殿でござる」
「どうも腕が鈍っておる」
昔取った杵柄だ、勘さえ戻れば十段などすぐ飛ばせる――そう思いながらも、少し悔しさが滲む。
一益と忠右衛門が河原で黙々と石を投げていると、
「叔父上!章にも教えてくだされ」
少し離れたところから、弾む声が飛んできた。
振り返ると、章姫が砂利を蹴りながら駆けてくる。その後ろを、風花、義太夫、助太郎が続いている。どうやら、忠右衛門との水切りを風花に見られてしまったらしい。
「…そなたに乗せられて、また風花殿の前で見苦しき姿をさらしたわ」
一益は小声でぼやいたが、忠右衛門は肩を震わせて笑いを堪えつつ、足元の石を拾い上げて言う。
「姫様。では、爺が水切りをお教えいたしましょう」
そう言って、章姫に平たい石を選んで手渡す。
近づいてきた風花は、陽射しにきらめく川面を見ながら、心から嬉しそうに微笑んだ。
「屋敷の外に出たのは岐阜に来て以来じゃ」
柔らかく、けれどどこか懐かしむような声だった。
一益は、照れくささに目を逸らしたまま、風花の顔を見ることができなかった。
だが、その横顔が、思いきり大きく息を吸い、長良川の冬気を胸いっぱいに抱いているのを見て――心の中で、小さくうなずいた。
(連れ出して、よかった)
そう思わずにはいられなかった。
「その小袖は…」
風花の目が、小袖にとまる。
贈られた品を着てきたことに気づかれてしまった。
「忝い……。礼状をと思い、歌を考えるも、元来粗忽者にて、それもかなわず…」
言い淀みながら答えると、風花はくすりと笑い、ほどなく笑い声をこぼした。
「左近殿が、和歌とは……。何故に、そのようなことを?」
視線を逸らして、義太夫の方を横目で睨む。義太夫は笑いを堪えるのに必死で、うつむいている。
(……やはり相談相手を間違えた)
義太夫が袖をからげ、平たい石を選んで胸を張った。
「見ておれ。水切りとはこうするもの――」
と、力いっぱい石を投げる。
「四段!」
「未熟」
義太夫は照れ笑いを浮かべて下がろうとした拍子に、足場の小石がぐらり――うっかり水に「ちゃぽり」と片足を入れてしまった。
「……五段目はわしの足でござった」
風花が袖で口元を隠し、くすりと笑った。
その笑いは、冷たい川風に触れた鈴の音のように、かすかに震えた。
章姫もつられて笑い、忠右衛門が「冷やしますぞ」と慌てて裾を引く。助太郎は肩を震わせ、場の空気がほどける。
笑いの継ぎ目に、喉の奥でふ、と息が鳴った。
川風が通り、笑い声が水面へほどけていく――その時、風花がふいに川下を指した。
「鳥が…」
「河鵜でありましょう」
「河鵜?」
「川に棲み、水に潜って魚をとる鳥でござる」
「水に潜る鳥が…。然様なものがおるのか」
目を丸くする風花が、なんとも子供のように見えた。
「ではあの青い鳥は?」
「あれは瑠璃鶲。冬の寒さを避けて、東の国から飛んでくる」
「鳥も賢いのう…」
風花が感心したようにつぶやく。
空は雲ひとつない快晴。川面が陽に照らされて、煌めきを返してくる。
風花がふと、頭上を仰ぎ見る。
その一瞬、風も、声も、すべて止まったように思えた。
「…空がこんなにも広いとは」
一益もつられて空を見上げた。冬の青空に、薄く淡い雲が、静かに流れていく。
この空も、風花には初めてのものなのだ。
「生涯忘れぬ…。この空を見た日のことを」
風花が、ぽつりと呟いた。
「風花殿…」
織田家の姫として、何不自由ない暮らしをしていたはずの風花。
だが、今は籠の鳥のように閉じ込められ、屋敷の小窓からしか空を見られぬ日々を送っている。
この広い空を見て、素直に喜び、目を輝かせる姿に――胸が締めつけられる。
「この世は、かように……美しかったのか」
風花の瞳に、澄み渡る空が映る。笑いが静まり、川音だけが戻った。風花の指先がわずかに強ばる。
横顔が、冬光を受けて淡く縁どられた。
その光の角度まで、おそらく一生忘れまい。
義太夫が小声で言う。
「……姫様は、戻られたくはないでしょうな。外の寒さより、内の寒さがこたえるご様子」
一益は返す言葉を見つけられず、風上へ半歩出た。自らを盾にして風を受け、ただうなずく。風花は気づかぬふりで、広い空を見上げている。
常に闊達にふるまっていた風花が、急に儚い存在に見えた。そしてその姿は竹取物語にでも出てくるほどの艶やかさで、前にも増して美しく慕わしい。
その姿を見つめながら、一益の胸の奥にひとつの想いが去来する。
――この娘を、守りたい。共に生きたい。
だが、それは叶わぬ願いかもしれない。
風花は主君の娘。そして己は、その主君よりも年長という、皮肉な立場にある。
望むだけで己を恥じねばならぬ年齢であることも、わかってはいる。
それでも、この空のもと、こうして笑っている風花を見ると、胸のうちが熱くなる。
(手柄を立て、伊勢を預かり……)
その先に続く言葉は、胸の奥でまだ形にならなかった。
ただ、確かに――胸の内に小さな火が灯っていた。
それは、織田信長が尾張・美濃・近江を手中に収め、上洛を果たした翌年の正月のことであった。
「まだ正月というに、鶴殿はせいがでるのぉ」
佐治新介が感心したように呟く。
「誰が相手しておる?」
「助九郎が槍や刀の手ほどきを」
そこへ義太夫が通りすがりにぼそり。
「…あやつ、鉄砲と手裏剣も教えたるか――いや、やめておこう」
言い置いて、すぐに袖を払って去っていった。
そっと覗いてみると、助九郎が鶴千代の前に座り、真顔で何かを話していた。
「長い道のりを走るための呼吸法がござります。それが二重息吹。吸う、吐く、吐く、吸う、吐く……これを繰り返しまする」
鶴千代は真剣な面持ちで頷き、復唱した。
「吸う、吐く、吐く、吸う、吐く…」
一益の隣で様子を見ていた谷崎忠右衛門が、怪訝そうに眉をひそめた。
「…あれは一体?」
「素破の呼吸法じゃ…」
だが、どうにも違う。
鶴千代は素破ではなく、れっきとした武将の子。馬での移動こそすれ、素足で長駆することなどないはずだ。本来教えるべきは、馬術である。
(師を誤ったか…)
そう思いつつも、在五中将のままでいるよりは遥かにましだと、一益は心中で自らを納得させる。
騒がしくも朗らかな稽古場をあとに、一益はそっと背を向けた。
雪の気配がまだ微かに残る庭を抜け、岐阜城・千畳敷館の章姫の部屋へ向かう。
ふと足が止まる。
(上様が新たに作られた館を、よく見ておらなんだな)
思いつくまま中庭へ向かうと、雪化粧を施された木々が白い輪郭を浮かび上がらせていた。
そこだけ、ひどく静かであった。
音がない。
人の気配もない。
ただ、雪だけがしんしんと落ちてくる。
(……妙な)
雪の帳の向こうに、人影が立っていた。
一益は無意識に歩み寄っていた。
足音は雪に吸われ、己の息遣いさえ遠のく。
月光に照らされ、その人影が輪郭を結ぶ。
白銀の小袖をまとい、雪の中に佇む女――。
顔を上げ、静かに降る雪を見ている。
透けるような白い肌。薄い血の色を宿した唇。凛とした目元。
どこか、この世ならぬ気配があった。
(雪女……)
男を惑わし、息ひとつで凍え死なせるという怪異。
だが今宵の月は明るく、雪面の光が彼女の姿をいっそう際立たせている。
一益は、そっと立ち止まった。
冷たいより、神聖――触れれば崩れそうな、壊してはならぬものを見たような感覚。
女はただ、舞い降りる雪を見上げていた。
時が止まったかのような静けさだった。
(……何者であろうか)
目が離せなかった。
胸の内で、言葉にできぬ衝動がゆっくりと膨らんでいく。
その時。
「姫さま」
背後から小さな声。
女がはっと振り向く。
目が合った。
驚いたように、その表情がわずかに揺れた。
「あ……」
小さく漏れた声。
一益を見つめる瞳には、恐れではなく、どこか知性と光があった。
(……どこかで)
既視感が胸をかすめた瞬間――
「誰じゃ!」
侍女の鋭い声が背後から飛ぶ。
咄嗟に頭を下げ、一益は言い訳もせず退いた。
胸の鼓動だけがやけに大きく響く。
雪の冷たさが肌に沁みる。
(間の抜けた真似をした……)
中庭を離れながら、自嘲がこみ上げる。
肩衣に縫われた家紋が目に入り、胸の奥がひやりとした。
(滝川左近と、気づかれたやもしれぬ……)
だが、あの一瞬。
姫が見せた驚きと、わずかな親しみを帯びた眼差しが忘れがたい。
(……あれは、織田家の姫なれば)
凛として、どこか儚げで、
目元には信長を思わせる気品があった。
(まことに、美しき姫よ)
この岐阜に留まる姫といえば――ひとり。
(鶴千代に嫁がせると仰せだった、吹雪殿か)
『雪』と呼ばれていた、と聞く。
雪の中に立つ姿は、まさに名の通りであった。
一益は胸に残るざわつきを振り払えぬまま、章姫のもとを訪れた。顔を見るなり、章姫が無邪気に笑い、囲碁盤の前で駒を並べていた。
しばし様子を眺めてから、さりげなく訊ねた。
「章。雪様とは、よう遊ぶのか」
何気ない問いのつもりだった。だが返ってきた答えは意外だった。章姫は小さく首を横に振る。
「雪様はね、もうすぐお輿入れでお忙しいの。だから、あんまり遊んでくれませぬ」
(お輿入れ……。やはり、あの姫は吹雪殿か)
信長が鶴千代に娶らせると話していた娘。ならばいまは祝言の支度で手一杯なのだろう。
だが章姫は、少し誇らしげに言葉を継いだ。
「だから今は風様と遊んでおりまする」
(……風様?)
聞きなれぬ名。家中の者とは思えぬ。章姫の口ぶりは、侍女という扱いでもない。一益は眉をひそめた。
「誰じゃ、それは」
章姫は駒を指で回しながら、思い出したように言った。
「風様は、叔父上を好いておられまする。いつも叔父上の話ばかりで」
一益は面食らった。
「いや、わしは……風様とやらには、会うた覚えがないが」
章姫は声を出して笑い、くるくると駒を回し続ける。
「風様が言うておられました。『忍び事』と」
「忍び事? 章、隠すでない」
問い詰めると、章姫はいたずらっぽく口もとに指を当てる。
「では叔父上も、忍び事にしてくだされ」
一益は苦笑し、頷いた。
「承知じゃ。それで?」
章姫は声をひそめて言った。
「風様は、章から聞く叔父上の話が楽しと。叔父上を見とうなって、そっとお姿を見に来たと仰せでした」
一益は息を呑む。
(……まさか、あの夜の姫が『風様』?)
いや、違う。雪の中庭にいたのは白い小袖の姫――まさしく『雪様』にふさわしい気高さ。
だが章姫が語る『風様』は、どこか印象が違う。
「されど叔父上に会うことは叶わぬ故、叔父上がこの館におられるときは、ただ遠くから見るだけ。それで章とは遊べぬと仰せなのです」
「会うことは叶わぬ……と?」
婚礼前の慎みか、それとも別の理由か。だが章姫の言葉が本当なら、風様は一益の動きを知りながら、あえて姿を見せていないことになる。
(わしが来ると知っていて……避けている?)
「章。風様はわしを遠目で見ておると、そう言うたか」
章姫は素直にうなずいた。
「叔父上のことは、風様よう存じておる。章が話すと、嬉しそうにして……いつも『見るだけで良い』って」
どこか切なげな言葉であった。
だが、その主があの『雪の姫』だとすれば――。
(……いや。では、あれは……)
胸の内に、言葉にできぬざわめきが広がる。
「風様は、明日は来るか」
一益が声をひそめて訊ねると、章姫はまた、こくりと頷いた。
心が静かに波立つ。
誰であろうと、どうしても確かめねばならない。
(明日は、前触れなく参ろう)
知られていれば、風様はまた姿を見せぬだろう。
だが突然現れれば――ほんのひとときでも、その『素顔』が見えるかもしれない。
――翌日。
稽古場には、またもや蒲生鶴千代がふらりと姿を現した。今日も傅役の町野左近を連れている。
「鶴殿、すまんがのう。わしらはそろそろ一足先に蟹江に戻らねばならぬよって、これなる助太郎に馬の乗り方を習うがよい」
義太夫が支度を整えながら、いつもの調子でそう言った。助九郎とともに荷をまとめている。鶴千代は小首を傾げ、
「義兄上を置いて先に戻るのか」
義兄上――つまり、一益のことだ。義太夫は一瞬だけ目をやり、軽く笑って答える。
「おぉ、殿のことか。然様、殿は後から岐阜を発たれるゆえのう」
「大事な用でもあるのか」
鶴千代がさらに食い下がるが、義太夫はそれには答えず、助九郎と顔を見合わせてニヤリ。
その傍らでは、佐治新介と助九郎がこそこそと何やらひそひそ話。
――どうにも腑に落ちない。
鶴千代は眉をひそめ、「皆、何か存じておるのか。…内密なことか?」と問い詰める。
「それは…。まぁ、よいわ。教えてやろう」
義太夫が急に真顔になり、声をひそめた。
「来月には種まきせねばならぬ。それゆえ、毎年、この時期には畑に肥料をくれてやるのじゃ」
「畑?」
「稗やら粟やら黍を…。知らんのか?日野では種まきせぬか?」
義太夫は若干あきれ気味。鶴千代はふうむ、と考え込む。
日野にも畑はある。あるが、自分が関わることはなかった。作物の名も、田と畑の区別すら曖昧だ。
信長が進める兵農分離の風が吹き込むのは、あくまで直参の将兵に限られる。義太夫のような陪臣にとっては、扶持だけでは到底やっていけぬのが実情だった。農を持たぬ武士など、空の櫃のようなもの――中身のない格式だけが残る。
「扶持だけで食べていけぬのか?」
鶴千代が目を丸くして問うと、義太夫は苦笑しながら肩を竦めた。
「然様。殿のお情けで扶持は頂いておるが、それだけでは足りぬ。わが家の実入りのほとんどは、鉄砲や槍を整える費用で消えてしまう。ましてや今のような寒さ厳しい折には、作物も取れぬ」
「……そんなにも?」
「まぁ、尾張は陽がよう照るでな、作物は育ちやすい。されど、この時期になると、飢えで命を落とす者も、決して少なくはないのじゃ」
義太夫が預かる蟹江近辺でも、冬と春の端境期には、村で餓死者が出るのが常。家中の兵たちもまた、年によっては食いつなぐのがやっとという始末。寒風に晒されながら鍬を振るい、田を整え、肥をまく――それが、戦場に出る者たちの現実だった。
(長島を抑えることができれば…)
蟹江のすぐ対岸に広がる長島輪中――豊かな水と肥沃な大地に恵まれ、米も麦も黍もよく育つという。あそこを手中に収めることができれば、蟹江一帯の兵農は安定し、寒さで命を落とす者も減る。だが、いまはまだ時期尚早。あの地を支配する願証寺に敵対すれば、尾張・美濃のみならず、近隣の一向宗徒を一斉に敵に回すことになる。
――まだ、機は熟しておらぬ。
一益はそう見ているようだ。義太夫ら家臣たちは、飢える領民を目の当たりにして手をこまねいていることもできず、少しでも収穫できるものを増やそうと鍬を手にしている。
「鶴は、日野でそういった者を見たことがないか?」
義太夫の問いに、鶴千代は小さく首を振った。日野谷は稲作に適した温暖な地で、災厄にも強く、旱魃も飢饉も稀だ。人が飢えて死ぬという現実に、鶴千代はただ茫然とするしかなかった。
「……世には、かような暮らしをする侍も多いのか」
「わしら陪臣はの。戦よりも、飢えとの戦が堪える」
義太夫が苦笑して言った。
その時、鶴千代が辺りを見回した。
「それはそうと、義兄上はいずこへ?」
そういえば、先ほどから一益の姿が見えない。助九郎も新介も首を傾げるばかりで、
「はて……共も連れず、どこぞへ向かわれたようですが……」
「黙って姿を消すなど、珍しきことよな」
義太夫も訝しげに呟いた。
誰もその行き先を知らぬまま、朝の陽はゆっくりと冬の空を昇っていった。
一方その頃――
一益は、家臣たちにさえ告げず、ひとり密かに千畳敷館の奥へ足を運んでいた。
章姫の部屋が近づくと、耳に届いたのは、鈴のような子供の声と、凛とした女の声だった。
「今日のような晴れた日に、風に舞う雪を風花と申します」
誰かが章姫に語りかけている。――澄んだ雪明りに溶け込むような声だった。
(かざばな……)
中庭を覗くと、舞い落ちる雪の下で、章姫がくるくると踊るように手を伸ばしていた。その傍らには、桃色の小袖をまとった一人の若い女。木陰にたたずみながら、やわらかな目で章姫を見守っている。
「風様!雪が章の手に」
章姫が、ひとひらの雪を受け止めた掌を見せて、嬉しそうに声を上げる。
(あれが風様…?)
一益は目を凝らした。
女の顔に、どこか見覚えがある。あの夜、月光の下に立っていた雪女――いや、吹雪。けれど、確信は持てない。光の加減か、佇まいのせいか、何かが違って見える。
(…似てはいるが、同じとは言い切れぬ)
雪にけぶる庭の景色のせいか、向こうの女は幻のように映った。
その時、章姫がふとこちらを向いた。
「叔父上!」
一益を見つけると、章姫が嬉しそうに駆け寄ってくる。舞い散る雪の中、小さな手にはまだひとひらの雪が残っている。
「章…雪が嬉しいか」
そう声をかけたその瞬間、傍らの女――『風様』と呼ばれた女人が、ふと一益の方を見た。
その面差しに、一益は息を呑む。
上目遣いにじっと見つめたあと、女はふわりと頭を下げた。
「滝川左近殿」
その声も、仕草も、あの夜――雪と月の交わる中庭で見た姫と寸分違わぬ。…吹雪、としか思えない。
一益はまじまじとその顔を見つめた。
すると女は、ふいに笑い出した。
「左近殿は、人を斬るような目でご覧になる。恐ろしゅうてかなわぬの」
どこか芝居がかった言い方で、唇に笑みを浮かべる。
その大胆な物言いは、まるで――
(…まるで鶴千代のような)
物怖じせぬ態度と、ひねりの利いた応対。鶴千代に通じるものがあると、一益はつい口にしていた。
「姫は…鶴のようなことを仰せじゃな」
その一言に、女がきょとんとした顔になった。
「鶴とは…あの、噂の蒲生鶴千代殿のことでありましょうか?」
名を出された瞬間、一益の胸に疑念が生じる。その目元―その声―確かに似ているが。
(…吹雪では、ない?)
いや、しかし。あの夜の光景が脳裏に蘇る。
月の下、こちらを見つめていた眼差し――その記憶が、重なるようで重ならない。
思わず一歩踏み出し、問いかける。
「姫…姫は、吹雪殿では…」
言いかけたその時、章姫が無邪気に笑って言った。
「雪様ではなくて、風様にござります」
その言葉に続くように、女も笑った。今度は心底楽しげに、肩を揺らして。
「左近殿はわらわを吹雪とお思いのようじゃ」
「違うと仰せになるか」
問い返す一益に、女はふわりと笑い、そっと雪片を払った。
「わらわは――風花じゃ」
言葉を終えると同時に、ひとひらの雪が肩口に降り、音もなく溶けた。
その名乗りの意味を、一益は掴みかねたまま、ただ立ち尽くすしかなかった。
(風花…吹雪の妹であろうか)
どう見ても、よく似ている。目元、口元、立ち居振る舞いの細部に至るまで、見分けがつかぬほどだ。
――が。
(あの月の夜、会うたのは…)
やはり、姉の吹雪だったのだろうか。
思い返せば、あの時の吹雪は、静かで、慎ましく、目を伏せがちだった。
対して、いま目の前にいる『風花』は、まるで逆――勝ち気で、艶やかで、どこかしら人を試すような笑みをたたえている。
(この小賢しさ……まさか、父親譲りか)
一益がそう思っていると、風花は楽しげに言った。
「章から、左近殿のことを、よう聞いております」
横目に章姫を見ると、当の章姫は照れくさそうに笑い、くるりと背を向けて駆けていく。
「章は……わしのことを、何と言うておるのじゃ?」
声をかけると、章姫は振り返りもせずに笑いながら走っていく。
風花が肩を揺らしながら答えた。
「いつも嬉しそうに披露してくれるのじゃ」
「披露…?」
一益が首を傾げると、風花は唇に手を当て、笑いを堪えるように続けた。
「左近殿がお作りになったという、紙の手裏剣に、どんぐりの駒、小枝の鉄砲…」
「あ、あれは……」
途端に、顔が熱くなる。
あれらは章姫が退屈しないようにと、ほんの戯れで作った物にすぎない。まさか見せびらかしていたとは。
風花がなおも微笑む。その瞳に、からかい半分、愛しさ半分の光が揺れる。
「駒の祝い肴は?」
「…あれは、家中のもので…」
火が出るほど恥ずかしいとはこのことか。
「左近殿もお作りになられたか?」
「幾つかは…」
しぶしぶ答えると、風花は目を細めて言った。
「お優しいお方じゃ…左近殿は」
一益は思わず目を伏せた。
そんな風に言われたことなど、これまでの人生で一度もない。
義太夫が聞いたら、さぞや笑い転げて腰でも抜かすに違いない。
「左近殿とご家来衆が章のために駒を作るお姿を見てみたいものじゃ」
風花は、本当に楽しそうに笑った。
その屈託のなさに引き込まれるように、一益もつられて口元を緩める。
「いや、あれは…笑えぬほどに難儀な作業にて…」
「でしょうなぁ」
二人の声が重なり、澄んだ冬空に笑い声が溶けていく。
その一瞬、ほんの短い時間だけ、この世の中が静かに和らいだ気がした。
だが次の瞬間――。
「それでも、章は嬉しゅうてな。来る者来る者に、嬉しそうに見せびらかしておる。滝川の皆様に、大切に扱われて…まこと、章がうらやましい」
風花の言葉の最後に、ふっと影が差した。
笑みはそのままだったが、その影が、雪よりも静かに沈んだ。
一益は踏み出しかけた足を、そっと引いた。
(……この姫は、なにかを抱えている)
明るさの裏に、ふと垣間見えた翳り。だが、風花はすぐに何かを思い出したように、くすりと笑った。
「左近殿は小袖を一枚しかお持ちではないとか」
唐突な転換に、一益は目を見張る。
「かようなことまで存じておられるのか」
たしかに――小袖は一枚きり。かつて洗濯の最中に、信長の使者が現れたことがあった。
裸に近い格好だったため、乾くまで待たせてしまったのだが、どうやらその一件が主君の耳に入っていたらしい。
「それは…一枚あれば、十分かと」
「父上の使者を待たせて?」
風花の肩が揺れる。おかしそうに、声を抑えて笑っている。
「見かねた父上が、小袖を幾つか下されたと聞いたが?」
実際、信長は色違いの小袖を何枚か遣わしてくれた。
有難く頂戴したものの、胸元や袖口に織田の五つ木瓜の家紋が大きく染め抜かれていた。
さすがにそれを着るのは憚られ、家臣たちに下賜したのだ。
「家人どもに渡しました」
「では、まだ小袖一枚か。無欲なお方じゃ」
その言葉には、からかいではなく、どこか素直な賞賛が滲んでいた。
だが、家紋の話までは言えず、一益は曖昧に笑ってごまかす。
「風花殿にはかないませぬな」
そう応じると、風花はまた楽しげに目を細めた。
「巷では謀将と恐れられているというが―その実、左近殿は大層、愉快な御仁じゃ」
風花の声は、雪の音に溶けるようにやわらかく響いた。
一益は一瞬、返す言葉を失った。
これまで「恐ろしい」と言われることはあっても、「愉快」などと評されたことは一度もない。
困惑し、どこか落ち着かないまま、言った。
「…では、これにて」
これ以上、ここにいれば自分が何を言い出すか分からない――
一益は、逃げるように章姫の部屋を後にした。
信長の長女・吹雪のことは以前から聞き及んでいたが、次女といえば五徳。確か、松平元康の嫡子――竹千代に嫁がせる手筈。
だが、今の風花はどう考えても五徳の年齢ではない。風花と名乗ったあの姫は、吹雪に瓜二つながら、吹雪とも異なる気配を纏っていた。
(にしても、不思議な姫であった)
明るく、よく笑い、人をからかうようでいて、どこか底が知れない。
その雰囲気は、例えようもなく心をかき乱す。
(上様に、あのような姫がおられたとは…)
どうにも腑に落ちず、一益は義太夫を呼び寄せた。
「お呼びで?」
義太夫がやってくる。一益は頷き、言い出し方を少し迷ってから口を開いた。
「上様の…息女のことじゃ」
「鶴と婚儀をあげるという、吹雪様のことで?」
「ではない。五徳でもなく、もっと…年長の姫じゃ」
義太夫が不思議そうに眉をひそめる。
「徳姫様が次女と聞いておりますが…」
「いや。吹雪に瓜二つの風花という姫がおるはず…」
しばし考え込んだ義太夫だったが、やがてふと顔を上げた。
「確かめてまいりましょう。岐阜城の侍女に、昵懇の者が何名かおりますゆえ」
その口ぶりがあまりにもあっけらかんとしていて、どこか引っかかるものを感じたが、一益はそれ以上は問わなかった。
義太夫は気にも留めぬ様子で、すぐさま部屋を後にする。
一益は風花との会話を思い出していた。
あの明るい笑顔と、どこか遠くを見ていたような目――
居間の隅の竹と小刀に手を伸ばし、無意識に削り始める。風花が語った「紙の手裏剣」や「どんぐりの駒」の記憶が、手のひらの感覚と共に蘇る。
義太夫が戻ってきた。
「殿。わかりましたぞ」
「どうであった」
「似ておられるのも道理で。風花様は、吹雪様と同時に生まれた姫でござります」
「同時に生まれた?」
「はい。されど風花様を見た生母が悲鳴を上げ、命を奪おうとしたとか。それを乳母が庇い、密かに育てたのだそうです。三年ほど経ってから、乳母が恐る恐る上様に直訴し、ようやく認められたと―」
一益は小刀を持つ手を止めた。
双子の片方を『不吉』とする風習は、確かにある。両方、あるいは後に生まれた子をその場で葬ることも、珍しくはない。
あの人を食ったような態度の裏に、そんな闇があったとは――
「それでも、風花様は公には存在しないものとして扱われ続け、いまだ嫁ぎ先も決まっておらぬようです」
義太夫の言葉に、一益は章姫との会話を思い返す。
「会うことは叶わぬ」「遠目で見るだけ」――
あれは、風花が『存在しない姫』として扱われている証だったのか。
吹雪には鶴千代、五徳には竹千代という嫁ぎ先があるのに、風花だけが取り残され、屋敷の奥でひっそりと年を重ねてゆく。
章姫を「羨ましい」と言った風花の笑顔が、胸を刺す。
「しかし殿……あの姫をどこかへ嫁がせるのは、難しいかと存じます。侍女たちの噂では、『忌み子』『不浄の子』などと囁かれており…。このまま一生、城を出られぬのではないかとも」
義太夫は、一益が政略婚の算段を考えていると思ったのだろう。
だが一益は、風花の顔と言葉を、ただ反芻していた。
(不浄の子、か…)
あれほど美しく、よく笑い、人の心に明かりを灯す娘が。何故、そんな名で呼ばれねばならぬのか。
――晴れた日に、風に舞う雪を風花というのでござりますよ。
章姫にそう語りかけていた風花の、あの優しい声が耳の奥に残っている。
「かざばなか…」
声になっていた。
自分でもハッとして口をつぐむ。
「は?あの…殿?」
義太夫が訝しげに、一益の顔をのぞきこむ。
「ようわかった。下がってよい」
一益は静かにそう告げ、首を傾げながら退出する義太夫を目で見送った。
一人になった部屋で竹を手に取り、黙々と削り始める。
手元に小さな削り屑が舞う。風に乗って雪がちらつく幻を見ているようだった。
風花から小袖が届いたのは、その翌日のことだった。
驚く一益のもとに、小袖を抱えた侍女が顔を曇らせて現れた。
「滝川様にはお察しと存じあげますが、姫様は忌み子でございます。それゆえ幼き頃より、屋敷の外に出ることもままならず、輿入れの話も叶わぬままでございました」
一益は無言で耳を傾ける。
「姫様は、章姫様から滝川様のお話をたびたび聞かれておりました。何度となく、そっと遠目にお姿を拝み、それだけで満足されておられました。……それが、かようなことに…」
「かようなことも何も、一度会っただけだがな」
一益は苦笑したが、侍女の顔色は変わらなかった。
「姫様は、昨夜は本当にお喜びでした。…されど、このままでは、行く末、姫様が深く傷つかれることとなりましょう。どうか、滝川様も、これ以上姫様にお近づきなさいませぬよう―」
昨日の、風花の艶やかな笑顔が脳裏に浮かぶ。その裏に、どれほどの哀しみが隠れていたのか。
(一生、屋敷から出られぬなどと…)
言いようのない怒りが、静かに湧いてきた。
しかし、一益が黙っていると、侍女は袖口を正し、伏し目がちに一歩退いて口を開いた。
「姫様のためにも、さらに世間の耳目を招くわけには参りませぬ。万一の節は、恐れながら上様へお取り次ぎいたすこととなりまする」
侍女の声には、長年『忌み子』を囲い込んできた屋敷の石の冷たさが宿っていた。
その言葉に、一益の目が鋭く光った。
信長の名を盾に、風花を再び日陰へ押し込もうとしている――。胸が刺す。
「風花殿が外に出られぬは、周りの者が忌み子とさげすむからではないのか。わしを誰と思うておる。その方ごときにいちいち差し出口されとうないわ」
強い口調に、侍女は目を伏せたまま押し黙る。
一礼して、そそくさと部屋を後にした。
一益はその場に残され、小袖を前に置いたまま、しばらく黙して考え込んだ。
「もしや…」
胸騒ぎがして、小袖の中を改める。
すぐに、ほっと安堵の息。――家紋は入っていない。袖口にほのかな柚子の香が残っていた。
(さすがに、風花殿は分かっておる)
織田の家紋があれば、たとえ贈り物でも軽々しく袖を通すわけにはいかない。
だが、これならば何の問題もない。着てみてもよかろう――そう思い、立ち上がったとたん。
外から、バタバタと賑やかな足音が近づいてきた。
勢いよく襖が開き、話を聞きつけた義太夫が、得意満面の笑みで飛び込んでくる。
「殿!これは如何なることで?」
「妙な笑みを浮かべるな、気味が悪い。取り立てて何ということもない」
また煩い奴が来た――と内心辟易しながらも、一益は淡々と答える。
だが義太夫は、聞こえていないかのように身を乗り出した。
「聞き及びましたぞ。風花様と、かように深い仲とは! それをこの義太夫に一言もなかったとは、いささか薄情では?」
「誰も彼も、思い違いも甚だしい。そうではない」
おかしな誤解が広がる前に、釈明せねばならないと観念した一益は、風花とのやりとりや、侍女から言われたことの一部始終を語った。
義太夫はというと、話の最中も、うんうんと大袈裟に頷き、どこか楽しげな笑みのまま熱心に聞き入っている。
「これは我が家にとってまことに目出度きことでござりますな」
「そなたは一体、何を考えて目出度いなどと申しておるのか」
一益が苦々しげに眉をひそめると、義太夫はポンと手を叩き、にやり。
「甲賀を出て以来、とんと女子に関心を示されなかった殿が、ようやく……。いやいや、これはまさしく天の配剤。千載一遇の好機、雨過天晴、鳳凰来儀。かような天変地異が起こるからこそ、この世は面白うござる!」
「……また妙なことを言い出したな」
「ではでは、風花様に小袖の礼をお伝えしては? 礼状を出されますかな?」
「…その文面を考えておったのじゃ」
そう答えると、義太夫は目を輝かせて身を乗り出す。
「恋文でござるな」
「違う。義太夫、少し黙れ」
これ以上話していると、余計な方向へ引きずられそうだ。一益は手を振って制した。
だが義太夫は、気にせず続ける。
「殿。やはりここは和歌でござりましょう」
「和歌、とな?」
「さよう。このような折には、心を和歌に託すのが雅にして最上。香を焚き染め、藤の小枝に結びつけ、当家一の美丈夫たるこの義太夫めが、直々に風花様のもとへお届け仕りましょう!」
歌など詠んだこともない。
「もう、これで風花様は、殿が見た目と大きく異なり、文武両道の風雅な殿方であると誤解すること間違いなしにござりまする」
いちいち引っかかる言い回しに、一益の頭痛は増すばかり。これでは礼状どころの話ではない。
「ひとつ、気がかりなことがある」
「はて、気がかり、とは?」
一益が重い口を開くと、義太夫はとぼけた顔で首をかしげた。
「すでに…風花殿は、大いなる誤解をされておる」
「誤解…と申されますと?」
「風花殿は、わしのことを―心優しく、無欲で、そして愉快な男と…思うておられるようじゃ」
義太夫は一瞬真顔になり、次の瞬間、腹を抱えて大笑いした。
「義太夫…笑いすぎではないか」
「いやいやいやいや、何がどうしてそこまで誤解なされたものかと。いくらなんでも、それは…っ、ぶはははっ!」
義太夫は床板を叩いて転げ回る。
その様子を、一益はしばし無言で眺めていた。
その沈黙が、笑いよりも重かった。
「そなたがわしをどう思うておるのか…ようわかったわ」
「殿、これはご無礼つかまつった…にしても、これはあまりにも面白き誤解。笑わずにはおれませぬ……ぶふっ!」
一益は思った。やはりこの男にだけは、話すべきではなかった――と。
だんだん腹が立ってきたが、義太夫もその様子に気づいたのか、急に笑いを収め、やや真面目な口調で言った。
「さりながら、誤解があろうとも、風花様が殿を慕っておられることに違いはありますまい」
「…慕っておられる、か」
口にするのも気恥ずかしい言葉に、一益は目を伏せた。
本当に、そうなのだろうか――。
「そのような希少なお方、金輪際現れぬやもしれませぬぞ。ここはやはり、誤解されている今が、まさに好機かと!」
「…義太夫。そなたと話をしておると、不思議と、わしの右手が刀の柄を探してしまうのは何故であろうか…」
一益が左手で鞘を握ると、義太夫はさすがに危機感を覚えたのか、話題を変えるように前のめりで言った。
「章姫様を口実に、風花様を屋敷から連れ出してみては如何で?」
突然の大胆な提案に、一益は目を細める。
「…風花殿は、人目に触れるのを何より恐れておられるようであったが」
「そこは我らにお任せくだされ。千畳敷館の裏口、抜け道、すべて存じております。長良川の河原あたりまでなら、口うるさい侍女どもを見事に煙に巻き、人目に触れずにお連れいたしまする!」
どこか自信満々に胸を叩く義太夫。その裏口や抜け道を普段何に使っているのか気にはなったが、風花を外に連れ出すという案は、確かに捨てがたい。
生まれてこのかた、ろくに屋敷を出たことがないという風花に、風と光の下を歩かせてやりたい――そんな思いが胸に湧いた。
「ご案じめさるな。殿は忠右衛門と共に、川辺でお待ちあれ」
明日の風は、あの姫にも触れるだろうか――そんな思いが、一益の胸にわずかに灯った。
義太夫が何か余計なことを風花に吹き込まぬか気がかりではあったが、ここはあえて信じて任せることにした。
岐阜城下の滝川屋敷から長良川河川敷まではわずかな距離。この川では九百年以上前から、夏になると毎晩、鵜飼が行われている。
(鶴が――舞ったのは『鵜飼』であったな)
水面を払う影を見て、先日の鶴千代の舞がふっと脳裏をよぎる。
鬼物の気息すら感じさせる所作は、戦場よりも鋭く、艶やかで――
己の知らぬ世界が、そこにあった。
「何か一つくらい、芸事を覚えた方がよいのかもしれんな」
ふと口にしたその独り言に、隣の忠右衛門が面食らった顔で振り向く。
「ハッ…殿が…芸事、でござりまするか」
一益は軽く鼻で笑いながらも、心のどこかで真面目にそう思っていた。
芸事といえば、鶴千代が嗜む詩歌、能、茶の湯、香道――いずれも、自分とは無縁と思っていた世界だ。
忠右衛門は一息つき、足元の石を拾いながら言った。
「殿は水切りがお得意ではありませぬか」
水切りが芸事とは、まこと忠右衛門らしい発想だと、一益は苦笑する。
「忠右衛門、四段か。未熟な奴よ。水切りはな、手にした石で大半が決まるのじゃ」
そう言って、一益も石をひとつ手に取り、軽く川へ投げる。
石は、水面を六度跳ね、静かに沈んだ。
指先に残った震えが、戦場で矢の軌を見切るときのそれと同じで、一益は僅かに眉をひそめた。
「未熟は殿でござる」
「どうも腕が鈍っておる」
昔取った杵柄だ、勘さえ戻れば十段などすぐ飛ばせる――そう思いながらも、少し悔しさが滲む。
一益と忠右衛門が河原で黙々と石を投げていると、
「叔父上!章にも教えてくだされ」
少し離れたところから、弾む声が飛んできた。
振り返ると、章姫が砂利を蹴りながら駆けてくる。その後ろを、風花、義太夫、助太郎が続いている。どうやら、忠右衛門との水切りを風花に見られてしまったらしい。
「…そなたに乗せられて、また風花殿の前で見苦しき姿をさらしたわ」
一益は小声でぼやいたが、忠右衛門は肩を震わせて笑いを堪えつつ、足元の石を拾い上げて言う。
「姫様。では、爺が水切りをお教えいたしましょう」
そう言って、章姫に平たい石を選んで手渡す。
近づいてきた風花は、陽射しにきらめく川面を見ながら、心から嬉しそうに微笑んだ。
「屋敷の外に出たのは岐阜に来て以来じゃ」
柔らかく、けれどどこか懐かしむような声だった。
一益は、照れくささに目を逸らしたまま、風花の顔を見ることができなかった。
だが、その横顔が、思いきり大きく息を吸い、長良川の冬気を胸いっぱいに抱いているのを見て――心の中で、小さくうなずいた。
(連れ出して、よかった)
そう思わずにはいられなかった。
「その小袖は…」
風花の目が、小袖にとまる。
贈られた品を着てきたことに気づかれてしまった。
「忝い……。礼状をと思い、歌を考えるも、元来粗忽者にて、それもかなわず…」
言い淀みながら答えると、風花はくすりと笑い、ほどなく笑い声をこぼした。
「左近殿が、和歌とは……。何故に、そのようなことを?」
視線を逸らして、義太夫の方を横目で睨む。義太夫は笑いを堪えるのに必死で、うつむいている。
(……やはり相談相手を間違えた)
義太夫が袖をからげ、平たい石を選んで胸を張った。
「見ておれ。水切りとはこうするもの――」
と、力いっぱい石を投げる。
「四段!」
「未熟」
義太夫は照れ笑いを浮かべて下がろうとした拍子に、足場の小石がぐらり――うっかり水に「ちゃぽり」と片足を入れてしまった。
「……五段目はわしの足でござった」
風花が袖で口元を隠し、くすりと笑った。
その笑いは、冷たい川風に触れた鈴の音のように、かすかに震えた。
章姫もつられて笑い、忠右衛門が「冷やしますぞ」と慌てて裾を引く。助太郎は肩を震わせ、場の空気がほどける。
笑いの継ぎ目に、喉の奥でふ、と息が鳴った。
川風が通り、笑い声が水面へほどけていく――その時、風花がふいに川下を指した。
「鳥が…」
「河鵜でありましょう」
「河鵜?」
「川に棲み、水に潜って魚をとる鳥でござる」
「水に潜る鳥が…。然様なものがおるのか」
目を丸くする風花が、なんとも子供のように見えた。
「ではあの青い鳥は?」
「あれは瑠璃鶲。冬の寒さを避けて、東の国から飛んでくる」
「鳥も賢いのう…」
風花が感心したようにつぶやく。
空は雲ひとつない快晴。川面が陽に照らされて、煌めきを返してくる。
風花がふと、頭上を仰ぎ見る。
その一瞬、風も、声も、すべて止まったように思えた。
「…空がこんなにも広いとは」
一益もつられて空を見上げた。冬の青空に、薄く淡い雲が、静かに流れていく。
この空も、風花には初めてのものなのだ。
「生涯忘れぬ…。この空を見た日のことを」
風花が、ぽつりと呟いた。
「風花殿…」
織田家の姫として、何不自由ない暮らしをしていたはずの風花。
だが、今は籠の鳥のように閉じ込められ、屋敷の小窓からしか空を見られぬ日々を送っている。
この広い空を見て、素直に喜び、目を輝かせる姿に――胸が締めつけられる。
「この世は、かように……美しかったのか」
風花の瞳に、澄み渡る空が映る。笑いが静まり、川音だけが戻った。風花の指先がわずかに強ばる。
横顔が、冬光を受けて淡く縁どられた。
その光の角度まで、おそらく一生忘れまい。
義太夫が小声で言う。
「……姫様は、戻られたくはないでしょうな。外の寒さより、内の寒さがこたえるご様子」
一益は返す言葉を見つけられず、風上へ半歩出た。自らを盾にして風を受け、ただうなずく。風花は気づかぬふりで、広い空を見上げている。
常に闊達にふるまっていた風花が、急に儚い存在に見えた。そしてその姿は竹取物語にでも出てくるほどの艶やかさで、前にも増して美しく慕わしい。
その姿を見つめながら、一益の胸の奥にひとつの想いが去来する。
――この娘を、守りたい。共に生きたい。
だが、それは叶わぬ願いかもしれない。
風花は主君の娘。そして己は、その主君よりも年長という、皮肉な立場にある。
望むだけで己を恥じねばならぬ年齢であることも、わかってはいる。
それでも、この空のもと、こうして笑っている風花を見ると、胸のうちが熱くなる。
(手柄を立て、伊勢を預かり……)
その先に続く言葉は、胸の奥でまだ形にならなかった。
ただ、確かに――胸の内に小さな火が灯っていた。
それは、織田信長が尾張・美濃・近江を手中に収め、上洛を果たした翌年の正月のことであった。
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