Dinner

中原涼

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 それから毎週土曜日は、さなぎと食事をするというルーティンのようなものができた。メニューはリクエストもあれば、大体は俺が作りたいものを作って、それをさなぎに披露するような形だった。土曜日までの七日間――正確には金曜の夜から下拵えを始めるので六日間――俺の昼休みや空き時間は、土曜日の前菜、メイン、副菜、デザートまでを考える時間に宛がわれた。時折、コーヒーショップに出かけては「こんなのはどう?」とか「これは食べられる?」と、質問ついでにさなぎに会いに行った。彼は週一回のペースで、コーヒーショップに立っていた。朝の十一時から午後六時まで。小さなカウンター越しに、彼は柔らかな表情を浮かべて珈琲を淹れていた。
 近づくとほわりと香ばしい焙煎の香りが漂い、俺に気付いたさなぎは、ケトルを一旦置いて「しのぶ、お疲れ様」と笑う。さなぎは、俺がどんなに気配を殺して、人に紛れて近づいても、あともう少しという距離でぱっと顔を上げる。だるまさんがころんだ、と言うみたいに、顔を上げて俺を見つける。
 それが何故だか嬉しくて、心の底から気持ちがふわふわと柔らかくなった。いつまでたっても悪戯を仕掛けられないもどかしさに笑って、
「もう少しだったのに」
 と言ってみせると、さなぎは「分かるよ」とまるで当たり前のことだと言い放つみたいに呟いた。ケトルの先から、細い糸みたいに熱湯が、深いブラウンのコーヒー粉に注がれる。クリーミーな泡がじわりと浮き立ち、コーヒーの深い焙煎の香りがたつ。俺とさなぎは視線を奪われたみたいにそれを二人で見入る。
「顔も上げないのに何で分かるの?」
 じゅわりと密度の濃い泡が、きれいな輪を描き、ぴちょん、ぴちょん、と抽出されたコーヒーが滴り落ちる。俺はぷつぷつと微かな泡の破裂音を聞きながら、さなぎに問う。
「なんとなく、わかる」
 そんな気配がある。
 感覚的な難しい事をこともなげに呟くので、顔を上げるとさなぎは微笑んだ。
「しのぶ、中華が食べたいな。辛い……びりびりするやつ」
 前触れもなくさなぎはそう告げる。
ふいに頭を過った言葉をそのまま言葉に出すみたいで、子どもみたいだと思った。――でも、悪くない。
「分かった、じゃあ麻婆豆腐と、中華サラダと」
「うんうん、いいね。春巻きもたべたいな」
「ふたりとも! 大事な餃子忘れてるよ!」
 俺たちの間に割って入り、田淵くんがコーヒー豆をガラス壜にざらざらと注ぎながら、警告するような声音で言い放つ。俺たちはその彼の主張に「そうだそうだ」と声を揃えて、三人で笑った。
「二人で食事会でもしてるんですか?」
 田淵くんはそう言いながら、俺とさなぎの顔を交互に見る。俺は隠す事もないので「そうだよ」と頷いた。
「俺の趣味が料理でね」
「そ、俺は食べるのが好きだから、食べる係」
「坂井さん、お医者さんで料理上手で、イケメンなんてハイスペ過ぎません? こんな人に食わせてる場合じゃないっすよ?」
 こんな人とはどういう意味だ!
 そう訴えながら、さなぎは田淵くんの後頭部を軽く叩いて笑った。田淵くんも打たれるのを待っていたようにけらけらと、明るく笑った。
 手の中の紙カップから、ほわほわと、温かい湯気が立ち昇って俺達を包んでいた。
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