Dinner

中原涼

文字の大きさ
9 / 21

9

しおりを挟む
「作曲を頼まれたんだ」
 幾度目からの食事会で、さなぎが重そうに口を開いた。俺は口に運びかけた魚介のペペロンチーノを、するするとフォークから零れ落ちて行くのを止められないまま、じっと彼を見つめる。
 作曲?
 突拍子のないその単語に、目を瞬かせていると、さなぎは椅子に浅く腰を掛けて姿勢を正し、だからね、と改めて呼吸をする。
「俺趣味で動画サイトに機械で作った曲を何本か上げてて、それが有名な人の目に留まったみたい」
「え、それはすごいじゃないか! おめでとう!」
 ピアノを諦めていたのに、音楽から手を引かないでいてくれた喜びと、サプライズ的な彼からの告白に、俺はカトラリーを置くと手を叩いた。
「おめでとう!」
 ピアノを辞めて、調律師になったと言っていたけれど、彼の私生活のなかには、まだピアノの代わりに音楽が流れているのだと思うと、心が温かくなった。
「どんな仕事?」
「うん、CM曲」
「録画するよ」
「数十秒だよ?」
「何言ってるんだよ、全国区の晴れ舞台だよ」
 俺はどんな曲? 歌は入るの? いつから流れる? と、さなぎが戸惑っている事を理解しないまま、矢継に質問をした。
「あ、ごめん。俺嬉しくてつい」
「いや、しのぶがこんなに喜んでくれるって思ってなかったから嬉しいよ」
 さなぎはそう言いながら、俺が投げ掛けた質問を、全て丁寧に答えてくれた。
「動画サイトを言ったら聞いてと言ってるみたいになるから、何となく教えるタイミングを逃してたんだ」
 さなぎはそう言い訳のような、照れ隠しのような言葉を並べながら、音楽を投稿しているというサイトを教えてくれた。俺は「内緒だよ」と渡された甘いクッキーを貰ったような心地で「ありがとう」とスマホを両手で包んだ。
「どうやって曲を作るの?」
「ある程度ピアノを使ったりもするけど、今は何でもパソコンの画面で色々な事ができるからね。切って繋ぎ合わせたり、強くしたり弱くしたり、自分の思い通りにメロディーの波を調節できるんだ。神様みたいだろ?」
 ちぐはぐに散らばってしまった世界を繋ぎ合わせて、調和のとれた音楽の世界を作り上げるんだよ。そんなふうに笑って言えるさなぎには、強さがある。俺は理由もなく「よかった」と、少しだけ安心してしまう。
「んん、このパスタ、塩味がちょうどいいね。潮の香りがちゃんとする」
「魚介だからね。すごく綺麗なヤリイカがあって、思わず買っちゃったんだ」
 美味しいね。うん、美味しい。
 そんなふうに顔を突き合わせて笑いあう。
 俺たちは喜びと幸福を噛締めながら、晩餐を楽しんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜

中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」 大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。 しかも、現役大学生である。 「え、あの子で大丈夫なんか……?」 幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。 ――誰もが気づかないうちに。 専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。 「命に代えても、お守りします」 そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。 そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める―― 「僕、舐められるの得意やねん」 敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。 その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。 それは忠誠か、それとも―― そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。 「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」 最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。 極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。 これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...