Dinner

中原涼

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 彼に教えてもらった動画サイトを眺めている時が、いつの間にか仕事の合間休憩の楽しみになっていた。曲は膨大な量と言う訳ではなかったけれど、どれも一つ一つ、さなぎの優しい音が詰まっており、それらは表情豊かにメロディーラインを流れ、喜怒哀楽をのびのびと表現していた。
 食事を楽しむさなぎの表情が、ぽつんぽつん、と湖面に波紋を広げるように、音楽とゆっくり繋がっていく。
 美しいピアノの旋律が聞こえると、幼い頃のさなぎの頼もしい顔が思い浮かんだ。行く事は叶わなかったけれど、得意気に誘ってくれた発表会の約束が、今果たされたような気がした。
 金曜日。明日は何を作ろうかと考えながら、俺は彼が週一で手伝っているコーヒーショップに顔を出した。丁度「ありがとうございました」と客足が途切れるタイミングのようで、
「あ、先生!」
 と、田淵くんが顔を上げた。
「こんにちは、さなぎは……」
「あ、今日水原さんお休みなんですよ」
「え、そうなの?」
「ほら、最近音楽の仕事が増えたじゃないですか。その関係でちょっと忙しいみたいです」
 そう言いながら、濡れた珈琲豆の粉が沈むフィルターを、ダストボックスへと捨てる。田淵くんは「ま、仕方ないですよね」と、明るく切り替えると、
「今日はどうします?」
 と顔を上げた。
「じゃあ、ブレンドでお願いしようかな」
「了解!」
 気を取り直したような明るい笑顔に、笑顔を返して、僕は田淵くんの淹れる珈琲を待った。珈琲を抽出するために、限りなく細くした湯を、ゆっくりと珈琲の粉に沈ませていく眼差しは、普段の明るい彼からは想像が付かない程真剣で静かだ。
「水原さん、先生と関わるようになってから、明るくなったんですよ」
 ふいに田淵くんがそう呟き、顔を上げた。
「ほーんと、水原さんっていい人なんだけど、無愛想だから、ちょっとここの仕事も心配してたんです」
 ほら、愛想が大事でしょ、この仕事は。
 ケトルの中の湯を回すように、軽く揺すって、田淵くんはまた珈琲に、細い円を描いて行く。
「だから、先生には感謝してますよ。愛想の良いあの人の顔は、宣伝になります」
 に、と悪戯っぽい笑みを浮かべる彼に、俺も笑みを返した。自分がそんなふうに人から感謝されるのは初めてだし、さなぎがそんなふうに俺と関わる事で自分を良い方向へ、変化させているならば嬉しい。
 まだ幼い子供が大人から褒められたような、少しだけ誇らしい気持ちで珈琲を受け取ると、俺は自分の持ち場へと戻った。
 さなぎ、明日は何が食べたいだろう。久し振りに和食にしようかな。定番の肉じゃがと、魚の煮つけはどうだろう。筑前煮も添えたら完璧じゃないだろうか。
 喜ぶかな。
 断然軽くなった足取りで、俺は珈琲を両手に丁寧に抱え、エレベーターに乗り込んだ。
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