5 / 22
5
しおりを挟む「光、その路線使ってたっけ?」
大学の友達と一緒に帰ってる時、そう問われて兄と同居を始めたと伝え、更に話の流れで現在の住所を教えると、案の定予想通りの反応が返ってきた。
「マジで? まあ、光の兄さんなら、とは思うけど三日で新居って……」
「やりすぎだよね……」
駅の混雑した地下鉄のホームで電車を待ちながら、そう溜息を零すと、高校大学共に同じの安西征人は、何とも言い難いというような表情で俺を見ていた。
彼もまた同じオメガで、高校二年で同じクラスになって以来、共通の悩みを持つ仲間という事から、少しずつ仲良くなった、数少ない友達の一人だ。
不意にホームに電車が来るというアナウンスが流れ、暫くすると音もなくするすると電車が流れて来た。俺達は電車の優先席の隅に逃げる様にして居場所を確保すると、なるべく人のごみの中で体を小さくした。
「でもさあ、光は同居とか平気なの?」
吊革に掴まりながら、征人が俺を覗き込む。女顔負けの愛らしい容貌の持ち主である彼は、大きく丸い眼差しで見つめてくると、俺の真意を確かめる様に「ん?」と首を傾げた。
彼には高校の頃、一度のあの過ちを打ち明けた事があった。
自分の性癖と気持ちがわからなくて、同じオメガで、一番距離が近かった彼に打ち明けたのだ。思春期特有の持て余した不安を、洗いざらい誰かにぶちまけたかった。嫌われても、気持ち悪がられても、その自分の異常さに、結果と言うものが欲しかった。
結果、征人を困らせてしまう事になったけれど、彼は俺を受け入れてくれ、今も友情は続いている。いや、その話をきっかけに、一層お互い話すようになったかもしれない。
「それは……」
「だって、光、お兄さんの事……」
嘘を遮る、見えない圧力と重ねられた質問に、俺は少し気圧され、迷ってから、
「大丈夫だと、思う……」
と呟いた。
しかし、想像したよりも自分の声音に力がなくて、俺は自分で自分が心配になってくる。
けれど、俺はあの時――兄と同居となり、久し振りに対面をした時、できると思ったのも事実だ。兄弟に戻れる、そうは言いきれなくても、兄弟として暮らす事はできる。その想いは今も変わっていない。
けれど、征人の眼差しは、そんな俺の気持ちを疑っている。それが痛い程分かるからこそ、自分が信じられなくなってくるのだ。口で言いながら、俺は自分自身の本音が良く分からなくなっていた。
兄と暮らし始めて一週間ほどが過ぎた今、仕事が多忙な兄とは、なかなか顔を合わせない日々が続いている。寂しさは募る一方であるけれど、俺もよくよく考えてみたのだ。もしかしたら、この淡い恋のような感情は、思春期の勘違いで、そこにセックスなんて言う生々しいものが入ってしまったせいで、ただの親愛が誇張されているだけなのではないかと。
所詮中学生からの淡い初恋のようなものだ。そして未だに忘れられずにいる事に対して、純愛だと勝手に美化している節だってある。
「まあ、光が大丈夫って言うならいいよ。でも、案外運命って、残酷だからさー」
そう言って笑う征人の番は、確か五十代前半の紳士的な男だった。
出会いは彼がまだ高校生の頃だっただろうか。顔の良さが功を得て、征人は人間関係が派手であった。保守的になりがちなオメガに比べて、明るく奔放な彼の交友関係は、俺の想像を二つも三つもの世界を飛び抜ける程のものがあった。
そんな時に出会った相手だという。
「俺と相手ってほら、三十近く違うじゃん? 恋愛に年齢は関係ないって言うけど、もう過ごす時間が限られている気がして。恋愛に年齢は関係ないけど、重要ではあるよねー」
声のトーンが少しだけ落ちると、電車がかたんっと揺れて、征人が俺に寄りかかってきた。軽く、けれど、彼の中では重い何かがあるのだろう。俺はそれを支えながら「そうだよね」と呟いた。
「でも、出会ったのも恋をしたのも運命だって思うから、ちょっと運命って残酷なところもあるよなーって思うんだよね」
「うん」
俺はこつん、とこめかみを征人の頭に一度、軽くぶつけた。彼は小さく笑うと、再び自立して、真っ直ぐと両脚で踏ん張り立つ。
運命は意外と残酷。
その言葉を頭の中でゆっくりとなぞりながら、俺は暗い地下鉄の窓に映る自分を見つめた。
これは運命の恋なのだろうか。
6
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる