18 / 22
18
しおりを挟む***
兄はきっかり二十分で現れた。
最初に征人が対応して、薬が若干効いてきているのを確かめてから、兄に対面すると、彼の強張っていた表情が一瞬和らぐ。心配させていたのだと痛感すると、申し訳なさに、俺は視線を落として「ごめんなさい」と、謝るしかできなかった。
「俺、ついて行く?」
小声で征人に聞かれ、さすがにそこまで面倒掛けられないと、俺はその申し出を丁寧に断った。運良く、薬も効いていて、兄も特に変わった様子はない。このまま家に帰って閉じこもる位なら、何とかなるだろう。
「ごめん、すごく助かった」
「いいって。ゆっくり休めよ」
征人はそう言って俺に手を振り、兄に小さくお辞儀をして、人ごみの中に紛れて行った。残された二人で、駅員に礼を告げると、兄が乗ってきた車に同乗して帰路についた。
俺は後部席に乗り込み、フロントミラーに映る兄の表情を眺めていた。言葉はなく、空気は重かったけれど、車のエンジン音や微かな振動が心地良くて、思わず倒れ込むと、
「酔ったか? 大丈夫か?」
と、すぐに声を掛けられた。俺はそれに首を振って、
「大丈夫、薬効いてるから。でも少し熱っぽい気がする」
俺は身動ぎして目を閉じた。兄は「もう少しだから」と俺に告げた切り、沈黙を守った。
車はゆったりと正しい順路で進んでいるのだと思う。俺はぼんやりとした思考の中、兄の少し見える腕や後頭部や、横顔を見つめていた。
痛い程、この人を求めている自分が分かる。
これがオメガとしての本能なのかと言われたら、違うと否定する事はできないかもしれない。けれど、少なくとも、俺は中学生の頃から、ずっとずっと、彼を求めていた。
兄弟としての存在、恋人としての存在、それら全てを彼に求めていたような気がする。離れていた間も、ずっと。
「兄さん」
「ん?」
「ごめんね」
ごめんなさい。
好きになんてなりたくなかった、オメガにだってなりたくなかった。兄弟だってなりたくなかった。街で擦れ違うだけの人だったら、そんなに楽な事はないと、今でも思う。
けれど、今この関係でなければ、こんな風に切なく苦しく、そして想うだけで幸せになれる事もなかった。
「お前が悪いと思う事なんて、一つもないよ」
兄が呪いのように言う。
「兄さんも悪い事なんて一つもない」
俺は座席のシートに顔を埋めて、それ以上は何も言えなかった。
何か一言でも零せば、涙も一緒に零れそうで怖かったから。
13
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
縁結びオメガと不遇のアルファ
くま
BL
お見合い相手に必ず運命の相手が現れ破談になる柊弥生、いつしか縁結びオメガと揶揄されるようになり、山のようなお見合いを押しつけられる弥生、そんな折、中学の同級生で今は有名会社のエリート、藤宮暁アルファが泣きついてきた。何でも、この度結婚することになったオメガ女性の元婚約者の女になって欲しいと。無神経な事を言ってきた暁を一昨日来やがれと追い返すも、なんと、次のお見合い相手はそのアルファ男性だった。
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる