20 / 22
20
しおりを挟む
目が覚めると、窓の外はすっかりと夜の袖の内側にいた。俺はゆっくりとベッドから起き上がると、足音を忍ばせながら、部屋の扉を開く。
明らかに寝すぎた気がする。
部屋の扉を開くと、短い廊下の明かりがついていて、その人工的な光に目を細めた。部屋を出て耳を欹てると、リビングの方から、水音が聞こえて来た。
兄が帰ってる。
俺は慌てて短い廊下を進んで、リビングの扉を開いた。
「よく眠れたか?」
声を掛けられて肩を揺らすと、キッチンのカウンター越しから兄の顔が覗いた。
「ごめんなさい、部屋」
「いいよ、それより薬は?」
「まだ効いてると思う」
そう言うと兄はキッチンからの俺のそばに寄ってくると、身を屈めて鼻先を近づけて来た。
「まあちょい危険って感じだな。俺ちょっと今日はホテル泊るから」
俺にははっきりと嗅ぎ取れない何かを読み取って、兄は少しだけ苦笑いを浮かべた。それからカウンターに置いてある車のキーを掴んでしまうので、
「もう行くの?」
思った以上に心許ない声で、縋ってしまった。
「分かってくれ」
その一言に俺は言葉を取り上げられたように、何もかも見失いそうになる。
「レトルトだけど、粥そこにあるから食えよ。そんで薬な」
きっちりと一線を置こうとしてくれている兄の好意に、心が傷つけられたような、身勝手な痛みを感じた。
俺は視線を流して、キッチンのシンクの上で、湯気を上げているおかゆを見つける。料理をしない兄が、俺の為にと作ったそれが、眩しくて、嬉しくて、切なかった。
俺は兄の服の裾を掴んだ。
「……大丈夫、もし不安ならあのオメガの子呼べ。俺は当分帰らないし、でもお前の生活の保障はきちんとする」
そうじゃない、そう言いたいのに、唇が動かなかった。その間にも、兄は勝手な事をべらべらとまくし立てて来た。
もう二度と会いませんと言う、契約書を読みたてる様に、正確で分かりやすく、じわじわと真綿で俺を締め上げてくる。
「兄としてやれる事は全部したいから、させて欲しい。この家はお前が卒業までは好きにしていい」
違う、そうじゃないんだ。
俺は首を横に振る代わりに、兄の服の裾を強く握り締めた。
「光、離しな」
家族と言う形を守りたいと願った俺を、兄は兄弟という枠からはみ出さないと、誓ってくれた。俺が全て望むように、俺が生きやすいように。
それなのに、今兄がこの場所から居なくなる事が耐えられない。俺を思ってくれているのに、聞き分けのない子供のように、胸の内が騒いでる。彼を離したくないと、叫んでのたうち回っている。
どうしてこんな事になっているのだろう。
どうして兄弟なんかに生まれたのだろう。
何度となく運命を憎んだ。そして、今も憎み続けながら、それでも彼を、愛してる。
「光、もう行くから、これ以上一緒にいるのは」
俺の手に兄の手が掛かる。真夏の手が、触れる。熱くて、ずっと求めていた。
俺は堪え切れずに背伸びをして、兄の唇に唇を重ねた。一瞬だけ触れたそれに、兄の眼差しが固まり、信じられないものを見るかのような目で、俺を見つめていた。
どうして、何故、そんな疑問が溢れる眼差しに、
「ごめんなさい」
と俺は呟いた。それ以外の言葉が選べなかった。兄に対して、周りにし対して、母に対して。もう謝罪の言葉以外が浮かばない。
「今もどうしたら良いのか分からないけど」
答えも光りもないのは分かっている。それでも何かしら答えを見つけて区切りを見つけて、さよならと手を振るのが正しいのは分かっているけれど、そんな事は、初めて身体を重ねたあの日から痛い程に分かっていた事だったけれど。
「でも兄さん以外に、運命なんてない」
身体も心も、こんなに誰かを求めた事はない。きっとこれからも、こんな思いはしない。何の根拠もないけれど、確信を持って言える気がした。
――彼が、運命の人だ。
「ごめんなさい、……好き、好きなんだ」
そう呟くと、突然強く抱きしめられた。はっと目を開くと、そこは既に兄の腕の中で、俺が見上げると、兄は泣き出すのを堪えてる子供みたいな顔で俺を見下ろしていた。目じりに微かに滲んでいる透明な雫を見ると、心が締め付けられて、息が喉の奥で止まる。
ひたすらに謝りたく、それでいて許してもほしかった。
「兄さん」
「ごめん、好きだ」
兄の言葉に心の一番奥にある何かが喜びに震える。
「うん、俺も好きだよ」
俺達はどちらからともなく、ずっと昔からしてきたことのように、ゆっくりと唇を重ねた。その瞬間、身体が燃え上がったように体温を上昇させるのを感じた。熱い。心臓も肌も、触れた場所から細胞が焦げて行く。
何もかも燃え尽きた後、きっと残るのは兄への好きだと思うこの気持ちだけだ。
俺達はもつれる足で兄の部屋に戻ると、お互いの服を荒い手つきで脱がせ合った。今まで抱き合っていても我慢していた言葉が、自然と解放され、心も体も隠す場所がどこもなくなるほど、俺は何の弊害もなく、
「大好き」
と、兄の背中を抱き締めていた。
明らかに寝すぎた気がする。
部屋の扉を開くと、短い廊下の明かりがついていて、その人工的な光に目を細めた。部屋を出て耳を欹てると、リビングの方から、水音が聞こえて来た。
兄が帰ってる。
俺は慌てて短い廊下を進んで、リビングの扉を開いた。
「よく眠れたか?」
声を掛けられて肩を揺らすと、キッチンのカウンター越しから兄の顔が覗いた。
「ごめんなさい、部屋」
「いいよ、それより薬は?」
「まだ効いてると思う」
そう言うと兄はキッチンからの俺のそばに寄ってくると、身を屈めて鼻先を近づけて来た。
「まあちょい危険って感じだな。俺ちょっと今日はホテル泊るから」
俺にははっきりと嗅ぎ取れない何かを読み取って、兄は少しだけ苦笑いを浮かべた。それからカウンターに置いてある車のキーを掴んでしまうので、
「もう行くの?」
思った以上に心許ない声で、縋ってしまった。
「分かってくれ」
その一言に俺は言葉を取り上げられたように、何もかも見失いそうになる。
「レトルトだけど、粥そこにあるから食えよ。そんで薬な」
きっちりと一線を置こうとしてくれている兄の好意に、心が傷つけられたような、身勝手な痛みを感じた。
俺は視線を流して、キッチンのシンクの上で、湯気を上げているおかゆを見つける。料理をしない兄が、俺の為にと作ったそれが、眩しくて、嬉しくて、切なかった。
俺は兄の服の裾を掴んだ。
「……大丈夫、もし不安ならあのオメガの子呼べ。俺は当分帰らないし、でもお前の生活の保障はきちんとする」
そうじゃない、そう言いたいのに、唇が動かなかった。その間にも、兄は勝手な事をべらべらとまくし立てて来た。
もう二度と会いませんと言う、契約書を読みたてる様に、正確で分かりやすく、じわじわと真綿で俺を締め上げてくる。
「兄としてやれる事は全部したいから、させて欲しい。この家はお前が卒業までは好きにしていい」
違う、そうじゃないんだ。
俺は首を横に振る代わりに、兄の服の裾を強く握り締めた。
「光、離しな」
家族と言う形を守りたいと願った俺を、兄は兄弟という枠からはみ出さないと、誓ってくれた。俺が全て望むように、俺が生きやすいように。
それなのに、今兄がこの場所から居なくなる事が耐えられない。俺を思ってくれているのに、聞き分けのない子供のように、胸の内が騒いでる。彼を離したくないと、叫んでのたうち回っている。
どうしてこんな事になっているのだろう。
どうして兄弟なんかに生まれたのだろう。
何度となく運命を憎んだ。そして、今も憎み続けながら、それでも彼を、愛してる。
「光、もう行くから、これ以上一緒にいるのは」
俺の手に兄の手が掛かる。真夏の手が、触れる。熱くて、ずっと求めていた。
俺は堪え切れずに背伸びをして、兄の唇に唇を重ねた。一瞬だけ触れたそれに、兄の眼差しが固まり、信じられないものを見るかのような目で、俺を見つめていた。
どうして、何故、そんな疑問が溢れる眼差しに、
「ごめんなさい」
と俺は呟いた。それ以外の言葉が選べなかった。兄に対して、周りにし対して、母に対して。もう謝罪の言葉以外が浮かばない。
「今もどうしたら良いのか分からないけど」
答えも光りもないのは分かっている。それでも何かしら答えを見つけて区切りを見つけて、さよならと手を振るのが正しいのは分かっているけれど、そんな事は、初めて身体を重ねたあの日から痛い程に分かっていた事だったけれど。
「でも兄さん以外に、運命なんてない」
身体も心も、こんなに誰かを求めた事はない。きっとこれからも、こんな思いはしない。何の根拠もないけれど、確信を持って言える気がした。
――彼が、運命の人だ。
「ごめんなさい、……好き、好きなんだ」
そう呟くと、突然強く抱きしめられた。はっと目を開くと、そこは既に兄の腕の中で、俺が見上げると、兄は泣き出すのを堪えてる子供みたいな顔で俺を見下ろしていた。目じりに微かに滲んでいる透明な雫を見ると、心が締め付けられて、息が喉の奥で止まる。
ひたすらに謝りたく、それでいて許してもほしかった。
「兄さん」
「ごめん、好きだ」
兄の言葉に心の一番奥にある何かが喜びに震える。
「うん、俺も好きだよ」
俺達はどちらからともなく、ずっと昔からしてきたことのように、ゆっくりと唇を重ねた。その瞬間、身体が燃え上がったように体温を上昇させるのを感じた。熱い。心臓も肌も、触れた場所から細胞が焦げて行く。
何もかも燃え尽きた後、きっと残るのは兄への好きだと思うこの気持ちだけだ。
俺達はもつれる足で兄の部屋に戻ると、お互いの服を荒い手つきで脱がせ合った。今まで抱き合っていても我慢していた言葉が、自然と解放され、心も体も隠す場所がどこもなくなるほど、俺は何の弊害もなく、
「大好き」
と、兄の背中を抱き締めていた。
24
あなたにおすすめの小説
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる