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27.
アイバンとキーラがレストランから出て来て直ぐのマイラの愚行。
謝罪も見込めない。
キーラをマイラからもクリスからも遠ざけて、アイバンは二人から去ろうとしていた。
「アイバン!」
マイラが声を上げるも「クリス、アレを連れて帰る様に」と、二人を一瞥して歩き出す。
その際、アイバンの手はキーラの左手を握っていた。
キーラは驚きよりも照れよりもこの遭遇劇の困惑が勝って、小さな声でアイバン様...と呟いた。
「気にしないで。先ずロイドが教えてくれたギャラリーに行ってみましょう。」
アイバンはクリスとマイラを完全に無視すると決めた様であった。
はい...と返事をしてアイバンに繋がれた手をそのままに右側へ並ぶ。
「アイバン!そんな女の手なんて繋がないで!ねぇ!!家に戻って来て!お願いよ!」
レストランの周りでは“男女4人が一体何事か”と足を止める者も出てきた。
見世物になるのは御免だ。
「ねぇ、一度戻って来て!」
マイラは尚も言い募るが、アイバンは歩みを止めようとはしない。
マイラは怒りの矛先をキーラへ向ける。
「そんな女のどこが良いのよ。女だてらに働くなんてみっともない!」
「姉さん!!」
マイラの時代錯誤で悪意に満ちた言い様にクリスさえ不快に顔を歪める。
“みっともない”と罵声を浴びたキーラは無意識に繋がれた左手をぎゅっと握った様で、その力は瞬時にアイバンへと伝わった。
掌に感じた僅かな圧がキーラの動揺かと感じて、流石に怒りが抑えきれない。
アイバンはゆっくりと振り向いてマイラを視界に入れた。
ようやっとアイバンが振り向いてくれた!と喜んだのもつかの間、マイラを留めたその目は軽蔑と嫌悪に満ちていた。
「王妃ジュリア様の片腕を公衆の面前で罵倒した事は、タルボットの伯爵位をもってしても許されないと心しておいてください。」
「え?!」とマイラ。
「追って沙汰が下されるでしょうから、タルボット伯爵に心づもりの時間を差し上げたほうが良いでしょう。クリス、伝えておきなさい。」
アイバンの静かな、しかし凄味を含んだ声とその内容にキーラでさえ驚いてしまう。
「待ってください、兄上!」
「何が?沙汰って何のこと?!」
クリスは不味い状況と察しながらも未だ半信半疑であった。
兄妹の口喧嘩がそこまで影響を及ぼすものか...と。
「考えの至らないお前たちに教えましょうか。
ジュリア様の筆頭侍従である私と、私よりも重用されているキーラ嬢の外出に警護が付かない訳が無いでしょう?」
声色も抑揚も視線も存分に含みを持った言い方であった。
「か、影が付いていると言うのですか?」
クリスが怯えたような声を出せば
「付かないと思っているのですか?」
疑問符に疑問符で返す。
「誰を罵ったか自覚させたほうがいい。」
アイバンが言い切れば、数ヶ月前にキーラの悪口を言った文官が左遷された件が思い返された。
「あ...」
風に揺れる大木にも、此方を見ている群衆の中にも「もしかして」の恐怖が宿る。
「わかったなら、家に帰って詫び状でも認める事です。」
クリスは顔色を悪くして、姉上帰りましょうとマイラに歩み寄った。
マイラは意味不明といった感じで「影って何よ?ねぇ!」とアイバンに問いかける。
なんとしてもアイバンに関わっていたいらしい。
そんなマイラを気にも留めずアイバンは繋いだキーラ手を引いて今度こそレストランの敷地を後にするのであった。
▼
「キーラ嬢、嫌な思いをさせました。申し訳無い。」
「い、いいえ、私は大丈夫ですが...あの...アイバン様、影の方がついていらっしゃるって...嘘、ですよね?」
キーラはアイバンに尋ねる。
「どう思います?」
アイバンは質問に質問で答える事がよくある。今もまた首を傾けてキーラの反応を楽しむ様な素振りであった。
「...もし私たちを見ている方がいらっしゃるとしたら、何だか落ち着きませんね...」とキーラは答えた。
本当に冗談であって欲しいですとキーラは瞳を伏せた。
「はったりが必要な時も有ります。」とアイバンが微笑んだのでキーラはほっと息を吐いた。
「しかし、マイラの言質は私からジュリア様に報告致しますよ?」とアイバン。
このままには致しません絶対に...と誰にとも無く、決意のようにアイバンが呟いた。
先ほどアイバンが言ってくれた“ジュリア様の片腕”と言うキーラの表現は畏れ多くも嬉しかった。
お世辞で終わらせたくは無い。本当にそう有りたい。
ジュリア様のお考えを“書く”という行為。
それは“伝える事”であり、“残す事”である。
息の詰まる伯爵家から出て、日増しに思う事...。
伯爵家を離れる事が目的であったけれど、今それは手段でしか無いという事。
ディスグラフィアという障がいを抱えながらケネス国王と共に国を統べるジュリア様の片腕となりたい、畏れ多い事ではあるけれどジュリア様の右手となる事に己の人生を賭けたい...そんな思いであった。
「女だてらに」「伯爵令嬢が」「新卒登用のくせに」雑音は途切れない。
鋼の心臓でないのだから傷付くし勿論悔しさもある。
それでも時間を重ねる毎に己の職務の重みとやり甲斐を感じる故に、他人の目にどう映ろうとも、どう思われようとも自身の右手が成し得る仕事に誇りを持ちたいと思うキーラであった。
謝罪も見込めない。
キーラをマイラからもクリスからも遠ざけて、アイバンは二人から去ろうとしていた。
「アイバン!」
マイラが声を上げるも「クリス、アレを連れて帰る様に」と、二人を一瞥して歩き出す。
その際、アイバンの手はキーラの左手を握っていた。
キーラは驚きよりも照れよりもこの遭遇劇の困惑が勝って、小さな声でアイバン様...と呟いた。
「気にしないで。先ずロイドが教えてくれたギャラリーに行ってみましょう。」
アイバンはクリスとマイラを完全に無視すると決めた様であった。
はい...と返事をしてアイバンに繋がれた手をそのままに右側へ並ぶ。
「アイバン!そんな女の手なんて繋がないで!ねぇ!!家に戻って来て!お願いよ!」
レストランの周りでは“男女4人が一体何事か”と足を止める者も出てきた。
見世物になるのは御免だ。
「ねぇ、一度戻って来て!」
マイラは尚も言い募るが、アイバンは歩みを止めようとはしない。
マイラは怒りの矛先をキーラへ向ける。
「そんな女のどこが良いのよ。女だてらに働くなんてみっともない!」
「姉さん!!」
マイラの時代錯誤で悪意に満ちた言い様にクリスさえ不快に顔を歪める。
“みっともない”と罵声を浴びたキーラは無意識に繋がれた左手をぎゅっと握った様で、その力は瞬時にアイバンへと伝わった。
掌に感じた僅かな圧がキーラの動揺かと感じて、流石に怒りが抑えきれない。
アイバンはゆっくりと振り向いてマイラを視界に入れた。
ようやっとアイバンが振り向いてくれた!と喜んだのもつかの間、マイラを留めたその目は軽蔑と嫌悪に満ちていた。
「王妃ジュリア様の片腕を公衆の面前で罵倒した事は、タルボットの伯爵位をもってしても許されないと心しておいてください。」
「え?!」とマイラ。
「追って沙汰が下されるでしょうから、タルボット伯爵に心づもりの時間を差し上げたほうが良いでしょう。クリス、伝えておきなさい。」
アイバンの静かな、しかし凄味を含んだ声とその内容にキーラでさえ驚いてしまう。
「待ってください、兄上!」
「何が?沙汰って何のこと?!」
クリスは不味い状況と察しながらも未だ半信半疑であった。
兄妹の口喧嘩がそこまで影響を及ぼすものか...と。
「考えの至らないお前たちに教えましょうか。
ジュリア様の筆頭侍従である私と、私よりも重用されているキーラ嬢の外出に警護が付かない訳が無いでしょう?」
声色も抑揚も視線も存分に含みを持った言い方であった。
「か、影が付いていると言うのですか?」
クリスが怯えたような声を出せば
「付かないと思っているのですか?」
疑問符に疑問符で返す。
「誰を罵ったか自覚させたほうがいい。」
アイバンが言い切れば、数ヶ月前にキーラの悪口を言った文官が左遷された件が思い返された。
「あ...」
風に揺れる大木にも、此方を見ている群衆の中にも「もしかして」の恐怖が宿る。
「わかったなら、家に帰って詫び状でも認める事です。」
クリスは顔色を悪くして、姉上帰りましょうとマイラに歩み寄った。
マイラは意味不明といった感じで「影って何よ?ねぇ!」とアイバンに問いかける。
なんとしてもアイバンに関わっていたいらしい。
そんなマイラを気にも留めずアイバンは繋いだキーラ手を引いて今度こそレストランの敷地を後にするのであった。
▼
「キーラ嬢、嫌な思いをさせました。申し訳無い。」
「い、いいえ、私は大丈夫ですが...あの...アイバン様、影の方がついていらっしゃるって...嘘、ですよね?」
キーラはアイバンに尋ねる。
「どう思います?」
アイバンは質問に質問で答える事がよくある。今もまた首を傾けてキーラの反応を楽しむ様な素振りであった。
「...もし私たちを見ている方がいらっしゃるとしたら、何だか落ち着きませんね...」とキーラは答えた。
本当に冗談であって欲しいですとキーラは瞳を伏せた。
「はったりが必要な時も有ります。」とアイバンが微笑んだのでキーラはほっと息を吐いた。
「しかし、マイラの言質は私からジュリア様に報告致しますよ?」とアイバン。
このままには致しません絶対に...と誰にとも無く、決意のようにアイバンが呟いた。
先ほどアイバンが言ってくれた“ジュリア様の片腕”と言うキーラの表現は畏れ多くも嬉しかった。
お世辞で終わらせたくは無い。本当にそう有りたい。
ジュリア様のお考えを“書く”という行為。
それは“伝える事”であり、“残す事”である。
息の詰まる伯爵家から出て、日増しに思う事...。
伯爵家を離れる事が目的であったけれど、今それは手段でしか無いという事。
ディスグラフィアという障がいを抱えながらケネス国王と共に国を統べるジュリア様の片腕となりたい、畏れ多い事ではあるけれどジュリア様の右手となる事に己の人生を賭けたい...そんな思いであった。
「女だてらに」「伯爵令嬢が」「新卒登用のくせに」雑音は途切れない。
鋼の心臓でないのだから傷付くし勿論悔しさもある。
それでも時間を重ねる毎に己の職務の重みとやり甲斐を感じる故に、他人の目にどう映ろうとも、どう思われようとも自身の右手が成し得る仕事に誇りを持ちたいと思うキーラであった。
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