右手に夢を左手に愛を

ルーキッドアン

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28.

ロイドが教えてくれた陶器のギャラリーに寄り幾つかの作品を見る。
一点物のカップはどれも素晴らしいが、価格を見て仰天しそうなキーラであった。
そのカップひとつでキーラひと月分の食費が賄えると気付けば、もうギャラリーの飾り棚に近づけない!というのが本心で「他の店舗も見てみましょうか?」とギャラリーを出られた時には安堵の溜め息しか無かった。

ケイレブが足を運んだという食器を多く扱う生活雑貨の店は貴族も平民も問わない門戸の広い店であった。
価格帯もピンキリで普段使いも有れば贈答品向けも有りで、キーラは心が浮き立つのを感じた。
昨年ケイレブが贈ったと思われる“白磁に黄色いパンジーだったかスイセンだったのか何だったか”のティーカップは様々な花のバージョンで並んでいた。
確かに持ち手の部分が繊細なデザインで、それをケイレブが“くるーん”と言ったのは言い得て妙であった。
アイバンに「ケイレブ様がお選びになったカップは此方でしたか?」と聞けば、そんなのだった気がしますと不明瞭なお答えが。
価格は...なるほど。
自分用では絶対に買わないが贈り物ならば許容出来る価格であった。
ケイレブ様の選んだカップの価格を基準にして探してみよう...キーラがアイバンに「色々見て回って宜しいでしょうか?」と尋ねれば「勿論ですよ」とアイバンは快諾した。

キーラが真剣に選んでいる様子を程近いところから見守っていると、雑貨店の店員がキーラに近づいて彼是と説明を始めた様であった。
キーラは真顔で聞いていて、時折頷いたり首を振ったりしている。
その内にキーラの表情が歪んだ気がして直ぐ様、キーラの側に身を滑らせるアイバンであった。


キーラは白磁のカップは避けて、青磁と黒磁のカップを見ていた。
紺の地に白と金で模様が施されている大陸極東の趣きはシックでお洒落だけれどキーラにはあまり馴染みがない。
ジュリア様はこういうの既にお持ちかしら?
であるならば奇をてらわずに白磁や素焼き風の物が良いかも...と逡巡していると「どういった物をお探しですか?」と声を掛けられた。
キーラは買い物中に店員に付かれたり、声を掛けられることが大の苦手であった。
必要な時は此方から声を掛けますので、放っておいて欲しい。
キーラの願いは虚しく「贈り物でございますか?」と男性店員はピタリとキーラに張り付いた。
一度キーラが手にした青磁のティーカップはこうで、ああで、と説明が続く。
その後に店員が取り出した、金工の繊細な持ち手で白磁に孔雀柄のティーカップはゴージャスで素敵だと思ったけれど、キーラの予算よりも倍の価格であったので「そこまでの予算は有りません」と断った。
するとその店員が「お茶に付き合ってくれたら割引するよ」と耳打ちしてきたのであった。

「.......」

遠慮申し上げますと瞬時に返せば良かった。何をおっしゃいますの?と笑えば良かった。
しかし、突然の駆け引きに対処出来ないのがキーラである。
何時ぞやの『書斎』でロイドを困らせた件の二の舞いに、下唇を噛み締めたキーラの肩にそっと温かい手が触れた。


「キーラ?気に入ったものは有ったかい?」

後ろから抱き締めるようにアイバンが後方に立つ。
いつものように“キーラ嬢”と呼ばず、口調も砕けて、「このカップが良いの?」とティーカップを持つ店員を見たアイバンであった。

「お、お連れ様が...?」

そうですよ、お連れ様ですよとアイバンは脳内で返事をして、もう一度キーラにこの孔雀のカップが気に入ったの?と聞いた。

「素敵だとは思いますけど...」とキーラは言いながらも次の瞬間、ピッと背伸びをしてアイバンの耳に「(ごめんなさい、別のお店が良いです)」と耳打ちしたのであった。

「そう?じゃぁもう少し見て回るとしよう。」

アイバンはお世話様と店員に告げると、キーラの手を握って通路を戻って行く。
優しくキーラの手を包んだアイバンの手はしっとりと汗をかいていたし、耳は朱に染まっていた。
アイバンの耳に不意うちで寄せられたキーラの唇と囁き声。
どんな時にも冷静な王妃付き侍従アイバン・マクガイアは、26年の人生で過去一動揺したと言っても過言ではなかった。

雑貨店を出るとキーラが「店員に付かれてしまうと自分の意思で買い物が出来なくなるのです、上手く対処出来なくて申し訳ありません」と謝罪してきた。
それに、ジュリア様へのプレゼントは妥協したくないのです!と、もっと拘って探したいのですとアイバンに告げたのであった。

アイバンは急いで今日中に決めなくても大丈夫ですよとキーラを安心させながら「ではキーラ嬢お勧めのカフェに行きましょう」と二つ目通りを目指した。

歩きながら、過去ジュリア様に青磁や黒磁のティーカップを贈った事が有るか聞くと「無い」という明確な返答が。
あぁ、それならば先ほどの青磁のティーカップは予算的にも有りだったなぁとキーラは思い返した。
今日はもう仕方ないので次の休日にでも再度あの雑貨店に行こうかな...でもな...思案しているキーラにアイバンが尋ねる。

「あの店員に、孔雀柄のカップを押し売りされそうになっていたのですか?」

アイバンはいつもの口調に戻っていた。あぁ馴染みある口調は落ち着きます。

「い、いえ。割引するからお茶に付き合ってと冗談を言われて...上手く返せなくて...」

キーラの頬が薄っすら染まり涙目になるのは何度か目にしている。
コミュニケーションが上手くいかない時、想いを言葉に出来ない時にキーラはこういった表情をするのであった。

「そう。...では、また一緒に買いに行きましょう。」

アイバンはキーラひとりでの買い物が大いに心配となってしまうのであった。







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