「百年の恋も冷めるわ」ってそもそも恋をしていたのかも微妙ですが

ルーキッドアン

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フレデリカの元に裁判官から出廷の命が出された。
決戦の地は王城の敷地内にある裁判所の小さな法廷。
傍聴席は一列のみで、当事者と必要ならば弁護士が同席する程度の民事裁判専用の部屋であった。

心象みためは大切よ」とジェニファーにアドバイスをされて、クリーム色の地に白いパイピングの襟と袖口が清楚なワンピースを選んだフレデリカ。
紺色やグレーのワンピースも有ったが「こちらに瑕疵は無いのだから」と暗い色味は敢えて外した。
普段から化粧せずとも八頭身美人であるフレデリカ。
これもジェニファーからのアドバイスで化粧は一切無し。爪ひとつ飾らずブラウンの髪を編み込んで纏めて、ワンピースのパイピングと同色の白いリボンを結んだ。

呼び出しの時間前にジェニファーと共に廊下で待機していると、初老の裁判官が現れた。

「ここは寒いでしょう?中にどうぞ。」

法廷と言うより、教室のような部屋に入って一応の椅子に座った。
人生初の訴訟を前にして、もっと緊張するかと思っていたが、心は凪いでいた。

数分して先ほどの裁判官と書記官が入廷した。
フレデリカとジェニファーは起立して裁判の開始を待つ。
裁判官が原告側の席が空であることに眉を顰めながら足を進め、中央の裁判官席に到着したタイミングで、慌ただしくホフマンとアンソニーが駆け込んできた。

「遅くなりました。」とホフマン。
事実だけを口にして謝罪も無いまま原告側の席に着く。
(こっちが起立して待っているのだから座らなければ良いのに...)
フレデリカが困惑する一方でアンソニーはこちらを見てニヤリと笑い、余裕の表情で足を組み替えた。
刹那、「起立」と号令がかかりアンソニーはしぶしぶ立ち上がった。

「アンソニー・コックスの訴えによりフレデリカ・グレントの婚約不履行に伴う損害賠償請求の事案及び慰謝料請求の事案につき、口頭弁論を開始します。
尚、被告人側からは詳細な答弁書の提出が済んでいます。必要性があれば証人の出廷も認めていますので、原告側もそのつもりでいるように。」

裁判官が第一声を放つとホフマンが「証人?!」と驚いた声を上げた。

「代理人、何か問題が?」

裁判官がホフマンに尋ねる。

「このような民事裁判で証人が必要でしょうか?」

走って来たからか?予想外の事に驚いたのかホフマンの額からは汗が滲んでいる。

「必要かどうかは私が判断する。」

裁判官が素っ気なく答えるとホフマンは「しょ、承知いたしました」と着席した。

書記官から「着席」と号令があり座るフレデリカとジェニファーの横で、一足早く座ってしまったホフマンが再度、立って座ってを繰り返したことにフレデリカは笑ってしまうのであった。

裁判官が手元の訴状と答弁書を脇において話し始める。
「コックスさんの訴状は確認していますが、本日改めて訴えを起こした事案について詳細を含めて説明してください。」
書記官が全て記録します、後から齟齬の無いようにと前置きして裁判官がアンソニーとホフマンに「どうぞ始めてください」と言った。

ホフマンが立ち上がって「アンソニー・コックスさんの代理人...ドワイト・ホフマンです」と名乗った。
変なをとって、反り返るほど胸を張って「やってやるぞ小娘」と睨みつける勢いでフレデリカ側に顔を向けたホフマンはそのままカチッと固まった。
フレデリカの美貌に驚いた訳では無い。
その隣に陣取っているジェニファー・ハーモンの存在に気付いたからであった。

ハーモン候爵夫人...何故、高名な弁護士のハーモンが居るんだ?!
まさか、彼女の代理人なのか?
いやいや...お針子に雇える訳が無いじゃないか!
1時間相談するだけで幾らすると思っているんだ。

「ホフマンさん!どうされましたか。」

裁判官が呆然としているホフマンに訴訟に至った理由を簡潔に述べるよう声を掛けた。
ホフマンが気を取り戻して手元の資料をのぞき込むが、視界の隅にジェニファーがペンを握って一言も漏らすまいと速記する姿に動揺してしまう。

それでも何とか声を張り上げて、アンソニーの置かれた立場を説明した。
ホフマンの意見陳述は次のようなものであった。

・コックス氏(アンソニー)は誠実にグレント(フレデリカ)男爵令嬢に寄り添ってきた。
・少なくない額の贈り物をし食事はいつも奢っていた。
・グレント男爵令嬢の意を汲んでコックス子爵家に結婚の意思を伝えて婚約者の間柄になったにも関わらず、グレント男爵令嬢はコックス氏を蔑ろにし、己の都合だけを優先するコックス氏を顧みない日々であった。
・グレント男爵令嬢はコックス氏に気を持たせるだけでコックス氏が受けた失望感は深く耐えがたいものであった。
・コックス氏が他の女性と懇意になったことに多少の瑕疵があろうとも一切の弁解も許されず一方的に婚約破棄となったのは許容できない事で、婚約不履行に当たる。
・グレント男爵令嬢に費やした資金及び慰謝料及び裁判費用を求める。


このような内容が言葉尻を変えたり、直接的に責めたかと思えば比喩的に仄めかしたりして繰り返された。

“お前を訴えるぞ”と脅せば大人しく和解金を支払うことで決着すると思っていた案件が予想に反して裁判になった。
振り上げた拳はただでは下ろせるはずもなく...。
薄い内容を膨らませて訴訟に持ち込んだのであるから、言い様だけでも大袈裟に飾らなければ格好がつかない。
同じ内容を余りに繰り返すものだから、書記官の速記の手が止まるわ、裁判官に「それはもう聞きました」と遮断されるわ...とっ散らかった原告側の主張となった。

訴状内容と変わらないものであるので、フレデリカ側に目新しいことも無く、ただホフマンの地声の大きさに加えて一人芝居が上手だなぁと感想を抱いた数分間であった。

「コックスさん、この陳述について付け加える事は?」

裁判官がアンソニーに尋ねる。
アンソニーは「一つあります」と答えると立ち上がってフレデリカを見た。

「彼女から婚約破棄を言い渡された時、彼女の側には男が居た。彼女を抱きしめていた。...そう、彼女は私以外の男と逢瀬を繰り返していて、その男から婚約破棄するように迫られたに違いない!そいつのことも訴えたい!」

アンソニーはリドリーから“ダセェ”と言われた屈辱を思い返していた。

ホフマンはニヤリと笑い「それではその男にも慰謝料を請求しませんと!」と息巻いた。

勢いづいた原告側であったが「それは別件で訴えを起こす手順ですので。座ってください。」
裁判官は眉ひとつ動かさず取り合わないままホフマンに着席を指示する。
ムムムゥと奥歯を噛み締めてホフマンは座った。
遅刻をしたからか、裁判官の心証が芳しくない気がする。
隣で足を組み腕を組んでいるアンソニーの涼やかな横顔ををホフマンは複雑な思いで盗み見た。
(この世間知らずのボンボンめ!)
ホフマンはアンソニーの長兄とは高等学園アカデミーで学び競った仲であった。その縁でコックス家の顧問弁護士を引き受けたが片田舎の領地では仕事が無い。
数年前から王都に出て来て民事ばかりを請け負って少しは名が売れて来た自負があった。
実際は“吹っ掛ける小賢しい弁護士”として忌避される存在だ。

コックス家の長男から「末っ子が不本意な婚約破棄をされた様だ」と手紙で相談された時には長兄に貸しを作るべく力になってやろうと思ったのだ。
婚約破棄をめぐる争いは珍しくないし、醜聞を避けて殆ど裁判にはならないから、吹っ掛けて驚かせ、若干譲歩すれば和解に応じるというのが常であった。
今回も和解金、賠償金、何であろうと貴族の小娘が相手ならば最大限むしり取ってやろうと意気込んだ。
相手は世間知らずの令嬢だ。ただのお針子だ。
敢えて職場に訴状を送りつけ、雇い主から問い質されるのも一興だと、アンソニーと笑い合ったが、果たしてクビになったかどうか...。
アンソニーから聞き取ったように、相手の令嬢は勝ち気な性格らしく「私は悪くありません」と一文を送り返して来るだけの小娘であった。
生意気な小娘には法廷で決着をつけさせようと裁判に持ち込んだのは、貴族で美男子のアンソニーとの婚約を破棄する奇特で勝ち気な女に会って、負かしてやりたかった事...勿論勝算があると疑わなかったからであった。












    
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