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1.はじまり
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今日も元気に終電を逃してしまった……
とぼとぼと官舎への道を歩きながら、新任明け検事の早瀬亜希はため息をついた。
けして仕事が遅い、わけではない。
多すぎるのだ。書類仕事が。
いま受け持ち17件だぞ17件。
スケジュール考えるだけで頭が爆発するわ。
明日、つか今日だけど朝いちで次席検事のハンコもらって……検証の立会いは大村事務官に行ってもらおうかなぁ。
証人尋問の準備して、証拠等関係カードも作らなきゃ。
あーーーー。
心の中で喚き散らしながら髪をかき回した瞬間、視界の端で何かがキラリと光った。
顔を上げる。
歩道の植え込みの端っこで、なにかがものすごく光っている。
めっちゃ光ってる。
近づいてみても、あまりに光が強くて形がわからないほどだ。
こりゃうっかりすると、交通の妨げになりそうな明るさだな。
一体なんだろう。
手を伸ばした瞬間、ひときわ強い光が目の奥に飛び込んできた。
あまりの光量に眩暈がして、ぐらりと体が傾く。
ーーあ、転ぶ。
手をつこうとした瞬間、ガクンと階段を踏み外したかのような浮遊感に襲われた。
なっーー
無意識につかまるものを求めて手を伸ばし、空を掴んだ。
真っ白な闇の中を落ちていく。
「……ぅ…ん…」
寒さと不快感で、意識が徐々に浮上した。
しぶしぶ目を開ける。
明かりらしい明かりがなくて、何も見えない。
なんだか体がだる重いな。
重いというか、しびれている。
そして肌に触れる空気がやけにひんやりしていた。
湿った草木のしっとりとした青い香り。思わず深呼吸したくなるような清澄なーー
……妙だな、東京のど真ん中でこんな新鮮な空気。
ゆっくりと上半身を起こしてみた。
暗くてよく見えないがどう考えても、さっき倒れたはずの場所ではない。
暗さに目が慣れるまで待ってみる。
なんだか、森の中のような。
ざらりと地面を撫でた。
うん。コンクリートではなく、土だ。
なんで?
立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
「……ッ」
地面に手をついて初めて気づいたが、指の先を少し切っていた。
よく見るとうっすらと血がにじんでいる。
いつのまに。
”痛い”ということは、おそらくこれは夢ではない。
誰かがどこか安全なところに運んでくれたとか?
でも人が倒れていて運ぶならふつう病院だろう。
持っていたはずの鞄を探すが、近くにはなかった。
ポケットを探っても、スマホが見当たらない。
盗られたか。
強盗?誘拐?いや、この場合は誘拐じゃなくて略取だけど……
計画の途中でめんどくさくなって放り投げたとか?
スマホがないとなると、人がいるところまで歩いていくしかない。
あれからどれくらいの時間がたったのだろう。
まだ夜のようだ。
ここがもし、山の奥とかだったら最悪ーー
いやいや、手ぶらだとしても水くらい確保できるはずだ。
水があれば何日かは動いていられる。
ふらつきながらなんとか立ち上がり、身体についた土を払ってから改めて周りを見渡す。
だいぶ目も慣れてきて、ものの輪郭が見えるようになってきた。
が、木々以外なにも見当たらない。
ざわざわと葉のこすれる音に、少し恐怖を覚えた。
夜の森に一人きりって大人でもこんなに心細くなるもんなんだな。
そしてなんとなく、木々の隙間からのぞく夜空を見上げた。
ーー嘘だろ。
月が、二つある。
正確には、月より一回り小さい月っぽい白くて丸いものが、月と並んでいる。
目を強く閉じて、もう一度見上げる。
こんなすごい天体ショーがあるなら、半年前からテレビが騒いでたっておかしくない。
予測できなかったのか?
それとも中国かアメリカが秘密裏にどデカい宇宙ステーションを組み立ててた、とか?
いやいやいや、そんなもんが急に空に現れたらびっくりだわ。
宇宙戦争始まるわ。
知らないうちに俺、なんか得体のしれない薬をきめちゃった?
頭ははっきりしてる気がするけどーー
薬物使ったことないから感覚わかんないもんな。
怖い。
正気のつもりなのに。
寒気がして、思わず身体を抱きしめた。
落ち着け。
いずれにせよ、もう少し場所のわかるところに行かなければ。
高いところに登れば、少しは視界が開けるかもしれない。
夜に動くのはよくないけれど、でも、なんたって、
明日は担当事件の第一回公判期日……!
事件に巻き込まれてたってんならまぁ出廷できなくてもクビにはならないだろうけど、そういう問題ではない。
とにかく、そう、安全を確保しつつ今できる最善の努力をしよう。
のちのち言い訳がたつように。
まずは現在地の確認だ。
よし、と気合を入れなおして一歩踏み出した瞬間、
『ーー何者だ!!』
鋭い叫び声とともに、まぶしい光が向けられた。
とぼとぼと官舎への道を歩きながら、新任明け検事の早瀬亜希はため息をついた。
けして仕事が遅い、わけではない。
多すぎるのだ。書類仕事が。
いま受け持ち17件だぞ17件。
スケジュール考えるだけで頭が爆発するわ。
明日、つか今日だけど朝いちで次席検事のハンコもらって……検証の立会いは大村事務官に行ってもらおうかなぁ。
証人尋問の準備して、証拠等関係カードも作らなきゃ。
あーーーー。
心の中で喚き散らしながら髪をかき回した瞬間、視界の端で何かがキラリと光った。
顔を上げる。
歩道の植え込みの端っこで、なにかがものすごく光っている。
めっちゃ光ってる。
近づいてみても、あまりに光が強くて形がわからないほどだ。
こりゃうっかりすると、交通の妨げになりそうな明るさだな。
一体なんだろう。
手を伸ばした瞬間、ひときわ強い光が目の奥に飛び込んできた。
あまりの光量に眩暈がして、ぐらりと体が傾く。
ーーあ、転ぶ。
手をつこうとした瞬間、ガクンと階段を踏み外したかのような浮遊感に襲われた。
なっーー
無意識につかまるものを求めて手を伸ばし、空を掴んだ。
真っ白な闇の中を落ちていく。
「……ぅ…ん…」
寒さと不快感で、意識が徐々に浮上した。
しぶしぶ目を開ける。
明かりらしい明かりがなくて、何も見えない。
なんだか体がだる重いな。
重いというか、しびれている。
そして肌に触れる空気がやけにひんやりしていた。
湿った草木のしっとりとした青い香り。思わず深呼吸したくなるような清澄なーー
……妙だな、東京のど真ん中でこんな新鮮な空気。
ゆっくりと上半身を起こしてみた。
暗くてよく見えないがどう考えても、さっき倒れたはずの場所ではない。
暗さに目が慣れるまで待ってみる。
なんだか、森の中のような。
ざらりと地面を撫でた。
うん。コンクリートではなく、土だ。
なんで?
立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
「……ッ」
地面に手をついて初めて気づいたが、指の先を少し切っていた。
よく見るとうっすらと血がにじんでいる。
いつのまに。
”痛い”ということは、おそらくこれは夢ではない。
誰かがどこか安全なところに運んでくれたとか?
でも人が倒れていて運ぶならふつう病院だろう。
持っていたはずの鞄を探すが、近くにはなかった。
ポケットを探っても、スマホが見当たらない。
盗られたか。
強盗?誘拐?いや、この場合は誘拐じゃなくて略取だけど……
計画の途中でめんどくさくなって放り投げたとか?
スマホがないとなると、人がいるところまで歩いていくしかない。
あれからどれくらいの時間がたったのだろう。
まだ夜のようだ。
ここがもし、山の奥とかだったら最悪ーー
いやいや、手ぶらだとしても水くらい確保できるはずだ。
水があれば何日かは動いていられる。
ふらつきながらなんとか立ち上がり、身体についた土を払ってから改めて周りを見渡す。
だいぶ目も慣れてきて、ものの輪郭が見えるようになってきた。
が、木々以外なにも見当たらない。
ざわざわと葉のこすれる音に、少し恐怖を覚えた。
夜の森に一人きりって大人でもこんなに心細くなるもんなんだな。
そしてなんとなく、木々の隙間からのぞく夜空を見上げた。
ーー嘘だろ。
月が、二つある。
正確には、月より一回り小さい月っぽい白くて丸いものが、月と並んでいる。
目を強く閉じて、もう一度見上げる。
こんなすごい天体ショーがあるなら、半年前からテレビが騒いでたっておかしくない。
予測できなかったのか?
それとも中国かアメリカが秘密裏にどデカい宇宙ステーションを組み立ててた、とか?
いやいやいや、そんなもんが急に空に現れたらびっくりだわ。
宇宙戦争始まるわ。
知らないうちに俺、なんか得体のしれない薬をきめちゃった?
頭ははっきりしてる気がするけどーー
薬物使ったことないから感覚わかんないもんな。
怖い。
正気のつもりなのに。
寒気がして、思わず身体を抱きしめた。
落ち着け。
いずれにせよ、もう少し場所のわかるところに行かなければ。
高いところに登れば、少しは視界が開けるかもしれない。
夜に動くのはよくないけれど、でも、なんたって、
明日は担当事件の第一回公判期日……!
事件に巻き込まれてたってんならまぁ出廷できなくてもクビにはならないだろうけど、そういう問題ではない。
とにかく、そう、安全を確保しつつ今できる最善の努力をしよう。
のちのち言い訳がたつように。
まずは現在地の確認だ。
よし、と気合を入れなおして一歩踏み出した瞬間、
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鋭い叫び声とともに、まぶしい光が向けられた。
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