新米検事さんは異世界で美味しくいただかれそうです

はまべえ

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6.子ども扱い

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目を覚ますと、見慣れない天井があった。
天井というか、天蓋というやつだ。
女の子憧れの。
首を回して現状を把握する。
ーー目が覚めたら元の世界ってわけにはいかないか。
相変わらず時計がないので時間がわからない。
どれくらい眠ったのだろう。
起き上がって、大きな窓から外を覗き見る。
まだ外は暗かった。
だとしたらそんなに経ってないのかもしれない。

「……お体の具合はどうですか?」
いつの間にか、部屋の中にあの騎士が入ってきていた。音もなく入ってきたな!?
「大丈夫ですーーって、あれ?言葉がわかる……」
「その石があれば話をすることができますので」
イケメン騎士ーー名前はうっかり忘れてしまったーーがトントンと人差し指を示す。
言われて初めて、自分が左手の人差し指に指輪をしていることに気が付いた。銀の台座に乳白色の小さな石がはまっている。
「慣れればそのうち、それがなくても聞いて話すことができるようになると思います」
聞いて、話す、か。
「読み書きの方は無理なんですか?」
「そっちは多少座学で勉強しないと無理ですね」
「そうなんですか……」
人生そう甘くないということか。
俺の嘆息にイケメンは笑ったようだった。心地よく空気が揺れる。
「のどが渇いたでしょう。お茶をお入れします。少々お待ちください」
「えっと……」
お礼を言おうとして、言葉に詰まる。
名前。
また聞き直すとか、やっぱ失礼だよね……
「フィアルテです。アキ様」
おっと名前覚えてないのバレてた。
「すみません、一度聞いたのにあの時はぼんやりしてて」
「あれだけの人間に一度に会えば、覚えきれないのも無理はありません」
すかさず温かいフォローが入った。イケメンは心もイケメンらしい。
「ずっと起きてたんですか?」
「私は護衛を仰せつかりましたので、隣に控えておりました。もう一人おりますので、あとでご紹介しますね」
フィアルテはきびきびと無駄のない動きでお茶の支度をしていく。
ティーポットとティーカップはよく知る形状をしていた。
すごいな。お茶を入れる道具って”別”世界共通なのかもしや。
しばらくして、部屋にいい香りが漂ってきた。
紅茶より少し柔らかくて淡い、甘い香り。
ベッドから降りようとしたが、やんわりと制止されて足を戻した。
背中にクッションを入れて身体を起こし、カップの乗ったソーサーを受け取る。陶器と同じような感触だ。
「……どうぞ。お口に合うといいのですが」
色は予想に反して薄い黄緑だった。
やけどしないくらいのちょうどよい温かさ。
一口、口に含む。渋みはなく、ハーブティーに近いさわやかな味わいだった。
「おいしい」
思わず言葉が漏れた。
「よかった、少しは信用していただけたんですね」
にっこり笑いかけられて、そういえばそういうことを一ミリも疑ってなかったことに気づく。
いや、だって、考えないよいきなり毒が入ってるとか!
しらない人からもらったものを食べない飲まない忍者でもあるまいし!

少しずつ飲んでのどを潤しつつ、茶器を揃え直しているフィアルテを盗み見る。
顔がよくて気が回るなんてモテそうだなぁ。
超ド級のイケメンに甲斐甲斐しく世話を焼かれるなんて経験、こんなところに来なきゃ一生することはなかった贅沢なんだろう。
でも。
申し訳ないけど。
やっぱり、帰りたい。
「……なにか?」
「いえ、寝て、目が覚めたら……って思ってたのに、これが現実なんだなぁと」
「あなたが無事に戻れるまで、あなたの身の安全は必ずお守りします。どうか安心なさってください」
「優しいんですね、フィアルテさんは」
「フィーでいいですよ、親しい者はそう呼びます」
「フィー……さん」
いきなり愛称呼び捨ては難しくて、途中でひよってしまった。フィアルテが言い直せと言わんばかりに繰り返す。
「フィー」
おおう、意外と頑固だこの人。
「フィー……」
遠慮がちに呟くと、フィアルテが満足そうに微笑んだ。
なんだこれめっちゃ恥ずかしい。
「あの、さっきは大変失礼を……怒っていませんでしたか、あの、ナシルさんは」
「問題ありません。おそらくお身体がまだ慣れていないんです、仕方のないことですよ」
「彼はここの責任者だとおっしゃってましたね」
「あの方はこの国の第三王子のナシル殿下です。この離宮はナシル殿下の私邸のようなもので……」
ちょっと待て。
「だいさんおうじ。おうじって王子!?」
「はい」
一番大事なところ!王子なら王子って言って。離宮の責任者って何!わざとか!そこをぼかすな!
「聡明で不誠実なことを嫌うお方なので、どうか信用なさってください。きっと悪いようにはしないと思います」
「フィアル……フィーは、ナシル殿下の私兵なんですか?」
「ナシル殿下直属の第二騎士団1番隊の隊長を務めております」
「隊長!?」
それも早く言って。身分や肩書は飾りですみたいなスタンス?それ周りがめっちゃ困るやつ。
「しばらくはあなたの護衛を任されましたので、よろしくお願いいたします」
「それはとても心強いですが……隊の方は大丈夫なんですか?」
「優秀な副官がおりますので」
「なんだか申し訳ないなぁ」
「こういう仕事は久しぶりで、腕が鳴りますよ」
何なのこの人、気遣いまで完璧とか……と嫉妬交じりの感動を覚えながら、小さな欠伸を噛み殺す。
なんだか油断するとすぐに眠気が襲ってくる。
こっちの世界に慣れていないせいだといわれたけれど、子供になったようで恥ずかしい。
何度か首を振って集中し直そうとしたが、次第に視界の焦点が散漫になる。
ふと指の力が抜けてソーサーとカップの底がぶつかってしまった。
かちゃんと乾いた音が響く。
ハッとして指に力を入れ直したところで、俺の手にあったカップはフィアルテの手に引き取られていった。剣を握ってきたにしては滑らかな手の中に。
もはや執事ですねこれは。
「朝まではまだ時間があります。もう少しお休みになってください」
「いや、でももう一杯……」
「いくらでもお入れしますけど、今は少し横になってみてください。ね?」
いつの間にやら背中の飾り枕を抜かれていて、肩を軽く押されてポスンとベッドに沈んだ。それから恐ろしいほど手際よくブランケットをかけられてぬくぬく……
「断固として寝かせる気ですね」
「今ちゃんと眠らないと、明日以降も眠気を引きずることになりますから」
「なんか子供に戻った気分だなぁ……」
ぼんやり見つめていると、額にかかった髪をフィアルテがそっとかきあげた。
って、子供扱いしろって意味じゃないぞ!
「俺、フィーより年上だと思うけど……」
「そうですか?でも今は寝たくないとむずがる子供みたいでかわいいですよ」
眠りを促すように、頭を撫でられた。さてはフィアルテ、妹か弟がいるな?
「……からかわないでください……ひどいな……」
しばらく沈黙されると、だんだん夢心地になって頭が傾いていく。

優しく肌にふれる滑らかなシーツ。
肌触りの柔らかいブランケット。
体もぽかぽか温かくて。

全てが眠っていいよと言ってくる。

ふわふわ温かくて気分が良い。


「ーーおやすみなさい」

遠くに声を聞いた。

でもいいのかな。
こんなに心を許して。

もっといろいろ考えなきゃいけないんじゃないか。

だって、ほんとは、何が、誰が正しいのか、分からないし。

なにも、しらないし。

おれはどうしたらいいんだろうって。

かんがえてーー


さわさわと髪を撫でていた手が離れていく。

少し寂しい。

目を開けたいけど、瞼が異常に重い。



最後に優しい感触が額を掠めた気がした。

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