新米検事さんは異世界で美味しくいただかれそうです

はまべえ

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9.謁見式

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2日後。

俺の存在が外に漏れた、とかで案外早く国王陛下との謁見の場が設けられた。陛下に御目通りする前に派閥がどうなっているとかそういう知識を入れておきたいところではあったが仕方がない。
国王陛下そのものは聡明で信頼できるとのことだったので、ささっと顔合わせして離宮に引っ込む作戦を立てた。話ぶりからすると前王の旧臣達と王太子派閥、神殿が厄介らしい。
なるべく関わらないでいたいものである。

謁見の間は、想像よりも広くてキラキラしていた。
つやつや真っ白な大理石の床に玉座から伸びる深紅の絨毯、というのはイメージ通りだったが、装飾がえらく豪華だった。
頭上ではシャンデリアが煌々と輝き、壁には金細工の複雑な装飾が施されている。
離宮は全体に落ち着いた雰囲気だったので、この国ではシンプルが好まれるのかと思いきやそうでもなかった。
左右に赤い制服の近衛兵が等間隔に並び、見届け人を務めるという貴族たちがその後ろにずらりと並ぶ。
頭を下げていてもわかる。
四方八方から値踏みするような視線が飛んできている。いたたまれない……

ナシル殿下にならい、膝をついて深く礼の姿勢をとりながらーー
俺は若干焦っていた。
殿下にこの膝をついてから先の詳しい作法を聞くのを忘れていた。
頭を下げて聞かれたことに答えていればそれでいいとしか言われていなかったので。

「よく来られた、異世界の人。拝顔を許す」
玉座の方から強い意志を感じさせる冴えた声が降ってきて、俺は少しだけ顔を上げた。
どこまで顔を上げていいのかわからず、伏し目がちに王様の胸のあたりまで視線を上げてみる。江戸幕府では将軍との謁見が確かそんな感じだったから。たとえ「面を上げよ」と言われようが「近う寄れ」と言われようが真に受けて一度目でガン見したり膝を進めてはいけないのである。面倒くさい話だが。
「遠慮はいらぬ、顔を見せてくれ」
「はい」
覚悟を決めて、王様の顔を直接仰ぐ。
殿下の父親なのだから当然ではあるが、美丈夫だった。ナシル殿下をめちゃくちゃ渋くした感じの、現役感漂うイケオジである。
結構高い位置に玉座があるので、まともに見上げていると首が痛くなりそうだ。
そんなしょうもないことを考えていると、トゥアル王が目を細めた。
「ほう……話には聞いていたが、これはまた見事な」
見事な、何?
黒ですか?
こんな平々凡々な男を捕まえて。
日本ではこれが普通なんですと説明したところでこの国の人たちには分かってもらえないので、最近はもう黙って黒目黒髪への賛辞を受け取るようにしている。
軽蔑されるよりはずっといい。
「名は?」
「ハヤセ・アキと申します」
「アキ殿か。……アキ殿、ナシルは歴代でも随一の魔力の持ち主だ。宝剣も加われば儀式の成功は約束されたといってもいい。どうかこの国、この世界のために力を貸してほしい」
「はい、最善を尽くす所存です」
言葉の選び方からしてナシル殿下同様、優しい方のようだ。国王がこんなにしっかりしていても、下は揉めてしまうものなのだろうか。王太子派閥がナシル殿下を快く思っていない、という話は既にフィーから聞いている。ナシル殿下が野心家というのならわかるが、見たところそうではないから、王太子はずいぶん小心なんだな、と思う。
「これまでの異世界人はこの地にとどまり帰らぬ者も多かったようだが、其方が帰りたいと申すならこちらも協力は惜しまぬ。安心してほしい」
そうだ、これから帰る方法を考えるんだったな。
少しだけ気が重くなったが、そういう暗い感情は飲み込んで「お心遣い痛み入ります」と深く礼をとる。
トゥアル王がひっそりと笑った。
「少し惜しい気はするがな」
「……は?」
顔を上げると、王様はナシルの方を見ていた。
「ナシル」
「は」
「彼の身柄を王宮にて預かることについて反対しているそうだな?」
「王宮には陛下のほか王太子殿下もおりますし、今更警備の数を増やすことも難しいでしょう。私の方は人員に余裕がありますので。それに儀式に向けて話し合いたいことも多々ございます」
「うむ。其方の懸念もわからんでもない。許す。引き続き、其方が監護するといい」
「ありがとうございます」
頭を下げる殿下の端整な横顔を盗み見る。
ナシル殿下の離宮にいられるのか。
いろいろ根回ししてくれたんだろうな。
やっと離宮に慣れてきたところなので、正直引っ越しはしたくなかった。

話がまとまってほっとしていると、右手奥から鋭い声が飛んできた。
「陛下!それではお話が」
声を上げたのは、いかにも聖職者風の白いローブを着たやや神経質そうな男性だ。
キャソックのようなシンプルな縦襟の祭服を来た男性を数人従えている。
あれがおそらく神殿の……
ナシル殿下が隣で顔をしかめたので間違いない。
神殿の人間は陛下への直言や直答を許されているわけか。
トゥアル王が男を見下ろす。
「気が変わった。これだけ見事な黒とあっては其方たちに引き渡したら二度と神殿から出しそうにないからな」
「お、お戯れを」
マジか。それは怖い。
「いずれにせよ、此度の儀式の祭主はナシルなのだ。ナシルの意向を優先するが筋であろう」
「ですが」
「くどい。余が決めたことだ」
陛下の声が少し低くなる。
なんとなく神殿と現国王、王室の距離感はつかめた。
難しいよな、宗教と権力って。
若干遠い目になっていたら、不服そうに引き下がる男の奥に控えていた神官の一人と目が合った。
遠目でもわかる明らかな美形である。
俺をじっと見つめたあと、蠱惑的な微笑みを浮かべる。
俺はぺこりと小さく頭を下げて、再び玉座の方へと視線を戻した。

それから謁見式が終わるまで、“彼”がずっと視線を向け続けていたことに俺は全く気づかなかった。
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