新米検事さんは異世界で美味しくいただかれそうです

はまべえ

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11.嵐のあと

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オルクリーさんに連れられて部屋に戻ると、椅子に座っていたフィーが弾かれたように立ち上がった。
「アキ様!ご無事で……」
キールと話していた時間は体感では10分ほどだったが、その間だいぶ気を揉ませたらしい。確かに俺に何かあったら責任問題だもんな、とちょっと申し訳ない気分になった。
「ご心配おかけしました」
わりと元気な俺を見てホッとした表情を浮かべていたフィーだったが、俺の口元に目を止めるとみるみる顔を曇らせる。
「その傷ーー」
「ははは、ちょっと切っちゃいました」
苦笑する俺の横でオルクリーさんが長息する。
「キール神官と一緒におられまして」
「ではやはり」
「貴方がアキ様の気配を見失ったのはあの男の仕業です」

二人の説明によると。俺を迎えに出たフィーが俺の気配がないことと廊下の一部をどうにも通り抜けられないことを不審に思い、急いでオルクリーさんを呼んだのだという。キール神官が使ったのは空間の複製と認識阻害を掛け合わせて人を惑わせるまじないらしく、気づかずに術にかかってしまうと抜け出すのは至難の業だとか。フィーは二度ほど廊下の端まで弾かれてようやく魔力の気配を察知できたようで、一生の不覚だとぼやいていた。術のかかった人間がそばにいると解呪に支障が出ることもあるので、フィーはその場をオルクリーさんに任せて大人しく部屋で待機していたーーとまぁそういうことらしい。
仮にも騎士団の一隊長たるフィーですら破れない呪いなんて、絶対いたずらじゃないだろ。
何考えてたんだアイツ!


フィーがソファに座った俺の頬に手をやり、それからそっと唇に触れる。
「赤くなってますね」
一瞬、距離近くない?と思ったが、フィーの指の感触はそこまで嫌ではなかった。キールに触られるのは鳥肌が立つほど気持ち悪かったのに不思議だ。
「神殿には王宮経由で抗議を出しておきましょう。あの男は当面、ここには出入り禁止です」
そっとオルクリーさんを見上げる。まだちょっと怒ってるようで、目元がいつも以上に冷ややかだ。
「すみません、お仕事を増やしたみたいで」
「なぜあなたが謝るんです?謝るべきはあの男と、あの男の狼藉を許した我々の方でしょう」
脇が甘かったのは俺なのに、まったくこの世界の人たちは甘やかし上手で困る。

ス、と目の前に水の入ったコップが差し出された。それを受け取ってから差し出し主を見上げる。
「口、すすいでください。少し沁みるかもしれませんが」
フィーがボウルのような器を目の前のテーブルに置く。
口をすすいでこれに吐き出せということか?
なんとなく、何されたかバレてるのかこれは。
傷の痛みに顔を顰めながら吐き出した水には微量だったが血が混じっていた。口の端の痺れも相まって、なんだか歯医者を思い出すシチュエーションだ。

「少し傷を見せてもらっても?」
言われるまま大人しく顔を上向けると、フィーが軟膏のようなものを手に俺を覗き込む。塗るつもりか。そういえばキールにも薬もらってたな、とポケットに手を突っ込んだが、これについては黙っておいた方がいいような気がして出すのをやめた。
「ちょっと苦いかもしれませんが」
塗り薬は薄緑色で、確かに苦そうである。というか塗り薬って味わうものじゃないもんね。
うぅ、気が進まない……
「こ、この程度なら、ほっといてもすぐ治るかと」
「薬を塗れば夕食までには治ると思います。そのままだときっとものを食べづらいでしょうから。ね?」
そう言われると断る理由がなくなってしまう。
フィーはやんわり押し切るのがうまい。
小指の先でちょんと薬をのせられた瞬間、口の中にものすごい苦味が広がる。ハーブを煮詰めたような、ドイツにある薬草酒に似た味。俺にそれをくれたドイツ人は「10人中9人は二度と飲みたくないと言うだろう味」と言っていた。まさにそれ。ぜんぶ顔に出ていたようで、フィーがいつになく楽しそうな顔をしている。
わざとか!わざとなのか!

少し気持ちが落ち着いたところで、俺は二人に疑問をぶつけてみることにした。後学のために聞いておいた方がいいだろうことを。
「あの……キール神官には何か特殊能力があるんでしょうか?」
「魔力にってことですか?」
「えぇ。ふわふわ変な感じがして、身体が思うように動かなくて」
「酒精に酔うような?」
「いえ、酔いとは違いましたね……体と心が分離するような?」
オルクリーさんが思案げな色を浮かべて目を伏せる。
「キール神官に精神操作系の力があるとは聞いていません。もっとも魔族の血の方で何かある可能性はありますが」
「そうですか……」
フィーが俺の目を覗き込んできた。綺麗な紫の瞳が眩しくて思わず目を逸らしそうになる。
「あの男に関心や好意や好感を持ったりはしましたか?」
「全然、まったく、毛ほどもありませんね」
「では魅了の類ではないでしょうね……」
「心は何ともないんですが、なんとなく逆らえないというか、抵抗する気力が萎えるというか」
何度思い出しても腹立つ!
うまく息継ぎができなかったから酸欠の可能性もあるにはあるが、あれは絶対、それだけじゃない。
「ちょっとした従属状態だったのかもしれません。アキ様が精神に干渉を受けていたのは確かですし」
「従属……」
なんだか嫌な響きだ。
「術の効果は体調や体質、魔力の相性なんかも結構影響してきますから一概には言えませんが、薬などを用いずに精神に干渉するとなるとやはり魔力を媒介する必要はあるでしょうね」
なるほど。フィーはこういうのに詳しいのかもしれない。
なんて考えてると、二人が俺を置いてきぼりにしてぼそぼそ話しだす。
「てっきりアキ様には操作系の魔力は効かないものだと思っていましたが」
「あくまで『人間』の魔力が効かないだけなのかもしれません」
「魔導具の線は?」
「見た感じ特には……でも神殿は独自の魔術開発部を抱えてますからね」
「魔導具だったらそれはそれで問題ですよね。離宮では王族の許可のない魔導具の術式は無効化されるはずですし」
「いずれにせよ、真意を調べる必要はあると思います。キール神官は無駄なことはしない人ですから」

話は終わったのか、二人して俺のほうに向き直る。
「いずれにせよ、早々に魔力の使い方を勉強したほうがいいでしょうね」
「基礎的なものなら俺が教えられますから」
「えっ魔法とかが使えるようになるんですか?」
思わず声が弾んでしまって恥ずかしい。
「使うより前にまずは魔力の感じ方と流し方を覚える必要がありますけど」
「感じ方、ですか」
「俺もウィアルも魔力調整は得意な方なんで安心してください。朝晩に訓練の時間を作りましょう」
「ゆくゆくはすごいものが出せるようになったり?」
「いや、魔法ってたぶんアキ様が想像されているようなものでは……」
「や、それでもロマンだな~魔力とか魔法とか。記録デバイスがないのが残念だ」
「きろくでばいす?」
元の世界に戻ってここの話をしたら確実に精神病院に送られるんだろうな。
スマホがあればな~
なんて、パソコンがあれば今時なんでも作れちゃうから写真や映像を残したところで信ぴょう性はないか。
うん。
俺の目と記憶に焼き付けておこう。

そしてはたと思い出す。
「最後にもう一つ確認なんですが」
「はい?」
「この国にはその……挨拶に口づけをする習慣があったりしますか?」
「ありませんね。基本的に好いている相手にしか……やはりあの男、」
オルクリーさんが眉間にしわを作る。
藪蛇!
「いや、あの、それならよかったです。そこは俺のいた世界と同じ感覚なんですね」
俺がつぶやくと、オルクリーさんが片膝をついて目線の高さを合わせてきた。
「こちらにどんな文化、たとえばアキ様から見て変わった習慣なんかがあったとして、アキ様の感覚で嫌だと感じるものに従う必要はありませんよ。どうかアキ様の感覚を大切になさってください」
オルクリーさんがにっこり笑う。

郷に入っては郷に従えっていうけど、逆を推奨されるとは!
もう!心もイケメン!
異世界の道徳観と倫理観、地球よりレベル高いんじゃない?

俺は感嘆の吐息を飲み込んで、ささやかな感謝の言葉を口にした。

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