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煉獄篇
第3話「私の家にあの子がいる風景」
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保健室に着くと、養護の、若くて綺麗と評判の先生がいた。
「たぶん貧血か何かで転んだみたいです。少し休ませてもらってもいいですか?」
何も話せないでいる私の代わりに、羽鳥さんは保健室の先生に事情を説明してくれた。
加藤さんにされていたことは、私のことを察してくれたのか、羽鳥さんは何も言わなかった。
私は椅子に座らされ、膝を消毒してからガーゼを貼られた。前はこの消毒液が嫌いだった。痛くて染みるから。怪我をしているのに、どうしてまた痛い目にあわなければいけないのか。今はこの痛みが、今だけは私は安全な場所にいるのだと思わせてくれた。
それから私はブレザーを脱がされ、ベッドに寝かされる。ベッドは白いカーテンに仕切られていた。
「それじゃ私は授業があるので──」
姿の見えない羽鳥さんが先生にそう告げた。私は彼女が去ってしまうことが心細くて仕方なかった。
去り際に、羽鳥さんはカーテンの間から、おどけたように顔だけを出す。
「咲良さん、無理しないでね。またあとで様子見に来るから」
「あの──」
私はここでようやく声を出すことができた。
「羽鳥さん、ごめんなさい……」
それに羽鳥さんは不思議そうな顔をした。
私は羽鳥さんを巻き込んでしまったかもしれない。加藤さんはこのことを砂村さんに話すだろう。怒った砂村さんが何をするかわからない。もしかしたらその怒りは、羽鳥さんにも向けられるかもしれない。
「いいよ、気にしないで」
羽鳥さんは優しく微笑んでくれた。
私は胸が痛かった。それは転んだ時に打ちつけたからではなく、自分自身の弱さに対する嫌悪感によるものだった。
もしも羽鳥さんの身に何かあったら、私は彼女のために立ち向かうことができるだろうか。
「それじゃ咲良さん、またあとでね」
「うん……」
カーテンが閉じられ、羽鳥さんの姿が消えた。
彼女が去ると、保健室は静かになった。時折、保健室の先生がペンを走らせているような音や、衣ずれの音がした。
私はひんやりした掛け布団を握って、体を丸くする。
嫌なこと、怖いことを考えたくない。とにかく眠ろうと思った。しかしお腹がキリキリと痛んで眠れなかった。加藤さんに踏まれたところは、今はそんなに気にならない。
それ以上に私の中にある、私自身への感情、砂村さんや加藤さんへの恐怖、羽鳥さんへの罪悪感が、鈍い痛みとなってお腹の中に沈んでいた。それは黒くて冷たくて、その塊ごと吐き出せたら、どんなに楽になれるだろうか。
こんなことになって、砂村さんは私を許さないだろう。カッターで背中に『ブタ』と文字を刻まれるかもしれない。
このことを、お母さんに相談すれば解決するだろうか。そうすればきっとお母さんを悲しませてしまう。学校の先生に相談すれば、助けてもらえるだろうか。二人目の子が、ブタのことを先生に言うと砂村さんに告げたとき、砂村さんは冷笑した。
「別にいいわよ。その場合どうなるか、想像力がないのならね。あなた、妹が二人いるのよね。素敵な家にも住んでいるのね。滅多刺しにするのと、生きたまま焼くの、どっちが面白いかしら」
それをただの悪趣味な脅しだと、砂村さんの常軌を逸した暴力性から、どうしても思えなかった。
いったい私は誰に助けを求めればいいのか。そもそも私が助かる道は最初からなかったのかもしれない。
* * *
五時間目の終鈴が鳴った。
私はいつの間にか眠っていたようだった。
瞬きをしたぐらいのつもりだったのに、時間がまるごと消えてなくなってしまったように思えた。
これからどうしたらいいのか、私は何も思いつかなかった。本当はこの時間のうちに考えなければいけなかったのに。
少しして、保健室のドアの滑車が鳴る。誰かが入ってきた。カーテンがレールを滑って開けられた。
羽鳥さん──そう思って私は体を起こした。
「ほら、いた!」
そこにいたのは砂村さんだった。彼女は満足げに笑っていた。
私は心臓が止まるかと思った。
「お前、なにサボって保健室で寝てるんだよ!」
「あ、あの、これは、私、じゃ……」
私じゃなくて、ほかの人に連れてこられた。そう言い訳しようとして、私は言葉を呑んだ。もしそんなことを言えば、それが誰か問い詰められるかもしれない。そうなった時、私は羽鳥さんの名前を黙っていられるとは思えない。
砂村さんは眉を寄せ、私を睨みつける。
「ブタのくせに、私に口答えするつもり?」
それに私は背筋が凍りつき、目眩と耳鳴りがした。頭が、心臓が、お腹が締めつけられるように痛い。息が苦しい。
「このブタ、おかしくない? ブタなのに服を着ているわ」
砂村さんの隣には姫山さんがいた。彼女は無表情に私を見ていた。一ヶ月前に砂村さんに乱雑に切られた髪は、今では整えられて、耳が半ばまで隠れるぐらいのベリーショートだった。
彼女は一番最初にブタにされたけれど、ブタは次のブタが決まれば解放される。今では砂村さんの取り巻きの一人になっていた。
「マリー、このブタの服を脱がせて」
「わかった」
姫山鞠依──姫山さんは、私の上に乗ると、リボンタイを引っ張って乱暴に解くと、ブラウスのボタンに手をかける。
「やめてっ、やだっ……」
「ブタが人語を喋るなって、何回言ったらわかるの? お仕置きが必要ね」
砂村さんはブレザーのポケットからカッターを取り出した。
「ねぇ、マリー。どこに刻もうかしら?」
姫山さんは背中にブタと刻まれていた。私はその現場を見てはいないけれど、体育の着替えの時、彼女の背中にあるミミズ腫れのような傷跡を見たことがある。
私は怖くて泣いた。ブタと刻まれること、カッターで切られること、全部が怖かった。
「やめてくださいっ、お願いします! 何でもします! 許してください!」
私は砂村さんに哀願した。これだけ騒いでも保健室の先生が駆けつけてくる気配はない。彼女はどこに行ったのか。いつの間にかいなくなってしまったのだろうか。
砂村さんは呆れたような、うんざりしたような顔で、カッターの刃を繰り出す。カチカチと音がなって、その鈍色の刃が姿を現す。その先が恐ろしくて仕方なかった。
「なら、おとなしく裸になりなさい。二度と人語も話さないこと。わかった?」
私は声を出すわけにはいかないので、大きく、何度もうなずいた。あまりにも強くうなずきすぎて、首と頭が痛かった。
私は姫山さんにブラウスを脱がされ、キャミソールを奪われる。上半身裸になった。肌寒いわけではなかったけれど、凍えそうな気がして、両手で体を抱いた。
私はただ泣いて、されるがままだった。抵抗すれば何をされるか分からない。
「ダリアちゃん、どうしたの?」
不意に羽鳥さんの声がした。砂村さんと姫山さんが振り返る。砂村さんの後ろに羽鳥さんは立っていた。
砂村大麗花──羽鳥さんは砂村さんを下の名前で呼んだ。
「エリザ……」
羽鳥英梨沙──砂村さんも羽鳥さんの下の名前を呟いた。
羽鳥さんが砂村さんの隣に立ち、私と姫山さんを見る。
「羽鳥さん……」
逃げて──そう口にしようとして、砂村さんの手にあるカッターを思い出して、それ以上何も言えなかった。
羽鳥さんは目だけを動かして、私と砂村さんを見て、声を低めて砂村さんに言う。
「咲良さんに何をしているの?」
それに砂村さんは吐き捨てるように言う。
「別に。着替えを手伝っていただけよ」
「そう。ならあとは私がやるから。ダリアちゃんは帰っていいよ。それに、マリーちゃんも」
羽鳥さんは砂村さんと姫山さんを交互に見る。
砂村さんは一度大きく息を呑み、何か言いかけると、私の方を見ることもなく、すぐに背中を向けた。
「マリー、行くわよ」
「はい」
恐ろしいぐらいあっさりと、砂村さんたちは引き下がった。
私はそれをただ見ていることしかできなかった。
「平気?」
羽鳥さんの手が私の頬に触れて、その冷たい感触に、私は我に返った。
「ひどいことされなかった? 怪我はない?」
優しく、心配してくれる羽鳥さんに、私は抱きついた。
「怖かった……怖かったぁ……」
そのまま声をあげて泣いた。羽鳥さんの制服を汚してしまうと思ったけれど、彼女の手に優しく抱きしめられて、それがすごく嬉しくて、安心できて、彼女から離れることができなかった。
しばらくしてから私は脱がされた服を着る。指が震えてうまくボタンを留められなかったので、代わりに羽鳥さんが留めてくれた。
羽鳥さんは優しく微笑んでいた。
「六時間目、始まっちゃったね。このままサボっちゃお」
羽鳥さんはブレザーを着たまま、私の横に寝転がる。
「あの、羽鳥さん……」
ありがとうと言いたかった。しかし私は彼女を巻き込んでしまったことに、ひどい罪悪感を覚えた。
「ごめんなさい、その、巻き込んで……もしかしたら、羽鳥さんも、砂村さんに……」
羽鳥さんがブタにされるのを想像してしまった。
砂村さんは、自分に逆らう相手に容赦しない。それは陰湿なイジメなどではなく、激しい暴力だった。
もしかしたら羽鳥さんは殺されてしまうかもしれない。
そう思うと、これ以上巻き込んではいけない。
「私は、平気だから……羽鳥さんは、授業に戻って……それで、もう私に、関わらない方が……」
言いながら涙が出てきた。
震える私の手を、羽鳥さんは握ってくれた。
「咲良さん、安心して。私が咲良さんを守ってあげるから」
「でも、でも……」
「ダリアちゃんは私には何もできないから。私に借りがあるの。だから安心して。それにもし、彼女が咲良さんに何かしたら、私に言って。私が咲良さんを守ってあげる」
その言葉がどこまで本当かわからない。それでもその言葉にすがりたかった。
羽鳥さんは私の指を絡めて握り、額を合わせる。
薬品臭い保健室の中、羽鳥さんから甘い花のような匂いがした。
* * *
朝、学校に行くことが怖かった。けれどお母さんやお姉ちゃんに心配をかけるわけにはいかない。
砂村さんに逆らって、これからどんな目に遭うか。
羽鳥さんが私を守ってくれると言った。しかし羽鳥さんはクラスが違う。いつも私を助けてくれるわけではない。
もしかしたら、砂村さんによって彼女がひどい目に遭うかもしれない。
羽鳥さんは砂村さんに貸しがあると言っていたけれど、砂村さんが羽鳥さんを憎んで、ひどいことをしないとは思えない。
もしもそうなったら、私は羽鳥さんを守ることができるだろうか。自分のことさえどうすることもできないのに。
インターフォンが鳴った。
加藤さん──
私は心臓が止まりそうだった。あのあと加藤さんがどうなったか、私は知らない。もしかしたら砂村さんにひどいことをされて、私を恨んでいるかもしれない。
「ナスミちゃんかな? 私が出るよ」
お姉ちゃんが食事を中断して立ち上がる。
「待って!」
私はお姉ちゃんを止めた。それにお姉ちゃんは驚いた顔をする。私も思ったより声が大きくて驚いた。
「私が出る……」
「そう」
再びインターフォンが鳴った。急かすように。
お腹がキリキリと痛んだ。もしかしたら加藤さんは復讐のために来たのかもしれない。お姉ちゃんが出て、もし刃物で刺されたら。それなら死ぬのは私の方がいい。
私は鍵を開け、ドアノブを回した。それだけのことなのに、深海の底で、全身を水圧で潰されそうな思いだった。
玄関を開けると、そこには黒髪の儚げな少女、羽鳥さんがいた。
「おはよう、咲良さん」
「え、羽鳥さん、どうして?」
「これからは毎日、一緒に学校に行こう」
私は気が緩んで、思わず泣きそうになった。
彼女は優しく微笑む。きっと私を心配してそんなことを提案してくれたのだろう。
「朝ご飯はもう食べた?」
「まだ……」
「じゃあ、ここで待っているね」
「あ、ごめん……家の中で、待ってて……」
「入ってもいいの?」
「うん……」
「お邪魔します」
羽鳥さんは家の中に上がる。
「あれ、えっと、ハナちゃんのお友達?」
お姉ちゃんは初めて見る羽鳥さんに戸惑っているようだった。
「はい。初めまして。羽鳥英梨沙です」
「あ、初めまして。ハナの姉の咲良綾奈です」
「ハナの母です。えっと、咲良雪穂です」
お母さんも少し驚いているようだった。両手を重ねてお辞儀までしていた。私に加藤さん以外の友達がいたことが、二人とも驚きだったようだ。
それに羽鳥さんは笑って、お辞儀を返していた。
「咲良さんには、とても仲良くしていただいてます」
仲良くしてもらっているのは私の方だった。昨日なんて、私がいじめられているところを、羽鳥さんに助けられた。
お姉ちゃんが私を見る。
「こんな可愛い子の友達がいたなら、もっと早く教えてよぉ」
それに羽鳥さんは微笑む。
「最近、図書室で知り合って、それから本とかのお話をするようになったんです」
「今度うちに遊びにおいでよ」
「はい、ぜひ」
お姉ちゃんが嬉しそうに羽鳥さんと話していた。
「エリザちゃんは、ナスミちゃんとも仲良いの?」
それに私はどきりとした。加藤さんとは、もう私は友達ではない。どうしてそうなったか、お姉ちゃんとお母さんには話せないけれど。
「加藤さん? いいえ、彼女とは特に」
「そうなんだ」
羽鳥さんは私のことを察してくれたのか、あのことは言わないでくれた。
私はもう加藤さんと、前のように戻ることは無理だろう。そもそも初めから友達ではなかったのかもしれない。私は彼女のことを憎いとか、許せないとか思わない。ただ彼女のことが怖かった。
* * *
私は羽鳥さんと手をつないで登校する。
羽鳥さんの距離感がわからない。中学生なのに、友達同士で手をつなぐのは普通なのだろうか。冬の日に腕を組んでいる二人組を見たことがあるけれど。
登校する生徒や、通勤の人たちの中に、手をつないだり、腕を組んでいる人は私たち以外にいなかった。
突然羽鳥さんが、私の首元に顔を寄せて匂いを嗅いでくる。
「羽鳥さん?」
不快ではないけれど、慣れないし、恥ずかしかった。
「いい匂い。洗濯物かな、シャンプーかな?」
どう返したらいいのだろうか。
「羽鳥さんも、いい匂い、するよ……」
そう言うと、羽鳥さんは不思議そうな顔をしたあと、微笑んだ。
嘘ではない。保健室で、彼女が隣にいてくれた時、花のような匂いがした。
そんな彼女とのやりとりは、照れくさいような、恥ずかしいような気がするけれど、嬉しく思う私もいた。
私だったら嫌いな人に、わざわざ触れたいとは思わない。好きな人なら、思い浮かぶのはお母さんとお姉ちゃんだ。頭を撫でられたりすると嬉しい。手をつなぐと幸せな気持ちになる。
羽鳥さんにとって私がそんな相手なのかわからないけれど、少しでも彼女の役に立てるのなら我慢できた。
ただ加藤さんも私に触れていた。つい昨日までは加藤さんに首をつかまれたり、急かされながら登校していた。それは何か憎しみだとか愛情だとか、感情をともなうものではなくて、動物に対する調教のようなものだったように思う。
いつも私を迎えにきていた加藤さんは、今日は来なかった。いつもと違う時間に、遅れてくるかもしれないと心配だったけれど、いつまでも羽鳥さんを待たせるわけにはいかないので、不安な気持ちのまま家を出た。
「咲良さんのお母さん、若くて綺麗だね。いくつなの?」
「うん。今年で三十二歳」
「そうなんだ。お姉さんは?」
「三つ上で、もうすぐ十六歳。今、高校一年生」
「お姉さんも可愛いね」
「うん」
お母さんやお姉ちゃんのことをほめてもらえるのは嬉しかった。
お姉ちゃんは、本当は髪を伸ばした方がもっと可愛い。シャンプーがもったいないとか、乾かすのがめんどくさいからと、肩先まで髪が伸びると切ってしまう。私も髪を短くしたいけれど、「ハナちゃんはそのままでいいの」と、お姉ちゃんが怒るのでできなかった。
羽鳥さんが目を細めて微笑む。
「咲良さん、お姉さんにそっくり」
「え」
「咲良さんも高校生になったら、お姉さんみたいな感じになるのかな」
「私は、お姉ちゃんみたいに、可愛くないから……」
「咲良さんは可愛いよ」
「羽鳥さんの方が可愛いよ……」
それに羽鳥さんはおかしそうに笑った。
羽鳥さんが私の手を引いて、肩を寄せてくる。頬が触れ合いそうになった。間近に彼女の顔が迫って私は驚いた。彼女の琥珀色の瞳と目が合った。
「ねぇ、私もハナちゃんって呼んでいい?」
「え、うん……いいよ……」
断る理由がなかった。親しくなれた気がして嬉しかった。
「私のことは、エリザって呼んで。いつまでも『羽鳥さん』だと、よそよそしくて嫌だな」
「えっと、じゃあ、エリザさん……」
「それはもっと嫌」
「え、じゃあ、エリザちゃん」
それに羽鳥さん──エリザちゃんは嬉しそうに笑った。
* * *
私は教室の前にいた。
エリザちゃんと一緒にいることで気が紛れていたけれど、学校に近づくほど暗い気持ちがにじんできて、今は胸が張り裂けそうだった。
もう私は砂村さんにいじめられないで済むのだろうか。
エリザちゃんは守ってくれると言ってくれた。
その言葉を信じたいけれど、信じたいだけで、信じているわけではない。
下駄箱からは、本当はエリザちゃんのクラス、一組が近い。それなのにエリザちゃんは、わざわざ三組の前まで一緒に来てくれた。
ここからは一人だ。
「ありがとう……またね……」
これ以上、彼女を巻き込めない。
そう頭でわかっているのに、エリザちゃんの手を強く握ってしまった。
エリザちゃんはそんな私を無視して、教室のドアを開く。
別クラスの生徒が来たからか、一瞬、教室内の全員の視線がエリザちゃんと私に集まった。
その視線の中に砂村さんもいた。取り巻きと談笑していたようだけれど、表情がかたまり、私たちをじっと見ていた。
同時に私もその光景に息を呑んだ。
砂村さんの前に加藤さんが土下座していた。朝の挨拶をしているところだろうか。そして姫山さんがその背中を踏みつけている。
「おはよう、ダリアちゃん」
エリザちゃんがそれを気にした様子もなく、涼しげに言うと、砂村さんは眉を寄せて、険しい顔で笑う。
「おはよう、エリザ」
それからエリザちゃんは私の手を引いて教室の中に入る。
「ハナちゃんの席はどこ?」
「えっと……」
廊下から二列目、一番後ろが私の席。
「授業が始まるまでお喋りしよう」
「で、でも……」
砂村さんの視線がある。
エリザちゃんもそれにようやく気づいて、砂村さんに向かって微笑み返した。
静まり返っていた教室も、いつの間にかそれぞれの会話に戻っている。加藤さんは相変わらず砂村さんの前で土下座したままだった。砂村さんは私たちに視線を注いでいた。
それに私は生きた心地がしなかった。
私はエリザちゃんに促され、席に座る。エリザちゃんはその私の横に立って、私の肩に手を置いた。
「ねぇ、ハナちゃんって、スマホないんだよね」
「うん……でも今度、お姉ちゃんが機種変するから、お下がりでもらう予定……」
「そうなんだ。そしたら最初に私の連絡先登録してね」
「うん」
「もちろん、ハナちゃんのお母さんとお姉ちゃんの次でいいから」
「うん」
あとはエリザちゃんが一方的に話してくれた。私の受け答えはぎこちなかったと思うけれど、エリザちゃんは気を悪くした様子もなかった。
私は見ないようにしていたけれど、砂村さんの射るような視線を感じていた。加藤さんの様子も気になった。
予鈴が鳴る。
「じゃあ私、教室戻るね」
「うん……」
仕方ないことだけれど、心細かった。
「休み時間にまた来るから」
断るべきだと思った。こんなに優しくて良い人を巻き込んではいけないのに。けれどエリザちゃんがいれば私はいじめられないようだった。その理由も、今だけなのかもわからないけれど。
それにしても、どうしてエリザちゃんは、こんな私に優しくしてくれるのだろう。こんな卑怯者なのに。私は私が大嫌いになった。
* * *
一時間目の授業がおわった。
休み時間になると、砂村さんは私ではなく加藤さんをいじめ始めた。ほかのクラスの人はその変化を気にした様子もなく、すっかり慣れて教室で談笑している人たちもいた。
加藤さんが四つん這いになり、ブタの声で鳴いていた。砂村さんが笑っていた。
私はそれを見て、本当に私が解放されたことを実感した。
加藤さんは、砂村さんに命令されたとはいえ、私にひどいことをしてきた。だからか、彼女のことを憎いとは思っていないけれど、ただかわいそうとも思えなかった。私は彼女に対して何も思わなかった。
「ハナちゃん」
不意に名前を呼ばれた。私はその声に振り返る。教室の後ろのドアから、エリザちゃんが手招きしていた。
私は急いで席を立って、エリザちゃんのもとに向かう。ほとんど駆け寄ると、エリザちゃんが私の両手をつかみ、指を絡めて握ってきた。人に手を握られると、変な感覚がした。私じゃない誰かの感触。私より冷たい体温。それらが指の間から神経を伝ってくると、なんだかむずがゆい気持ちになった。
「ね、廊下に行こう」
「うん」
「別のクラスの教室って、ドキドキして落ち着かないんだよね」
「あの、それじゃあ、休み時間は、廊下で、話そっか……」
「そうだね。そうしよう」
エリザちゃんは嬉しそうに微笑む。
私たちは手をつないで教室を離れ、エリザちゃんに連れられて廊下を歩く。その私たちを見たほかの生徒は不思議そうな顔をしていた。二度見する人もいた。
やはり私たちは、周りからは変に見えるのかもしれない。
なんだか恥ずかしくなって、手を解こうとしたけれど、エリザちゃんに固く握られてできなかった。
廊下を過ぎて、階段にさしかかる。各階の階段の手前には片側に扉があった。火事が起きたらシャッターが降りて、その扉を通り抜けできるようだった。
私はエリザちゃんに、屋上前の階段に連れてこられた。エリザちゃんは階段に腰かけ、私はその前に立たされる。両手をつないで、私たちは向かいあった。
私は手をつなぐのは、なんだかあまり好きではない。それは周りから変な目で見られるからとかではなく、手汗をかいて、そのことをエリザちゃんに知られてしまうことが嫌だった。
エリザちゃんの手は冷たくて、そんな心配もなさそうだから、気軽に手をつないでくるのかもしれない。
私は正面から人の顔を見るのも苦手なので、視線を逸らす。それを咎めるように、エリザちゃんが私の手を引く。彼女の顔を見ると、琥珀色の瞳を細めて、微笑んでいた。
「ねぇ、ハナちゃんの誕生日はいつなの?」
「五月、三十日……」
「え、もうすぐだね!」
「うん……」
私は誕生日が嫌いだった。私の誕生日がというよりも、誕生日そのものが。
誕生日には、その人にプレゼントを贈らないといけない。私は小学生のころ、クラスの子に誕生日会に誘われたけれど、プレゼントを買うお金がなかった。お母さんに相談すれば、何か買ってくれたかもしれない。けれどお母さんに迷惑をかけるのが嫌で、私はその誘いを断った。
「咲良さんは私のことが嫌いだから来てくれないんだ」
その子は私から離れていった。ほかの子たちも同じだった。私は仕方のないことだと思ったけれど、どうしても誕生日というものが嫌いだった。
「ハナちゃんはケーキ好き? 何かほしいものはある?」
エリザちゃんが楽しそうに聞いてくる。
「いいよ……気にしなくて……」
「私が勝手にハナちゃんのこと、お祝いしたいだけだから」
「でも私、エリザちゃんのお誕生日に、お返しできない……」
「どうして?」
「お金が、ないから……」
それにエリザちゃんは微笑む。
「別にお金のかかるものじゃなくていいよ。私の誕生日には、何か手作りのもの。似顔絵でも、手紙でもいいよ。ハナちゃんのもの、何か一つちょうだい」
「……そんなものでいいの?」
「だからハナちゃんの誕生日は、私にもお祝いさせて」
「うん……」
私は嬉しくて泣きそうになった
「私も、お金のかかるものじゃなくていいから……」
エリザちゃんの手作りのものを、何か一つもらえるだけで嬉しい。
不意にエリザちゃんは私の前髪に指をかける。
「ヘアピンにしようかな。そうすれば、ハナちゃんの可愛い顔がよく見えるから」
「え、え……」
「前髪で隠れてもったいないよ」
「そんな、ことない……私、可愛くないし……」
「ハナちゃんは可愛いよ。本当だよ」
私は自分のことは可愛いと思わないけれど、お母さんやお姉ちゃん以外に、そう言ってもらえることはなんだか嬉しかった。
* * *
私はブタではなくなった。代わりに加藤さんがブタになった。
あの裸踊りも加藤さんがさせられていた。更衣室で裸にされた彼女は、泣きながら踊っていた。私は見ていられなかった。
休み時間になると、エリザちゃんが私を連れ出してくれる。私は加藤さんのことは忘れるようにした。
屋上前の階段や、昼休みには校舎の裏、私たちは隠れるように二人で過ごした。
エリザちゃんは私の髪や頬、手や指に触れてくる。少し悔しくなって、私も彼女の髪に触れてみた。波打つ黒髪は柔らかくて、ひんやりとして気持ちがよかった。
私がエリザちゃんの髪の中に手を入れると、彼女は嬉しそうに目を細めて体を寄せてくる。
私はなんだか夢を見ているような気持ちになった。
こんなふうに誰かに触れられたり、私から触れることなんて、ずっと小さい頃にお母さんやお姉ちゃんとしたぐらいだった。
ほんの少し前まで友達なんていなくて、昨日までブタだった私が、こんなふうに誰かと一緒にいることが信じられなかった。ずっと夢の中にいるような気分だった。
「ねぇ。今日、ハナちゃんの家に遊びにいってもいい?」
「いいけど、何もないよ?」
「ハナちゃんがいるよ」
どうしてそんなことを言ってくれるのか分からない。
私はエリザちゃんのことがよくわからなかった。仲良くしてくれるのは嬉しい。砂村さんから守ってくれたことも感謝している。スキンシップは苦手だけれど。
ただ彼女のことを友達と思っていいのかわからない。ただそのことを聞くのは怖くてできなかった。
* * *
私の部屋は、玄関からリビングを過ぎて、二つある部屋の左。私の部屋はお姉ちゃんと一緒だった。右はお母さんの寝室になっている。
部屋の中には本棚と勉強机と二段ベッド。本棚にはお姉ちゃんが小さい頃に読んでいた絵本や児童文学。私もそれを読んで育った。ベランダのガラス戸側に勉強机が一つある。共用で、お姉ちゃんが使っている時は、私は床やリビングで勉強をする。
何もない家に、何もない部屋。エリザちゃんを楽しませることができそうなものはなかった。
だからかエリザちゃんは二段ベッドの支柱に手をかけ、それに興味を示したようだった。
「ハナちゃんはどっち?」
「私は下段」
「そう」
お姉ちゃんはベッドの上段。私は梯子を登るのが怖かったので、下にしてもらった。
エリザちゃんがベッドの下段に腰かける。
「来て」
彼女は微笑んで、私に手を差し伸ばす。私はためらいながらも、彼女の手をとった。そのまま手を引かれて、私はベッドの上に倒される。その私の横にエリザちゃんも寝そべる。互いの体が触れ合う。ふと制服にシワができないか心配になった。
しかしすぐにほかのことに心を奪われた。私の目の前には彼女の顔があった。エリザちゃんは琥珀色の瞳を細めて、微笑みながら私を見ている。彼女がどんなことを、何を考えているのか少しも分からない。
私は、もし私の息が臭かったら彼女に失望されるのではないかと、そのことが怖くて仕方なかった。彼女に呼吸を知られたくなくて息を我慢した。
不意にエリザちゃんの腕が私の体の上にかぶせられた。
「ハナちゃんの匂いがいっぱいだ」
「え、そう……?」
そう言われるとなんだか恥ずかしかった。
エリザちゃんはうっとりと、まどろんだように微笑んだ。
「あの本は読みおわった?」
「え? あ、まだ……ごめん……」
「ううん。ハナちゃんのペースでいいよ」
あれから私も少し読み進めた
このことをエリザちゃんに言っていいのかわからないけれど、その物語に出てくる女の子が、どこかエリザちゃんに似ていた。彼女は主人公の少女が住むお城に預けられ、年齢の近い二人は親密になっていく。ただその様子が、互いの手に触れたり、頬にキスをしたりと、どこか異様だった。
この二人がこの先どうなっていくのか、私はまだ読んでいないのでわからない。もしかしたらエリザちゃんは、この本のような関係に憧れているのかもしれない。
「ねぇ、お姉さんとは、いつもどんなことして遊んでいるの?」
私の家に何も遊ぶものがないことが気になったのだろう。
「えっと、しりとりしたり、あと、にらめっこ。お姉ちゃん、にらめっこ、すごい強いんだ。だけど私も負けないよ」
お姉ちゃんは私と違って友達がたくさんいる。その友達の間で、変な顔をして写真や動画を撮るのが流行っているらしい。その練習を二人でしたことがあった。
「えぇ、気になる。ハナちゃん、にらめっこしよ」
「え、え」
私はエリザちゃんとにらめっこするのが恥ずかしかった。それにエリザちゃんが変な顔をするのが想像できない。どのぐらい本気を出していいか迷った。
エリザちゃんが体を起こす。私たちは向かい合うように座った。
「にらめっこしましょ、笑ったら負けよ、あっぷっぷー」
「え、まって──」
エリザちゃんは眉をあげて、目を真ん中に寄せると、唇をすぼめる。
エリザちゃんがそんな顔をするとは思わなかったので、私はどうしたらいいか分からず、その顔をじっと見ていた。
私がいつまで経っても何もしないのに、エリザちゃんはもとの可愛い顔に戻して、眉を寄せて怒ったように言う。
「もう、ハナちゃんずるい! 私だけ!」
「ご、ごめんなさい……」
「罰ゲーム。ハナちゃんだけ、変な顔して」
「わかった……」
私はお姉ちゃんに教えてもらった変顔をする。
白目をむいて口角を下げ、舌を片側に出して、鼻の穴を広げた。
それにエリザちゃんは、ひぇっと、甲高い声をあげた。聞いたこともない声に私は変顔をやめて彼女を見ると、お腹を抱えて笑っていた。かすれたような息を吐き、引きつったように体をふるわせていた。
「まって……やばい……ハナちゃん……それ、やばい……」
エリザちゃんは息ができない様子で、必死に息を吸い込もうとして、苦しそうにうめいていた。
「エリザちゃん、平気……?」
このまま窒息死してしまうのではないのかと、心配になった。
しばらくしてエリザちゃんは体を起こすと、まだ息苦しそうで、涙目になっていた。それを拭いながら私を見る。
「あぁ、苦しい……私、こんなに笑ったの初めて……」
エリザちゃんは楽しそうだったけれど、私としては恥ずかしくて、あまり嬉しくなかった。
不意に私の方に飛び込んで、抱きついてきた。私の肩にその頭を乗せて、力強く抱きしめてくる。彼女の絶え絶えな、生温かい息が首に触れた。
しばらくそうしていると、エリザちゃんの呼吸も落ち着いてくる。
エリザちゃんが体を離した。
「ハナちゃん、すごい、面白い」
彼女の潤んだ目に、私はどきりとした。私も彼女の影響か、少し変な気分になった。彼女の唇に目を奪われた。三日月のように笑う彼女の口から、彼女の犬歯の先がちらりと見えた。
「ねぇ、ハナちゃんのお姉さんは、何時ごろに帰ってくるの?」
「あ、たぶんもうすぐ……高校、近くだから……」
「部活とかしてないんだ」
「うん。ただ今度、アルバイトするって」
「そうなんだ」
「ただ私が一人で留守番することになるから、お母さんが反対してて。そのことで、二人が喧嘩してて、すごく嫌だったけど……」
エリザちゃんはじっと私を見つめていた。私はしゃべるのが遅いので、それを待ってくれているようだった。
「だけど私も中学生になったし、もう一人で平気だから、お姉ちゃんには好きなことしてほしい……」
お姉ちゃんにはいつも私のことで我慢させてきた。お母さんにも心配させてしまった。
「お母さんは、今はお仕事?」
「うん。スーパーで……」
お母さんはそれ以外にもいくつかパートをかけもちしていて、週に一日ぐらいしか休みがない。朝早い時、夜遅い時もあった。最近は安定して同じスーパーで働いている。
「私も早く大きくなって、働いて、お母さんの力になりたい……」
「お姉ちゃんがアルバイトしたいのも、家族のため?」
「うん。だけどお姉ちゃんには、自分のためにお金をつかってほしい……」
「そう。素敵な家族だね」
エリザちゃんが私に体を預ける。私の頬にエリザちゃんの髪が触れた。彼女の髪から甘い香りがした。
「うん。私、お母さんとお姉ちゃんが大好き」
「いいな」
「エリザちゃんの、家族は?」
そう口にしてから、踏み込んで聞いてもいいのか迷った。
エリザちゃんは顔をあげる。いつもの微笑みを浮かべていた。
「私の家族も素敵な家族だよ」
「そう、なんだ……」
どう返せばいいかわからなかった。これ以上聞いていいのかも。
* * *
夕方になるとお姉ちゃんが帰ってきた。お母さんが帰ってくるのはまだ先。
私は玄関まで迎えに行く。それにエリザちゃんもついてきた。
「お姉ちゃん、おかえり」
「ただいま──」
お姉ちゃんは買い物袋を提げていた。私はそれを受け取る。お母さんの働いているスーパーで買ってきた、夕飯の材料が入っている。そこで買い物すれば少しだけ割り引きされる。
「あ、エリザちゃん、遊びにきてくれたんだ」
「はい、お邪魔しています」
「なにもなくてごめんね」
「いいえ。ハナちゃんがいるから」
そう言ってエリザちゃんは私の肩に頭をのせる。
お姉ちゃんの前でやめてほしいけれど、突き放すわけにもいかなかった。
「二人、仲良いねぇ」
「はい」
お姉ちゃんがにっこりと笑って、嬉しそうに私たちを見ていた。
私に友達がいることでお姉ちゃんが嬉しいのなら、私は我慢することにした。
「ハナちゃん、これから夕飯の準備するけど──」
「あ、それじゃ私、帰りますね」
それにエリザちゃんが私の肩から離れた。
「あ、待って。エリザちゃんも夕飯、うちで食べていったら?」
「え、でも」
「明日の分も作り置きしようと思って、ちょっと多めに食材買ってきたんだよね」
エリザちゃんは私の顔をうかがうように見る。どうしたらいいか困っているようだった。
私はエリザちゃんに助けてもらった。今でも彼女に支えてもらっている。少しでも恩返しがしたかった。
「エリザちゃん、一緒に食べよう。お姉ちゃんの料理、すっごく美味しいんだよ」
それにエリザちゃんは笑顔になり、お姉ちゃんを見る。
「嬉しい。いいんですか?」
「全然いいよ。でも、エリザちゃんの親御さんは平気かな?」
「私の家、ほとんど親がいないから平気です」
「ええ? ご飯とかどうしてるの?」
「自分で買って食べてます」
さっきエリザちゃんは、自分の家族も素敵な家族だと言った。それなのに今はどこか冷たく家族のことを話す彼女に、私は違和感を覚えた。
お姉ちゃんは気にした様子もなかった。
「それなら、うちで食べていっても平気だね」
「はい。楽しみ」
それから私たちはリビングのテーブルの上に、まな板やボール、調味料や、お姉ちゃんの買ってきた食材を広げる。
「今日はハンバーグをつくるよ!」
「ほんと? 私、お姉ちゃんのハンバーグ大好き」
それにエリザちゃんは不思議そうに目を見開いていた。
「ハンバーグって、つくれるの?」
それにお姉ちゃんが笑う。
「つくれるよー。意外と簡単なんだよ」
「お姉ちゃん、料理上手なの。お母さんのご飯も好きだけど、お姉ちゃんのも好き」
「でも最初の頃はハナちゃんね、お姉ちゃんのご飯不味い! 嫌い! って言ってたんだよ」
「だって、それは……」
「本当に不味かったからしょうがないんだけどね。それで頑張って、お母さんの味を再現できるようになったんだ」
せっかくお姉ちゃんがつくってくれたのに、初めのころはひどいことを言ってしまった。何度か喧嘩したこともあった。
それでもお姉ちゃんはそんな私のために、中学生でテストとか勉強が忙しかったはずなのに、美味しい料理をつくってくれた。
私はお姉ちゃんが大好きだ。
いつもはお母さんの帰りが遅いから、私とお姉ちゃんの二人で料理をつくる。ただ私にできることはほとんどないけれど。それでも今日はエリザちゃんも加わって、三人で料理をつくるのがなんだか楽しみだった。
「ハナちゃん、玉ねぎの皮むいといて」
「うん!」
私は包丁で切ることはできないけれど、お姉ちゃんの手伝いで皮むきや計量はできる。今日はないけれど、ニンジンとか大根があれば、ピーラーで、もう少し私も活躍できた。
「エリザちゃんはパックの挽肉をボールに入れて」
「はい」
エリザちゃんはパックのラップを剥がそうとして、ラップの重なっている部分がわからなくて、少し苦戦しているようだった。諦めたらしく、表からビリビリに破って、ボールの中に挽肉を入れた。その間に私も玉ねぎの皮をむきおわった。
「お姉ちゃん、次は?」
「じゃあ次は、食パンを一切れ、エリザちゃんと一緒に小さくちぎって」
「うん!」
私は一切れの食パンを半分にして、エリザちゃんにわたす。
「大きさって、このぐらい?」
エリザちゃんは指でちぎったパン切れをお姉ちゃんに見せる。
「もっと小さくていいよ」
エリザちゃんがちぎったものは大きさがまばらだった。
「どうしてパンを入れるの?」
不意にエリザちゃんに聞かれて、私はうまく答えられる自信がなかった。
「お姉ちゃん、どうして?」
お姉ちゃんは玉ねぎをみじん切りにして、涙目になっていた。
「え、わかんない。なんかその方が美味しいし。カサ増しかな? あ、違う。なんか肉汁とか水分とか、逃げないようにする、つなぎってやつだったと思う」
「へぇ」
ボールの中にお姉ちゃんがみじん切りにした玉ねぎを入れる。私はその隙に、塩をひとつまみと、牛乳を少し入れる。
「お、ハナちゃん、わかってるね」
私はお姉ちゃんにほめられて嬉しかった。
そこでお姉ちゃんが片手で卵を割る。
それにエリザちゃんは大きく目を見開いて、はしゃいでいた。
「えー、すごい、すごい!」
「そんなことないよ。こう、片手で卵をもって、ヒビを入れたら、割る時に、中指と薬指の間を開くの」
「えぇ、できない、無理!」
私はエリザちゃんが意外と不器用なことに気づいた。私も卵を片手で割れないけれど。
私は彼女の弱点を見つけられたような気がして、変だけれど少し嬉しかった。
* * *
テーブルの上には、ハンバーグとレタスサラダ、それとインスタントのオニオンスープ。サラダは私とエリザちゃんがつくった。手でちぎっただけで、つくったといっていいのかわからないけれど。ただミニトマトは私が切って乗せた。私が包丁で一つ切るたびに、エリザちゃんが「きゃっ」と声を漏らしていた。
それから電子レンジで温めた、今朝の残りの白ご飯を盛る。いつもは三人で食事をしているけれど、お茶碗とお皿が四人分あって、エリザちゃんの分もあってよかった。
「それじゃ先に食べちゃおうか」
時間によっては、お母さんの帰りを待ったり待たなかったり。私は一緒に食べる方が好きだった。ただお姉ちゃんも疲れてるだろうし、お腹が減ってもいるだろうから、私はそのことを言わない。それに今日はエリザちゃんもいるから、あまり遅くなると彼女に迷惑をかけてしまう。
夕食の準備ができたので、私とエリザちゃんはお姉ちゃんと向かい合うように座った。
「いただきます」
ハンバーグにはケチャップとウスターソースを混ぜたソースがかかっている。そのブレンドはお姉ちゃんに任せている。私がやるよりお姉ちゃんがやった方がはるかに美味しい。
エリザちゃんが目をきらめかせながら、ハンバーグに箸を突き立てて、押し開くように割る。私はその彼女の箸の持ち方が少し気になった。逆手で握るようにして箸を持っていた。
ただそれよりも、私は自分が食べることよりも、ハンバーグを食べて彼女がどう反応するのか気になった。エリザちゃんは私とお姉ちゃんが見ていることに気づいていない様子で、その小さな口に切ったのを運ぶ。
「あふい」
そう言うと、口の中に空気を出し入れして冷ましていた。
ようやく冷めたのか、かみ始める。
「ん! 美味しい!」
「よかったぁ」
お姉ちゃんが嬉しそうに笑った。私も嬉しかった。
エリザちゃんはお世辞ではなく本当に美味しいと思ってくれている様子で、次々と食べていく。ただ猫舌らしく、息を吹きかけて冷ましながらだった。
「美味しい、こんな美味しいの初めて!」
「おおげさだよぉ」
そう言いながらも、お姉ちゃんは自慢げだった。
「私もお姉ちゃんの料理、世界で一番美味しいと思う」
「お母さんのより?」
「あ、えっと……」
「冗談だよ。ありがとう」
冷ましながら食べているはずなのに、一番最初に食べ終わったのはエリザちゃんだった。
「おかわりいる?」
「え、いいんですか?」
エリザちゃんは口では遠慮がちだったが、嬉しそうな顔をしていた。
「多めにつくったから」
「ありがとうございます!」
本当は明日の朝食の分なのだけれど、エリザちゃんが喜んでいるので、私の分を減らせば平気だろう。
* * *
お姉ちゃんとエリザちゃんは楽しそうにおしゃべりしていた。
私よりお姉ちゃんと話す方が楽しそうで、私は少しさびしい気持ちになった。加藤さんも、私よりお姉ちゃんと話している時の方が楽しそうだった。それは当然のことで仕方ないのだけれど。
「エリザちゃん、私たちと小学校ちがうよね? ハナちゃんの学年にいなかった気がする」
「はい、ハナちゃんとは中学になってからです」
「仲良くしてくれてありがとう。クラスも一緒なの?」
「残念ながら別のクラスなんです。でも休み時間とか、よく一緒にいるよね?」
エリザちゃんが私を見て微笑む。
「うん……」
お姉ちゃんに見えない、テーブルの下で、エリザちゃんは私の手を握ってきた。
「あ、そろそろ遅いから、帰ろうかな」
「あ、それじゃ送ってくよ」
お姉ちゃんが立った。
ちょうどエリザちゃんが帰ろうとしたとき、お母さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
私はお母さんに駆け寄る。それにエリザちゃんもついてきた。
「お邪魔しています」
エリザちゃんがお母さんにお辞儀した。エリザちゃんが来ていることに、お母さんも嬉しそうだった。
「あ、エリザちゃんだっけ? 遊びにきてくれたんだ」
「はい。お姉さんの料理、ご馳走になりました」
「どうだった? お姉ちゃんの料理」
「すごく美味しかったです! こんなに美味しいの初めて食べました」
「よかった」
私はお母さんの持っていた買い物袋を受け取る。お母さんのパート先の、お惣菜の残りや、明日の朝の食材が入っていた。
「それでは、私は帰りますね」
「そう、遅いもんね。またいつでも遊びに来てね」
「はい、ぜひ」
お母さんと入れ替わる形で、エリザちゃんは玄関の外に出る。
それを私とお姉ちゃんは見送る。お姉ちゃんがエリザちゃんに言う。
「もう遅いし、送っていくよ」
「ありがとうございます。家、近いので平気です」
「そう。またいつでも遊びにきてね」
「はい、ありがとうございます」
エリザちゃんがにっこり笑う。
「ハナちゃん、また明日ね」
「うん、また明日」
急にエリザちゃんが顔を近づけてきた。私は突然のことに何も反応できなかった。キスされるかと思ったが、抱きしめられただけだった。
少しして、エリザちゃんが体を離す。
「ばいばい」
「ばいばい……」
エリザちゃんは、どこか頼りなげな照明に切り取られた、さびしげな外廊下の向こうに消えていく。
私たちはその背中が見えなくなるまで見送った。
家に戻ろうとした時、お姉ちゃんがぽつりと言った。
「あの子、ちょっと心配」
「え? どうして?」
「なんとなく。親に虐待とかされてないかなって」
「え──」
そこでお姉ちゃんは慌てる。
「ごめん、変なこと言った。気にしないで」
そしてお姉ちゃんは私の肩に手を置く。
「エリザちゃん、いい子だから。ハナちゃん、仲良くしてあげてね」
「うん」
どうしてお姉ちゃんがそんなことを思ったのか分からないけれど。エリザちゃんにどう聞いたらいいかも分からない。
ただ私はこれからも、エリザちゃんと友達でいたい。
それは砂村さんが怖いからだけじゃなく、彼女と仲良くなれたことが嬉しかったから。
「たぶん貧血か何かで転んだみたいです。少し休ませてもらってもいいですか?」
何も話せないでいる私の代わりに、羽鳥さんは保健室の先生に事情を説明してくれた。
加藤さんにされていたことは、私のことを察してくれたのか、羽鳥さんは何も言わなかった。
私は椅子に座らされ、膝を消毒してからガーゼを貼られた。前はこの消毒液が嫌いだった。痛くて染みるから。怪我をしているのに、どうしてまた痛い目にあわなければいけないのか。今はこの痛みが、今だけは私は安全な場所にいるのだと思わせてくれた。
それから私はブレザーを脱がされ、ベッドに寝かされる。ベッドは白いカーテンに仕切られていた。
「それじゃ私は授業があるので──」
姿の見えない羽鳥さんが先生にそう告げた。私は彼女が去ってしまうことが心細くて仕方なかった。
去り際に、羽鳥さんはカーテンの間から、おどけたように顔だけを出す。
「咲良さん、無理しないでね。またあとで様子見に来るから」
「あの──」
私はここでようやく声を出すことができた。
「羽鳥さん、ごめんなさい……」
それに羽鳥さんは不思議そうな顔をした。
私は羽鳥さんを巻き込んでしまったかもしれない。加藤さんはこのことを砂村さんに話すだろう。怒った砂村さんが何をするかわからない。もしかしたらその怒りは、羽鳥さんにも向けられるかもしれない。
「いいよ、気にしないで」
羽鳥さんは優しく微笑んでくれた。
私は胸が痛かった。それは転んだ時に打ちつけたからではなく、自分自身の弱さに対する嫌悪感によるものだった。
もしも羽鳥さんの身に何かあったら、私は彼女のために立ち向かうことができるだろうか。
「それじゃ咲良さん、またあとでね」
「うん……」
カーテンが閉じられ、羽鳥さんの姿が消えた。
彼女が去ると、保健室は静かになった。時折、保健室の先生がペンを走らせているような音や、衣ずれの音がした。
私はひんやりした掛け布団を握って、体を丸くする。
嫌なこと、怖いことを考えたくない。とにかく眠ろうと思った。しかしお腹がキリキリと痛んで眠れなかった。加藤さんに踏まれたところは、今はそんなに気にならない。
それ以上に私の中にある、私自身への感情、砂村さんや加藤さんへの恐怖、羽鳥さんへの罪悪感が、鈍い痛みとなってお腹の中に沈んでいた。それは黒くて冷たくて、その塊ごと吐き出せたら、どんなに楽になれるだろうか。
こんなことになって、砂村さんは私を許さないだろう。カッターで背中に『ブタ』と文字を刻まれるかもしれない。
このことを、お母さんに相談すれば解決するだろうか。そうすればきっとお母さんを悲しませてしまう。学校の先生に相談すれば、助けてもらえるだろうか。二人目の子が、ブタのことを先生に言うと砂村さんに告げたとき、砂村さんは冷笑した。
「別にいいわよ。その場合どうなるか、想像力がないのならね。あなた、妹が二人いるのよね。素敵な家にも住んでいるのね。滅多刺しにするのと、生きたまま焼くの、どっちが面白いかしら」
それをただの悪趣味な脅しだと、砂村さんの常軌を逸した暴力性から、どうしても思えなかった。
いったい私は誰に助けを求めればいいのか。そもそも私が助かる道は最初からなかったのかもしれない。
* * *
五時間目の終鈴が鳴った。
私はいつの間にか眠っていたようだった。
瞬きをしたぐらいのつもりだったのに、時間がまるごと消えてなくなってしまったように思えた。
これからどうしたらいいのか、私は何も思いつかなかった。本当はこの時間のうちに考えなければいけなかったのに。
少しして、保健室のドアの滑車が鳴る。誰かが入ってきた。カーテンがレールを滑って開けられた。
羽鳥さん──そう思って私は体を起こした。
「ほら、いた!」
そこにいたのは砂村さんだった。彼女は満足げに笑っていた。
私は心臓が止まるかと思った。
「お前、なにサボって保健室で寝てるんだよ!」
「あ、あの、これは、私、じゃ……」
私じゃなくて、ほかの人に連れてこられた。そう言い訳しようとして、私は言葉を呑んだ。もしそんなことを言えば、それが誰か問い詰められるかもしれない。そうなった時、私は羽鳥さんの名前を黙っていられるとは思えない。
砂村さんは眉を寄せ、私を睨みつける。
「ブタのくせに、私に口答えするつもり?」
それに私は背筋が凍りつき、目眩と耳鳴りがした。頭が、心臓が、お腹が締めつけられるように痛い。息が苦しい。
「このブタ、おかしくない? ブタなのに服を着ているわ」
砂村さんの隣には姫山さんがいた。彼女は無表情に私を見ていた。一ヶ月前に砂村さんに乱雑に切られた髪は、今では整えられて、耳が半ばまで隠れるぐらいのベリーショートだった。
彼女は一番最初にブタにされたけれど、ブタは次のブタが決まれば解放される。今では砂村さんの取り巻きの一人になっていた。
「マリー、このブタの服を脱がせて」
「わかった」
姫山鞠依──姫山さんは、私の上に乗ると、リボンタイを引っ張って乱暴に解くと、ブラウスのボタンに手をかける。
「やめてっ、やだっ……」
「ブタが人語を喋るなって、何回言ったらわかるの? お仕置きが必要ね」
砂村さんはブレザーのポケットからカッターを取り出した。
「ねぇ、マリー。どこに刻もうかしら?」
姫山さんは背中にブタと刻まれていた。私はその現場を見てはいないけれど、体育の着替えの時、彼女の背中にあるミミズ腫れのような傷跡を見たことがある。
私は怖くて泣いた。ブタと刻まれること、カッターで切られること、全部が怖かった。
「やめてくださいっ、お願いします! 何でもします! 許してください!」
私は砂村さんに哀願した。これだけ騒いでも保健室の先生が駆けつけてくる気配はない。彼女はどこに行ったのか。いつの間にかいなくなってしまったのだろうか。
砂村さんは呆れたような、うんざりしたような顔で、カッターの刃を繰り出す。カチカチと音がなって、その鈍色の刃が姿を現す。その先が恐ろしくて仕方なかった。
「なら、おとなしく裸になりなさい。二度と人語も話さないこと。わかった?」
私は声を出すわけにはいかないので、大きく、何度もうなずいた。あまりにも強くうなずきすぎて、首と頭が痛かった。
私は姫山さんにブラウスを脱がされ、キャミソールを奪われる。上半身裸になった。肌寒いわけではなかったけれど、凍えそうな気がして、両手で体を抱いた。
私はただ泣いて、されるがままだった。抵抗すれば何をされるか分からない。
「ダリアちゃん、どうしたの?」
不意に羽鳥さんの声がした。砂村さんと姫山さんが振り返る。砂村さんの後ろに羽鳥さんは立っていた。
砂村大麗花──羽鳥さんは砂村さんを下の名前で呼んだ。
「エリザ……」
羽鳥英梨沙──砂村さんも羽鳥さんの下の名前を呟いた。
羽鳥さんが砂村さんの隣に立ち、私と姫山さんを見る。
「羽鳥さん……」
逃げて──そう口にしようとして、砂村さんの手にあるカッターを思い出して、それ以上何も言えなかった。
羽鳥さんは目だけを動かして、私と砂村さんを見て、声を低めて砂村さんに言う。
「咲良さんに何をしているの?」
それに砂村さんは吐き捨てるように言う。
「別に。着替えを手伝っていただけよ」
「そう。ならあとは私がやるから。ダリアちゃんは帰っていいよ。それに、マリーちゃんも」
羽鳥さんは砂村さんと姫山さんを交互に見る。
砂村さんは一度大きく息を呑み、何か言いかけると、私の方を見ることもなく、すぐに背中を向けた。
「マリー、行くわよ」
「はい」
恐ろしいぐらいあっさりと、砂村さんたちは引き下がった。
私はそれをただ見ていることしかできなかった。
「平気?」
羽鳥さんの手が私の頬に触れて、その冷たい感触に、私は我に返った。
「ひどいことされなかった? 怪我はない?」
優しく、心配してくれる羽鳥さんに、私は抱きついた。
「怖かった……怖かったぁ……」
そのまま声をあげて泣いた。羽鳥さんの制服を汚してしまうと思ったけれど、彼女の手に優しく抱きしめられて、それがすごく嬉しくて、安心できて、彼女から離れることができなかった。
しばらくしてから私は脱がされた服を着る。指が震えてうまくボタンを留められなかったので、代わりに羽鳥さんが留めてくれた。
羽鳥さんは優しく微笑んでいた。
「六時間目、始まっちゃったね。このままサボっちゃお」
羽鳥さんはブレザーを着たまま、私の横に寝転がる。
「あの、羽鳥さん……」
ありがとうと言いたかった。しかし私は彼女を巻き込んでしまったことに、ひどい罪悪感を覚えた。
「ごめんなさい、その、巻き込んで……もしかしたら、羽鳥さんも、砂村さんに……」
羽鳥さんがブタにされるのを想像してしまった。
砂村さんは、自分に逆らう相手に容赦しない。それは陰湿なイジメなどではなく、激しい暴力だった。
もしかしたら羽鳥さんは殺されてしまうかもしれない。
そう思うと、これ以上巻き込んではいけない。
「私は、平気だから……羽鳥さんは、授業に戻って……それで、もう私に、関わらない方が……」
言いながら涙が出てきた。
震える私の手を、羽鳥さんは握ってくれた。
「咲良さん、安心して。私が咲良さんを守ってあげるから」
「でも、でも……」
「ダリアちゃんは私には何もできないから。私に借りがあるの。だから安心して。それにもし、彼女が咲良さんに何かしたら、私に言って。私が咲良さんを守ってあげる」
その言葉がどこまで本当かわからない。それでもその言葉にすがりたかった。
羽鳥さんは私の指を絡めて握り、額を合わせる。
薬品臭い保健室の中、羽鳥さんから甘い花のような匂いがした。
* * *
朝、学校に行くことが怖かった。けれどお母さんやお姉ちゃんに心配をかけるわけにはいかない。
砂村さんに逆らって、これからどんな目に遭うか。
羽鳥さんが私を守ってくれると言った。しかし羽鳥さんはクラスが違う。いつも私を助けてくれるわけではない。
もしかしたら、砂村さんによって彼女がひどい目に遭うかもしれない。
羽鳥さんは砂村さんに貸しがあると言っていたけれど、砂村さんが羽鳥さんを憎んで、ひどいことをしないとは思えない。
もしもそうなったら、私は羽鳥さんを守ることができるだろうか。自分のことさえどうすることもできないのに。
インターフォンが鳴った。
加藤さん──
私は心臓が止まりそうだった。あのあと加藤さんがどうなったか、私は知らない。もしかしたら砂村さんにひどいことをされて、私を恨んでいるかもしれない。
「ナスミちゃんかな? 私が出るよ」
お姉ちゃんが食事を中断して立ち上がる。
「待って!」
私はお姉ちゃんを止めた。それにお姉ちゃんは驚いた顔をする。私も思ったより声が大きくて驚いた。
「私が出る……」
「そう」
再びインターフォンが鳴った。急かすように。
お腹がキリキリと痛んだ。もしかしたら加藤さんは復讐のために来たのかもしれない。お姉ちゃんが出て、もし刃物で刺されたら。それなら死ぬのは私の方がいい。
私は鍵を開け、ドアノブを回した。それだけのことなのに、深海の底で、全身を水圧で潰されそうな思いだった。
玄関を開けると、そこには黒髪の儚げな少女、羽鳥さんがいた。
「おはよう、咲良さん」
「え、羽鳥さん、どうして?」
「これからは毎日、一緒に学校に行こう」
私は気が緩んで、思わず泣きそうになった。
彼女は優しく微笑む。きっと私を心配してそんなことを提案してくれたのだろう。
「朝ご飯はもう食べた?」
「まだ……」
「じゃあ、ここで待っているね」
「あ、ごめん……家の中で、待ってて……」
「入ってもいいの?」
「うん……」
「お邪魔します」
羽鳥さんは家の中に上がる。
「あれ、えっと、ハナちゃんのお友達?」
お姉ちゃんは初めて見る羽鳥さんに戸惑っているようだった。
「はい。初めまして。羽鳥英梨沙です」
「あ、初めまして。ハナの姉の咲良綾奈です」
「ハナの母です。えっと、咲良雪穂です」
お母さんも少し驚いているようだった。両手を重ねてお辞儀までしていた。私に加藤さん以外の友達がいたことが、二人とも驚きだったようだ。
それに羽鳥さんは笑って、お辞儀を返していた。
「咲良さんには、とても仲良くしていただいてます」
仲良くしてもらっているのは私の方だった。昨日なんて、私がいじめられているところを、羽鳥さんに助けられた。
お姉ちゃんが私を見る。
「こんな可愛い子の友達がいたなら、もっと早く教えてよぉ」
それに羽鳥さんは微笑む。
「最近、図書室で知り合って、それから本とかのお話をするようになったんです」
「今度うちに遊びにおいでよ」
「はい、ぜひ」
お姉ちゃんが嬉しそうに羽鳥さんと話していた。
「エリザちゃんは、ナスミちゃんとも仲良いの?」
それに私はどきりとした。加藤さんとは、もう私は友達ではない。どうしてそうなったか、お姉ちゃんとお母さんには話せないけれど。
「加藤さん? いいえ、彼女とは特に」
「そうなんだ」
羽鳥さんは私のことを察してくれたのか、あのことは言わないでくれた。
私はもう加藤さんと、前のように戻ることは無理だろう。そもそも初めから友達ではなかったのかもしれない。私は彼女のことを憎いとか、許せないとか思わない。ただ彼女のことが怖かった。
* * *
私は羽鳥さんと手をつないで登校する。
羽鳥さんの距離感がわからない。中学生なのに、友達同士で手をつなぐのは普通なのだろうか。冬の日に腕を組んでいる二人組を見たことがあるけれど。
登校する生徒や、通勤の人たちの中に、手をつないだり、腕を組んでいる人は私たち以外にいなかった。
突然羽鳥さんが、私の首元に顔を寄せて匂いを嗅いでくる。
「羽鳥さん?」
不快ではないけれど、慣れないし、恥ずかしかった。
「いい匂い。洗濯物かな、シャンプーかな?」
どう返したらいいのだろうか。
「羽鳥さんも、いい匂い、するよ……」
そう言うと、羽鳥さんは不思議そうな顔をしたあと、微笑んだ。
嘘ではない。保健室で、彼女が隣にいてくれた時、花のような匂いがした。
そんな彼女とのやりとりは、照れくさいような、恥ずかしいような気がするけれど、嬉しく思う私もいた。
私だったら嫌いな人に、わざわざ触れたいとは思わない。好きな人なら、思い浮かぶのはお母さんとお姉ちゃんだ。頭を撫でられたりすると嬉しい。手をつなぐと幸せな気持ちになる。
羽鳥さんにとって私がそんな相手なのかわからないけれど、少しでも彼女の役に立てるのなら我慢できた。
ただ加藤さんも私に触れていた。つい昨日までは加藤さんに首をつかまれたり、急かされながら登校していた。それは何か憎しみだとか愛情だとか、感情をともなうものではなくて、動物に対する調教のようなものだったように思う。
いつも私を迎えにきていた加藤さんは、今日は来なかった。いつもと違う時間に、遅れてくるかもしれないと心配だったけれど、いつまでも羽鳥さんを待たせるわけにはいかないので、不安な気持ちのまま家を出た。
「咲良さんのお母さん、若くて綺麗だね。いくつなの?」
「うん。今年で三十二歳」
「そうなんだ。お姉さんは?」
「三つ上で、もうすぐ十六歳。今、高校一年生」
「お姉さんも可愛いね」
「うん」
お母さんやお姉ちゃんのことをほめてもらえるのは嬉しかった。
お姉ちゃんは、本当は髪を伸ばした方がもっと可愛い。シャンプーがもったいないとか、乾かすのがめんどくさいからと、肩先まで髪が伸びると切ってしまう。私も髪を短くしたいけれど、「ハナちゃんはそのままでいいの」と、お姉ちゃんが怒るのでできなかった。
羽鳥さんが目を細めて微笑む。
「咲良さん、お姉さんにそっくり」
「え」
「咲良さんも高校生になったら、お姉さんみたいな感じになるのかな」
「私は、お姉ちゃんみたいに、可愛くないから……」
「咲良さんは可愛いよ」
「羽鳥さんの方が可愛いよ……」
それに羽鳥さんはおかしそうに笑った。
羽鳥さんが私の手を引いて、肩を寄せてくる。頬が触れ合いそうになった。間近に彼女の顔が迫って私は驚いた。彼女の琥珀色の瞳と目が合った。
「ねぇ、私もハナちゃんって呼んでいい?」
「え、うん……いいよ……」
断る理由がなかった。親しくなれた気がして嬉しかった。
「私のことは、エリザって呼んで。いつまでも『羽鳥さん』だと、よそよそしくて嫌だな」
「えっと、じゃあ、エリザさん……」
「それはもっと嫌」
「え、じゃあ、エリザちゃん」
それに羽鳥さん──エリザちゃんは嬉しそうに笑った。
* * *
私は教室の前にいた。
エリザちゃんと一緒にいることで気が紛れていたけれど、学校に近づくほど暗い気持ちがにじんできて、今は胸が張り裂けそうだった。
もう私は砂村さんにいじめられないで済むのだろうか。
エリザちゃんは守ってくれると言ってくれた。
その言葉を信じたいけれど、信じたいだけで、信じているわけではない。
下駄箱からは、本当はエリザちゃんのクラス、一組が近い。それなのにエリザちゃんは、わざわざ三組の前まで一緒に来てくれた。
ここからは一人だ。
「ありがとう……またね……」
これ以上、彼女を巻き込めない。
そう頭でわかっているのに、エリザちゃんの手を強く握ってしまった。
エリザちゃんはそんな私を無視して、教室のドアを開く。
別クラスの生徒が来たからか、一瞬、教室内の全員の視線がエリザちゃんと私に集まった。
その視線の中に砂村さんもいた。取り巻きと談笑していたようだけれど、表情がかたまり、私たちをじっと見ていた。
同時に私もその光景に息を呑んだ。
砂村さんの前に加藤さんが土下座していた。朝の挨拶をしているところだろうか。そして姫山さんがその背中を踏みつけている。
「おはよう、ダリアちゃん」
エリザちゃんがそれを気にした様子もなく、涼しげに言うと、砂村さんは眉を寄せて、険しい顔で笑う。
「おはよう、エリザ」
それからエリザちゃんは私の手を引いて教室の中に入る。
「ハナちゃんの席はどこ?」
「えっと……」
廊下から二列目、一番後ろが私の席。
「授業が始まるまでお喋りしよう」
「で、でも……」
砂村さんの視線がある。
エリザちゃんもそれにようやく気づいて、砂村さんに向かって微笑み返した。
静まり返っていた教室も、いつの間にかそれぞれの会話に戻っている。加藤さんは相変わらず砂村さんの前で土下座したままだった。砂村さんは私たちに視線を注いでいた。
それに私は生きた心地がしなかった。
私はエリザちゃんに促され、席に座る。エリザちゃんはその私の横に立って、私の肩に手を置いた。
「ねぇ、ハナちゃんって、スマホないんだよね」
「うん……でも今度、お姉ちゃんが機種変するから、お下がりでもらう予定……」
「そうなんだ。そしたら最初に私の連絡先登録してね」
「うん」
「もちろん、ハナちゃんのお母さんとお姉ちゃんの次でいいから」
「うん」
あとはエリザちゃんが一方的に話してくれた。私の受け答えはぎこちなかったと思うけれど、エリザちゃんは気を悪くした様子もなかった。
私は見ないようにしていたけれど、砂村さんの射るような視線を感じていた。加藤さんの様子も気になった。
予鈴が鳴る。
「じゃあ私、教室戻るね」
「うん……」
仕方ないことだけれど、心細かった。
「休み時間にまた来るから」
断るべきだと思った。こんなに優しくて良い人を巻き込んではいけないのに。けれどエリザちゃんがいれば私はいじめられないようだった。その理由も、今だけなのかもわからないけれど。
それにしても、どうしてエリザちゃんは、こんな私に優しくしてくれるのだろう。こんな卑怯者なのに。私は私が大嫌いになった。
* * *
一時間目の授業がおわった。
休み時間になると、砂村さんは私ではなく加藤さんをいじめ始めた。ほかのクラスの人はその変化を気にした様子もなく、すっかり慣れて教室で談笑している人たちもいた。
加藤さんが四つん這いになり、ブタの声で鳴いていた。砂村さんが笑っていた。
私はそれを見て、本当に私が解放されたことを実感した。
加藤さんは、砂村さんに命令されたとはいえ、私にひどいことをしてきた。だからか、彼女のことを憎いとは思っていないけれど、ただかわいそうとも思えなかった。私は彼女に対して何も思わなかった。
「ハナちゃん」
不意に名前を呼ばれた。私はその声に振り返る。教室の後ろのドアから、エリザちゃんが手招きしていた。
私は急いで席を立って、エリザちゃんのもとに向かう。ほとんど駆け寄ると、エリザちゃんが私の両手をつかみ、指を絡めて握ってきた。人に手を握られると、変な感覚がした。私じゃない誰かの感触。私より冷たい体温。それらが指の間から神経を伝ってくると、なんだかむずがゆい気持ちになった。
「ね、廊下に行こう」
「うん」
「別のクラスの教室って、ドキドキして落ち着かないんだよね」
「あの、それじゃあ、休み時間は、廊下で、話そっか……」
「そうだね。そうしよう」
エリザちゃんは嬉しそうに微笑む。
私たちは手をつないで教室を離れ、エリザちゃんに連れられて廊下を歩く。その私たちを見たほかの生徒は不思議そうな顔をしていた。二度見する人もいた。
やはり私たちは、周りからは変に見えるのかもしれない。
なんだか恥ずかしくなって、手を解こうとしたけれど、エリザちゃんに固く握られてできなかった。
廊下を過ぎて、階段にさしかかる。各階の階段の手前には片側に扉があった。火事が起きたらシャッターが降りて、その扉を通り抜けできるようだった。
私はエリザちゃんに、屋上前の階段に連れてこられた。エリザちゃんは階段に腰かけ、私はその前に立たされる。両手をつないで、私たちは向かいあった。
私は手をつなぐのは、なんだかあまり好きではない。それは周りから変な目で見られるからとかではなく、手汗をかいて、そのことをエリザちゃんに知られてしまうことが嫌だった。
エリザちゃんの手は冷たくて、そんな心配もなさそうだから、気軽に手をつないでくるのかもしれない。
私は正面から人の顔を見るのも苦手なので、視線を逸らす。それを咎めるように、エリザちゃんが私の手を引く。彼女の顔を見ると、琥珀色の瞳を細めて、微笑んでいた。
「ねぇ、ハナちゃんの誕生日はいつなの?」
「五月、三十日……」
「え、もうすぐだね!」
「うん……」
私は誕生日が嫌いだった。私の誕生日がというよりも、誕生日そのものが。
誕生日には、その人にプレゼントを贈らないといけない。私は小学生のころ、クラスの子に誕生日会に誘われたけれど、プレゼントを買うお金がなかった。お母さんに相談すれば、何か買ってくれたかもしれない。けれどお母さんに迷惑をかけるのが嫌で、私はその誘いを断った。
「咲良さんは私のことが嫌いだから来てくれないんだ」
その子は私から離れていった。ほかの子たちも同じだった。私は仕方のないことだと思ったけれど、どうしても誕生日というものが嫌いだった。
「ハナちゃんはケーキ好き? 何かほしいものはある?」
エリザちゃんが楽しそうに聞いてくる。
「いいよ……気にしなくて……」
「私が勝手にハナちゃんのこと、お祝いしたいだけだから」
「でも私、エリザちゃんのお誕生日に、お返しできない……」
「どうして?」
「お金が、ないから……」
それにエリザちゃんは微笑む。
「別にお金のかかるものじゃなくていいよ。私の誕生日には、何か手作りのもの。似顔絵でも、手紙でもいいよ。ハナちゃんのもの、何か一つちょうだい」
「……そんなものでいいの?」
「だからハナちゃんの誕生日は、私にもお祝いさせて」
「うん……」
私は嬉しくて泣きそうになった
「私も、お金のかかるものじゃなくていいから……」
エリザちゃんの手作りのものを、何か一つもらえるだけで嬉しい。
不意にエリザちゃんは私の前髪に指をかける。
「ヘアピンにしようかな。そうすれば、ハナちゃんの可愛い顔がよく見えるから」
「え、え……」
「前髪で隠れてもったいないよ」
「そんな、ことない……私、可愛くないし……」
「ハナちゃんは可愛いよ。本当だよ」
私は自分のことは可愛いと思わないけれど、お母さんやお姉ちゃん以外に、そう言ってもらえることはなんだか嬉しかった。
* * *
私はブタではなくなった。代わりに加藤さんがブタになった。
あの裸踊りも加藤さんがさせられていた。更衣室で裸にされた彼女は、泣きながら踊っていた。私は見ていられなかった。
休み時間になると、エリザちゃんが私を連れ出してくれる。私は加藤さんのことは忘れるようにした。
屋上前の階段や、昼休みには校舎の裏、私たちは隠れるように二人で過ごした。
エリザちゃんは私の髪や頬、手や指に触れてくる。少し悔しくなって、私も彼女の髪に触れてみた。波打つ黒髪は柔らかくて、ひんやりとして気持ちがよかった。
私がエリザちゃんの髪の中に手を入れると、彼女は嬉しそうに目を細めて体を寄せてくる。
私はなんだか夢を見ているような気持ちになった。
こんなふうに誰かに触れられたり、私から触れることなんて、ずっと小さい頃にお母さんやお姉ちゃんとしたぐらいだった。
ほんの少し前まで友達なんていなくて、昨日までブタだった私が、こんなふうに誰かと一緒にいることが信じられなかった。ずっと夢の中にいるような気分だった。
「ねぇ。今日、ハナちゃんの家に遊びにいってもいい?」
「いいけど、何もないよ?」
「ハナちゃんがいるよ」
どうしてそんなことを言ってくれるのか分からない。
私はエリザちゃんのことがよくわからなかった。仲良くしてくれるのは嬉しい。砂村さんから守ってくれたことも感謝している。スキンシップは苦手だけれど。
ただ彼女のことを友達と思っていいのかわからない。ただそのことを聞くのは怖くてできなかった。
* * *
私の部屋は、玄関からリビングを過ぎて、二つある部屋の左。私の部屋はお姉ちゃんと一緒だった。右はお母さんの寝室になっている。
部屋の中には本棚と勉強机と二段ベッド。本棚にはお姉ちゃんが小さい頃に読んでいた絵本や児童文学。私もそれを読んで育った。ベランダのガラス戸側に勉強机が一つある。共用で、お姉ちゃんが使っている時は、私は床やリビングで勉強をする。
何もない家に、何もない部屋。エリザちゃんを楽しませることができそうなものはなかった。
だからかエリザちゃんは二段ベッドの支柱に手をかけ、それに興味を示したようだった。
「ハナちゃんはどっち?」
「私は下段」
「そう」
お姉ちゃんはベッドの上段。私は梯子を登るのが怖かったので、下にしてもらった。
エリザちゃんがベッドの下段に腰かける。
「来て」
彼女は微笑んで、私に手を差し伸ばす。私はためらいながらも、彼女の手をとった。そのまま手を引かれて、私はベッドの上に倒される。その私の横にエリザちゃんも寝そべる。互いの体が触れ合う。ふと制服にシワができないか心配になった。
しかしすぐにほかのことに心を奪われた。私の目の前には彼女の顔があった。エリザちゃんは琥珀色の瞳を細めて、微笑みながら私を見ている。彼女がどんなことを、何を考えているのか少しも分からない。
私は、もし私の息が臭かったら彼女に失望されるのではないかと、そのことが怖くて仕方なかった。彼女に呼吸を知られたくなくて息を我慢した。
不意にエリザちゃんの腕が私の体の上にかぶせられた。
「ハナちゃんの匂いがいっぱいだ」
「え、そう……?」
そう言われるとなんだか恥ずかしかった。
エリザちゃんはうっとりと、まどろんだように微笑んだ。
「あの本は読みおわった?」
「え? あ、まだ……ごめん……」
「ううん。ハナちゃんのペースでいいよ」
あれから私も少し読み進めた
このことをエリザちゃんに言っていいのかわからないけれど、その物語に出てくる女の子が、どこかエリザちゃんに似ていた。彼女は主人公の少女が住むお城に預けられ、年齢の近い二人は親密になっていく。ただその様子が、互いの手に触れたり、頬にキスをしたりと、どこか異様だった。
この二人がこの先どうなっていくのか、私はまだ読んでいないのでわからない。もしかしたらエリザちゃんは、この本のような関係に憧れているのかもしれない。
「ねぇ、お姉さんとは、いつもどんなことして遊んでいるの?」
私の家に何も遊ぶものがないことが気になったのだろう。
「えっと、しりとりしたり、あと、にらめっこ。お姉ちゃん、にらめっこ、すごい強いんだ。だけど私も負けないよ」
お姉ちゃんは私と違って友達がたくさんいる。その友達の間で、変な顔をして写真や動画を撮るのが流行っているらしい。その練習を二人でしたことがあった。
「えぇ、気になる。ハナちゃん、にらめっこしよ」
「え、え」
私はエリザちゃんとにらめっこするのが恥ずかしかった。それにエリザちゃんが変な顔をするのが想像できない。どのぐらい本気を出していいか迷った。
エリザちゃんが体を起こす。私たちは向かい合うように座った。
「にらめっこしましょ、笑ったら負けよ、あっぷっぷー」
「え、まって──」
エリザちゃんは眉をあげて、目を真ん中に寄せると、唇をすぼめる。
エリザちゃんがそんな顔をするとは思わなかったので、私はどうしたらいいか分からず、その顔をじっと見ていた。
私がいつまで経っても何もしないのに、エリザちゃんはもとの可愛い顔に戻して、眉を寄せて怒ったように言う。
「もう、ハナちゃんずるい! 私だけ!」
「ご、ごめんなさい……」
「罰ゲーム。ハナちゃんだけ、変な顔して」
「わかった……」
私はお姉ちゃんに教えてもらった変顔をする。
白目をむいて口角を下げ、舌を片側に出して、鼻の穴を広げた。
それにエリザちゃんは、ひぇっと、甲高い声をあげた。聞いたこともない声に私は変顔をやめて彼女を見ると、お腹を抱えて笑っていた。かすれたような息を吐き、引きつったように体をふるわせていた。
「まって……やばい……ハナちゃん……それ、やばい……」
エリザちゃんは息ができない様子で、必死に息を吸い込もうとして、苦しそうにうめいていた。
「エリザちゃん、平気……?」
このまま窒息死してしまうのではないのかと、心配になった。
しばらくしてエリザちゃんは体を起こすと、まだ息苦しそうで、涙目になっていた。それを拭いながら私を見る。
「あぁ、苦しい……私、こんなに笑ったの初めて……」
エリザちゃんは楽しそうだったけれど、私としては恥ずかしくて、あまり嬉しくなかった。
不意に私の方に飛び込んで、抱きついてきた。私の肩にその頭を乗せて、力強く抱きしめてくる。彼女の絶え絶えな、生温かい息が首に触れた。
しばらくそうしていると、エリザちゃんの呼吸も落ち着いてくる。
エリザちゃんが体を離した。
「ハナちゃん、すごい、面白い」
彼女の潤んだ目に、私はどきりとした。私も彼女の影響か、少し変な気分になった。彼女の唇に目を奪われた。三日月のように笑う彼女の口から、彼女の犬歯の先がちらりと見えた。
「ねぇ、ハナちゃんのお姉さんは、何時ごろに帰ってくるの?」
「あ、たぶんもうすぐ……高校、近くだから……」
「部活とかしてないんだ」
「うん。ただ今度、アルバイトするって」
「そうなんだ」
「ただ私が一人で留守番することになるから、お母さんが反対してて。そのことで、二人が喧嘩してて、すごく嫌だったけど……」
エリザちゃんはじっと私を見つめていた。私はしゃべるのが遅いので、それを待ってくれているようだった。
「だけど私も中学生になったし、もう一人で平気だから、お姉ちゃんには好きなことしてほしい……」
お姉ちゃんにはいつも私のことで我慢させてきた。お母さんにも心配させてしまった。
「お母さんは、今はお仕事?」
「うん。スーパーで……」
お母さんはそれ以外にもいくつかパートをかけもちしていて、週に一日ぐらいしか休みがない。朝早い時、夜遅い時もあった。最近は安定して同じスーパーで働いている。
「私も早く大きくなって、働いて、お母さんの力になりたい……」
「お姉ちゃんがアルバイトしたいのも、家族のため?」
「うん。だけどお姉ちゃんには、自分のためにお金をつかってほしい……」
「そう。素敵な家族だね」
エリザちゃんが私に体を預ける。私の頬にエリザちゃんの髪が触れた。彼女の髪から甘い香りがした。
「うん。私、お母さんとお姉ちゃんが大好き」
「いいな」
「エリザちゃんの、家族は?」
そう口にしてから、踏み込んで聞いてもいいのか迷った。
エリザちゃんは顔をあげる。いつもの微笑みを浮かべていた。
「私の家族も素敵な家族だよ」
「そう、なんだ……」
どう返せばいいかわからなかった。これ以上聞いていいのかも。
* * *
夕方になるとお姉ちゃんが帰ってきた。お母さんが帰ってくるのはまだ先。
私は玄関まで迎えに行く。それにエリザちゃんもついてきた。
「お姉ちゃん、おかえり」
「ただいま──」
お姉ちゃんは買い物袋を提げていた。私はそれを受け取る。お母さんの働いているスーパーで買ってきた、夕飯の材料が入っている。そこで買い物すれば少しだけ割り引きされる。
「あ、エリザちゃん、遊びにきてくれたんだ」
「はい、お邪魔しています」
「なにもなくてごめんね」
「いいえ。ハナちゃんがいるから」
そう言ってエリザちゃんは私の肩に頭をのせる。
お姉ちゃんの前でやめてほしいけれど、突き放すわけにもいかなかった。
「二人、仲良いねぇ」
「はい」
お姉ちゃんがにっこりと笑って、嬉しそうに私たちを見ていた。
私に友達がいることでお姉ちゃんが嬉しいのなら、私は我慢することにした。
「ハナちゃん、これから夕飯の準備するけど──」
「あ、それじゃ私、帰りますね」
それにエリザちゃんが私の肩から離れた。
「あ、待って。エリザちゃんも夕飯、うちで食べていったら?」
「え、でも」
「明日の分も作り置きしようと思って、ちょっと多めに食材買ってきたんだよね」
エリザちゃんは私の顔をうかがうように見る。どうしたらいいか困っているようだった。
私はエリザちゃんに助けてもらった。今でも彼女に支えてもらっている。少しでも恩返しがしたかった。
「エリザちゃん、一緒に食べよう。お姉ちゃんの料理、すっごく美味しいんだよ」
それにエリザちゃんは笑顔になり、お姉ちゃんを見る。
「嬉しい。いいんですか?」
「全然いいよ。でも、エリザちゃんの親御さんは平気かな?」
「私の家、ほとんど親がいないから平気です」
「ええ? ご飯とかどうしてるの?」
「自分で買って食べてます」
さっきエリザちゃんは、自分の家族も素敵な家族だと言った。それなのに今はどこか冷たく家族のことを話す彼女に、私は違和感を覚えた。
お姉ちゃんは気にした様子もなかった。
「それなら、うちで食べていっても平気だね」
「はい。楽しみ」
それから私たちはリビングのテーブルの上に、まな板やボール、調味料や、お姉ちゃんの買ってきた食材を広げる。
「今日はハンバーグをつくるよ!」
「ほんと? 私、お姉ちゃんのハンバーグ大好き」
それにエリザちゃんは不思議そうに目を見開いていた。
「ハンバーグって、つくれるの?」
それにお姉ちゃんが笑う。
「つくれるよー。意外と簡単なんだよ」
「お姉ちゃん、料理上手なの。お母さんのご飯も好きだけど、お姉ちゃんのも好き」
「でも最初の頃はハナちゃんね、お姉ちゃんのご飯不味い! 嫌い! って言ってたんだよ」
「だって、それは……」
「本当に不味かったからしょうがないんだけどね。それで頑張って、お母さんの味を再現できるようになったんだ」
せっかくお姉ちゃんがつくってくれたのに、初めのころはひどいことを言ってしまった。何度か喧嘩したこともあった。
それでもお姉ちゃんはそんな私のために、中学生でテストとか勉強が忙しかったはずなのに、美味しい料理をつくってくれた。
私はお姉ちゃんが大好きだ。
いつもはお母さんの帰りが遅いから、私とお姉ちゃんの二人で料理をつくる。ただ私にできることはほとんどないけれど。それでも今日はエリザちゃんも加わって、三人で料理をつくるのがなんだか楽しみだった。
「ハナちゃん、玉ねぎの皮むいといて」
「うん!」
私は包丁で切ることはできないけれど、お姉ちゃんの手伝いで皮むきや計量はできる。今日はないけれど、ニンジンとか大根があれば、ピーラーで、もう少し私も活躍できた。
「エリザちゃんはパックの挽肉をボールに入れて」
「はい」
エリザちゃんはパックのラップを剥がそうとして、ラップの重なっている部分がわからなくて、少し苦戦しているようだった。諦めたらしく、表からビリビリに破って、ボールの中に挽肉を入れた。その間に私も玉ねぎの皮をむきおわった。
「お姉ちゃん、次は?」
「じゃあ次は、食パンを一切れ、エリザちゃんと一緒に小さくちぎって」
「うん!」
私は一切れの食パンを半分にして、エリザちゃんにわたす。
「大きさって、このぐらい?」
エリザちゃんは指でちぎったパン切れをお姉ちゃんに見せる。
「もっと小さくていいよ」
エリザちゃんがちぎったものは大きさがまばらだった。
「どうしてパンを入れるの?」
不意にエリザちゃんに聞かれて、私はうまく答えられる自信がなかった。
「お姉ちゃん、どうして?」
お姉ちゃんは玉ねぎをみじん切りにして、涙目になっていた。
「え、わかんない。なんかその方が美味しいし。カサ増しかな? あ、違う。なんか肉汁とか水分とか、逃げないようにする、つなぎってやつだったと思う」
「へぇ」
ボールの中にお姉ちゃんがみじん切りにした玉ねぎを入れる。私はその隙に、塩をひとつまみと、牛乳を少し入れる。
「お、ハナちゃん、わかってるね」
私はお姉ちゃんにほめられて嬉しかった。
そこでお姉ちゃんが片手で卵を割る。
それにエリザちゃんは大きく目を見開いて、はしゃいでいた。
「えー、すごい、すごい!」
「そんなことないよ。こう、片手で卵をもって、ヒビを入れたら、割る時に、中指と薬指の間を開くの」
「えぇ、できない、無理!」
私はエリザちゃんが意外と不器用なことに気づいた。私も卵を片手で割れないけれど。
私は彼女の弱点を見つけられたような気がして、変だけれど少し嬉しかった。
* * *
テーブルの上には、ハンバーグとレタスサラダ、それとインスタントのオニオンスープ。サラダは私とエリザちゃんがつくった。手でちぎっただけで、つくったといっていいのかわからないけれど。ただミニトマトは私が切って乗せた。私が包丁で一つ切るたびに、エリザちゃんが「きゃっ」と声を漏らしていた。
それから電子レンジで温めた、今朝の残りの白ご飯を盛る。いつもは三人で食事をしているけれど、お茶碗とお皿が四人分あって、エリザちゃんの分もあってよかった。
「それじゃ先に食べちゃおうか」
時間によっては、お母さんの帰りを待ったり待たなかったり。私は一緒に食べる方が好きだった。ただお姉ちゃんも疲れてるだろうし、お腹が減ってもいるだろうから、私はそのことを言わない。それに今日はエリザちゃんもいるから、あまり遅くなると彼女に迷惑をかけてしまう。
夕食の準備ができたので、私とエリザちゃんはお姉ちゃんと向かい合うように座った。
「いただきます」
ハンバーグにはケチャップとウスターソースを混ぜたソースがかかっている。そのブレンドはお姉ちゃんに任せている。私がやるよりお姉ちゃんがやった方がはるかに美味しい。
エリザちゃんが目をきらめかせながら、ハンバーグに箸を突き立てて、押し開くように割る。私はその彼女の箸の持ち方が少し気になった。逆手で握るようにして箸を持っていた。
ただそれよりも、私は自分が食べることよりも、ハンバーグを食べて彼女がどう反応するのか気になった。エリザちゃんは私とお姉ちゃんが見ていることに気づいていない様子で、その小さな口に切ったのを運ぶ。
「あふい」
そう言うと、口の中に空気を出し入れして冷ましていた。
ようやく冷めたのか、かみ始める。
「ん! 美味しい!」
「よかったぁ」
お姉ちゃんが嬉しそうに笑った。私も嬉しかった。
エリザちゃんはお世辞ではなく本当に美味しいと思ってくれている様子で、次々と食べていく。ただ猫舌らしく、息を吹きかけて冷ましながらだった。
「美味しい、こんな美味しいの初めて!」
「おおげさだよぉ」
そう言いながらも、お姉ちゃんは自慢げだった。
「私もお姉ちゃんの料理、世界で一番美味しいと思う」
「お母さんのより?」
「あ、えっと……」
「冗談だよ。ありがとう」
冷ましながら食べているはずなのに、一番最初に食べ終わったのはエリザちゃんだった。
「おかわりいる?」
「え、いいんですか?」
エリザちゃんは口では遠慮がちだったが、嬉しそうな顔をしていた。
「多めにつくったから」
「ありがとうございます!」
本当は明日の朝食の分なのだけれど、エリザちゃんが喜んでいるので、私の分を減らせば平気だろう。
* * *
お姉ちゃんとエリザちゃんは楽しそうにおしゃべりしていた。
私よりお姉ちゃんと話す方が楽しそうで、私は少しさびしい気持ちになった。加藤さんも、私よりお姉ちゃんと話している時の方が楽しそうだった。それは当然のことで仕方ないのだけれど。
「エリザちゃん、私たちと小学校ちがうよね? ハナちゃんの学年にいなかった気がする」
「はい、ハナちゃんとは中学になってからです」
「仲良くしてくれてありがとう。クラスも一緒なの?」
「残念ながら別のクラスなんです。でも休み時間とか、よく一緒にいるよね?」
エリザちゃんが私を見て微笑む。
「うん……」
お姉ちゃんに見えない、テーブルの下で、エリザちゃんは私の手を握ってきた。
「あ、そろそろ遅いから、帰ろうかな」
「あ、それじゃ送ってくよ」
お姉ちゃんが立った。
ちょうどエリザちゃんが帰ろうとしたとき、お母さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
私はお母さんに駆け寄る。それにエリザちゃんもついてきた。
「お邪魔しています」
エリザちゃんがお母さんにお辞儀した。エリザちゃんが来ていることに、お母さんも嬉しそうだった。
「あ、エリザちゃんだっけ? 遊びにきてくれたんだ」
「はい。お姉さんの料理、ご馳走になりました」
「どうだった? お姉ちゃんの料理」
「すごく美味しかったです! こんなに美味しいの初めて食べました」
「よかった」
私はお母さんの持っていた買い物袋を受け取る。お母さんのパート先の、お惣菜の残りや、明日の朝の食材が入っていた。
「それでは、私は帰りますね」
「そう、遅いもんね。またいつでも遊びに来てね」
「はい、ぜひ」
お母さんと入れ替わる形で、エリザちゃんは玄関の外に出る。
それを私とお姉ちゃんは見送る。お姉ちゃんがエリザちゃんに言う。
「もう遅いし、送っていくよ」
「ありがとうございます。家、近いので平気です」
「そう。またいつでも遊びにきてね」
「はい、ありがとうございます」
エリザちゃんがにっこり笑う。
「ハナちゃん、また明日ね」
「うん、また明日」
急にエリザちゃんが顔を近づけてきた。私は突然のことに何も反応できなかった。キスされるかと思ったが、抱きしめられただけだった。
少しして、エリザちゃんが体を離す。
「ばいばい」
「ばいばい……」
エリザちゃんは、どこか頼りなげな照明に切り取られた、さびしげな外廊下の向こうに消えていく。
私たちはその背中が見えなくなるまで見送った。
家に戻ろうとした時、お姉ちゃんがぽつりと言った。
「あの子、ちょっと心配」
「え? どうして?」
「なんとなく。親に虐待とかされてないかなって」
「え──」
そこでお姉ちゃんは慌てる。
「ごめん、変なこと言った。気にしないで」
そしてお姉ちゃんは私の肩に手を置く。
「エリザちゃん、いい子だから。ハナちゃん、仲良くしてあげてね」
「うん」
どうしてお姉ちゃんがそんなことを思ったのか分からないけれど。エリザちゃんにどう聞いたらいいかも分からない。
ただ私はこれからも、エリザちゃんと友達でいたい。
それは砂村さんが怖いからだけじゃなく、彼女と仲良くなれたことが嬉しかったから。
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