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煉獄篇
第5話「私の体は冷たく生きたまま死んでいく」
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翌日、いつものようにエリザちゃんが私のことを迎えに来た。
「おはようございます」
「おはよう、エリザちゃん」
怪我をしている私の代わりに、お姉ちゃんがエリザちゃんを出迎える。
「おはよう、ハナちゃん」
エリザちゃんが家の中に入ってくる。そしていつものように微笑む。私は喉が引きつって声が出なかった。
私は彼女のことが怖かった。ただ彼女は、昨日あれだけのことをしたのに、何事もなかったようにいつも通りだった。きっと昨日のことは何かの悪夢だったのかもしれない。
ただ今でも残る私の中の痛みが、あれは夢なんかじゃない、本当にあったことだと、うずくたびに私に告げてくる。
「昨日はありがとね」
「いいえ。お役に立てて嬉しかったです」
私はあのあと、エリザちゃんたちに送られて家に帰った。
先に帰っていたお姉ちゃんが私たちを出迎えてくれた。エリザちゃんはお姉ちゃんに、私が階段から落ちて怪我をしたこと、彼女が送って帰ることを連絡していた。
何も知らないお姉ちゃんは、そのエリザちゃんに感謝していた。
「エリザちゃん、ありがとう。ハナちゃんのこと、送ってもらっちゃって」
「いいえ。当然のことですから。ね?」
「ハナちゃん、怪我は平気?」
「うん……」
私はお姉ちゃんの顔を見ることができなかった。私が本当は何をされたか、そんなこと話せるわけがない。私がいじめられていたなんて知ったら、お姉ちゃんもお母さんも悲しむ。それにもし私が誰かに話したら、あの砂村さんさえも怯えさせるエリザちゃんが、いったい何をするかわからなくて怖い。
それからお姉ちゃんが砂村さんと姫山さんに気づいた。私の荷物は砂村さんが持ってくれていた。
「あなたたちも、ありがとう」
「いえ……」
「えっと、お名前は」
「ダリアちゃんとマリーちゃん。私の友達です。ハナちゃんと同じクラスだから、何かあったら彼女たちがいるので安心してください」
「二人ともありがとう。よかったね、ハナちゃん」
「うん……」
「それじゃ私たちは、もう遅いので帰りますね。ハナちゃん、また明日」
いつもどおりに笑うエリザちゃんと、砂村さんと姫山さんは帰っていった。私はそのまま怪我を理由に、夕飯も食べず、お風呂にも入らず、ベッドに潜り込んだ。お姉ちゃんやお母さんに聞こえないように、込み上げてくる涙と声を必死に堪えた。それが昨日の最後の記憶。
今朝、お姉ちゃんやお母さんより先に起きてシャワーを浴びた。
昨日のことなんてなくて、ただの悪夢であってほしい。思い出したくない、忘れたい、なかったことにしたい。そう思っても、私の体には階段から落ちた時の怪我と、エリザちゃんに刺された股の間に血の跡があった。血の跡は洗い流せたけれども、腕や胸、お腹にできた内出血の跡は消えなかった。このままずっと残ったら──別にいいか。
私を階段から突き落としたのはエリザちゃんだと思う。私が階段から落ちたあと、一日中探しても見つからなかった彼女が、偶然、あんなに都合よく現れたのはおかしい。階段の手前には防火戸がある。その影に隠れていれば、加藤さんを必死に追いかけていた私は、そこにエリザちゃんがいることに気づきもしないだろう。実際にそうだったのだから。きっとエリザちゃんは砂村さんを通して、加藤さんを使って私を誘い出したのだ。
何のため。私を傷つけるため。私のことが嫌いだからこんなことをするんだ。
だからといって、そこまでするのか、とは思わなかった。エリザちゃんはそこまでするに違いない。
もっと早くそのことに気づいていれば──本当はなんとなく気づいてはいたけれど、もし彼女のことを疑っていれば、あんなことにはならなかったのに。
そこまで思って、涙が出てきた。
彼女と友達になれたことが本当に嬉しかった。お母さんとお姉ちゃんと一緒にご飯を食べて、もう一人家族が増えたみたいで楽しかった。
だけどエリザちゃんはそうじゃなかったの──
「怪我はもう平気?」
不意にエリザちゃんに話しかけられ、私は椅子から転げ落ちそうになった。それにエリザちゃんが心配そうに、しらじらしく言う。
「もう、気をつけてね。また怪我したら大変だよ」
そこでお母さんがエリザちゃんに話しかける。
「ねぇ、エリザちゃんも今度から、うちで朝ご飯食べていく?」
「いいんですか? 嬉しい。私、お姉さんの料理も好きだけど、お母さんの料理も大好きなんです」
エリザちゃんはいつものように微笑み、いつものようにお母さんやお姉ちゃんと談笑していた。
私だけが痛みの中にあった。私だけがいつもと違っていた。私だけがおかしくて、世界はどこまでもいつもどおりだった。
* * *
教室では相変わらず加藤さんがブタだった。
砂村さんも昨日のことなどなかったかのようにいつもどおりだった。ただその暴力性が増したように思えた。私がブタのとき、直接殴ったり蹴ったりしてくることはなかった。加藤さんに対してもそうだったかは、見ないように、関わらないようにしてきたから、どうだったのかはよく知らない。だから砂村さんが加藤さんを殴ったり蹴ったりしているのは普通のことなのかもしれない。
休み時間になると、いつものように私とエリザちゃんは二人きりで過ごした。
施錠された屋上の扉の前のスペースで、物陰に隠れるようにして、エリザちゃんは私の手を握り、体を寄せてきた。
以前はエリザちゃんに抱きしめられたり、手を握られたり、その程度のことだったけれど。昨日の放課後から、私たちは恋人同士になった。
「ハナちゃん、好きだよ。大好き」
私が答えないでいると、エリザちゃんは不満そうな顔をして、私の手の甲をつねる。
「痛いっ……」
「ハナちゃん。ハナちゃんは私のこと好きじゃないの?」
「好きです……」
「よかった」
エリザちゃんはにっこりと笑う。
好きなのに、どうしてこんなことをするのだろう。嫌いだからこんなことをするのに、どうして恋人のふりをさせるのだろう。恋人同士について詳しいことは知らないけれど、お互いに好きだから付き合うことは知っている。
私のことが嫌いなのに。嫌い同士なのに。優しく微笑むエリザちゃんが不思議で、私は彼女の顔をぼんやりと見ていた。
不意に、エリザちゃんの顔が息のかかる距離まで近づいてきた。彼女はためらいなく唇を重ねてくる。唇の柔らかさよりも、コツンと当たった前歯の感触に私は驚いた。痛くはないけれど、その小さな響きは骨を伝わって、私の頭の中を揺らした。
エリザちゃんは唇を重ねたまま、私の唇を割って、舌を差し入れてくる。その生温い濡れた質感と、這うように歯茎を撫でる感触が、私は気持ち悪かった。
私は歯を閉じて、その先があるのならそれを拒む。
「ん、ハナちゃんの唇、甘い味がする」
エリザちゃんが唇を離し、うっとりと微笑んだ。
キスの味。そんなものは考えたこともなかった。エリザちゃんは何の味もしないような、少ししょっぱいような、美味しいともなんとも思わない味だった。
それからまた私たちはキスをした。
休み時間がおわるまでそれは続いた。
* * *
校舎の裏、昨日の雨にまだぬかるんだ地面。湿った土の匂い。エリザちゃんの匂い。
昼休みになると、時間に余裕があるからか、エリザちゃんはもっといろんなことを求めてきた。
エリザちゃんはキスをしたまま、私のブレザーのボタンを外して、ブラウスの上から胸に触れてくる。
階段に落ちた時にぶつけた打ち身が痛かった。エリザちゃんはもうそのことを忘れているのか、私が痛がったり嫌がっても、少しも気にするそぶりはなかった。きっと覚えていても、私のことなど気にしていないのかもしれない。
不意に、エリザちゃんの指が胸の先を擦った時、ひりつくような別の痛みに私の体は引きつった。
「ん、んん……」
痛いような、むず痒いような、不快な感覚だった。
思わず開いてしまった歯の間に、彼女の舌が侵入し、私の舌を絡めとろうとする。これがずっと彼女が試みていたことのようだった。
私の口の中に、熱く硬い弾力のある、意思をもって動く、何か別の生き物を捩じ込まれたような気分だった。
彼女の細い指を綺麗だと思った。小さな唇を可愛いと思った。それなのに彼女の外側にあって、自分以外のものに触れる部分は、それぞれ独立して獲物を捕らえる、別の生き物のように思えた。それぞれの意思をもった別々の生物が合わさって、羽鳥英梨沙という一つの生物のようにふるまっているような、おぞましい幻覚が見えた。
しばらくしてエリザちゃんは満足したのか、唇を離す。唾液で、あごの先まで濡れていた琥珀色の瞳は、楽しげに細められていた。
「脱がすね」
キスだけでおわらないことはわかっていたけれど──エリザちゃんの指が、私のブラウスのボタンを外していく。
「やだ……やめて……」
私がそう懇願しても、彼女の指は止まらなかった
首元だけリボンタイで閉じられて、そこから下をはだけられた。さらにインナーに着ているキャミソールをへその上までまくられる。
彼女の手のひらが、私のお腹に触れた。氷のように冷たい彼女の手が、そのときは焼けるように熱く感じた。
とにかく私は怖かった。
その手は私の体をなぞって、キャミソールの中に侵入し、直接私の胸へと触れる。
それに鳥肌が立つような、あの寒気が這い上がってくる感覚がした。不安にお腹の中が、きりきりと締めつけられるように痛んだ。
エリザちゃんの手は、指は、私の胸の先に触れる。さっき以上の痛みが走った。私はスカートの裾を掴んで必死に我慢する。
滲んだ視界の中で、エリザちゃんは微笑んでいた。彼女にとって着せ替え人形をもてあそぶのと、私をいたぶるのは、何も変わらないのかもしれない。
私にできることは、このまま我慢して、時間が経つのを待つだけ──
「ねぇ、ハナちゃんも触って」
不意にエリザちゃんにそう言われて、私はどうしたらいいのかわからなかった。
エリザちゃんは自分のブレザーとブラウスのボタンを外し、前をはだける。白いレースのブラジャーと、彼女の滑らかな肌と、縦長のヘソが露わになった。
エリザちゃんは私の手を取ると、自分の胸に当てる。しっとりと汗ばんでいて、生温かった。
「ハナちゃんと同じぐらいの大きさでしょ」
彼女はブラをつけているけれど、ほとんど乳房はなかった。柔らかいというよりも、硬いと思った。
「触ってみて」
エリザちゃんが顔を寄せて、息を吹きかけるように言った。
私は正解がわからなかったので、エリザちゃんがしたように、彼女の胸を下着越しに撫でた。
「あ、ん──」
エリザちゃんの口から甘い吐息が漏れる
私は彼女の感触、温度に、むず痒いような、不安な気持ちになった。
「いいよ、ハナちゃん……」
エリザちゃんは頬が触れ合いそうなほど、顔を近づける。彼女の呼吸が熱かった。その熱のせいか、私の頬も熱くなる。
とろんとしたエリザちゃんの瞳。いつもの微笑みも、どこか熱っぽかった。
「ここも──」
エリザちゃんは私の手を取り、そのまま彼女の股の間に誘い入れた。指先に、彼女の下着の布の感触、湿り気と、その奥にある熱を感じた。
それに私は思わず彼女の手を振り払った。
エリザちゃんの顔から表情が消える。じっと私の目を見ていた。私は怖くて、体が震えた。
その時、予鈴が鳴った。昼休みが終わる五分前。
「残念。もっとしたかったな」
エリザちゃんは何事もなかったかのように微笑んだ。
私はエリザちゃんがボタンを留め直し始めたのを見て、やっと解放されたことがわかり、急いで服を直す。
「続きは放課後、ハナちゃんの家でしようか」
そうなることは、別に意外でもなかった。ただ心が暗く沈んで、気分が重くなるのを感じた。
* * *
エリザちゃんの顔を見るだけで、いつもの優しげな微笑みを見るだけで、私はあのときのことを思い出す。
座っていても、歩いていても、私の中に痛みが残っている。その痛みがうずくたびに、私は本当にあったことなのだと思い知らされた。
エリザちゃんが怖い。逆らったら、また砂村さんに私をいじめさせるだろう。従っても、私に痛いことを、ひどいことをする。
彼女が私のことを飽きてくれるまで、私は我慢するしかなかった。
どうしてこんなことをするのか。エリザちゃんは私のことを好きだと言う。
ただ私はその言葉を、信じることはできなかった。好きな人にあんなことをするとは思えない。エリザちゃんは、本当は私のことが嫌いだから、あんなことをするし、できるのだろう。
もしエリザちゃんに好かれることができたら、また私に優しくしてくれるだろうか。それか、もう私に構わないでいてくれるだろうか。
そしてこの痛みが消えたら、その前の私に戻ることができるだろうか。
「どうして私なの?」
エリザちゃんと手をつなぎながら、教室に戻る途中、私は思わず聞いてしまった。
「ハナちゃんのことが好きだからだよ」
エリザちゃんは微笑む。そんな言葉はもう信じられない。
それに私が知りたいことは、どうして私が選ばれたのか、だった。しかしうまく意図が伝わらなかったようだ。ただどう言い直せばいいか思いつかなかった。
「いつから?」
質問を変えてみた。いつから私に目をつけていたのか、いつ私を選んだのか。知ったところで、今さら意味があるとは思えないけれど、せめて知りたかった。
本当は、私じゃなくて、ほかの人じゃダメだったのか──そんなことも思った。その可能性を探りたかった。
「初めて会った時から。図書室で、ハナちゃんを見たとき、私、すぐにあなたのことが好きになったの」
「なんで……?」
そこからエリザちゃんは楽しげに、熱っぽく、せきとめていた川の水が一気にあふれる出すように、一方的に話し始めた。
「ハナちゃん──咲良花奈ちゃん。私、あなたがあの本に指をかけているのを見たとき、私はあなたにときめいてしまったの。あなたがあの本を借りるわけではなく戻しているところだというのはわかっていたわ。だってその日、私が返した本だから。あなたが図書委員だということも知っていた。だけど私はあなたもあの本を読んでくれたのなら、私と同じように感じてくれたら嬉しい、そんなことを望んでしまったの。あなたのことはよく知らない。それでもあなたを見ていると、物静かで、弱々しくて、守ってあげたい。もしあなたと親しくなれたら素敵だな、私はそんなことを思ったの。仲良くなりたいなって。だから声をかけた。あなたとすれ違うたび、言葉を交わすたび、私の中に想いが募っていったんだ。私の中にそんな想いが、感情が残っていたなんて思わなかった。ずっとこの三年間、誰にも、ダリアちゃんにもマリーちゃんにも抱かなかったのに。不思議だった。嬉しかった。きっとどこまでも切り削ぐことで、私の中に真実の愛が形作られたんだ。その愛はあなたに向いていた。愛を拒み続けた私だからこそ、気づくことができた。私はあなたを愛している。あなたも私を愛してくれたら、きっと私の世界はもっと素敵なものになるだろう。親友のダリアちゃんとマリーちゃん、私たちは仲良し三人組。そして恋人のハナちゃんがいれば、こんなに素敵なことはないって」
私はエリザちゃんの言っていることが何もわからなかった。彼女が普通に話しかけて、仲良くしてくれるだけで私は嬉しかった。廊下ですれ違った時に言葉を交わすだけで、二人で下駄箱から教室に向かうだけの道のりだけでも私は楽しかった。それなのに、今までのような関係では駄目だったのか。
昨日の放課後、エリザちゃんが砂村さんと話していたこと。砂村さんを使ってまで、加藤さんを引き離して私を孤立させたのはエリザちゃん。もともと友達なんていなかった私なんかを、そこまで追い込む必要があったのだろうか。そんなことをしなくても、私はエリザちゃんのことを好きになったはずだった。それじゃ駄目だったのか。
私はエリザちゃんが私のことを嫌いだからあんなことをする、そう思っていたけれど、それさえもわからなくなってきた。一方的に話し続けるエリザちゃんは、とても楽しそうで、私への憎しみの欠片も感じられなかった。
どうしてそんな楽しそうな笑顔で、私の心を踏みにじり、引き裂くことができるの。
「ハナちゃんは私のこと、好き?」
不意にエリザちゃんが聞いてくる。その質問は、まるで一つしか選択肢のないマークシートに、わざわざ解答させられるようなものだった。こんなのは質問でも、ましてや会話ですらない。
「好き……」
私にはそれ以外の回答は許されない。もしも彼女を拒絶したら何をされるか。つねられたり、殴られたり、暴力ならまだいい。もしかしたら砂村さんを使って、私のことを死ぬまで追い詰めるかもしれない。
私が恐怖からそう答えたことをわかっているはずなのに、エリザちゃんは何か大切なものを抱くように、胸に手を当てて、嬉しそうに微笑む。
「私もハナちゃんが大好きだよ」
私は彼女のことが何も理解できない。
* * *
放課後、私はエリザちゃんと手をつないで、いつものように家に帰る。
手をつなぐだけで鳥肌が立った。
その手が、指が、私を傷つけ、痛みを残した。その痛みが私から何かを奪った痕ということは、それが何かはわからなくてもわかっていた。
それがエリザちゃんのいう恋人の証なら、私はこの先、誰とも愛し合うかとができないのかもしれない。
私が誰かを好きになること、誰かが私を好きになること、想像もつかない、したこともなかったけれど。それがエリザちゃんではないことは確かだった。
私はエリザちゃんが怖い。嫌い。どうして友達のままでいられなかったの。どうして私を騙し続けてくれなかったの。
それなのに平然としている、私と手をつなぐエリザちゃんが、私は大嫌いだ。
今日、その私たちの後ろを、砂村さんと姫山さんがついてきていた。
意外だったのは、エリザちゃんが姫山さん──姫山鞠依を仲良し三人組の一人に数えたこと。エリザちゃんは砂村さんのことを親友と呼び、確かに二人は親しいようだった。ただ姫山さんは、つい先月まで砂村さんによってブタにされていた。もしかしたら姫山さんがブタにされたのも、エリザちゃんがそう望んだ、今の私と同じような理由だったのかもしれない。
「コンビニ寄ってこう」
不意にエリザちゃんが言った。
それに砂村さんが同意する。
「そうね。飲み物とお菓子買いたいわ」
「ハナちゃんは何かほしいものある? 私が買ってあげるよ」
「え──」
私は嫌な予感がした。
エリザちゃんの家がどこかは知らない。砂村さんや姫山さんの家も。ただ二人の口ぶりから、このまま一緒に遊ぶつもりなのがわかった。
もし砂村さんと姫山さんの二人が一緒なら、エリザちゃんに変なことをされないだろうか。そうとは限らない。むしろ気にしないか、もっとひどいことをされるかもしれない。昨日私がエリザちゃんに襲われたとき、この二人もそばにいた。それ以上に彼女に協力した。
私は体の奥から冷たくなっていくのを感じた。つないだ手に、嫌な汗をかいているのがわかった。
コンビニに入ると、エリザちゃんはぴったりと私の腕に抱きついてくる。彼女は楽しげな様子だった。
「ハナちゃん、どれにする? 二人で交換しよう」
飲み物を選ぶだけで、彼女ははしゃいでいた。
「ハナちゃんのうちで飲む麦茶おいしいよね。でもせっかくだからお茶以外のにする? イチゴ牛乳とか美味しそう。ハナちゃん、甘いもの好き? 私は甘いのも甘くないのも平気だよ。ハナちゃんの好きな物を教えて」
エリザちゃんは優しくて気がきく、そう思っていた。ただその優しさも、気づかいも、今では演技めいた、人間のふりをしている別の何かのように感じられた。
私が答えなくても、エリザちゃんは楽しそうに、一方的に続ける。
「夕方にはお姉さんも帰ってくるし、そのあと夕飯だよね。お腹空いてないともったいないから、お菓子は軽めの方がいいか。そしたらあんまり甘い物だと、あとで困るよね。それなら甘くない紅茶かコーヒーの方がいいかな。私たちはお菓子食べなくてもいいよね。お姉さん、今日は何を作ってくれるのかな? ハナちゃんは聞いてる? それに合わせてお姉さんやお母さんの分も、何か買っていってあげようか。いつもお邪魔してるから、私も二人に喜んでもらいたいな。お姉さんは何が好きなの? お母さんはケーキとか甘い物好き? ゼリーとかプリンの方が喜んでくれるかな?」
来ないでほしい。嫌だ。そう思っても、私は口に出すことができなかった。
「もういい加減、早く決めてよ」
砂村さんが痺れを切らしたように言う。
「ごめんごめん」
エリザちゃんは悪びれた様子もなく笑っていた。
砂村さんは買い物カゴにミルクティーと、パンケーキのようなお菓子をいくつか。姫山さんは炭酸飲料とポテトチップスを手に持っていた。
「映画でも見るつもり?」
砂村さんが呆れたように姫山さんに言った。
「あるの?」
姫山さんの疑問に、エリザちゃんが答えた。
「ハナちゃんの家にテレビはないよ」
「そう」
姫山さんは気にした様子もなく、選んだ商品をそのまま砂村さんのカゴに入れた。
私はこの三人が、私の家に来ることを確信した。吐き気がした。
結局エリザちゃんは、彼女が好きなイチゴ牛乳と、私たち家族用にオレンジジュース、それと適当に見繕った菓子類。お姉ちゃんがチョコ好きだと教えたら、違う種類の袋をいくつも砂村さんのカゴに入れた。
「ちょっと! 重たいじゃない! 会計は一緒にするけど、自分のは自分で持ってよ!」
「うん。私たちの分も袋をつけてね」
砂村さんは呆れた様子でため息をもらす。
あの砂村さんがエリザちゃんに口答えはしても従っている。私はそのことが怖くて仕方なかった。もしかしたらエリザちゃんは、私や姫山さんにしたように、砂村さんにも何かしたのかもしれない。
「全部食べちゃダメだよ。夕飯食べられなくなっちゃうから。それにお姉さんとお母さんの分もあるからね」
エリザちゃんが冗談めかして笑った。私はとても笑える気分ではなかった。
そもそも言われなくても、そんなにたくさんは食べられないし、お菓子を独り占めするほど好きでもない。美味しいものは私より先に、お母さんやお姉ちゃんに食べてもらいたかった。
「買いすぎちゃったな。二人で持とう」
砂村さんが会計を済ませたコンビニの袋の取っ手を、私たちは片方ずつ持った。そのおかげでエリザちゃんの手から解放された。
エリザちゃんは別に私の手をずっと握っていたいわけではないようだった。この状態でも楽しそうにしていた。
* * *
私の家に人がこんなにくるのは初めてだった。ただ全然嬉しいとは思えない。
誰もいないとわかっているはずなのに、エリザちゃんがわざとらしく言う。
「お邪魔します」
砂村さんは家の中を見回す。
「本当に何もないわね」
その声音は、呆れているような感じもなく、ただ思った感想をそのまま言っただけのようだった。
姫山さんは一言も発さない。
私たち四人は、エリザちゃんの先導で、私とお姉ちゃんの部屋に入る。砂村さんが再び部屋の中を見回していた。
「ここ咲良さんの部屋?」
「ハナちゃんとお姉さんの部屋だよ」
「一緒に寝てるんだ」
「家族仲良くてうらやましいよね」
「そうね」
部屋の中には二段ベッドと、勉強机と本棚ぐらいしかない。
姫山さんは椅子に座って、机の上に飲み物とお菓子を広げていた。
「二人とも、床、汚さないようにね」
「あとで掃除すればいいでしょ?」
砂村さんと姫山さんのお菓子は、食べると散らかるタイプだった
「クッションとか座るものないの?」
砂村さんが立ったまま部屋の中を見回す。部屋の中に椅子は一つしかない。
「クローゼットに……」
私がそう言うと、砂村さんは勝手にクローゼットを開けて、お母さんがカバーを作ってかけてくれた丸いクッションを取り出す。カバーはハート柄で、私はそれが大好きだった。
砂村さんは姫村さんの近くにそのクッションをぞんざいに置いて、、壁にもたれながらその上に座る。
「私たちはベッドに入ろう」
エリザちゃんが二段ベッドの下段に私を押し込み、自分も入ってくる。私に覆い被さるエリザちゃん。あの光景が、昨日の記憶がよみがえってきて、私は目をつぶり、体を固くした。
彼女の生温かい息が顔にかかって、私は怖くて体が震えた。
不意に砂村さんが言う。
「私たち周回してるから。エリザのアカウントも進めておく?」
「うん。お願い」
何の話か分からなかった。エリザちゃんはブレザーのポケットからスマートフォンを取り出すと、下から砂村さんに向けて投げる。砂村さんはそれを受け取って、何かいじっていた。
「ダリアちゃん、早く」
姫山さんが急かす。
「今やってるわよ!」
姫山さんの方はスマートフォンを横に持って、画面に指を滑らせていた。何かゲームをしているのかもしれない。
砂村さんは縦に、自分のとエリザちゃんの二台持ちで、それぞれの手の親指で操作を始めた。
私はお姉ちゃんにスマートフォンを貸してもらって、何度か遊んだことがある。けれどブロックを崩したり、ルートを組み立てるパズルのようなゲームしかしたことがない。複数人で遊ぶゲームをソシャゲと呼ぶのだろうか。彼女たちはそれで遊んでいるようだった。
姫山さんはポテトチップスを食べながらゲームをやっている。両手をふさがれている砂村さんは姫山さんに抗議する。
「ちょっと、私にも食べさせなさいよ」
「はい」
姫山さんが手にしたポテトチップスを、砂村さんは口で受け取る。そのとき、姫山さんの指が砂村さんの唇に挟まれたが、二人とも気にした様子はなかった。
私の記憶が正しければ、姫山さんは砂村さんに最初のブタにされた。それなのに二人が親しげで、むしろ姫山さんが優位に見えるのが不気味だった。
二人を見ていると、その隙にエリザちゃんにリボンタイを解かれ、ブラウスのボタンを外されていく。結局、二人がいても関係なかった。砂村さんが私を助けてくれるはずがないし、私をエリザちゃんに引き渡したのは姫山さんだ。
姫山さんのことは、私と同じようにエリザちゃんや砂村さんに追い詰められて従っているのだから、そんなに恨んだり怖いと思っていなかった。むしろ彼女に対して同情もしていた。ただ今の彼女を見ていると違和感があった。
その間にもエリザちゃんは私のブラウスのボタンを外すと、前をはだけて、私の首元に顔を埋める。彼女の唇が、吐息が、髪が触れて、くすぐったかった。またあれをされる恐怖から、私の呼吸も荒くなっていった。
やめて──そう言って突き飛ばせたら、どんなによかっただろう。私は何も考えないように、ベッドの上段の床板を見ることにした。床板はいくつかの木の板を縦に並べたものだった。その本数や、木目の形をぼんやりとながめていた。
エリザちゃんは二人がいる前で、私の服を脱がしていく。ただ二人は私たちの方に特に興味はない様子だった。
ブレザーもブラウスを脱がされ、スカートも。私は下着姿になった。制服にシワがつかなくてよかった。そんなことを思った。
もう五月でそこまで寒くないはずなのに、私の体は震えていた。
「緊張してるんだね」
同じように下着姿になったエリザちゃんが私を抱きしめる。彼女の冷たい肌が、重なり合った部分が火照ったように熱くなってきた。私はこの黒い炎に焼き尽くされるような気がして、それを拒むように私の体は芯から冷たくなっていく。
「舐めて」
不意にエリザちゃんが、私の口に右手の人差し指と中指を差し込んでくる。
「ん……」
しょっぱいような、苦いような、変な味がした。少しチョコレートみたいな匂いがした。
エリザちゃんが何をしたいのかよく分からないけれど、私は喉の奥に指を入れられそうで、怖くて、舌で押し出そうとした。
「ハナちゃん、くすぐったい」
それにエリザちゃんは嬉しそうに笑った。
エリザちゃんは指で私の舌を押したり、なでたりしてもてあそぶ。
私は口の中が唾液でいっぱいになって、溺れそうだった。
少ししてエリザちゃんが私の口から指を引き抜く。彼女の指は私の唾液で、ぬらぬらと光っていた。その指をエリザちゃん自身が舐める。
「ハナちゃんの味がする」
それがどんな味なのかわからないけれど、とにかく気持ち悪かった。
「下は、もう平気かな?」
エリザちゃんの指が、私の下着の中に滑り込んだ。
またあれをされるのかと思うと、心臓が破裂しそうなほど脈を打って、その痛みに目の前が暗くなってきた。
「やだ……いや……なんでもしますから……やめてください……」
まだ痛いのに、あんなことをされたら、今度こそ私は死んでしまうかもしれない。
「エリザ」
砂村さんの声に、エリザちゃんが止まる。
「なに?」
エリザちゃんからいつもの微笑みが消えて、少し不機嫌そうな顔で砂村さんを見た。
砂村さんはあぐらをかいたスカートの上にスマートフォンを一台置いて、もう一台を手に持っていた。それぞれの画面を見ながら、エリザちゃんの方を向かないで会話を続ける。
「この間、見たい映画あるって、あなた言ってたじゃない。いつ行く?」
「今度の土曜日は?」
「私その日、ママとお出かけするのよね。別に断ってもいいけど」
「それはよくないよ。日曜日は?」
「私は平気。マリーは?」
「私も平気」
姫山さんはポテトチップスを食べると、指を舐めて、ブラウスで拭いていた。
「それじゃ日曜日にしましょう」
「ハナちゃんも一緒に行こうよ? 日曜日、何か用事ある?」
休日までエリザちゃんと過ごすのは嫌だった。けれどもし断ったらどうなるのだろうか。もっと酷い目に遭うのだろうか。ただそれよりも切実な問題があった。
「私、お金が……」
映画を見るのにいくらかかるのかわからないけれど。それに電車代も気がかりだった。
「気にしなくていいよ。私が出してあげるから。だって私、ハナちゃんの恋人だから。お金のことなんて気にしなくていいよ。ハナちゃんのためなら、なんでもしてあげる」
それなら今すぐ、こんなことやめてほしかった。そう口にすれば、エリザちゃんはやめてくれるだろうか。
エリザちゃんは私の横に寝そべり、頬を、髪をなでてくる。
「それじゃ日曜日、ハナちゃんも一緒に行こう。ダリアちゃん、いいよね?」
「エリザがいいならいいわよ」
「ありがとう」
「ダリアちゃん、早く」
姫山さんの声だった
「ちょっと! こっち二つ同時で大変なんだから」
砂村さんの不機嫌そうな声。
たったそれだけのやりとりだったけれど、私は砂村さんと姫山さんの、二人の関係がますますわからなくなった。ブタだったはずの姫山さん。それなのに砂村さんに対して強気な態度だった。ただ二人の立場が逆転したというよりも、どこか気安い感じから、もっと前から二人が知り合いだったようにも感じられた。
「ハナちゃん」
エリザちゃんの声で私は引き戻された。
「続きしよっか」
エリザちゃんは再び体を起こすと、私の足にまたがり、ショーツに手をかける。それをそのままするりと下げて、脱がそうとしてきた。
「え、やだ……なんで……やめて……!」
慌てる私に、エリザちゃんは体勢を変えて、私の両足を担ぐように肩にかける。私が必死に止めようとするのにも、鼻歌まじりに、私のショーツを脱がした。私の股の間の割れ目が露わになる。
今度は私の足を押し広げて、ぐっと押し込む。私は大きく股を開いた格好にされた。あまりにも恥ずかしい姿に、涙が溢れてきた。手で股の間を隠す。その私をエリザちゃんは見守るように優しく微笑んでいた。
彼女が私にこんなことをする理由。もし彼女が残酷な気持ちで、私をいじめて楽しんでいるのならまだ理解できた。ただその微笑みに、憎しみや怒り、悪意の欠片は少しもなかった。
エリザちゃんは本当にこれが愛情を表現する方法だと思っているのかもしれない。そうとさえ思えた。
「やだ、エリザちゃん……やめて……!」
「この間は初めてだったから痛かったよね。今日はゆっくりと時間をかけて、気持ちよくしてあげるからね」
優しく私に微笑みかけるけれど、私がどんなに嫌がっても彼女はやめてくれない。
エリザちゃんが私の手を握り、遠ざけて、股の間に顔を近づける。
どうしてそんなところに──
私が拒むより先に、柔らかく波打つ黒髪が広がって、彼女の小さな頭が息を潜めるように、私の股の間に沈んでいった。
「んっ!」
彼女の唇が、体温が、息が、私の露わになった場所に当たって、私はくすぐったくて、変な声が漏れてしまった。
こんなところほかの人に見られたくない。ただ砂村さんも姫山さんも、私たちには興味がないようで、ずっと二人でゲームをしていた。
二人の様子に気を取られていると、何か生温かい、弾力のある、濡れた感触が、私の割れ目を舐めた。
「あっ……!」
それは彼女の舌が、私の割れ目に沿って舐めていることがわかった。
どうしてそんなところを。どうしてこんなことをするのか。私は思わず彼女の頭を押しのけようと手を重ねたけれど、エリザちゃんは私の足を抱え込むようにして、しっかりと顔を埋めて微動だにしなかった。
エリザちゃんは何度も何度も私の割れ目を舐める。そしてそれは少しずつ、割れ目の中に潜り込んでいくようだった。
彼女の舌が舐めるたびに、痛くはないけれど、むずがゆいような感触が、私のそこから背筋を伝って、頭の中をくすぐられているような、得体の知れない奇妙な感覚が込み上げた。
「んっ、ん……」
少しずつどこをどう舐められているのかわかってきた。エリザちゃんはおしっこの穴まで舐めているようだった。汚いのに、彼女は気持ち悪くないのだろうか。
ぴちゃぴちゃと水気のある音が大きくなっていった。生温い彼女の唾液で、私のそこがびしょびしょに濡れていくのがわかった。それはずっとおしっこをしているような感じがして、不安で気持ち悪かった。
エリザちゃんは私を舐めているから当然だけれど、二人はゲームに夢中で会話もなく、私も息を殺して声が漏れるのを我慢していたから、全員が無言だった。
不気味な沈黙の中、二人の画面を叩く音と、エリザちゃんの舌が立てる水気のある音だけが部屋の中にあった。
* * *
どれぐらいの時間そうしていただろうか。
彼女の舌が私をなぞるたびに、下腹部がくすぐったくて、ぞわぞわとした感覚が背中を這い上がり、私の脳をぐちゃぐちゃにした。
数分か十分以上か、もっと長い時間が経っただろうか。ようやくエリザちゃんは顔を上げた。
私の股の間には、下着を濡らしたような不快感、生温い、漏らしたような感覚が残っていた。
「ふふ、おいしい。ハナちゃんの味がする」
エリザちゃんが唾液まみれの顔で、にっこりと笑った。私は恥ずかしくて顔を背けた。
「少し酸っぱくて、甘くないヨーグルトみたい。ハチミツをかけたらもっと美味しいかも。それともイチゴかな、バナナかな。何が合うかな」
そんなものをいったいどうするつもりなのか。それらを食べながら、私のを舐めるつもりなのだろうか。
「バレンタインが楽しみだな。どんなふうにデコレーションしようか。その前にはクリスマス。あ、私の誕生日もある。ハナちゃんがプレゼントだなんて素敵だな」
エリザちゃんは私の内股をなでながら言った。くすぐったくて変な声が漏れそうになったのを嚙み殺す。
「ねぇ、次はハナちゃんが舐めて」
「え?」
私は信じられなかった。絶対に嫌だった。そんなことがあってほしくない、そう祈るように思った。
エリザちゃんの方を見ると、スカートとショーツを脱いで、腰を突き出すように座る。それから彼女は恥ずかしがる様子もなく両脚を大きく開いた。そして両手を脚の裏をくぐらせると、割れ目を開いて見せた。私は初めてその部分の中身を見たかもしれない。お母さんやお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ったことはあるけれど、そんなふうに開いたものを見たことがなかった。私自身のさえも。
そこは何かの傷口のようだった。化膿して、ぬらぬらと光っているように見えた。あるいは熟した果実が腐って裂けて、おぞましい内臓を晒しているかのようだった。
そこをエリザちゃんは指で広げて見せる。。
彼女は私にそこを、こんな恐ろしいものを舐めろと言っているのだろうか。
「無理……」
無理無理無理──頭の中で嫌悪感が加速する。
もしも拒絶したらどうなるだろうか。エリザちゃんは聞き入れてくれるだろうか。
私が思わず口にした呟きは、エリザちゃんの耳に入っていたかもしれない。エリザちゃんは穏やかな微笑みを消して、無表情に私を見る。
その仮面のような顔の下には、怒りや苛立ちが潜んでいるのが感じられた。あの色素の薄い、琥珀色の瞳が、射るように私を見ていた。
「恋人同士なら、当然してくれるよね?」
しなければ、できなければ恋人ではないことになる。その言葉にはそんな意味も含まれているように感じられた。
私がエリザちゃんの恋人でなくなったら、砂村さんを使って、私を追い詰めるに違いない。そうなった場合、今よりもひどい関係を強要されるかもしれない。
私は体を起こして、彼女の股の間に顔を近づける。エリザちゃんの前にうずくまるような姿勢になった。怖いという気持ちで、人はここまでできるのかと、私はひとごとのように感心した。
間近で見ると、彼女のそこには、豆粒ほどの帽子を被った突起が裂け目の上にあることに気づいた。同じものが私にあることは知っている。
ただエリザちゃんのそれは、彼女の手によって、誘うようにピンク色をした肉の外套を、裂け目を広げていた。その内側には、ひくひくとうごめく臓物があった。その臓物の中には、さらに奥へと続く暗い洞穴が、小さく穿たれていた。
私は息を止めて、エリザちゃんがそうしていたように、彼女の臓物に舌で触れた。
「んひゃっ」
エリザちゃんの口から、聞いたことのない、甘く高い声が漏れた。
正解だったのだろうか。私は彼女の臓物を舌先で何度かなぞった。
しょっぱい、とも違う。血の味とも違う。お刺身の表面を舐めたら、こんな感じだろうか。そのうち苦味が出てきた。感触はお刺身みたいだけれど、生の大根の断面のような味がすると、そんなの食べたことがないけれど、そう思った。
いつまで続ければいいのかわからない。しかしエリザちゃんからやめていいと許可されていないので舐め続ける。私はなるべく舌先だけで舐める。エリザちゃんみたいに顔を埋めて舐める気にはなれなかった。
そのうちさすがに息が続かなくなってきた。我慢してたから、思っていた以上に一気に息を吸い込んでしまった。
「んぇっ? うぇっ!」
生臭いような、牛乳が発酵したような臭いに、私はむせた。
そんな私の様子に、エリザちゃんは怒ったようだった。
彼女の両脚が、私の頭を挟み込むように折りたたまれ、私の口は彼女の裂け目に押しつけられた。さらに両手で頭を押さえ込まれる。
「ハナちゃん、女の子にそれは失礼だよ」
「んんんっ!」
「ふふっ、くすぐったい」
鼻と口がエリザちゃんの内臓に埋もれて、私は呼吸ができなかった。
彼女の脚を押しのけようとしても、微動だにしない。このまま殺されるのではないかと、なんとか呼吸しようと、必死に頭を振ろうとするが、うまく抜け出せなかった。
少ししてエリザちゃんの拘束が緩む。必死に息を吸い込んだ。口で呼吸すれば、臭いもそんなに気にならないことに気づいた。
私は自分の唾液や涙で顔がべちゃべちゃなのがわかった。すがるようにエリザちゃんのことを見上げた。
もう許してください──そう口にできたら、いや、口にできたとしても無駄だろう。
エリザちゃんは私の髪をなでながら、優しく微笑む。
「ハナちゃんにとって私が初めての彼女だもんね。上手にできなくても仕方ないよ。安心して。私がちゃんと教えてあげるから。恋人同士の愛し合い方を。上手にできるまで、いっぱい練習しようね。さぁ、もう一回して」
私は泣きながら、エリザちゃんのそこに舌を這わせた。もう味も匂いも分からない。それは不幸中の幸いかもしれない。涙で鼻の奥がつんとした。
「おはようございます」
「おはよう、エリザちゃん」
怪我をしている私の代わりに、お姉ちゃんがエリザちゃんを出迎える。
「おはよう、ハナちゃん」
エリザちゃんが家の中に入ってくる。そしていつものように微笑む。私は喉が引きつって声が出なかった。
私は彼女のことが怖かった。ただ彼女は、昨日あれだけのことをしたのに、何事もなかったようにいつも通りだった。きっと昨日のことは何かの悪夢だったのかもしれない。
ただ今でも残る私の中の痛みが、あれは夢なんかじゃない、本当にあったことだと、うずくたびに私に告げてくる。
「昨日はありがとね」
「いいえ。お役に立てて嬉しかったです」
私はあのあと、エリザちゃんたちに送られて家に帰った。
先に帰っていたお姉ちゃんが私たちを出迎えてくれた。エリザちゃんはお姉ちゃんに、私が階段から落ちて怪我をしたこと、彼女が送って帰ることを連絡していた。
何も知らないお姉ちゃんは、そのエリザちゃんに感謝していた。
「エリザちゃん、ありがとう。ハナちゃんのこと、送ってもらっちゃって」
「いいえ。当然のことですから。ね?」
「ハナちゃん、怪我は平気?」
「うん……」
私はお姉ちゃんの顔を見ることができなかった。私が本当は何をされたか、そんなこと話せるわけがない。私がいじめられていたなんて知ったら、お姉ちゃんもお母さんも悲しむ。それにもし私が誰かに話したら、あの砂村さんさえも怯えさせるエリザちゃんが、いったい何をするかわからなくて怖い。
それからお姉ちゃんが砂村さんと姫山さんに気づいた。私の荷物は砂村さんが持ってくれていた。
「あなたたちも、ありがとう」
「いえ……」
「えっと、お名前は」
「ダリアちゃんとマリーちゃん。私の友達です。ハナちゃんと同じクラスだから、何かあったら彼女たちがいるので安心してください」
「二人ともありがとう。よかったね、ハナちゃん」
「うん……」
「それじゃ私たちは、もう遅いので帰りますね。ハナちゃん、また明日」
いつもどおりに笑うエリザちゃんと、砂村さんと姫山さんは帰っていった。私はそのまま怪我を理由に、夕飯も食べず、お風呂にも入らず、ベッドに潜り込んだ。お姉ちゃんやお母さんに聞こえないように、込み上げてくる涙と声を必死に堪えた。それが昨日の最後の記憶。
今朝、お姉ちゃんやお母さんより先に起きてシャワーを浴びた。
昨日のことなんてなくて、ただの悪夢であってほしい。思い出したくない、忘れたい、なかったことにしたい。そう思っても、私の体には階段から落ちた時の怪我と、エリザちゃんに刺された股の間に血の跡があった。血の跡は洗い流せたけれども、腕や胸、お腹にできた内出血の跡は消えなかった。このままずっと残ったら──別にいいか。
私を階段から突き落としたのはエリザちゃんだと思う。私が階段から落ちたあと、一日中探しても見つからなかった彼女が、偶然、あんなに都合よく現れたのはおかしい。階段の手前には防火戸がある。その影に隠れていれば、加藤さんを必死に追いかけていた私は、そこにエリザちゃんがいることに気づきもしないだろう。実際にそうだったのだから。きっとエリザちゃんは砂村さんを通して、加藤さんを使って私を誘い出したのだ。
何のため。私を傷つけるため。私のことが嫌いだからこんなことをするんだ。
だからといって、そこまでするのか、とは思わなかった。エリザちゃんはそこまでするに違いない。
もっと早くそのことに気づいていれば──本当はなんとなく気づいてはいたけれど、もし彼女のことを疑っていれば、あんなことにはならなかったのに。
そこまで思って、涙が出てきた。
彼女と友達になれたことが本当に嬉しかった。お母さんとお姉ちゃんと一緒にご飯を食べて、もう一人家族が増えたみたいで楽しかった。
だけどエリザちゃんはそうじゃなかったの──
「怪我はもう平気?」
不意にエリザちゃんに話しかけられ、私は椅子から転げ落ちそうになった。それにエリザちゃんが心配そうに、しらじらしく言う。
「もう、気をつけてね。また怪我したら大変だよ」
そこでお母さんがエリザちゃんに話しかける。
「ねぇ、エリザちゃんも今度から、うちで朝ご飯食べていく?」
「いいんですか? 嬉しい。私、お姉さんの料理も好きだけど、お母さんの料理も大好きなんです」
エリザちゃんはいつものように微笑み、いつものようにお母さんやお姉ちゃんと談笑していた。
私だけが痛みの中にあった。私だけがいつもと違っていた。私だけがおかしくて、世界はどこまでもいつもどおりだった。
* * *
教室では相変わらず加藤さんがブタだった。
砂村さんも昨日のことなどなかったかのようにいつもどおりだった。ただその暴力性が増したように思えた。私がブタのとき、直接殴ったり蹴ったりしてくることはなかった。加藤さんに対してもそうだったかは、見ないように、関わらないようにしてきたから、どうだったのかはよく知らない。だから砂村さんが加藤さんを殴ったり蹴ったりしているのは普通のことなのかもしれない。
休み時間になると、いつものように私とエリザちゃんは二人きりで過ごした。
施錠された屋上の扉の前のスペースで、物陰に隠れるようにして、エリザちゃんは私の手を握り、体を寄せてきた。
以前はエリザちゃんに抱きしめられたり、手を握られたり、その程度のことだったけれど。昨日の放課後から、私たちは恋人同士になった。
「ハナちゃん、好きだよ。大好き」
私が答えないでいると、エリザちゃんは不満そうな顔をして、私の手の甲をつねる。
「痛いっ……」
「ハナちゃん。ハナちゃんは私のこと好きじゃないの?」
「好きです……」
「よかった」
エリザちゃんはにっこりと笑う。
好きなのに、どうしてこんなことをするのだろう。嫌いだからこんなことをするのに、どうして恋人のふりをさせるのだろう。恋人同士について詳しいことは知らないけれど、お互いに好きだから付き合うことは知っている。
私のことが嫌いなのに。嫌い同士なのに。優しく微笑むエリザちゃんが不思議で、私は彼女の顔をぼんやりと見ていた。
不意に、エリザちゃんの顔が息のかかる距離まで近づいてきた。彼女はためらいなく唇を重ねてくる。唇の柔らかさよりも、コツンと当たった前歯の感触に私は驚いた。痛くはないけれど、その小さな響きは骨を伝わって、私の頭の中を揺らした。
エリザちゃんは唇を重ねたまま、私の唇を割って、舌を差し入れてくる。その生温い濡れた質感と、這うように歯茎を撫でる感触が、私は気持ち悪かった。
私は歯を閉じて、その先があるのならそれを拒む。
「ん、ハナちゃんの唇、甘い味がする」
エリザちゃんが唇を離し、うっとりと微笑んだ。
キスの味。そんなものは考えたこともなかった。エリザちゃんは何の味もしないような、少ししょっぱいような、美味しいともなんとも思わない味だった。
それからまた私たちはキスをした。
休み時間がおわるまでそれは続いた。
* * *
校舎の裏、昨日の雨にまだぬかるんだ地面。湿った土の匂い。エリザちゃんの匂い。
昼休みになると、時間に余裕があるからか、エリザちゃんはもっといろんなことを求めてきた。
エリザちゃんはキスをしたまま、私のブレザーのボタンを外して、ブラウスの上から胸に触れてくる。
階段に落ちた時にぶつけた打ち身が痛かった。エリザちゃんはもうそのことを忘れているのか、私が痛がったり嫌がっても、少しも気にするそぶりはなかった。きっと覚えていても、私のことなど気にしていないのかもしれない。
不意に、エリザちゃんの指が胸の先を擦った時、ひりつくような別の痛みに私の体は引きつった。
「ん、んん……」
痛いような、むず痒いような、不快な感覚だった。
思わず開いてしまった歯の間に、彼女の舌が侵入し、私の舌を絡めとろうとする。これがずっと彼女が試みていたことのようだった。
私の口の中に、熱く硬い弾力のある、意思をもって動く、何か別の生き物を捩じ込まれたような気分だった。
彼女の細い指を綺麗だと思った。小さな唇を可愛いと思った。それなのに彼女の外側にあって、自分以外のものに触れる部分は、それぞれ独立して獲物を捕らえる、別の生き物のように思えた。それぞれの意思をもった別々の生物が合わさって、羽鳥英梨沙という一つの生物のようにふるまっているような、おぞましい幻覚が見えた。
しばらくしてエリザちゃんは満足したのか、唇を離す。唾液で、あごの先まで濡れていた琥珀色の瞳は、楽しげに細められていた。
「脱がすね」
キスだけでおわらないことはわかっていたけれど──エリザちゃんの指が、私のブラウスのボタンを外していく。
「やだ……やめて……」
私がそう懇願しても、彼女の指は止まらなかった
首元だけリボンタイで閉じられて、そこから下をはだけられた。さらにインナーに着ているキャミソールをへその上までまくられる。
彼女の手のひらが、私のお腹に触れた。氷のように冷たい彼女の手が、そのときは焼けるように熱く感じた。
とにかく私は怖かった。
その手は私の体をなぞって、キャミソールの中に侵入し、直接私の胸へと触れる。
それに鳥肌が立つような、あの寒気が這い上がってくる感覚がした。不安にお腹の中が、きりきりと締めつけられるように痛んだ。
エリザちゃんの手は、指は、私の胸の先に触れる。さっき以上の痛みが走った。私はスカートの裾を掴んで必死に我慢する。
滲んだ視界の中で、エリザちゃんは微笑んでいた。彼女にとって着せ替え人形をもてあそぶのと、私をいたぶるのは、何も変わらないのかもしれない。
私にできることは、このまま我慢して、時間が経つのを待つだけ──
「ねぇ、ハナちゃんも触って」
不意にエリザちゃんにそう言われて、私はどうしたらいいのかわからなかった。
エリザちゃんは自分のブレザーとブラウスのボタンを外し、前をはだける。白いレースのブラジャーと、彼女の滑らかな肌と、縦長のヘソが露わになった。
エリザちゃんは私の手を取ると、自分の胸に当てる。しっとりと汗ばんでいて、生温かった。
「ハナちゃんと同じぐらいの大きさでしょ」
彼女はブラをつけているけれど、ほとんど乳房はなかった。柔らかいというよりも、硬いと思った。
「触ってみて」
エリザちゃんが顔を寄せて、息を吹きかけるように言った。
私は正解がわからなかったので、エリザちゃんがしたように、彼女の胸を下着越しに撫でた。
「あ、ん──」
エリザちゃんの口から甘い吐息が漏れる
私は彼女の感触、温度に、むず痒いような、不安な気持ちになった。
「いいよ、ハナちゃん……」
エリザちゃんは頬が触れ合いそうなほど、顔を近づける。彼女の呼吸が熱かった。その熱のせいか、私の頬も熱くなる。
とろんとしたエリザちゃんの瞳。いつもの微笑みも、どこか熱っぽかった。
「ここも──」
エリザちゃんは私の手を取り、そのまま彼女の股の間に誘い入れた。指先に、彼女の下着の布の感触、湿り気と、その奥にある熱を感じた。
それに私は思わず彼女の手を振り払った。
エリザちゃんの顔から表情が消える。じっと私の目を見ていた。私は怖くて、体が震えた。
その時、予鈴が鳴った。昼休みが終わる五分前。
「残念。もっとしたかったな」
エリザちゃんは何事もなかったかのように微笑んだ。
私はエリザちゃんがボタンを留め直し始めたのを見て、やっと解放されたことがわかり、急いで服を直す。
「続きは放課後、ハナちゃんの家でしようか」
そうなることは、別に意外でもなかった。ただ心が暗く沈んで、気分が重くなるのを感じた。
* * *
エリザちゃんの顔を見るだけで、いつもの優しげな微笑みを見るだけで、私はあのときのことを思い出す。
座っていても、歩いていても、私の中に痛みが残っている。その痛みがうずくたびに、私は本当にあったことなのだと思い知らされた。
エリザちゃんが怖い。逆らったら、また砂村さんに私をいじめさせるだろう。従っても、私に痛いことを、ひどいことをする。
彼女が私のことを飽きてくれるまで、私は我慢するしかなかった。
どうしてこんなことをするのか。エリザちゃんは私のことを好きだと言う。
ただ私はその言葉を、信じることはできなかった。好きな人にあんなことをするとは思えない。エリザちゃんは、本当は私のことが嫌いだから、あんなことをするし、できるのだろう。
もしエリザちゃんに好かれることができたら、また私に優しくしてくれるだろうか。それか、もう私に構わないでいてくれるだろうか。
そしてこの痛みが消えたら、その前の私に戻ることができるだろうか。
「どうして私なの?」
エリザちゃんと手をつなぎながら、教室に戻る途中、私は思わず聞いてしまった。
「ハナちゃんのことが好きだからだよ」
エリザちゃんは微笑む。そんな言葉はもう信じられない。
それに私が知りたいことは、どうして私が選ばれたのか、だった。しかしうまく意図が伝わらなかったようだ。ただどう言い直せばいいか思いつかなかった。
「いつから?」
質問を変えてみた。いつから私に目をつけていたのか、いつ私を選んだのか。知ったところで、今さら意味があるとは思えないけれど、せめて知りたかった。
本当は、私じゃなくて、ほかの人じゃダメだったのか──そんなことも思った。その可能性を探りたかった。
「初めて会った時から。図書室で、ハナちゃんを見たとき、私、すぐにあなたのことが好きになったの」
「なんで……?」
そこからエリザちゃんは楽しげに、熱っぽく、せきとめていた川の水が一気にあふれる出すように、一方的に話し始めた。
「ハナちゃん──咲良花奈ちゃん。私、あなたがあの本に指をかけているのを見たとき、私はあなたにときめいてしまったの。あなたがあの本を借りるわけではなく戻しているところだというのはわかっていたわ。だってその日、私が返した本だから。あなたが図書委員だということも知っていた。だけど私はあなたもあの本を読んでくれたのなら、私と同じように感じてくれたら嬉しい、そんなことを望んでしまったの。あなたのことはよく知らない。それでもあなたを見ていると、物静かで、弱々しくて、守ってあげたい。もしあなたと親しくなれたら素敵だな、私はそんなことを思ったの。仲良くなりたいなって。だから声をかけた。あなたとすれ違うたび、言葉を交わすたび、私の中に想いが募っていったんだ。私の中にそんな想いが、感情が残っていたなんて思わなかった。ずっとこの三年間、誰にも、ダリアちゃんにもマリーちゃんにも抱かなかったのに。不思議だった。嬉しかった。きっとどこまでも切り削ぐことで、私の中に真実の愛が形作られたんだ。その愛はあなたに向いていた。愛を拒み続けた私だからこそ、気づくことができた。私はあなたを愛している。あなたも私を愛してくれたら、きっと私の世界はもっと素敵なものになるだろう。親友のダリアちゃんとマリーちゃん、私たちは仲良し三人組。そして恋人のハナちゃんがいれば、こんなに素敵なことはないって」
私はエリザちゃんの言っていることが何もわからなかった。彼女が普通に話しかけて、仲良くしてくれるだけで私は嬉しかった。廊下ですれ違った時に言葉を交わすだけで、二人で下駄箱から教室に向かうだけの道のりだけでも私は楽しかった。それなのに、今までのような関係では駄目だったのか。
昨日の放課後、エリザちゃんが砂村さんと話していたこと。砂村さんを使ってまで、加藤さんを引き離して私を孤立させたのはエリザちゃん。もともと友達なんていなかった私なんかを、そこまで追い込む必要があったのだろうか。そんなことをしなくても、私はエリザちゃんのことを好きになったはずだった。それじゃ駄目だったのか。
私はエリザちゃんが私のことを嫌いだからあんなことをする、そう思っていたけれど、それさえもわからなくなってきた。一方的に話し続けるエリザちゃんは、とても楽しそうで、私への憎しみの欠片も感じられなかった。
どうしてそんな楽しそうな笑顔で、私の心を踏みにじり、引き裂くことができるの。
「ハナちゃんは私のこと、好き?」
不意にエリザちゃんが聞いてくる。その質問は、まるで一つしか選択肢のないマークシートに、わざわざ解答させられるようなものだった。こんなのは質問でも、ましてや会話ですらない。
「好き……」
私にはそれ以外の回答は許されない。もしも彼女を拒絶したら何をされるか。つねられたり、殴られたり、暴力ならまだいい。もしかしたら砂村さんを使って、私のことを死ぬまで追い詰めるかもしれない。
私が恐怖からそう答えたことをわかっているはずなのに、エリザちゃんは何か大切なものを抱くように、胸に手を当てて、嬉しそうに微笑む。
「私もハナちゃんが大好きだよ」
私は彼女のことが何も理解できない。
* * *
放課後、私はエリザちゃんと手をつないで、いつものように家に帰る。
手をつなぐだけで鳥肌が立った。
その手が、指が、私を傷つけ、痛みを残した。その痛みが私から何かを奪った痕ということは、それが何かはわからなくてもわかっていた。
それがエリザちゃんのいう恋人の証なら、私はこの先、誰とも愛し合うかとができないのかもしれない。
私が誰かを好きになること、誰かが私を好きになること、想像もつかない、したこともなかったけれど。それがエリザちゃんではないことは確かだった。
私はエリザちゃんが怖い。嫌い。どうして友達のままでいられなかったの。どうして私を騙し続けてくれなかったの。
それなのに平然としている、私と手をつなぐエリザちゃんが、私は大嫌いだ。
今日、その私たちの後ろを、砂村さんと姫山さんがついてきていた。
意外だったのは、エリザちゃんが姫山さん──姫山鞠依を仲良し三人組の一人に数えたこと。エリザちゃんは砂村さんのことを親友と呼び、確かに二人は親しいようだった。ただ姫山さんは、つい先月まで砂村さんによってブタにされていた。もしかしたら姫山さんがブタにされたのも、エリザちゃんがそう望んだ、今の私と同じような理由だったのかもしれない。
「コンビニ寄ってこう」
不意にエリザちゃんが言った。
それに砂村さんが同意する。
「そうね。飲み物とお菓子買いたいわ」
「ハナちゃんは何かほしいものある? 私が買ってあげるよ」
「え──」
私は嫌な予感がした。
エリザちゃんの家がどこかは知らない。砂村さんや姫山さんの家も。ただ二人の口ぶりから、このまま一緒に遊ぶつもりなのがわかった。
もし砂村さんと姫山さんの二人が一緒なら、エリザちゃんに変なことをされないだろうか。そうとは限らない。むしろ気にしないか、もっとひどいことをされるかもしれない。昨日私がエリザちゃんに襲われたとき、この二人もそばにいた。それ以上に彼女に協力した。
私は体の奥から冷たくなっていくのを感じた。つないだ手に、嫌な汗をかいているのがわかった。
コンビニに入ると、エリザちゃんはぴったりと私の腕に抱きついてくる。彼女は楽しげな様子だった。
「ハナちゃん、どれにする? 二人で交換しよう」
飲み物を選ぶだけで、彼女ははしゃいでいた。
「ハナちゃんのうちで飲む麦茶おいしいよね。でもせっかくだからお茶以外のにする? イチゴ牛乳とか美味しそう。ハナちゃん、甘いもの好き? 私は甘いのも甘くないのも平気だよ。ハナちゃんの好きな物を教えて」
エリザちゃんは優しくて気がきく、そう思っていた。ただその優しさも、気づかいも、今では演技めいた、人間のふりをしている別の何かのように感じられた。
私が答えなくても、エリザちゃんは楽しそうに、一方的に続ける。
「夕方にはお姉さんも帰ってくるし、そのあと夕飯だよね。お腹空いてないともったいないから、お菓子は軽めの方がいいか。そしたらあんまり甘い物だと、あとで困るよね。それなら甘くない紅茶かコーヒーの方がいいかな。私たちはお菓子食べなくてもいいよね。お姉さん、今日は何を作ってくれるのかな? ハナちゃんは聞いてる? それに合わせてお姉さんやお母さんの分も、何か買っていってあげようか。いつもお邪魔してるから、私も二人に喜んでもらいたいな。お姉さんは何が好きなの? お母さんはケーキとか甘い物好き? ゼリーとかプリンの方が喜んでくれるかな?」
来ないでほしい。嫌だ。そう思っても、私は口に出すことができなかった。
「もういい加減、早く決めてよ」
砂村さんが痺れを切らしたように言う。
「ごめんごめん」
エリザちゃんは悪びれた様子もなく笑っていた。
砂村さんは買い物カゴにミルクティーと、パンケーキのようなお菓子をいくつか。姫山さんは炭酸飲料とポテトチップスを手に持っていた。
「映画でも見るつもり?」
砂村さんが呆れたように姫山さんに言った。
「あるの?」
姫山さんの疑問に、エリザちゃんが答えた。
「ハナちゃんの家にテレビはないよ」
「そう」
姫山さんは気にした様子もなく、選んだ商品をそのまま砂村さんのカゴに入れた。
私はこの三人が、私の家に来ることを確信した。吐き気がした。
結局エリザちゃんは、彼女が好きなイチゴ牛乳と、私たち家族用にオレンジジュース、それと適当に見繕った菓子類。お姉ちゃんがチョコ好きだと教えたら、違う種類の袋をいくつも砂村さんのカゴに入れた。
「ちょっと! 重たいじゃない! 会計は一緒にするけど、自分のは自分で持ってよ!」
「うん。私たちの分も袋をつけてね」
砂村さんは呆れた様子でため息をもらす。
あの砂村さんがエリザちゃんに口答えはしても従っている。私はそのことが怖くて仕方なかった。もしかしたらエリザちゃんは、私や姫山さんにしたように、砂村さんにも何かしたのかもしれない。
「全部食べちゃダメだよ。夕飯食べられなくなっちゃうから。それにお姉さんとお母さんの分もあるからね」
エリザちゃんが冗談めかして笑った。私はとても笑える気分ではなかった。
そもそも言われなくても、そんなにたくさんは食べられないし、お菓子を独り占めするほど好きでもない。美味しいものは私より先に、お母さんやお姉ちゃんに食べてもらいたかった。
「買いすぎちゃったな。二人で持とう」
砂村さんが会計を済ませたコンビニの袋の取っ手を、私たちは片方ずつ持った。そのおかげでエリザちゃんの手から解放された。
エリザちゃんは別に私の手をずっと握っていたいわけではないようだった。この状態でも楽しそうにしていた。
* * *
私の家に人がこんなにくるのは初めてだった。ただ全然嬉しいとは思えない。
誰もいないとわかっているはずなのに、エリザちゃんがわざとらしく言う。
「お邪魔します」
砂村さんは家の中を見回す。
「本当に何もないわね」
その声音は、呆れているような感じもなく、ただ思った感想をそのまま言っただけのようだった。
姫山さんは一言も発さない。
私たち四人は、エリザちゃんの先導で、私とお姉ちゃんの部屋に入る。砂村さんが再び部屋の中を見回していた。
「ここ咲良さんの部屋?」
「ハナちゃんとお姉さんの部屋だよ」
「一緒に寝てるんだ」
「家族仲良くてうらやましいよね」
「そうね」
部屋の中には二段ベッドと、勉強机と本棚ぐらいしかない。
姫山さんは椅子に座って、机の上に飲み物とお菓子を広げていた。
「二人とも、床、汚さないようにね」
「あとで掃除すればいいでしょ?」
砂村さんと姫山さんのお菓子は、食べると散らかるタイプだった
「クッションとか座るものないの?」
砂村さんが立ったまま部屋の中を見回す。部屋の中に椅子は一つしかない。
「クローゼットに……」
私がそう言うと、砂村さんは勝手にクローゼットを開けて、お母さんがカバーを作ってかけてくれた丸いクッションを取り出す。カバーはハート柄で、私はそれが大好きだった。
砂村さんは姫村さんの近くにそのクッションをぞんざいに置いて、、壁にもたれながらその上に座る。
「私たちはベッドに入ろう」
エリザちゃんが二段ベッドの下段に私を押し込み、自分も入ってくる。私に覆い被さるエリザちゃん。あの光景が、昨日の記憶がよみがえってきて、私は目をつぶり、体を固くした。
彼女の生温かい息が顔にかかって、私は怖くて体が震えた。
不意に砂村さんが言う。
「私たち周回してるから。エリザのアカウントも進めておく?」
「うん。お願い」
何の話か分からなかった。エリザちゃんはブレザーのポケットからスマートフォンを取り出すと、下から砂村さんに向けて投げる。砂村さんはそれを受け取って、何かいじっていた。
「ダリアちゃん、早く」
姫山さんが急かす。
「今やってるわよ!」
姫山さんの方はスマートフォンを横に持って、画面に指を滑らせていた。何かゲームをしているのかもしれない。
砂村さんは縦に、自分のとエリザちゃんの二台持ちで、それぞれの手の親指で操作を始めた。
私はお姉ちゃんにスマートフォンを貸してもらって、何度か遊んだことがある。けれどブロックを崩したり、ルートを組み立てるパズルのようなゲームしかしたことがない。複数人で遊ぶゲームをソシャゲと呼ぶのだろうか。彼女たちはそれで遊んでいるようだった。
姫山さんはポテトチップスを食べながらゲームをやっている。両手をふさがれている砂村さんは姫山さんに抗議する。
「ちょっと、私にも食べさせなさいよ」
「はい」
姫山さんが手にしたポテトチップスを、砂村さんは口で受け取る。そのとき、姫山さんの指が砂村さんの唇に挟まれたが、二人とも気にした様子はなかった。
私の記憶が正しければ、姫山さんは砂村さんに最初のブタにされた。それなのに二人が親しげで、むしろ姫山さんが優位に見えるのが不気味だった。
二人を見ていると、その隙にエリザちゃんにリボンタイを解かれ、ブラウスのボタンを外されていく。結局、二人がいても関係なかった。砂村さんが私を助けてくれるはずがないし、私をエリザちゃんに引き渡したのは姫山さんだ。
姫山さんのことは、私と同じようにエリザちゃんや砂村さんに追い詰められて従っているのだから、そんなに恨んだり怖いと思っていなかった。むしろ彼女に対して同情もしていた。ただ今の彼女を見ていると違和感があった。
その間にもエリザちゃんは私のブラウスのボタンを外すと、前をはだけて、私の首元に顔を埋める。彼女の唇が、吐息が、髪が触れて、くすぐったかった。またあれをされる恐怖から、私の呼吸も荒くなっていった。
やめて──そう言って突き飛ばせたら、どんなによかっただろう。私は何も考えないように、ベッドの上段の床板を見ることにした。床板はいくつかの木の板を縦に並べたものだった。その本数や、木目の形をぼんやりとながめていた。
エリザちゃんは二人がいる前で、私の服を脱がしていく。ただ二人は私たちの方に特に興味はない様子だった。
ブレザーもブラウスを脱がされ、スカートも。私は下着姿になった。制服にシワがつかなくてよかった。そんなことを思った。
もう五月でそこまで寒くないはずなのに、私の体は震えていた。
「緊張してるんだね」
同じように下着姿になったエリザちゃんが私を抱きしめる。彼女の冷たい肌が、重なり合った部分が火照ったように熱くなってきた。私はこの黒い炎に焼き尽くされるような気がして、それを拒むように私の体は芯から冷たくなっていく。
「舐めて」
不意にエリザちゃんが、私の口に右手の人差し指と中指を差し込んでくる。
「ん……」
しょっぱいような、苦いような、変な味がした。少しチョコレートみたいな匂いがした。
エリザちゃんが何をしたいのかよく分からないけれど、私は喉の奥に指を入れられそうで、怖くて、舌で押し出そうとした。
「ハナちゃん、くすぐったい」
それにエリザちゃんは嬉しそうに笑った。
エリザちゃんは指で私の舌を押したり、なでたりしてもてあそぶ。
私は口の中が唾液でいっぱいになって、溺れそうだった。
少ししてエリザちゃんが私の口から指を引き抜く。彼女の指は私の唾液で、ぬらぬらと光っていた。その指をエリザちゃん自身が舐める。
「ハナちゃんの味がする」
それがどんな味なのかわからないけれど、とにかく気持ち悪かった。
「下は、もう平気かな?」
エリザちゃんの指が、私の下着の中に滑り込んだ。
またあれをされるのかと思うと、心臓が破裂しそうなほど脈を打って、その痛みに目の前が暗くなってきた。
「やだ……いや……なんでもしますから……やめてください……」
まだ痛いのに、あんなことをされたら、今度こそ私は死んでしまうかもしれない。
「エリザ」
砂村さんの声に、エリザちゃんが止まる。
「なに?」
エリザちゃんからいつもの微笑みが消えて、少し不機嫌そうな顔で砂村さんを見た。
砂村さんはあぐらをかいたスカートの上にスマートフォンを一台置いて、もう一台を手に持っていた。それぞれの画面を見ながら、エリザちゃんの方を向かないで会話を続ける。
「この間、見たい映画あるって、あなた言ってたじゃない。いつ行く?」
「今度の土曜日は?」
「私その日、ママとお出かけするのよね。別に断ってもいいけど」
「それはよくないよ。日曜日は?」
「私は平気。マリーは?」
「私も平気」
姫山さんはポテトチップスを食べると、指を舐めて、ブラウスで拭いていた。
「それじゃ日曜日にしましょう」
「ハナちゃんも一緒に行こうよ? 日曜日、何か用事ある?」
休日までエリザちゃんと過ごすのは嫌だった。けれどもし断ったらどうなるのだろうか。もっと酷い目に遭うのだろうか。ただそれよりも切実な問題があった。
「私、お金が……」
映画を見るのにいくらかかるのかわからないけれど。それに電車代も気がかりだった。
「気にしなくていいよ。私が出してあげるから。だって私、ハナちゃんの恋人だから。お金のことなんて気にしなくていいよ。ハナちゃんのためなら、なんでもしてあげる」
それなら今すぐ、こんなことやめてほしかった。そう口にすれば、エリザちゃんはやめてくれるだろうか。
エリザちゃんは私の横に寝そべり、頬を、髪をなでてくる。
「それじゃ日曜日、ハナちゃんも一緒に行こう。ダリアちゃん、いいよね?」
「エリザがいいならいいわよ」
「ありがとう」
「ダリアちゃん、早く」
姫山さんの声だった
「ちょっと! こっち二つ同時で大変なんだから」
砂村さんの不機嫌そうな声。
たったそれだけのやりとりだったけれど、私は砂村さんと姫山さんの、二人の関係がますますわからなくなった。ブタだったはずの姫山さん。それなのに砂村さんに対して強気な態度だった。ただ二人の立場が逆転したというよりも、どこか気安い感じから、もっと前から二人が知り合いだったようにも感じられた。
「ハナちゃん」
エリザちゃんの声で私は引き戻された。
「続きしよっか」
エリザちゃんは再び体を起こすと、私の足にまたがり、ショーツに手をかける。それをそのままするりと下げて、脱がそうとしてきた。
「え、やだ……なんで……やめて……!」
慌てる私に、エリザちゃんは体勢を変えて、私の両足を担ぐように肩にかける。私が必死に止めようとするのにも、鼻歌まじりに、私のショーツを脱がした。私の股の間の割れ目が露わになる。
今度は私の足を押し広げて、ぐっと押し込む。私は大きく股を開いた格好にされた。あまりにも恥ずかしい姿に、涙が溢れてきた。手で股の間を隠す。その私をエリザちゃんは見守るように優しく微笑んでいた。
彼女が私にこんなことをする理由。もし彼女が残酷な気持ちで、私をいじめて楽しんでいるのならまだ理解できた。ただその微笑みに、憎しみや怒り、悪意の欠片は少しもなかった。
エリザちゃんは本当にこれが愛情を表現する方法だと思っているのかもしれない。そうとさえ思えた。
「やだ、エリザちゃん……やめて……!」
「この間は初めてだったから痛かったよね。今日はゆっくりと時間をかけて、気持ちよくしてあげるからね」
優しく私に微笑みかけるけれど、私がどんなに嫌がっても彼女はやめてくれない。
エリザちゃんが私の手を握り、遠ざけて、股の間に顔を近づける。
どうしてそんなところに──
私が拒むより先に、柔らかく波打つ黒髪が広がって、彼女の小さな頭が息を潜めるように、私の股の間に沈んでいった。
「んっ!」
彼女の唇が、体温が、息が、私の露わになった場所に当たって、私はくすぐったくて、変な声が漏れてしまった。
こんなところほかの人に見られたくない。ただ砂村さんも姫山さんも、私たちには興味がないようで、ずっと二人でゲームをしていた。
二人の様子に気を取られていると、何か生温かい、弾力のある、濡れた感触が、私の割れ目を舐めた。
「あっ……!」
それは彼女の舌が、私の割れ目に沿って舐めていることがわかった。
どうしてそんなところを。どうしてこんなことをするのか。私は思わず彼女の頭を押しのけようと手を重ねたけれど、エリザちゃんは私の足を抱え込むようにして、しっかりと顔を埋めて微動だにしなかった。
エリザちゃんは何度も何度も私の割れ目を舐める。そしてそれは少しずつ、割れ目の中に潜り込んでいくようだった。
彼女の舌が舐めるたびに、痛くはないけれど、むずがゆいような感触が、私のそこから背筋を伝って、頭の中をくすぐられているような、得体の知れない奇妙な感覚が込み上げた。
「んっ、ん……」
少しずつどこをどう舐められているのかわかってきた。エリザちゃんはおしっこの穴まで舐めているようだった。汚いのに、彼女は気持ち悪くないのだろうか。
ぴちゃぴちゃと水気のある音が大きくなっていった。生温い彼女の唾液で、私のそこがびしょびしょに濡れていくのがわかった。それはずっとおしっこをしているような感じがして、不安で気持ち悪かった。
エリザちゃんは私を舐めているから当然だけれど、二人はゲームに夢中で会話もなく、私も息を殺して声が漏れるのを我慢していたから、全員が無言だった。
不気味な沈黙の中、二人の画面を叩く音と、エリザちゃんの舌が立てる水気のある音だけが部屋の中にあった。
* * *
どれぐらいの時間そうしていただろうか。
彼女の舌が私をなぞるたびに、下腹部がくすぐったくて、ぞわぞわとした感覚が背中を這い上がり、私の脳をぐちゃぐちゃにした。
数分か十分以上か、もっと長い時間が経っただろうか。ようやくエリザちゃんは顔を上げた。
私の股の間には、下着を濡らしたような不快感、生温い、漏らしたような感覚が残っていた。
「ふふ、おいしい。ハナちゃんの味がする」
エリザちゃんが唾液まみれの顔で、にっこりと笑った。私は恥ずかしくて顔を背けた。
「少し酸っぱくて、甘くないヨーグルトみたい。ハチミツをかけたらもっと美味しいかも。それともイチゴかな、バナナかな。何が合うかな」
そんなものをいったいどうするつもりなのか。それらを食べながら、私のを舐めるつもりなのだろうか。
「バレンタインが楽しみだな。どんなふうにデコレーションしようか。その前にはクリスマス。あ、私の誕生日もある。ハナちゃんがプレゼントだなんて素敵だな」
エリザちゃんは私の内股をなでながら言った。くすぐったくて変な声が漏れそうになったのを嚙み殺す。
「ねぇ、次はハナちゃんが舐めて」
「え?」
私は信じられなかった。絶対に嫌だった。そんなことがあってほしくない、そう祈るように思った。
エリザちゃんの方を見ると、スカートとショーツを脱いで、腰を突き出すように座る。それから彼女は恥ずかしがる様子もなく両脚を大きく開いた。そして両手を脚の裏をくぐらせると、割れ目を開いて見せた。私は初めてその部分の中身を見たかもしれない。お母さんやお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ったことはあるけれど、そんなふうに開いたものを見たことがなかった。私自身のさえも。
そこは何かの傷口のようだった。化膿して、ぬらぬらと光っているように見えた。あるいは熟した果実が腐って裂けて、おぞましい内臓を晒しているかのようだった。
そこをエリザちゃんは指で広げて見せる。。
彼女は私にそこを、こんな恐ろしいものを舐めろと言っているのだろうか。
「無理……」
無理無理無理──頭の中で嫌悪感が加速する。
もしも拒絶したらどうなるだろうか。エリザちゃんは聞き入れてくれるだろうか。
私が思わず口にした呟きは、エリザちゃんの耳に入っていたかもしれない。エリザちゃんは穏やかな微笑みを消して、無表情に私を見る。
その仮面のような顔の下には、怒りや苛立ちが潜んでいるのが感じられた。あの色素の薄い、琥珀色の瞳が、射るように私を見ていた。
「恋人同士なら、当然してくれるよね?」
しなければ、できなければ恋人ではないことになる。その言葉にはそんな意味も含まれているように感じられた。
私がエリザちゃんの恋人でなくなったら、砂村さんを使って、私を追い詰めるに違いない。そうなった場合、今よりもひどい関係を強要されるかもしれない。
私は体を起こして、彼女の股の間に顔を近づける。エリザちゃんの前にうずくまるような姿勢になった。怖いという気持ちで、人はここまでできるのかと、私はひとごとのように感心した。
間近で見ると、彼女のそこには、豆粒ほどの帽子を被った突起が裂け目の上にあることに気づいた。同じものが私にあることは知っている。
ただエリザちゃんのそれは、彼女の手によって、誘うようにピンク色をした肉の外套を、裂け目を広げていた。その内側には、ひくひくとうごめく臓物があった。その臓物の中には、さらに奥へと続く暗い洞穴が、小さく穿たれていた。
私は息を止めて、エリザちゃんがそうしていたように、彼女の臓物に舌で触れた。
「んひゃっ」
エリザちゃんの口から、聞いたことのない、甘く高い声が漏れた。
正解だったのだろうか。私は彼女の臓物を舌先で何度かなぞった。
しょっぱい、とも違う。血の味とも違う。お刺身の表面を舐めたら、こんな感じだろうか。そのうち苦味が出てきた。感触はお刺身みたいだけれど、生の大根の断面のような味がすると、そんなの食べたことがないけれど、そう思った。
いつまで続ければいいのかわからない。しかしエリザちゃんからやめていいと許可されていないので舐め続ける。私はなるべく舌先だけで舐める。エリザちゃんみたいに顔を埋めて舐める気にはなれなかった。
そのうちさすがに息が続かなくなってきた。我慢してたから、思っていた以上に一気に息を吸い込んでしまった。
「んぇっ? うぇっ!」
生臭いような、牛乳が発酵したような臭いに、私はむせた。
そんな私の様子に、エリザちゃんは怒ったようだった。
彼女の両脚が、私の頭を挟み込むように折りたたまれ、私の口は彼女の裂け目に押しつけられた。さらに両手で頭を押さえ込まれる。
「ハナちゃん、女の子にそれは失礼だよ」
「んんんっ!」
「ふふっ、くすぐったい」
鼻と口がエリザちゃんの内臓に埋もれて、私は呼吸ができなかった。
彼女の脚を押しのけようとしても、微動だにしない。このまま殺されるのではないかと、なんとか呼吸しようと、必死に頭を振ろうとするが、うまく抜け出せなかった。
少ししてエリザちゃんの拘束が緩む。必死に息を吸い込んだ。口で呼吸すれば、臭いもそんなに気にならないことに気づいた。
私は自分の唾液や涙で顔がべちゃべちゃなのがわかった。すがるようにエリザちゃんのことを見上げた。
もう許してください──そう口にできたら、いや、口にできたとしても無駄だろう。
エリザちゃんは私の髪をなでながら、優しく微笑む。
「ハナちゃんにとって私が初めての彼女だもんね。上手にできなくても仕方ないよ。安心して。私がちゃんと教えてあげるから。恋人同士の愛し合い方を。上手にできるまで、いっぱい練習しようね。さぁ、もう一回して」
私は泣きながら、エリザちゃんのそこに舌を這わせた。もう味も匂いも分からない。それは不幸中の幸いかもしれない。涙で鼻の奥がつんとした。
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