私を支配するあの子

葛原そしお

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煉獄篇

第12話「張り巡らされた蜘蛛の巣と落ちた蝶」

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 私──咲良綾奈──は日曜の夜のうちに、エリザちゃんに、ハナちゃんに手を出さないよう、メッセージを送った。
『お願いします。何でもします。だからハナちゃんには、もう何もしないでください』
 エリザちゃんに対して怒りがある。許せないと思う。
 約束を破ってハナちゃんに私のことをバラすだけでなく、あんなことに巻き込んだ。そして姉妹で、私たち二人にあんなことをさせた。その写真を撮って、ハナちゃんまで脅迫した。
 エリザちゃんはなぜあんなことをするのか。私を苦しめて楽しんでいるのだと思っていた。私のことをいじめて、脅して、苦しんでいる姿を見て楽しんでいる。そういう子だと知ったから、もっと早くに気づくべきだった。私にしたように、ハナちゃんにもひどいことをするかもしれない、そう考えた方が自然だった。
 それにもしかしたらハナちゃんは、私がエリザちゃんに弱みを握られる前から、エリザちゃんにひどいことをされていたかもしれない。
 私がもっと早くそのことに気づいてあげていたら。私が弱みなんか見せなければ。ハナちゃんを助けることができたはずだった。
 そうでなくとも、私がクロキさんとのことを知られたとき、エリザちゃんの脅しに屈しないで、たとえお母さんやハナちゃんに軽蔑されても、私がしてしまったこと、されたことを隠さなければ、こんなことにはならなかった。
 けれど二人で、姉妹でしているところの写真まで撮られて、私だけじゃなく、ハナちゃんまで巻き込んでしまった。
 私一人なら我慢できる。けれどハナちゃんまで巻き込んでしまうのは堪えられない。
『お姉ちゃんはその代わりに、私に何をしてくれるの?』
 私はハナちゃんのためだったら、なんでもするつもりだった。
『お金、全部返します。足りなければ、もっと払いますから』
 いまさら体を売ることに抵抗はなかった。私なんかどうなってもいい。
『そういうことじゃないんだよなぁ』
『それじゃどうしたらいいんですか?』
『自分で考えて。私のために』
 エリザちゃんの目的がお金じゃないことは、彼女とするたびに、私にお小遣いを支払っていたことからもわかっていた。そうするとエリザちゃんは、私の体が目的ということになるのだろうか。私とすることが。
『エリザちゃんが満足するように頑張ります。道具もなんでも使っていいです。私はどうなってもいいから、ハナちゃんにはもうひどいことをしないでください』
 それに対してエリザちゃんの返信はなかった。遅い時間だったので、もう眠ってしまったのかもしれない。
 翌日の朝、何食わぬ顔でエリザちゃんは、いつものようにうちに、ハナちゃんを迎えに来た。私を見て、いつものように微笑みさえした。昨日のことなんて何もなかったように。
 ハナちゃんに、二度と近づかないでほしい。そう思うけれど、あの写真が出回ったら、ハナちゃんの人生がおわってしまう。
 私がエリザちゃんを殺して自殺すれば──それでもダリアちゃんやマリーちゃんがいる。クロキさんから百万円を脅し取った手際や、組織立った動きを思うと、あの二人も危険だった。
 二人がエリザちゃんのことが怖くて従っているだけなら、エリザちゃんを殺せば、何もしないかもしれないけれど、マリーちゃんはエリザちゃんに対して強い忠誠心をもっているようだった。
 ハナちゃんを守るために私にできることは、私自身を差し出して、エリザちゃんに満足してもらうことしかない。
 どうすればエリザちゃんは満足してくれるだろうか。私はエリザちゃんに対して、何をすればいいのだろうか。
「アヤにゃ、どうしたの? 最近、元気ないけど。何かあった?」
「何も……!」
 エイちゃんに話しかけられて、私は我に返った。授業はいつの間にかおわっていた。
 エイちゃんは心配そうに私を見ていた。
 最近のエイちゃんは、白に近い、色の薄い金髪だった。毛先に微かな赤みが入っている。メイクはあっさりとしていて、なんとなく親しみやすかった。前の派手な感じは、彼女が怖い人ではないと知っていても、少し不安な気持ちにさせられたから。服は、あまり校則が厳しくないので、体育着やジャージ、ほとんど寝巻きのような格好をしている生徒もいる。エイちゃんも上はシャツで、下はスウェットだった。お尻に下着のラインが浮かび上がるので、目の前にエイちゃんのお尻があるときはどきっとした。
「何か悩んでるなら相談に乗るよ」
「えっと、あの──」
 エリザちゃんのこと、どうすればいいか──こんなこと、誰かに相談なんてできない。
 それに私には、エイちゃんのことを恨んでいる気持ちがあった。
 エイちゃんがあんなアプリを私に教えなければ、こんなことにはならなかった。
 確かに教えたのはエイちゃんだけれど、それを使うと決めたのは私だ。私を犯したのはクロキさんで、そのことで脅してきたのはエリザちゃん。全部私のまいた種だった。
 そう頭ではわかっているけれど、私はエイちゃんのことを恨んでしまっていた。

   *  *  *

 帰宅すると、いつも通り、玄関に二人分の靴があった。
 ハナちゃんとエリザちゃんの靴だ。
 私はぼんやりと悩んでいた自分に怒りを感じた。
 こんないつものこと──いつも、私が帰る前に、二人は何をしていたのか。
 私は背筋がざわつくのを感じた。
 急いで部屋に向かう。
 ドアを開け放つと、部屋には上半身裸でベッドに座ったハナちゃんと、その前にエリザちゃんが立っていた。ハナちゃんは泣いていた。私を見ると、顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を漏らした。
「お姉ちゃん……」
 それに私は急いでハナちゃんに駆け寄った。
「ハナちゃん!」
 私は二人の間に割って入って、ハナちゃんを抱きしめた。ハナちゃんの体は冷たくなっていて、小さく震えていた。
 私は振り返って、エリザちゃんを睨む。
「ハナちゃんに何をしたの……?」
 ハナちゃんに何かしていたのは明らかだった。こんなふうに裸にして、いじめて、許せない。どうしてこんなひどいことができるのか。
 とうのエリザちゃんは少しも悪びれた様子はなかった。
「ハナちゃんが自分でしてただけだよ──ハナちゃん、時間切れ。残念だったね」
 それにハナちゃんは声をあげて泣いた。
「お姉ちゃん、ごめんなさい……ごめんない……」
「ハナちゃん、もう平気だから! ね、私がハナちゃんを守るから!」
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。ついこの間まで、私たちは普通の家族で、普通に暮らしていたのに。
「もうハナちゃんのこと、いじめないで……代わりに私がなんでもするから……」
「いじめだなんて、ひどい勘違いだよ。これはハナちゃんが自分でしたことなんだから。それにね、実は私とハナちゃん、付き合っているんだ」
 エリザちゃんが嬉しそうに笑った。
「なに? どういうこと? 意味がわからない」
「恋人同士ってこと」
「あなた、頭おかしいんじゃないの……?」
 エリザちゃんがハナちゃんに対して、何か特別な感情を抱いていることは、初めて会ったときに気づいた。だからといってこんなことするのは普通じゃない。
 それに本当に恋人なら、相手をこんなに苦しめたり、その姉の私に対してあんなことをするのは異常だ。
「もうハナちゃんには、二度と近づかないで……」
「それはできないよ。お姉ちゃんは、私たちの交際に反対なの?」
「当たり前でしょ……」
「そっか」
「ダメ、お姉ちゃん……」
 ハナちゃんが私の肩を掴んだ。
「ハナちゃん……?」
 私はハナちゃんを見た。涙で顔がくしゃくしゃだった。
「エリザちゃんには、逆らっちゃダメ……もっと、ひどいことになるから……」
「そんな……」
 こんなにも怯えて、ハナちゃんを傷つけて、私はエリザちゃんを許せない。けれど、どうすることもできなくて、悔しくて、涙が出てきた。
「でも、そうだなぁ。お姉ちゃんが、ちゃんとお姉ちゃんしてくれたら、ハナちゃんに何もしないであげるよ」
「何をすればいいの?」
「ダメ、お姉ちゃん!」
 ハナちゃんが痛いぐらいに私の肩をつかむ。私はそれに、ハナちゃんのことを強く抱きしめ返した。
 その私たちを見て、エリザちゃんは小動物をいじめるかのような、そもそも私たちを人間として見ていないような、楽しげな笑顔を浮かべていた。
「それは自分で考えて。それが正解だったら、ハナちゃんに何もしないであげる。不正解だったら、ハナちゃんにひどいこと、しちゃうかもね」
 私はいったいどうすればいいのだろうか。
 どうすればこの怪物から、ハナちゃんを守ることができるのだろうか。

   *  *  *

 翌日、学校──
 私はハナちゃんを助けるために、どうしたらいいのかわからなかった。
 エリザちゃんはお金でも体でもなく、私が彼女に「ちゃんとお姉ちゃんをすること」を求めてきた。
 それがどんなことなのかよくわからない。
 休み時間、いつものようにエイちゃんが来た。
 私が元気のないことを心配してくれて、よく話しかけてくれる。
 私はふと、気になったことを聞いてみた。
「エイちゃんって妹いる?」
「いないよ。姉貴はいるけど」
「お姉さんとは、休みの日とか、どんなことするの? 一緒に遊んだりする?」
「するよー。どんなことって──休みの日は、一緒に服とか買いに行ったり、ご飯食べたり、カラオケしたり。友達みたいな感じ?」
 そういうのが普通なのだろう。
「アヤにゃは? 妹ちゃんとどんなことするの? 休みの日」
「一緒に図書館とか。家にいるときは、一緒に動画を見たり、折り紙したり」
「えー、それ絶対つまんないって」
「そ、そうだよね……」
「あ、ごめん。そうじゃなくて、たまには二人で、思いっきり遊んだり、楽しいことしてみたら? って言いたくて。アヤにゃの妹ちゃん、おとなしい感じの子だから、そういうのでもいいかもしれないけど、たまには賑やかなのもいいと思うよ。あ、そうだ! 今度さ、妹ちゃんも誘って三人でさ、遊園地とか行こうよ! 夏休みはさ、プールとか、遊びに行かない?」
 エイちゃんは一人で忙しそうに喋っていた。そんな様子がちょっと面白かった。
「うん……だけど……」
 誘ってくれるのは嬉しい。本当だったら、ハナちゃんも誘って、三人で遊ぶのは楽しそうだ。
 けれどエリザちゃんのことがある。
 どうしたらいいかわからない。このままだとハナちゃんが、どんなひどい目に遭うか。私はどうしたらいいのだろう──そう思うと、急に目が熱くなってきた。涙が出そうだった。
「妹ちゃんと何かあったの?」
「え、あ──」
 エイちゃんが心配そうに私の顔をのぞきこんできた。
「実は、私──」
 こんなこと、相談するべきではないことはわかっている。けれど、もうどうすることもできない。
 私は誰でもいいから助けてほしかった。
 エイちゃんは、あんなアプリを知っていて詳しいから、何かトラブルに巻き込まれても、解決するアイデアと経験があるのではないか。勝手にそんなことを期待してしまった。
「今、脅されてて……」
「は?」
 エイちゃんは細い目を見開いた。こんなに大きく目を開けた彼女を初めて見た。
「妹の、ハナちゃんの友達に……裸の写真を撮られて……」
 ハナちゃんと姉妹でさせられたことを話すわけにはいかないので、少し誤魔化した。
「そ、それで……?」
 エイちゃんは動揺しているようだった。
「それで、その子に、体の関係を求められて……どうしたらいいか……」
 エイちゃんが机を叩いて、身を乗り出した。
「そんなの許せない!」
 教室中の視線が集まって、私は黙った。
「あ、ごめん……」
 エイちゃんが申し訳なさそうに言った。
「あの……ちょっと、別の場所で相談できる……?」
「うん、いいよ」
 エイちゃんがこんなに怒ったのは意外だった。もっと軽い感じで、そんなこともあるよね、と同意されるぐらいだと思っていた。
 もうすぐ休み時間がおわるけれど、私たちは教室を出て、施錠された屋上の前の階段に二人で座った。ここならほとんど誰も来ない。
 正面からエイちゃんの顔を見て、話ができる気がしなかったので、彼女が隣に座って肩を寄せてくれたのは、少し気が楽だった。
「私、その、脅されているって話だけど……その相手の子が、ハナちゃんの友達で……もし私が言うこと聞かないなら、ハナちゃんにもひどいことするって言ってきて……」
「なにそれ最低じゃん。そんなやつ、私がぶっ殺してやる」
 軽く相談するだけのつもりだったのに、エイちゃんは私以上に怒っているようだった。
「それで、その子は私に、お姉ちゃんになってほしいみたいなこと言っていて……」
「なにそれ、意味わかんない。頭おかしいんじゃないの?」
「うん……たぶん、まともじゃない……」
 誰から見ても、エリザちゃんのしていることは異常だろう。
「その、お姉ちゃんみたいなことって、何をすればいいのかわからなくて……私、どうしたらいいのか……」
「それならさ、そいつの恥ずかしい写真や動画を撮って、逆に脅してやったら?」
「え?」
 私はそのエイちゃんの提案に驚いた。
 今まで私はエリザちゃんの言いなりになるしかないと諦めていた。けれどエリザちゃんを倒す方法があった。
 エイちゃんを見ると、真剣な顔をしていた。
「どっかに呼び出して、裸にして、恥ずかしい写真を撮ってさ。逆に脅し返してやるの。二度と近づかないようにさ。私も手伝うから」
「エイちゃん……」
 私はエイちゃんのことを恨んでいて、申し訳ない気持ちになった。
 こんなにも私のことを心配してくれて、力になってくれる。涙が込み上げてきた。
 その私をエイちゃんは抱きしめてくれた。
「もう平気だからね。私がアヤにゃを守るから……」
 私はエイちゃんの腕の中で声をあげて泣いた。
 エイちゃんは力強く、けれど優しく、私を包んでくれた。

   *  *  *

 私たちの作戦は、エリザちゃんを呼び出して、恥ずかしい写真を撮って脅し返すこと。そのためにはエリザちゃんを一人で来させて、人目につかないところに連れ込む必要があった。
「買い物とかに誘うふりしてさ、なんとか呼び出せないかな?」
 私は放課後、一緒にショッピングモールで買い物しないか、誘ってみることにした。一緒に買い物するのは、姉妹らしいことだろうから、何か企みがあると疑われることもないはず。私が必死に考えて誘ったと、エリザちゃんは思うだろう。
 私の高校の最寄駅に、大きなショッピングモールがある。そこの多目的トイレにエリザちゃんを連れ込んで、彼女の弱みを握るのが私たちの作戦だった。
 ただうまく呼び出せるかどうか。
 お昼休み、私はエイちゃんと、また屋上前の階段で作戦を進めた。
 まずエリザちゃんに連絡する。
『放課後、一緒に買い物に行かない?』
 いきなりショッピングモールを指定するのは不自然なので、軽い感じで誘ってみる。エイちゃんのアドバイスだ。
『嬉しい、楽しみ! どこに行く?』
 すんなりとエリザちゃんは乗ってきた。私は心臓がドキドキして、口の中がカラカラになった。
『どこか行きたいところある?』
『どこでもいいよ! お姉ちゃんの行きたいところで』
『それじゃ、少し遠くて悪いんだけど。私の高校の近くの最寄駅に、ショッピングモールがあるんだけど。どうかな? かわいい服とかアクセサリーのお店がいっぱいあって』
『いいよ! 楽しみ! 学校おわったら行くね!』
 放課後、せめてエリザちゃんからハナちゃんを引き離せればいい程度に思っていたけれど、すんなりと成功してしまった。
 横から見ていたエイちゃんが、不思議そうに聞いてくる。
「そいつって、どんなやつなの?」
「エリザちゃん? エリザちゃんは、小柄で、お人形さんみたいに可愛い子で……」
「そんな子が、どうしてそんなことするの?」
「わかんないけど、なんとなく、虐待とか受けて育ったんじゃないかな? って感じる。人との距離感がわからないのか、家族みたいなものに憧れているのか……」
 エリザちゃんは家族ごっこがしたいのかもしれない。でもそれなら、こんなことをしなくても、私たちは彼女を大切な友達として、家族のような存在として、迎え入れていた。
 こんなことをしなくても、もう十分に私たちは彼女を受け入れていたのに。
 それがどうして、姉妹であんなことをするのか、結びつかない。性的なことをするのが家族の絆だと思い込んでいるのだろうか。だとしたら彼女にそんな呪いをかけたのは誰なのだろう。それとも最初からそういう子なのか。
 ただエリザちゃんのことを考えても仕方ない。
 彼女はもう人間じゃない。

   *  *  *

 私はエリザちゃんと駅の改札前で待ち合わせをした。
 中学生の方が早く授業がおわるので、私の学校がおわるころには、エリザちゃんは駅に着いていた。
 改札前は出入りする人々で混んでいた。エリザちゃんは改札前の支柱のところに背をもたれて私を待っていた。私を見つけると、あの微笑みを浮かべる。
 エリザちゃんは夏服になっていて、ブラウスの袖から、白くて細い腕が露わになっていた。こんなに細くて、人形のように可愛いのに、どうしてあんなひどいことができるのだろうか。
「お待たせ、エリザちゃん」
「全然、待ってないよ。お姉ちゃん」
 エリザちゃんは嬉しそうに笑った。
 彼女が、あんなことをする子でなければ、妹の友達と待ち合わせをして買い物をする、ただそれだけのことだったのに。
 エリザちゃんが私の左腕に、彼女の腕を絡めてきた。素肌が触れ合って、ひんやりとした彼女の感触が伝わってきた。
「行こう」
「うん……」
 甘えるように肩を寄せてきた。
 エリザちゃんの友達の、ダリアちゃんとマリーちゃんの姿はなかった。もしかしたら連れてくるかもしれないと思ったけれど、姉妹での遊びにこだわっているようだから、一人きりで誘い出すことができた。ただもし二人がいても、多少強引になるだけで、作戦に変わりはない。
 私は彼女に企みがあることを悟られないように、平静にふるまうことを心がける。
 私たちの作戦はこうだ──私たちの向かうショッピングモールは駅に併設している。そこの多目的トイレのあるフロアに着いたら、私はエイちゃんにワンコール入れる。次にエイちゃんが、周囲に人がいないのを確認して、準備ができたら私に電話をする。それに私が出ないで着信を切ったら、私たちが移動する合図。そしてエリザちゃんをトイレに連れ込む。
 多目的トイレのあるフロアはいくつかあるけれど、自然に誘導できる場所を選んだ。そこには女性向けの服や、雑貨のお店がいくつかある。私自身は行ったことがないけれど、エイちゃんの提案だった。
 私はそのフロアに着くと、エリザちゃんに怪しまれないように、さりげなくスマートフォンを取り出して、エイちゃんにワンコールかける。
 目線は私の方が高いから、何をしているのか見られる心配はないけれど、つないだ手から、心の中まで見透かされているようで気持ちが悪かった。
「ねぇ、夏休みは家族でどこかに行くの?」
「えっと……」
 私は口ごもってしまった。いつエイちゃんから電話があるか、気が気でなかった。作戦を悟られないためにも、普段通りにふるまわなければいけないのに。
「今年は、三人で、温泉にでも行こうかなって……」
「いいね、楽しそう! 私も行きたい!」
「そう……じゃあ、四人で行こうか……」
「わぁ、嬉しい!」
 絶対に一緒に行きたくない。ただとにかく今は適当に機嫌をとることにした。
 スマートフォンが鳴り始めた。
「あ、友達から電話──」
 そう言って、スマートフォンを取り出し、着信を切る。
「出ないの?」
「今はいいや」
 次に、私は理由をつけて、エリザちゃんを連れて多目的トイレに移動する。口実は思いついていた。
「ねぇ、エリザちゃん。家だとハナちゃんがいるからさ、エッチしてから帰らない?」
 それにエリザちゃんは嬉しそうに笑った。私は口の腐りそうな気分になった。
 ハナちゃんのため。ハナちゃんを守るためなら、私はどんなことでもする──
「ふふ、お姉ちゃん。嬉しい。でもどこでするの? ホテルには入れないと思うけれど」
「ここのトイレでもいい? 多目的トイレ。広くてきれいなの」
「うん、いいよ」
 私はエリザちゃんと多目的トイレに向かった。
 エイちゃんは知らない人のふりをして、トイレの近くのベンチに座っていた。制服じゃないから、エリザちゃんも同じ学校の知り合いだとは思わないだろう。私は気づかないふりをして、多目的トイレのドアに手をかけた。ドアはスライド式だった。
 横に引くと、広くて清潔な空間が現れる。正面に洗面台、奥に便器がある。
「トイレでなんて、なんか変態みたいだね」
 エリザちゃんが楽しそうに言った。
 私たちがトイレに入ると──ドアを閉めるより先に、後ろからエイちゃんが入ってきてエリザちゃんを押し込んだ。
「え──」
 エリザちゃんは足をもつれさせて、転びそうになっていた。そして不思議そうに私たちを振り返った。
 そのエリザちゃんにエイちゃんがすかさずビンタする。風船が割れるような高い音がした。
 私はその隙に急いでドアを占め、鍵をかける。
「だれ、ですか……?」
 知らない人に──エイちゃんに突然ビンタされて、あのエリザちゃんが動揺しているようだった。私はエイちゃんの後ろ姿しか見えなかったので、彼女が今どんな顔をしているのかわからない。
「服脱げ」
 エイちゃんの声は聞いたこともないほど低かった。
「え、なに? 急に──」
 エイちゃんはもう一度エリザちゃんをビンタした。首が取れてしまうのではないかと思うぐらいの勢いだった。
「服脱げ、つってんだよ」
「い、嫌だ……」
 エリザちゃんは頬を押さえて、エイちゃんのことを怯えたように見上げていた。
 低い声で恫喝するエイちゃんは別人のようで、私でも怖かった。
「さっさと脱げ!」
 エイちゃんはエリザちゃんの細い足を蹴りつける。
「痛いっ……!」
 うずくまりかけたエリザちゃんの髪を掴んで、エイちゃんは顔を寄せる。
「さっさと服脱げつってんだよ! 何度も言わせんな、殺すぞクソガキ!」
「は、はい……脱ぎます……痛い、やめて……」
 エリザちゃんは苦しそうに顔を歪めていた。彼女の頬に涙がこぼれた。
 その光景に私は胸が痛い気もしたけれど、あれだけのことをしたエリザちゃんが報いを受けている。そう思うと、胸が熱くなってきて、気の晴れる思いだった。
 エリザちゃんがブラウスを脱ぐと、下着姿の細く痩せた体が露わになった。
「脱ぎました……」
「全部脱げ!」
 エイちゃんが殴るような仕草を見せた。それにエリザちゃんは身を縮こまらせる。
「はい、脱ぎます……!」
 エリザちゃんは下着も脱いで、靴下と靴を履いたままの恥ずかしい格好になった。
 あのエリザちゃんがうつむいて泣いている。私を踏みにじって、笑っていたあのエリザちゃんが。
 エイちゃんがスマートフォンを向けて、その姿を動画で撮る。
「マスかけ」
「え……?」
「自分でしろって言ってるんだよ。さっさとマスかけ!」
「やめてください……」
「は? ぶっ殺すぞ?」
 エイちゃんが凄むと、エリザちゃんは嗚咽混じりに泣きながら、自身の手を股の間に滑らせる。その手を小さく上下させていた。指先でこすっているようだった。
「見えるようにやれ」
 それにエリザちゃんはどうしたらいいかわからず、戸惑っているようだった。
 エイちゃんが重ねて言う。
「股を開いて見えるようにやれ」
 それでもエリザちゃんがかたまっていると、エイちゃんがエリザちゃんの足を蹴る。それにエリザちゃんの細い足が折れてしまうのではないかと心配になった。ただエリザちゃんのことを心配したというよりも、大ごとになってエイちゃんに迷惑がかかるのではないか、そのことを心配した。
「便器に座って股を開け」
「はい……」
 エリザちゃんは素直に従う。便座に座って股を開くと、彼女の割れ目が露わになった。
「自分で開いて、中見せろ」
 それに彼女は情けない姿で、両手で自分自身の割れ目を広げて内側をさらす。
「無様だな、クソビッチ。もういい。さっさと続きをしろ」
 エリザちゃんが剥き出しになった割れ目を指でこする。
「名前は?」
「え?」
「名前を言え。手を止めるなよ。マスかきながら答えろ」
「はとり、えりざ……」
「住所は?」
 エリザちゃんが答えずにいると、エイちゃんは便座を踏みつけた。
「早く言え」
 住所や学校の名前、家族の情報を喋らせた。
 エリザちゃんが一人娘で、私と同じ母子家庭であることがわかった。
「そのまま一人でしてろ」
 エイちゃんは撮影をやめると、エリザちゃんの持ち物をあさる。財布や学生証、スマートフォンを確認する。私たちの卒業した、同じ中学の学生証は顔写真つきだった。エイちゃんはそれを何枚か撮る。次にエリザちゃんのスマートフォンを手にした。
「パスワードは?」
「8100……」
 私はエイちゃんに中身を見られることに焦った。私だけならともかく、ハナちゃんのことがある。
「アヤにゃ、中身確認して。私は見ないから」
 エイちゃんはそう言って解除したスマートフォンを渡してくれた。私はカメラロールの中にある、私たちの写真を見つけて削除した。
「消した?」
「うん……」
 エイちゃんが手を出しているので、私は彼女にスマートフォンを戻した。
 エイちゃんはエリザちゃんに向き直る。
「どうせ動画やデータはバックアップとってるんでしょ。全部消せって言っても信用できない。だからもしアヤナの写真や動画がネットに上がったら、お前の個人情報と撮影したもの、全部さらすから」
 エイちゃんはエリザちゃんに向かってそのスマートフォンを投げつけた。勢いよく投げられたそれは、床に叩きつけられて、割れるような高い音を立てて弾む。画面が割れたか、壊れたかもしれない。
「友達からスタンプ送られてたから、返信しといたら?」
 エイちゃんは皮肉で言ったようだった。
「何分前ですか……?」
「は? 十分前ぐらいじゃない?」
「そうですか……」
 エリザちゃんはうつむいたまま、嗚咽を漏らしながら、まだ自慰をしていた。エイちゃんはそれを別にやめさせなかった。
 ここまでするのか、そう思う一方で、これでも足りないのではないか、と不安に思う気持ちがあった
「二度とアヤナとその妹に近づくなよ」
「はい……」
 エリザちゃんの顔はその黒髪に隠れて見えない。今どんな顔をしているのだろうか。
 何の感情もない怪物のように思っていたけれど、自分が暴力にさらされれば、こんな普通の女の子と変わらないのか。そんな変な感慨みたいなものがあった。
 エリザちゃんだったら──あのうすら笑いを浮かべて、エイちゃんの暴力に怯むこともなく、従うにしても表情ひとつ崩さないと思っていたのに。
 私は、こんなやつにいいようにされてきたのかという情けない気持ちと、拭い去れない違和感があった。
 クロキさんにした、エリザちゃんの周到な手口。こんな簡単に、エイちゃんの計画通りに進んだことが意外だった。
 きっとエイちゃんの手際が、怖いぐらいに見事だった、それだけだ──
 エイちゃんがトイレの鍵を開ける。
「行こう」
「うん……」
 エリザちゃんはまだ自慰をしていた。
 私はエリザちゃんのことを恨んでいたけれど、今の彼女はかわいそうに思えた。ただこのぐらいしなければ、エリザちゃんからハナちゃんを守れない。
 もっと違う関係が、私たちにはあったのではないか。こんなことにならない方法があったのではないか。どうしてもそんなことを思ってしまった。ただ仮にあったとしても、壊したのはエリザちゃんだ。
 トイレのドアが開く音がした。もうこれでエリザちゃんとはさよならだ。約束を守るかわからないけれど、お互いの手元に弱みがある。
 ハナちゃんにはしばらく学校を休ませて、お母さんに相談して、引っ越して、転校しよう。私も高校をやめて働こう。
 さようなら、エリザちゃん──
「え?」
 ドアを開けたエイちゃんが変な声をあげた。それと同時に、壁を叩くような、鈍く重い音がした。
「げほっ──」
 突然エイちゃんはうずくまり、むせているようだった。
「エイちゃん……⁉︎」
 何が起きたのか──
 そこへ突然、ドアの向こうから足が突き出されて、エイちゃんが蹴り飛ばされる。腰と背中を打ちつけて苦しそうにもだえていた。
 私は息を呑んだ。
 ショートカットの少女が、無表情にトイレの中へ入ってくる。
 マリーちゃん──彼女に続いて、ダリアちゃんも入ってきて、再びトイレのドアは閉じられた。
「ふふふ……」
 後ろからエリザちゃんの笑い声が聞こえてきた。振り返ると、エリザちゃんは股を開いて、自慰をしながら笑っていた。

   *  *  *

 エリザちゃんは裸のまま、私の方に歩み寄ってくる。
「失神ゲームってしたことある? 深く息を吸い込んだところで、胸を強く打つと、血圧が低下したりして、脳が酸素不足になって意識を失う。トイレを出た時、目の前に人がいたら少しびっくりするでしょ? もともと後ろ暗いことをしていたのなら、なおさら。人は驚いたときに息を吸うから、マリーちゃんには個室から誰が出てきても、最初に出てきた人の胸を打つようにお願いしていたんだ。たとえそれが私でも。そのまま私の体を押し込んで、乗り込むようにもね」
 今まで泣いていたのが嘘のように、あのいつもの微笑みを浮かべていた。もしかしたら最初から泣いていなかったのではないかとさえ思えた。
「なんで……どういうこと……?」
 体格のまさるエイちゃんを、マリーちゃんの細腕で倒した理由はわかった。
 けれど、そんなことよりも──私はダリアちゃんやマリーちゃんが近くにいないか、警戒はしていたつもりだった。駅の周辺に隠れていないか、あとをつけられていないか確認もしたはずだった。多目的トイレに連れ込めた時点で、私は油断していた。二人が、特にマリーちゃんがエリザちゃんを見殺しにするとは思えなかったから。どうして今になって二人が乗り込んできたのか。
「私たちは五分ごとに連絡を取り合っていたの。気づかなかった?」
 エリザちゃんはずっと私の腕にその腕を絡めていた。片手でスマートフォンを操作している様子もなかった。私がエイちゃんに連絡をした時、それに気を取られて見落としていたとしても、一回か二回程度。
「五分ごとにダリアちゃんがスタンプを送る。それに五分以内に既読がつかなければ、二人が駆けつけることになっていた。左のポケットにスマートフォンを入れて、画面をオンオフして既読をつけるだけ。それでも念のため、気づかれないように右手をお姉ちゃんの左腕に絡めて、死角にいたんだよ。お姉ちゃんが何かしようとするのなら、利き手を空けておいてあげたかったから」
 そこまで私のことを警戒していて、エリザちゃんは少しも疑っている様子を見せなかった。それどころか私たちの作戦を利用して、今のこの状況をつくったように思えた。
「最初から、わかっていたの……?」
「アヤナお姉ちゃんらしくないと思ったんだ。一緒に買い物だなんて。ハナちゃんとそんなこと、めったにしないよね? 最近はお金があるから平気かもしれないけれど、それまでは遊ぶお金だって大変だったはず。そのお姉ちゃんが、買い物に誘うなんて、誰か別の人の発想、誰かが助言したんじゃないかと思ったんだ」
 ダリアちゃんが言う。
「おおよそエリザの予想通りだったわね」
「私の場所は──私たち三人は互いにGPSで位置を共有しているけど、ここはフロアがいくつかあるから焦ったけどね」
「マリーが先行してフロアは特定していたわ」
 それなのにエリザちゃんはどうして未然に防がなかったのか。誘いに乗ってきたのか。そのことを考えると、私は背筋が凍りつく思いだった。生きた心地がしなかった。
 この密室に私たちを閉じ込めることがエリザちゃんの目的だったとしたら──エリザちゃんは自分自身さえも駒にした。何のためにかわからないけれど、エリザちゃんは何か恐ろしいことを企んでいるに違いない。
「この、クソガキ……!」
 酸欠から立ち直ったエイちゃんが起き上がると、マリーちゃんにつかみかかる。
 体格では、私とエイちゃんが上だ。単純な暴力でなら、二人で力を合わせれば──
 マリーちゃんは両手を顔の高さにあげた。手のひらをエイちゃんに向ける。まるで降参するかのようなポーズだった。
「いまさら!」
 エイちゃんがマリーちゃんの腕をつかもうとしたとき、マリーちゃんはエイちゃんの右手首を掴んで、くるりと回って背中を向ける。一瞬の出来事だった。そのままマリーちゃんはエイちゃんの腕を肩に乗せると、そこを支点にして、背負うようにしてへし折った。太い枝の折れるような、低く鈍い音が聞こえた気がした。
 エイちゃんは悲鳴をあげて、腕を押さえて、その場にへたり込んだ。
「いたいいたいたいっ……‼︎」
 私は目の前で起きたことが信じられなかった。マリーちゃんは表情ひとつ変えず、エイちゃんを睨みつつ、体を私の方に向けていた。マリーちゃんのそばにいたダリアちゃんは、腕を折られたエイちゃんを見て、うるさそうに顔をしかめただけだった。
 いつの間にか隣に立っていたエリザちゃんが私の手を握り、指を絡めてくる。その手は、彼女の体液で濡れていた。
「人の骨ってね、折るの、けっこう難しいんだよ。痛みを想像してしまうから。だけどマリーちゃんは、痛みがわからないから、ためらいがない。怪物を倒すためには、怪物にならなければいけなかったの」
 そう言うエリザちゃんこそ、私にとって最も恐ろしい怪物だった。
 エイちゃんの右腕は、ぶらりと垂れ下がって、彼女の身悶えに合わせて揺れていた。激痛に顔を歪めて、泣き叫んでいた。
 私はエイちゃんの痛みよりも、これから私が何をされるのか、想像もつかなくて、怖くて漏らしてしまった。
 殺される──そう思った。私たちより小柄なのに、マリーちゃんの暴力は容赦なかった。
「それじゃ、えっと、名前なんだっけ? まあいいや。あとで自己紹介してもらお。お姉ちゃんのお友達さん、裸になって」
 それにエイちゃんは怯えた顔でエリザちゃんを見た。
「できないなら、マリーちゃん、手伝ってあげて」
「わかった」
 マリーちゃんがエイちゃんのシャツを引っ張る。
「や、やだっ……!」
「マリーちゃん。もし脱がないなら、十秒ごとに指を一本ずつ折って」
「ひっ……」
 腕を折ることになんのためらいもないのに、いまさら指を折ることにためらうとも思えなかった。
「や、やめて……!」
「なら、早くして」
「ぬ、脱ぎます……!」
 エイちゃんは泣きながら、痛そうに、片手でシャツを脱ぐ。折れた腕が引っかかって、痛くてうまく脱げないようだった。
「痛いっ……無理……」
 エイちゃんはむせび泣いていた。
「うーん、あとで着せるのめんどくさいから、まくるだけでいいか。マリーちゃん、立たせて、便座に座らせて。ついでに下も脱がせて」
「わかった」
 マリーちゃんは乱暴にエイちゃんを立たせ、便座に座らせる。
 下に履いたスウェットと下着を、マリーちゃんは奪い取った。
「ダリアちゃん、彼女のスウェットのポケットにスマートフォンが入ってるから、私の動画を確認しておいて。あとで見たいから、ダリアちゃんのスマホに移しておいて。私のは壊されちゃったから」
「わ、わかった……」
 その悪趣味さに、ダリアちゃんも少し動揺しているようだった。
「パスワードは?」
 エリザちゃんがエイちゃんを見る。
「パスワード教えて」
 エイちゃんは黙り込んで、答えたくない様子だった。
「早く。十秒以内。じゅう、きゅう、はち──」
「0717……」
「え?」
 思わず声が漏れてしまった。それは私の誕生日だった。
「どうしたの?」
 エリザちゃんが私を見る。
「私の誕生日……」
 私は変に隠し事して、エリザちゃんを怒らせたくなかったので素直に答えた。
「ふーん、そうなんだ」
 エリザちゃんがにやにやと笑った。
「あれ、マリーちゃんと誕生日、近いんじゃない?」
「うん。一日違い。私は十六日」
「すごい偶然! 一緒にバースデーパーティしよう。もうすぐだから、帰りに地下の食品市場で何か買って帰ろうか」
「ローストビーフ食べたい」
「いいね。お姉ちゃんは何がいい?」
「私は……」
 この悪夢のような状況の中で、エリザちゃんは楽しそうだった。
「それじゃお友達ちゃん、シャツをまくって下着をずらして。それから股を開いて。マスターベーションをして」
 エリザちゃんは自分がされたことを、そのままするつもりのようだった。
 マリーちゃんがスマートフォンをエイちゃんに向けていた。
 エイちゃんはすがるような目で、エリザちゃんを見た。
「早く」
「ごめんなさい……許してください……」
「そう。できないなら、もう一本の腕もいらないね」
「や、やります……! やりますから……」
 エイちゃんは形のいい、お茶碗ぐらいの大きさの胸をさらけ出して、剥き出しにした自身の割れ目を、左手の指でなぞる。
 私はエイちゃんに対して、こんなことになって、本当に申し訳ない気持ちになった。
 私がエイちゃんに頼らなければ、彼女を巻き込まなければ、こんなことにはならなかった。
 私は心の中で、何度もエイちゃんに謝った。

   *  *  *

 エイちゃんは便座に座って股を開く。右腕はぶらりと垂れ下がっていて、嗚咽と、左手で股の間の割れ目をこするたびに揺れて、痛々しかった。下唇を噛んで、必死に痛みを堪えているようだった。涙と鼻水で顔はべちゃべちゃで、目の周りのメイクが流れ落ちて、黒い涙の跡になっていた。
「もっとちゃんと開いて見せて。いつもしているみたいにして。そうしないと、いつまでもおわらないよ」
 エリザちゃんは裸のまま、私の手をつないで、エイちゃんのことを見守る。これだけの惨状をつくり出して、少しも悪びれた様子はなく、いつも通り、楽しげだった。
 エイちゃんは泣きながら、左手の人差し指と薬指で割れ目を開いて、中指で内側をこする。こんな状況で、少しも濡れている様子はなかった。
「許してください……ごめんなさい……」
 エイちゃんはエリザちゃんに謝る。私も、これ以上、エイちゃんにひどいことをしてほしくない。もともと私が原因でこうなったのだから。そう思って口添えをしようと思っても、エリザちゃんのことが怖くて口をきけなかった。
 次にあれをさせられるのは私で、腕を折られるだけでは済まないかもしれない。
「それじゃお姉ちゃんのお友達さん、お名前は?」
 あのインタビューが始まった。
「くればやし、えいこ……」
「お姉ちゃんにはなんて呼ばれているの?」
「エイちゃん、って……」
「ふーん。そう。じゃあ、エイちゃんさん。高校の名前を教えて──」
 通学している高校、住んでいる場所、家族構成──
「家族、お姉さんがいるんだ。お姉さんの名前は?」
「姉貴は関係ないでしょ……?」
「答えないのなら、もうその口は必要ないね」
「い、言います! 言いますから──」
 エリザちゃんの言葉はただの脅しじゃない。マリーちゃんを使って本当に実行するに違いないと思わせた。
「あれ、エイちゃんさん、住んでるの、意外と近所だね。アヤナお姉ちゃんとは高校から知り合ったの?」
「中学が、一緒で……仲良くなったのは、高校から……」
「へぇ、それじゃあ、私たちと同じ中学ってことだよね。エイちゃん先輩だ! 私、部活とか入ってないから、先輩ができて嬉しい!」
 その先輩にこんなことをしながら、エリザちゃんは嬉しそうに笑っていた。
「ねぇ、ダリアちゃん。私たちの先輩だよ!」
「ああ、うん……」
 エリザちゃんがダリアちゃんを振り返る。ダリアちゃんはエイちゃんのスマートフォンと学生証を確保していた。
「ダリアちゃん。エイちゃん先輩と連絡先、交換しておいて。私のスマホ壊れちゃったから。あと先輩のスマホの中の私のデータ、消さなくていいから」
「わかった。あとエリザの動画、私のに移しといたから」
「ありがとう。あとで私にちょうだい」
 エリザちゃんがエイちゃんに向き直る。エイちゃんはまだ自慰をしていた。
「マリーちゃん、撮影やめていいよ。それか、撮りたいのある?」
「排泄」
 それにエリザちゃんは声をあげて笑った。エイちゃんは怯えた顔で二人を見た。私はマリーちゃんのことが何も理解できなかった。マリーちゃんは少しも楽しんでいる様子もないのに、人の骨を折ったり、ためらいなく暴力をふるい、エリザちゃん以上に恐ろしい要求をする。
「大きいの、小さいの?」
「両方」
「だって、先輩。後輩のためにお願いします」
 エリザちゃんは乗り気だった。
「無理、です……できません……」
「便秘なの?」
「そうじゃなくて……」
「どうやったら出る?」
「え……?」
「押せば出るかな。マリーちゃん」
 マリーちゃんが名前を呼ばれると、勢いよくエイちゃんのお腹を蹴った。
「うぐっ──」
 エイちゃんはそれに前屈みに体を曲げた。マリーちゃんが足を引く抜くと、暗い黄色の液体を吐いた。
「中便」
 マリーちゃんがぼそりと言うと、エリザちゃんは大笑いした。
「もうマリーちゃん、笑わせないでよ。先輩、面白すぎ」
 エイちゃんは涙目に二人を見上げ、許しを求めるような、怯えたかわいそうな顔をしていた。
「もう……許して……」
「別に、先輩に怒ってないですよ。私のことを叩いたのは、マリーちゃんが腕を折ったのでおあいこ。私の動画も、先輩の動画でおあいこです。今のだってマリーちゃんがふざけただけで、可愛い後輩のしたことだから、先輩は許してくれますよね?」
 エリザちゃんたちのしたことの方が、はるかにひどいのに、私もエイちゃんも反論できなかった。
「だけどね、先輩。私のスマートフォンを壊したことは、どう責任とってくれるんですか? 大切なデータだって入っているのに」
 エイちゃんが投げつけたエリザちゃんのスマートフォンは床に転がっている。画面が割れていて、操作するだけで指が血まみれになりそうだった。ただ中のデータまで消えてるとは思えないけれど、私が消去したデータを指しているのなら、このあと私はどんな償いをさせられるのだろうか。
「弁償、します……」
 それにエリザちゃんが微笑む。
「よかった。それじゃ月末までに三百万円ね」
「え……?」
 そんな値段のするスマートフォンのはずがなかった。同じ機種のものを買って、データを移し替えれば済むだけのはずなのに。
「そんなするはずないし、そんなお金ない……」
「人のもの壊しておいて、なんですかその態度は? 後輩だからってバカにしてるんですか?」
「違う……そんなんじゃない、です……」
「どんなことをしても必ずお金をつくってくださいね。じゃないと、先輩の家族にも取り立てますから」
「許してください……なんでもしますから……」
「だから三百万円でいいって言ってるのに。それじゃ一千万円用意してくれるんですか?」
「無理です……」
「だったら軽々しくなんでもなんて言わないでください。先輩にできることは、せいぜいその体を売ることぐらいでしょ?」
「でも腕が、こんなじゃ……」
「百万円でもう一本の腕も売ったらいいんじゃないですか?」
 エリザちゃんはなんでもないことのように言った。
 エイちゃんはもう、涙さえも干上がっていた。青ざめた顔でエリザちゃんを見た。
 私はエリザちゃんのことがずっと怖かったけれど、彼女に逆らう、彼女の敵になるということがどういうことか、ようやく理解した。
「それじゃエイちゃん先輩、もういいんで。はい、おつかれさまでした」
 エイちゃんは解放されたけれど、便座に座ったまま、折れた腕の痛みさえ忘れた様子で放心していた。
 そしてエリザちゃんが私の手を引く。エリザちゃんは私の顔を見上げて、にっこりと笑った。琥珀色の瞳を細めて、八重歯をのぞかせて。
「アヤナお姉ちゃん──」
 エイちゃんに対してあそこまでしたエリザちゃん。私に対して、いったいどんなことをするのか、恐ろしくて気絶してしまいそうだった。
「それにしてもショックだなぁ。お姉ちゃんが、私のことを裏切るなんて。とても悲しい」
 そう言うエリザちゃんは、少しも悲しそうに見えなかった。
「お姉ちゃんには、罰を与えないと、ね。私を裏切った罰を」
 それは腕を折られたり、お金だけで済むのだろうか。そんなことでは済まされない気がした。
「お願いします……殺さないでください……」
「ひどいなぁ。そんなことするわけないでしょ。大切なお姉ちゃんなのに」
 エリザちゃんはおかしそうに笑った。
「裏切り者のお姉ちゃんには、お願いを一つ、聞いてもらおうかな」
 それは殺されることも覚悟していた私にとって、なんだか拍子抜けに思えた。けれどエリザちゃんが、生温い罰を与えるとは思えない。どんなお願いをされるのか。人殺しや、犯罪行為をさせられるかもしれない。そう気づくと、途端に恐ろしくなってきた。
「いったい、何をすれば……」
「それは、今週末のお楽しみ」
 それはまるで友達の誕生日にサプライズを仕込むような、そんな楽しげな口ぶりだった。
 そもそも私とハナちゃんが姉妹でしている写真を使って脅迫すれば、私を従わせることは十分にできたはずだった。それなのにわざわざこんな形で、ここまで私の逆らえない状況をつくる必要があるということは、いったい何をさせるつもりなのだろうか。
 不意にエリザちゃんの顔から表情が消えた。
「もしも言うことをきかなかったら、ハナちゃんの腕を折るから」
「え……? な、なんで……? どうして……?」
「お姉ちゃんの手足を折っても、お姉ちゃんが痛いだけで、反省しなさそうだから。それにお姉ちゃんを傷つけたら、ハナちゃんが悲しむでしょ? ハナちゃんも、お姉ちゃんにひどいことしないで、って言ってたから、それを尊重してあげたいの。恋人の頼みだからね」
 エリザちゃんはうっとりと笑った。
 彼女の妄想だとしても、恋人であるハナちゃんの腕を折ることに抵抗がない、そんな彼女の矛盾と狂気を問いただすことも、怖くて私にはできなかった。
 私はエリザちゃんの奴隷だ。ハナちゃんを人質にとられて、逆らうことができない。仮にハナちゃんが無事でも、私はエリザちゃんが怖い。
 そしてエリザちゃんのこの要求に、安堵している私がいた。骨を折られるわけじゃない。どうしようもない金額のお金を求められるわけじゃない。ただそれよりも恐ろしいことを私にさせるつもりだとわかってはいる。もし逆らった場合、その代償を支払わされるのは、私の一番大切な妹のハナちゃん。
 私はエリザちゃんという暴力の嵐が、いつか通り過ぎてくれるのを、卑屈に祈りながらやり過ごすしかなかった。
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