私を支配するあの子

葛原そしお

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王国篇

第十九話②

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 放課後は途中まで帰り道が同じなので、私たちは手をつないで一緒に帰る。
 その帰り道に限らず、羽鳥英梨沙はよくしゃべる。私は彼女の気を悪くしないように、相槌を打つのに苦心した。ただ彼女の話は難しいというか、よくわからないものが多くて大変だった。
「ねぇ、知ってる? この世界の99%の人にはね、魂がないの。魂があるのは1%だけ。それ以外の人はみんな、自分を人だと思っている肉人形なんだ」
「そう、なんだ……」
 そんな話を振られて、果たしてどう返すのが正解なのだろうか。
 今の返しはよくなかったのではないかと不安だったけれど、彼女は私のつまらない相槌に不機嫌になることもなく、いつもと変わらない様子で続ける。
「だっておかしいと思わない? 最初にいた人類は何人ぐらいいたのかな。もし魂は不滅で、永遠に存在し続ける実体なら。もし生まれ変わりがあるのなら、最初にいた人以外の魂は、いったいどこから来たの?」
 私はそれにどう答えたらいいのかわからず言葉に詰まった。魂の数が有限なんて考えたこともなかった。ただ魂については考えたことがある。
 いじめられていたときに、何度も自殺しようか迷って、死んだらどうなるのか、魂について考えた。魂が存在すること、生まれ変わりがあること、それらが本当にあるのか。
 もし死んだらどうなるのか、そこでおしまいなのか。私の意識は、私が死んでも存在し続けるのか。それが私を私たらしめている、魂と呼ばれる何かなのか。
 死後も私が存在し続けるのなら、こんな苦しい思いをするより、いっそ死んで楽になったほうがいいようにも思えた。そうしないのは心のどこかで、魂なんて存在しないと気づいているから、死んだら無になることが怖くて、本当に死ぬことができないのか。
 そもそも私はどこから来て、なぜこの人生に生まれたのか。それに意味があるのか。何の意味もなく、選ぶこともできず、ただこの最低の人生に生まれたのか。
 魂が存在したら、死後に生まれ変わって別の人生を歩むことができるのか。もし生まれ変わりがあるのなら、普通の家族のもとに生まれて、たった一人でいいから友達がほしいと願った。
 それに絡めて何か返そうと言葉に詰まっているうちに、羽鳥英梨沙は続ける。
「前に読んだ本でね、魂を捨てて永遠の命を得る物語があるの。その捨てられた魂は肉体を離れて世界中を自由に旅するのだけど、悪徳に塗れて真っ黒に染まってしまうの。魂を捨てた人は、その空白に心が凍てついて、永遠に苦しみ続けるの。そして捨てた魂に戻ってくるようにお願いするのだけど、魂はありとあらゆる悪徳と快楽に魅せられて、それを拒むんだ。肉体という器がなければ魂は堕落するし、魂がなければ孤独に心は凍てつく。この世界は魂のない人たちによってつくられたものだから、残酷で醜悪で汚穢に満ちているんだよ」
 彼女が話していることはよくわからなかった。ただそれが私を苦しめた世界を説明するものだということはわかった。
「私たちは魂をもつ1%の人間だから、魂のない人たちに苦しめられるの。鈴木さんや蕪木さんみたいな、人の姿をしているだけの肉の塊にね」
 鈴木芽亜理、蕪木笑愛。そして鷲尾麻亜紗まあしゃ。私は彼女たちに魂がないと思っていた。羽鳥英梨沙の言うとおり、彼女たちは人間ではない、というのは信じられた。
「猫は可愛いから、死んじゃったら心が痛むけど、生きているときの姿を知らない動物の肉にかわいそうと思う? オカズに出てくる魚の切り身に心が痛む? それと同じ。死んだって、ダリアちゃんが心を痛める必要はないよ」
「うん……」
 羽鳥英梨沙は私が彼女たちの死に怯えているのを、気遣ってそんな話をしてくれたのだろうか。
 もともと私は、死んで当然な奴らが死んだだけ、そう思っていた。ただその連鎖が私にまで及ぶのではないかということが怖いだけだった。
 不意に羽鳥英梨沙が立ち止まる。私の家と彼女の家への分岐路だった。
「ここでお別れだね」
 そう言って彼女は私に抱きついてくる。それに私も、思わず彼女を抱きしめ返した。ランドセルが邪魔で、頭の後ろに手を回す形になった。彼女の黒髪に鼻先が埋まった。埃っぽい匂いがした。それは雨上がりの土のような匂いで、なんとなく安心するような、落ち着く匂いだった。
 どうして彼女が私に抱きついてきたり、手をつないでくるのかわからなかったけれど、こうして触れ合うのは悪い気がしなかった。もう少しこのままでいたいと思った。きっと私が彼女と触れていたい理由と、彼女が私に触れる理由は違うと思うけれど。
 冷たい彼女の体を抱きしめても、返ってくるのは私の体温だけだった。それでもほかの誰かの輪郭に触れることで、私は確かに生きているのだと実感できた。それが私の理由。
 羽鳥英梨沙が体を離す。彼女の顔が目の前にあった。このままキスするのではないかと錯覚するほどの距離だった。それに胸の中の熱が、高鳴る心臓に押し出されて、耳が赤くなるのを感じて恥ずかしかった。
「ダリアちゃん、また明日ね」
「うん、エリザちゃん、また明日……」
 羽鳥英梨沙は目を細めて微笑むと、その腕を解いて、すり抜けるように私から離れていった。彼女は一度だけ振り向いて、手を振ると、軽やかに去っていく。私は小さく手を振り返して、少しさびしい気持ちになった。
 それは離れている間に彼女が心変わりしてしまうような気がして怖いのかもしれない。私なんかと一緒にいてもつまらないことに気づいてしまうのが不安に感じる。それでもまた明日、彼女に会えることが嬉しい。
 私は生まれて初めて、明日が来ることを待ち遠しく思った。
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