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王国篇
第十九話④
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私は肉体的な暴力は受け続けたけれど、物を隠したり壊されたりすることはなかった。
鈴木芽亜理は「長く楽しみたいから」と、いじめの証拠が残りやすいことはしなかった。だからといって慎重だったわけではない。髪を切られたり、今でも消えない背中の傷は、自力で隠すように求められた。背中の傷を母や、何も知らない第三者に知られたときが私の命日だと脅された。私自身も母に知られるわけにはいかなかったので、あの地獄の日々が過ぎ去るのをただ耐えることしかできなかった。
今回、羽鳥英梨沙に対するいじめを主導しているのは鷲尾麻亜紗に違いない。彼女は、鈴木芽亜理がバレても構わないという態度なのに対し、バレないように慎重にやるところがあった。おそらく鈴木芽亜理や蕪木笑愛たちとは違って、鷲尾麻亜紗は普通の家庭か、上流の子供のようだった。彼女は二人を煽ったり、便乗するだけで、自分から率先していじめてくることはなかった。
そのことから、自分が直接関与したとわからない方法で嫌がらせをしてくる可能性がある。今回の教科書を破ったように。
「羽鳥さん、どういうつもり?」
教室を出て、下駄箱に向かう途中、階段の前に鷲尾麻亜紗と三人のクラスメイトが待ち構えていた。三人は彼女の友人たちだった。
「まるで私が犯人みたいな言い方して!」
鷲尾麻亜紗は眉を上げて、目を見開き、今にも噛みついてきそうな勢いだった。
「私、一度もあなたがやったとは言ってないけど?」
羽鳥英梨沙は平然と言い返した。たしかに鷲尾麻亜紗がやったとは言っていないけれど、あからさまに彼女の名字を連呼していたのは事実だった。
そのことを鷲尾麻亜紗は怒っていて、さらにそれを口実にして何かしようとしている気がした。
私は不安で、つないだ羽鳥英梨沙の手を強く握った。その彼女の手は相変わらず冷たいままで、かすかな震えもなく、なんの緊張も感じられなかった。
「話がしたいから、ちょっと来て」
それに羽鳥英梨沙の、私の手を握る力が弱くなる。つないだ手を解こうとしているのがわかった。それに私はとっさに両手で彼女の手をつかんだ。
「私も行く……」
「あんたは来なくていい!」
鷲尾麻亜紗が大きな声で怒鳴り、私のことをにらんでくる。それに足が震えてきた。
その恐怖を振り切って、私は羽鳥英梨沙を見た。彼女はいつもの微笑みを浮かべて私を見ていた。
「平気だよ。ダリアちゃんは先に帰っていて」
彼女なら、本当に平気なのかもしれない。私がいても何もできないのはわかっている。
ただ鷲尾麻亜紗が、蕪木笑愛のことで憎んでいる私ではなく、羽鳥英梨沙を次のいじめの標的に選んだのなら、彼女は私の噂を信じているのかもしれない。彼女の取り巻きたちも、私を見る目には嫌悪よりも、怯えの方が強いように感じた。
私が鈴木芽亜理と蕪木笑愛を殺したという噂──それなら鷲尾麻亜紗も、十分に殺されるようなことをしてきたと思うけど、彼女はまだ生きていた。ただその噂を利用して、私自身を盾にすれば、羽鳥英梨沙を守れるかもしれない。私がいれば、羽鳥英梨沙に手出しはできないはず。
それに私が逃げるわけにはいかない。彼女が次のいじめの標的に選ばれたのは、私が原因に違いなかった。
私は彼女に逃げたと軽蔑されたくない。弱さを、惨めで情けない姿を見せたくない。もしも鷲尾麻亜紗たちが殴ったり蹴ってくるのなら、私にすればいい。
ただあの暴力を思い出すと体が震えてきて、守るはずの羽鳥英梨沙の手にすがっているような形になってしまった。
「いい加減にしろ! お前らいつもベタベタくっついて、気持ち悪いんだよ!」
鷲尾麻亜紗がつかみかかってきた。私の頭を押して、私たちを引き離そうとしてくる。それに私は必死に羽鳥英梨沙の腕にしがみついた。
突然、その羽鳥英梨沙の体が大きく揺れたと思うと、スカートや衣類が風にひるがえるような音がして、私を押す鷲尾麻亜紗の力が消えた。
何が起きたのか鷲尾麻亜紗を見ると、彼女は脇腹を押さえてうずくまっていた。
「うっ、ぐぅっ……」
彼女は苦しそうな声を漏らしていた。
「ごめんね。お話できそうになかったから」
そう羽鳥英梨沙が、少しも悪いと思っていないような声音で言った。
私は怖くて目をつぶっていたので、いったい何が起きたのかわからなかった。
取り巻きの人たちが鷲尾麻亜紗に駆け寄って、背中をさすったり、私たちの方をにらんでくる。
「ひどい! 蹴るなんて!」
彼女たちの中の一人が言った。それに羽鳥英梨沙が鷲尾麻亜紗を蹴って、それでこうなっていることがわかった。
「それで鷲尾さん、話って? ないなら、もう行くね」
羽鳥英梨沙が私の手を引いて、鷲尾麻亜紗の隣を通り過ぎようとする。
「やったのは、私じゃない……!」
鷲尾麻亜紗が涙目に、私たちをにらみながら言った。それに私たちは足を止めた。
「だって、最初から破れてた!」
「仮にそれが本当だったとして、どうしてそれを鷲尾さんが知っているの?」
「それは……」
鷲尾麻亜紗が言い淀む。彼女のしようとしていた話は、破られた教科書のことだったらしい。
「鷲尾さんが犯人じゃなくても、もし私の机の中をいじったのなら、教科書に指紋が残っているかもね。教科書は先生に預けたから、もし何か心当たりがあるのなら、警察に持っていかないように先生にお願いしたら?」
そう羽鳥英梨沙は笑って、再び私の手を引いて、彼女たちをあとにした。
* * *
学校の帰り、私たちはずっと手をつないでいた。いつものことだった。手を離したのは下駄箱で靴を履き替えたときだけ。
「あれ、何したの?」
「膝でね、鷲尾さんの脇腹を蹴っただけ。とてもじゃないけど、お話しできる状況じゃなかったからね。それにダリアちゃんが怪我でもしたら嫌だから」
そう羽鳥英梨沙は微笑む。私のことを心配してくれたのが嬉しかった。ただ彼女が暴力を振るうことができる人間であることは、私を不安な気持ちにさせた。
彼女のことを友達と信じる気持ちは日増しに強くなっていくけれど、それでもいつか裏切られるのではないかという不安を、どうしても消しきれない。
「ねぇ、今日は何して遊ぶ? 何時まで平気?」
教科書が破られ、ついさっきは鷲尾麻亜紗に変な言いがかりをつけられたというのに、彼女はまるで何もなかったかのような調子だった。
私に気を遣わせないために、そうふるまっているのだろうか。彼女は強いから、このぐらいのことは気にしていないのかもしれない。
ただこの先、鷲尾麻亜紗のことだから、嫌がらせがエスカレートしていく可能性もある。今はこの程度のことだったけれど──鈴木芽亜理と蕪木笑愛はもういないけれど、私は羽鳥英梨沙がブタにされることを想像してしまい、それに胸が締めつけられるように痛くなった。
どうにかしなければならない。私が盾になることで、守ることができるだろうか。きっと鷲尾麻亜紗はあの手この手で嫌がらせをしてくるかもしれない。
「エリザちゃんの言うとおり、警察か、教育委員会? に訴えた方が……」
その場合、もしかしたら私へのいじめがあったことも発覚して、母に知られてしまうかもしれない。そのことが恐ろしいけれど、このまま鷲尾麻亜紗による羽鳥英梨沙へのいじめが続くのは嫌だった。
「心配しないで」
羽鳥英梨沙は私の手を強く握り返し、いつもの微笑みを浮かべていた。
「でも、あの先生、頼りにならないよ……?」
「そうだね。私が教科書を破られたって言ったときね、先生、すごい嫌そうな顔をしたんだよ。ああ、この人は、責任をとりたくない人なんだな、ってわかったの」
そうわかっているはずなのに、どうして彼女はこんなに余裕があるのだろうか。今日起きたことのすべてを、まったく何とも思っていない様子だった。
「それじゃ、どうして先生に……?」
証拠となる教科書を預けたのだろうか。
「前からそういう人だって、わかっていたから。クラスの中の、ダリアちゃんへのいじめに気づいていないか、見ないふりをしていたのか知らないけど、気づこうとしない人だなとは思っていたの。だから都合が良かったんだ」
いったいどういうことなのだろうか。彼女は問題を解決する気がないような口ぶりだった。先生にはあんなに犯人を探して、弁償させることを求めていたのに。
「でも、またあいつに、何かされるんじゃ……」
彼女の教科書を破ったのは鷲尾麻亜紗に違いなかった。さっきは自分が犯人ではないようなことを言っていたけれど、信じられる人間ではない。そして彼女は、鈴木芽亜理たちほどの直接的な暴力を振るってこなくても、どんな陰湿な嫌がらせをしてくるかわからない。そのことが心配だった。
「次は教科書以外も、何かされるかも……」
「ああ。あれね、私が破いたの」
「え?」
羽鳥英梨沙はおかしそうに笑った。
それは私を安心させるために嘘をついているようにも、冗談を言っているようにも見えなかった。
「なんで、そんなこと……?」
「だって、ダリアちゃんと隣の席がいいから」
そう彼女はいつものように微笑んだ。
私はめまいがした。彼女の教科書が破られた話をしていたはずなのに、まるで話が噛み合わない。どうしてそうなるのかわからなかった。
「今日使わない教科書と、五時間目の授業のやつだけ、あらかじめ破っておいたんだ。もともと五時間目の初めに先生に、教科書を誰かに破られたって言うつもりだったんだけど。お昼休みから戻ってきたら机の中の教科書の並びが変わってたから、ほかの誰かも私の教科書に何かしたか、しようとしたかもしれないって思ったの。鷲尾さんの名前を出したのは、別に他意はないよ。その人が鷲尾さんの机と間違えた可能性があるから。それだけ」
そう説明されても意味がわからなかった。
「エリザちゃんがそんなことをしたのは、私と隣の席になるため……?」
「うん。私が嫌がらせを受けている、いじめられているかもしれないことを、大げさに言えば、あの先生なら有耶無耶にするために、席替えを許可してくれると思ったから。うまくいったでしょ?」
私はそれにどう答えたらいいかわからなかった。
私も彼女が隣にいてくれたら嬉しいけれど、そこまですることなのだろうか。休み時間やそれ以外の時間だって、こうして一緒に過ごしているのに、彼女はそれだけでは満足できないということだろうか。
私が彼女のことを鈴木芽亜理に似ていると思ったのは、その理解不能な欲望と、それを実現するための異常な行動力と、手段を選ばないところを、直感していたからかもしれない。
私は彼女のことが心の底から怖いと思うと同時に、それだけ私に執着する彼女に、嬉しいと思ってしまった。
鈴木芽亜理は「長く楽しみたいから」と、いじめの証拠が残りやすいことはしなかった。だからといって慎重だったわけではない。髪を切られたり、今でも消えない背中の傷は、自力で隠すように求められた。背中の傷を母や、何も知らない第三者に知られたときが私の命日だと脅された。私自身も母に知られるわけにはいかなかったので、あの地獄の日々が過ぎ去るのをただ耐えることしかできなかった。
今回、羽鳥英梨沙に対するいじめを主導しているのは鷲尾麻亜紗に違いない。彼女は、鈴木芽亜理がバレても構わないという態度なのに対し、バレないように慎重にやるところがあった。おそらく鈴木芽亜理や蕪木笑愛たちとは違って、鷲尾麻亜紗は普通の家庭か、上流の子供のようだった。彼女は二人を煽ったり、便乗するだけで、自分から率先していじめてくることはなかった。
そのことから、自分が直接関与したとわからない方法で嫌がらせをしてくる可能性がある。今回の教科書を破ったように。
「羽鳥さん、どういうつもり?」
教室を出て、下駄箱に向かう途中、階段の前に鷲尾麻亜紗と三人のクラスメイトが待ち構えていた。三人は彼女の友人たちだった。
「まるで私が犯人みたいな言い方して!」
鷲尾麻亜紗は眉を上げて、目を見開き、今にも噛みついてきそうな勢いだった。
「私、一度もあなたがやったとは言ってないけど?」
羽鳥英梨沙は平然と言い返した。たしかに鷲尾麻亜紗がやったとは言っていないけれど、あからさまに彼女の名字を連呼していたのは事実だった。
そのことを鷲尾麻亜紗は怒っていて、さらにそれを口実にして何かしようとしている気がした。
私は不安で、つないだ羽鳥英梨沙の手を強く握った。その彼女の手は相変わらず冷たいままで、かすかな震えもなく、なんの緊張も感じられなかった。
「話がしたいから、ちょっと来て」
それに羽鳥英梨沙の、私の手を握る力が弱くなる。つないだ手を解こうとしているのがわかった。それに私はとっさに両手で彼女の手をつかんだ。
「私も行く……」
「あんたは来なくていい!」
鷲尾麻亜紗が大きな声で怒鳴り、私のことをにらんでくる。それに足が震えてきた。
その恐怖を振り切って、私は羽鳥英梨沙を見た。彼女はいつもの微笑みを浮かべて私を見ていた。
「平気だよ。ダリアちゃんは先に帰っていて」
彼女なら、本当に平気なのかもしれない。私がいても何もできないのはわかっている。
ただ鷲尾麻亜紗が、蕪木笑愛のことで憎んでいる私ではなく、羽鳥英梨沙を次のいじめの標的に選んだのなら、彼女は私の噂を信じているのかもしれない。彼女の取り巻きたちも、私を見る目には嫌悪よりも、怯えの方が強いように感じた。
私が鈴木芽亜理と蕪木笑愛を殺したという噂──それなら鷲尾麻亜紗も、十分に殺されるようなことをしてきたと思うけど、彼女はまだ生きていた。ただその噂を利用して、私自身を盾にすれば、羽鳥英梨沙を守れるかもしれない。私がいれば、羽鳥英梨沙に手出しはできないはず。
それに私が逃げるわけにはいかない。彼女が次のいじめの標的に選ばれたのは、私が原因に違いなかった。
私は彼女に逃げたと軽蔑されたくない。弱さを、惨めで情けない姿を見せたくない。もしも鷲尾麻亜紗たちが殴ったり蹴ってくるのなら、私にすればいい。
ただあの暴力を思い出すと体が震えてきて、守るはずの羽鳥英梨沙の手にすがっているような形になってしまった。
「いい加減にしろ! お前らいつもベタベタくっついて、気持ち悪いんだよ!」
鷲尾麻亜紗がつかみかかってきた。私の頭を押して、私たちを引き離そうとしてくる。それに私は必死に羽鳥英梨沙の腕にしがみついた。
突然、その羽鳥英梨沙の体が大きく揺れたと思うと、スカートや衣類が風にひるがえるような音がして、私を押す鷲尾麻亜紗の力が消えた。
何が起きたのか鷲尾麻亜紗を見ると、彼女は脇腹を押さえてうずくまっていた。
「うっ、ぐぅっ……」
彼女は苦しそうな声を漏らしていた。
「ごめんね。お話できそうになかったから」
そう羽鳥英梨沙が、少しも悪いと思っていないような声音で言った。
私は怖くて目をつぶっていたので、いったい何が起きたのかわからなかった。
取り巻きの人たちが鷲尾麻亜紗に駆け寄って、背中をさすったり、私たちの方をにらんでくる。
「ひどい! 蹴るなんて!」
彼女たちの中の一人が言った。それに羽鳥英梨沙が鷲尾麻亜紗を蹴って、それでこうなっていることがわかった。
「それで鷲尾さん、話って? ないなら、もう行くね」
羽鳥英梨沙が私の手を引いて、鷲尾麻亜紗の隣を通り過ぎようとする。
「やったのは、私じゃない……!」
鷲尾麻亜紗が涙目に、私たちをにらみながら言った。それに私たちは足を止めた。
「だって、最初から破れてた!」
「仮にそれが本当だったとして、どうしてそれを鷲尾さんが知っているの?」
「それは……」
鷲尾麻亜紗が言い淀む。彼女のしようとしていた話は、破られた教科書のことだったらしい。
「鷲尾さんが犯人じゃなくても、もし私の机の中をいじったのなら、教科書に指紋が残っているかもね。教科書は先生に預けたから、もし何か心当たりがあるのなら、警察に持っていかないように先生にお願いしたら?」
そう羽鳥英梨沙は笑って、再び私の手を引いて、彼女たちをあとにした。
* * *
学校の帰り、私たちはずっと手をつないでいた。いつものことだった。手を離したのは下駄箱で靴を履き替えたときだけ。
「あれ、何したの?」
「膝でね、鷲尾さんの脇腹を蹴っただけ。とてもじゃないけど、お話しできる状況じゃなかったからね。それにダリアちゃんが怪我でもしたら嫌だから」
そう羽鳥英梨沙は微笑む。私のことを心配してくれたのが嬉しかった。ただ彼女が暴力を振るうことができる人間であることは、私を不安な気持ちにさせた。
彼女のことを友達と信じる気持ちは日増しに強くなっていくけれど、それでもいつか裏切られるのではないかという不安を、どうしても消しきれない。
「ねぇ、今日は何して遊ぶ? 何時まで平気?」
教科書が破られ、ついさっきは鷲尾麻亜紗に変な言いがかりをつけられたというのに、彼女はまるで何もなかったかのような調子だった。
私に気を遣わせないために、そうふるまっているのだろうか。彼女は強いから、このぐらいのことは気にしていないのかもしれない。
ただこの先、鷲尾麻亜紗のことだから、嫌がらせがエスカレートしていく可能性もある。今はこの程度のことだったけれど──鈴木芽亜理と蕪木笑愛はもういないけれど、私は羽鳥英梨沙がブタにされることを想像してしまい、それに胸が締めつけられるように痛くなった。
どうにかしなければならない。私が盾になることで、守ることができるだろうか。きっと鷲尾麻亜紗はあの手この手で嫌がらせをしてくるかもしれない。
「エリザちゃんの言うとおり、警察か、教育委員会? に訴えた方が……」
その場合、もしかしたら私へのいじめがあったことも発覚して、母に知られてしまうかもしれない。そのことが恐ろしいけれど、このまま鷲尾麻亜紗による羽鳥英梨沙へのいじめが続くのは嫌だった。
「心配しないで」
羽鳥英梨沙は私の手を強く握り返し、いつもの微笑みを浮かべていた。
「でも、あの先生、頼りにならないよ……?」
「そうだね。私が教科書を破られたって言ったときね、先生、すごい嫌そうな顔をしたんだよ。ああ、この人は、責任をとりたくない人なんだな、ってわかったの」
そうわかっているはずなのに、どうして彼女はこんなに余裕があるのだろうか。今日起きたことのすべてを、まったく何とも思っていない様子だった。
「それじゃ、どうして先生に……?」
証拠となる教科書を預けたのだろうか。
「前からそういう人だって、わかっていたから。クラスの中の、ダリアちゃんへのいじめに気づいていないか、見ないふりをしていたのか知らないけど、気づこうとしない人だなとは思っていたの。だから都合が良かったんだ」
いったいどういうことなのだろうか。彼女は問題を解決する気がないような口ぶりだった。先生にはあんなに犯人を探して、弁償させることを求めていたのに。
「でも、またあいつに、何かされるんじゃ……」
彼女の教科書を破ったのは鷲尾麻亜紗に違いなかった。さっきは自分が犯人ではないようなことを言っていたけれど、信じられる人間ではない。そして彼女は、鈴木芽亜理たちほどの直接的な暴力を振るってこなくても、どんな陰湿な嫌がらせをしてくるかわからない。そのことが心配だった。
「次は教科書以外も、何かされるかも……」
「ああ。あれね、私が破いたの」
「え?」
羽鳥英梨沙はおかしそうに笑った。
それは私を安心させるために嘘をついているようにも、冗談を言っているようにも見えなかった。
「なんで、そんなこと……?」
「だって、ダリアちゃんと隣の席がいいから」
そう彼女はいつものように微笑んだ。
私はめまいがした。彼女の教科書が破られた話をしていたはずなのに、まるで話が噛み合わない。どうしてそうなるのかわからなかった。
「今日使わない教科書と、五時間目の授業のやつだけ、あらかじめ破っておいたんだ。もともと五時間目の初めに先生に、教科書を誰かに破られたって言うつもりだったんだけど。お昼休みから戻ってきたら机の中の教科書の並びが変わってたから、ほかの誰かも私の教科書に何かしたか、しようとしたかもしれないって思ったの。鷲尾さんの名前を出したのは、別に他意はないよ。その人が鷲尾さんの机と間違えた可能性があるから。それだけ」
そう説明されても意味がわからなかった。
「エリザちゃんがそんなことをしたのは、私と隣の席になるため……?」
「うん。私が嫌がらせを受けている、いじめられているかもしれないことを、大げさに言えば、あの先生なら有耶無耶にするために、席替えを許可してくれると思ったから。うまくいったでしょ?」
私はそれにどう答えたらいいかわからなかった。
私も彼女が隣にいてくれたら嬉しいけれど、そこまですることなのだろうか。休み時間やそれ以外の時間だって、こうして一緒に過ごしているのに、彼女はそれだけでは満足できないということだろうか。
私が彼女のことを鈴木芽亜理に似ていると思ったのは、その理解不能な欲望と、それを実現するための異常な行動力と、手段を選ばないところを、直感していたからかもしれない。
私は彼女のことが心の底から怖いと思うと同時に、それだけ私に執着する彼女に、嬉しいと思ってしまった。
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