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新月の日の水面のような 初夏
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竹刀の乾いた音が響く。
俺は貴方と剣を交えるこの瞬間が好きだった。
面の格子から覗く、貴方の瞳に映る俺は、紛れもなく。
私に魔法の才があると分かったのは、中学3年生のとき。
中等部からエスカレーターでここに入学する者が多い中、高等部に編入したところで、馴染めるわけもない。
魔法に興味もなく、そもそも私の『才能』は他の魔法には向かなかった。
コミュニケーション能力も低く、偏った魔法でしか力を発揮できない。
そんな私にこの学園で立場など、なかったはずだった。
「藤堂先輩!おはようっす!!」
「…おはよう、朝から元気だな……。」
私を呼び止めた彼は、この前私の部に入部した八幡。
物好きなことにどうしてだか私になついている。
「これから道場っすよね、一緒していいっすか?」
彼は自転車を降りると、歩きの私に歩幅を合わせる。
「嫌だって言っても来るくせに。」
「まぁ、そうっすね。その為に早起きしてるんですよ?」
「あー、はいはい。」
手合わせをしたときからこの調子。私が一体何をしたと言うのか。
あの時だって、顧問に言われたから仕方なく相手をしただけで、面倒だからと手を抜いていたことも彼なら分かっているだろう。
それを考えるのも、わざわざ振り切るのも、私には面倒であり、かけたくない労力だった。
「今日こそは一本もらいますよー!」
「…誰がやるか。」
いつもの如く、仕方なく配置につく。
面倒であるのはそうだが振り払わない理由はあった。
彼はとても勘がいい。相手の嫌なところを狙う器用さもある。
それを加味すれば、卒業だなんだと稽古を怠る同級生を相手取るより、よっぽど収穫があった。
互いに息を合わせ、すっと立ち上がると竹刀が交差する。
彼は様子を伺うように半歩下がる。
剣先で挑発すると、直ぐに間合いを詰め、振り下ろす。
彼は勘はいい。だが、まだ荒削りだった。
重い一撃のように見えて、ブレがある。
それであれば、女の私でも力を流せば受け止められる。
彼が入部してひと月半。
まだ私の癖は掴めていないらしい。
ならば私に大きなアドバンテージがあった。
焦らず仕留めればなんてことない。
ほら、機を見計らえばなんてことない。
審判なんていないが自己判断でも私に一本あった。
「はい、今日の分終わり。」
絡まれても面倒なので1日で一度だけ。
手の内がばれるのも癪だった。
彼は毎度そうしているようにその場で座り込み打ち合いを反芻している。
その辺り、とてもまじめだった。
同じ1年と比較しても、この点においてが彼の強みなのだろう。
私と被るのが今年だけで良かったのかもしれない。
「藤堂先輩って、左利きですか?」
「……そうだけど。」
「うーん…。なるほど。握力強かったりします?」
「普通。」
「そっかぁ。…うむ。」
彼はこうなると会話のキャッチボールは成り立たない。投げるだけ投げての自己完結だ。
あぁ、そろそろ戻らねば。日直だった。
私は早々に片付けをし、また道場に礼をする。
「じゃあ、お先。」
「…はーい。」
こちらの返答以外はあまり耳に入らない。
彼は今日もホームルームには間に合わないかもしれない。
思い至ったところで、急かすのも面倒だしそこまでしてやることもないと思う私がいた。
私は教室に戻ると日誌を手に取る。
とりあえず今埋められる項目を埋めてしまおうと自席で書き始めると、目の前に誰かがやってくる。
「藤堂さん、また朝練?受験なのに熱心だよねー。」
嫌味だろうか。一瞬目をやると、それはクラスメイトの女子だった。
「1年生の子にやたら懐かれてるらしいじゃん?うちの後輩から聞いてるよ。」
あぁ、そういうことか。
「部活部活、先輩先輩って構ってくれないってさ。」
溜め息とともに、私は一度ペンを置いた。
「…ただの剣道馬鹿なんじゃないの?」
「ふうん?…その子、中学から一緒だったらしくて、剣道してなかったって言ってたけどなぁ。」
「……じゃあ、はまったんじゃないの?何を聞かれても知らない。本人に聞けばいい。私に聞いても無駄だと思うけど。」
「まぁ、…そっか。」
朝から鬱陶しい。
言いたい事は言えばいいのに、私の反応が面白くなかったらしく、そのままどこかに行ってしまった。
それにしても、経験者と聞いていた筈だった。
ブランクがあるようにも感じなかったが。
そこまでは至ったが後は考える必要がなかった。私には答えがない。
その上、どうでも良かった。
まぁ、いいかと。関係がないし、気にすることもなかった。
俺の魔法はある時を境に俺自身の意思では制御できなくなった。
そのお陰で、俺はその時欲しかったものを手にした。
同時に俺は、それを欲した俺の心を踏みにじった。
大事にしたかったものも踏みにじってしまった。
俺は、初めて想いを寄せた相手を魔法で手に入れてしまった。
「真くん、あたしね、真くんのこと、」
聞いたことがないような甘い声音。
欲しかったその言葉を口にした大切な人の瞳が捉えていたものは、およそ俺には似ても似つかない、俺だった。
あれから、誰一人として本当の俺を映すことはなかった。
藤堂先輩を除いて。
二人、剣を構える。
吸い込まれるような深い黒の瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。
そこには対面する相手としての俺がいるだけで。
取り込まれるような静けさと、
俺を探るような緊張感。
その水面のような瞳は揺らせない。
まだ、俺には。
貴方には届かない。
初夏、八幡 真。
俺は貴方と剣を交えるこの瞬間が好きだった。
面の格子から覗く、貴方の瞳に映る俺は、紛れもなく。
私に魔法の才があると分かったのは、中学3年生のとき。
中等部からエスカレーターでここに入学する者が多い中、高等部に編入したところで、馴染めるわけもない。
魔法に興味もなく、そもそも私の『才能』は他の魔法には向かなかった。
コミュニケーション能力も低く、偏った魔法でしか力を発揮できない。
そんな私にこの学園で立場など、なかったはずだった。
「藤堂先輩!おはようっす!!」
「…おはよう、朝から元気だな……。」
私を呼び止めた彼は、この前私の部に入部した八幡。
物好きなことにどうしてだか私になついている。
「これから道場っすよね、一緒していいっすか?」
彼は自転車を降りると、歩きの私に歩幅を合わせる。
「嫌だって言っても来るくせに。」
「まぁ、そうっすね。その為に早起きしてるんですよ?」
「あー、はいはい。」
手合わせをしたときからこの調子。私が一体何をしたと言うのか。
あの時だって、顧問に言われたから仕方なく相手をしただけで、面倒だからと手を抜いていたことも彼なら分かっているだろう。
それを考えるのも、わざわざ振り切るのも、私には面倒であり、かけたくない労力だった。
「今日こそは一本もらいますよー!」
「…誰がやるか。」
いつもの如く、仕方なく配置につく。
面倒であるのはそうだが振り払わない理由はあった。
彼はとても勘がいい。相手の嫌なところを狙う器用さもある。
それを加味すれば、卒業だなんだと稽古を怠る同級生を相手取るより、よっぽど収穫があった。
互いに息を合わせ、すっと立ち上がると竹刀が交差する。
彼は様子を伺うように半歩下がる。
剣先で挑発すると、直ぐに間合いを詰め、振り下ろす。
彼は勘はいい。だが、まだ荒削りだった。
重い一撃のように見えて、ブレがある。
それであれば、女の私でも力を流せば受け止められる。
彼が入部してひと月半。
まだ私の癖は掴めていないらしい。
ならば私に大きなアドバンテージがあった。
焦らず仕留めればなんてことない。
ほら、機を見計らえばなんてことない。
審判なんていないが自己判断でも私に一本あった。
「はい、今日の分終わり。」
絡まれても面倒なので1日で一度だけ。
手の内がばれるのも癪だった。
彼は毎度そうしているようにその場で座り込み打ち合いを反芻している。
その辺り、とてもまじめだった。
同じ1年と比較しても、この点においてが彼の強みなのだろう。
私と被るのが今年だけで良かったのかもしれない。
「藤堂先輩って、左利きですか?」
「……そうだけど。」
「うーん…。なるほど。握力強かったりします?」
「普通。」
「そっかぁ。…うむ。」
彼はこうなると会話のキャッチボールは成り立たない。投げるだけ投げての自己完結だ。
あぁ、そろそろ戻らねば。日直だった。
私は早々に片付けをし、また道場に礼をする。
「じゃあ、お先。」
「…はーい。」
こちらの返答以外はあまり耳に入らない。
彼は今日もホームルームには間に合わないかもしれない。
思い至ったところで、急かすのも面倒だしそこまでしてやることもないと思う私がいた。
私は教室に戻ると日誌を手に取る。
とりあえず今埋められる項目を埋めてしまおうと自席で書き始めると、目の前に誰かがやってくる。
「藤堂さん、また朝練?受験なのに熱心だよねー。」
嫌味だろうか。一瞬目をやると、それはクラスメイトの女子だった。
「1年生の子にやたら懐かれてるらしいじゃん?うちの後輩から聞いてるよ。」
あぁ、そういうことか。
「部活部活、先輩先輩って構ってくれないってさ。」
溜め息とともに、私は一度ペンを置いた。
「…ただの剣道馬鹿なんじゃないの?」
「ふうん?…その子、中学から一緒だったらしくて、剣道してなかったって言ってたけどなぁ。」
「……じゃあ、はまったんじゃないの?何を聞かれても知らない。本人に聞けばいい。私に聞いても無駄だと思うけど。」
「まぁ、…そっか。」
朝から鬱陶しい。
言いたい事は言えばいいのに、私の反応が面白くなかったらしく、そのままどこかに行ってしまった。
それにしても、経験者と聞いていた筈だった。
ブランクがあるようにも感じなかったが。
そこまでは至ったが後は考える必要がなかった。私には答えがない。
その上、どうでも良かった。
まぁ、いいかと。関係がないし、気にすることもなかった。
俺の魔法はある時を境に俺自身の意思では制御できなくなった。
そのお陰で、俺はその時欲しかったものを手にした。
同時に俺は、それを欲した俺の心を踏みにじった。
大事にしたかったものも踏みにじってしまった。
俺は、初めて想いを寄せた相手を魔法で手に入れてしまった。
「真くん、あたしね、真くんのこと、」
聞いたことがないような甘い声音。
欲しかったその言葉を口にした大切な人の瞳が捉えていたものは、およそ俺には似ても似つかない、俺だった。
あれから、誰一人として本当の俺を映すことはなかった。
藤堂先輩を除いて。
二人、剣を構える。
吸い込まれるような深い黒の瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。
そこには対面する相手としての俺がいるだけで。
取り込まれるような静けさと、
俺を探るような緊張感。
その水面のような瞳は揺らせない。
まだ、俺には。
貴方には届かない。
初夏、八幡 真。
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