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カルル村のメア③
しおりを挟む「そうか」
翌朝、とんでもないことになっていると知った父の一言。
もともと口数の多いひとじゃない。
僕の泣き腫らした顔を見て、そっと頭を抱いて大きな胸に埋める。妹が生まれるまで末っ子で甘え癖のあった僕は、大好きな父の胸で声をあげて泣いた。
兄たちは黙って仕事へ出て、母は慌てて妹を背負ったまま族長のところへ話をしに出掛けている。
久々の二人きり。
僕は小さい頃、男のくせに「おとうさんとけっこんする」と言っていたそうだ。
美人とは言えないが愛嬌のある母。その母に似た僕を父は可愛がってくれて、近所の同い年の子たちに「パパだいちゅきメア」とからかわれるまで毎日くっついて『好き好き~!』と離れなかった。思い出すと寝床で暴れまわるくらい恥ずかしい。
でも今日だけは許される気がして、仕事を兄に任せた父が一緒にいてくれるのに甘え、みんなが帰ってきても泣き腫らした顔で大きな父の背中に引っ付いて回った。
夜になると兄二人からもぽんぽんと頭を撫でられた。珍しいこともあるもんだ。
小さい頃は二番目の兄によく遊ばれて泥まみれの仔タヌキだと笑われた。一番上の兄は父によく似た顔と父方の祖母に似たという愛想の無さで、泥まみれで泣く弟を見ても無視して風呂に行くような人だった。
年子の上ふたりと七つ離れた僕じゃあ体格がまるで違って反撃もできず、びーびー泣きながら父の帰りを待つ日々。母はそんな光景を横目に洗濯と大量の食事を作るのに忙しく、兄たちに僕を任せきりになる。
母は構ってくれず、兄たちは怖くて「パパだいちゅきメア」と呼ばれてもしょうがないほど父に依存していた。
「あ~忙しい忙しい!あら…」
遅くに族長の家からご機嫌で帰ってきた母は、こんな状態の僕を見て溜め息を吐き「またぶりかえしたのね」と呟く。
僕と母はよく父を取り合った。まだ若かった両親だ、そりゃ夜はやりたいことも多かろう。なのに一人寝出来ずくっつき虫の息子がいればイラつきもする。
母は父に一目惚れして夜這いした押し掛け女房だと近所のおばさんが噂していた。
自分の母親ながら、なぜ男前の父はこの人を選んだのか疑問だったが、責任を取らざるを得ない状況だったらしい。父方の親族に僕と母は何故か嫌われているなと感じることがあったので、その噂を聞いたときには「なるほど」と納得した。
でも父は母親似の僕を可愛がってくれる。責任感だけじゃなく、ちゃんと二人は好き合っていると思うのは子供心だろうか。
ただその噂を聞いた純粋に父が大好きだった幼い僕は「ならひとりじめするチャンスがあるかも!」と息巻いてしまった。そして『好き好き』とべったりだったのだ。
しかしある日、父の大きなパンツのほころびを繕う母が「ぽいしちゃおうかしら」と言った。
地面に文字の練習をしながら聞いていた僕は、最初は「使い古しのパンツを捨てようかどうしようか」と言ってるんだと思った。
だが母が毎日それを言うので、ふとその言葉が聞こえたときに振り返ってみた。
目が合う。
見たことのない無表情の母にゾッとする。何事もなかったかのように小さな息子から目を反らし洗濯物をたたみだした母に怯えた。僕も無心で自分の名前の練習に戻る。何も聞こえず、何も見なかったことにするんだ。
その晩から一人で寝ることを覚えた。
「あーあ、また…」
その幼少期の記憶が母の言葉でよみがえる。
───またはじまった。
僕にだけ聞こえる音量でぶつぶつ呟く。
こうやって僕が父に近付くと母はオンナになる。ねっとりと感じる苛立ち、妬み、嫉み。
ぶるりと震えたのが父に伝わったのか、母と僕の確執に気付いているのか、背中に引っ付いていた僕を腹側に移動させ、母から隠してくれた。
母さんは好きなんだ。僕がこうならなかったら本当にいい母親なんだ。
イヤな人にさせてごめんなさい。
心のなかで二人に謝りながら、今日だけだからと父の胸の中で目を閉じた。
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