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ep.002
テキサスの黄色い薔薇
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普段は田舎に籠り一人パソコンに向かってカチャカチャと仕事をすることが多い。最近では仕事の依頼や打合せもメールやLINEで済ます事が多く、田舎籠りに一層拍車が掛かる。それでも月に何度かは都内で仲の良い編集者やモノ書き仲間と会ったり、取材に出かけたりもする。
「お、田舎暮らしの大先生がお出ましだ。」渋谷にある小さな編集プロダクションのドアを開けると、身体の大きな社長が大きな声で俺を迎えた。
「たまに顔出さなきゃ忘れられて干されちまう。」
そう言いながら俺は応接セットのソファに腰掛け、額の汗を拭った。
「相変わらず人ゴミが苦手か?」
「あぁ、人とぶつからないように歩くだけで普段の倍疲れる。」
田舎暮らしが長いせいか、どうにも都会の人ゴミが苦手だ。雑踏の中にいると、息苦しくなったりパニックを起こすほどではないが、イヤな冷や汗が出てくる。満員電車になんて詰め込まれたら卒倒でもするんじゃないだろうか。
「俺なんか逆に向うが避けてくれるから助かるよ、ウハハ…」
彼はそう言いながら俺の向かいに座り、次の仕事の資料を広げた。
打合せと言ってもそこは慣れ親しんだ編集とモノ書きの仲なので、サクサクっと進んだ。彼の持ってくる仕事は単価こそ些か安めだが、厳しい制約やスポンサーの縛りが殆どなく、日数も比較的余裕のある、誠にありがたい仕事が多い。今回も楽しく仕事が出来そうだ。
「いつも安い仕事ばかりで悪いね、大先生なのに。」
「大は余計だよ、大は。」
「おや、その昔は先生と呼ばれただけで機嫌損ねてたのに。」
「そんな頃もあったな。若気の至りだ。」
確かに昔は先生と呼ばれることに抵抗があった。それは恐らく、権威主義に対する否定のようなモノだったんだろう。しかし五十路を迎えた今となっては、むしろ若い編集者から"さん付け"で呼ばれるより"先生"と呼ばれた方が面倒くさくない。
"先生と 呼ばれる程の 馬鹿でなし"
そんな言葉もあるが、むしろ歳を重ねたらある程度馬鹿になった方が世の中過ごしやすい。
一頻り打合せも済み、今後の事や業界の諸々、仕事仲間の噂や醜聞などを話していると、時の経つのも早い。窓の外はすっかり日が暮れていた。
「今日もホテル泊まりだろ?飯、行くか。」
都内に出ると、翌日余程の用事がない限り、必ず一泊する事にしている。混み合う電車で帰るのも疲れるし、何よりたまには都会で一杯飲みたいからだ。
「どこかいい店あるかい?」
「そうだな、ステーキハウスなんてどうだ?」
彼の事務所から5分ほど歩いた路地に、小さなステーキハウスがあった。「steak inn」と書かれたネオンサインが何とも懐かしい。
店内も西部劇に出てくる酒場をイメージしたような雰囲気で、俺好みだ。
「こんな良い店を隠してやがって。」
「いや、俺も最近知ったんだよ、ホントに。」
ジーンズと白いTシャツ姿の若い店員を呼び、注文を伝えた。
「アンガスビーフの赤身ステーキ二つと、チリビーンズ。それと…バーボンは何があるかな?」
「バーボンのリストはこちらになります。」
店員がメニュー最後のページを開くと、ざっと見て10種類ほどの銘柄が並んでいた。
目移りしながらも、その時の気分で一つの銘柄が浮かんできた。
「イエローローズ ・オブ・テキサスをロックで二つ。」
店員は注文を繰り返すと厨房へと消えていった。
「なんか長ったらしい名前のバーボン頼んだな。美味いのか?」
「美味いよ。それに"テキサスの黄色い薔薇"なんて、名前そのものが物語じゃないか。」
「さすが作家先生は言うことが違うな。」
「一応これで飯食ってるもんでね。」
馬鹿話をしながら運ばれてきたバーボンで乾杯し、美味い赤身ステーキに舌鼓を打った。
「そういや去年の今頃、うちの仕事を手伝ってもらってた女の子、覚えてるかい?」
「あぁ、確か27、8歳のショートカットにしてた子か。綺麗な子だったな。」
「そう、その子。仕事も出来るし会話も上手いから正社員雇用しようと思った矢先…」
「寿退社か?」
「そう…まぁ仕方ないんだけど、惜しかったなぁ…美人で頭が切れるなんて、そうそううちみたいな零細プロダクションには来てくれないからなぁ。」
そう言うと彼はバーボンをグイッと煽り、お代わりを注文した。俺もそれに乗じ、バーボンを煽った。
「テキサスの黄色い薔薇、か…。なぁ、どんな意味があるんだ?」
「詳しくは知らんが、テキサス美人の例えとか何とか聞いたな。」
「なるほど、この旨さは美人さんぽいな。明日にでも買ってくるか。」
「残念だが、今はもう終売なんだよ、こいつ。運良く在庫が見つかったらラッキーってレベルだ。」
「なんだよ…テキサス美人にも縁がなさそうかよ…世知辛いねぇ。」
そう言いながら彼はステーキを一切れ口に放り込み、バーボンでそれを流し込んだ。
「なあに、テキサス美人は黄色い薔薇だけじゃないさ。他の美人さんも飲んでみるかい?」
俺はバーボンリストに目を落として、今宵彼と引き合わせたいバーボンを探しはじめた。
「お、田舎暮らしの大先生がお出ましだ。」渋谷にある小さな編集プロダクションのドアを開けると、身体の大きな社長が大きな声で俺を迎えた。
「たまに顔出さなきゃ忘れられて干されちまう。」
そう言いながら俺は応接セットのソファに腰掛け、額の汗を拭った。
「相変わらず人ゴミが苦手か?」
「あぁ、人とぶつからないように歩くだけで普段の倍疲れる。」
田舎暮らしが長いせいか、どうにも都会の人ゴミが苦手だ。雑踏の中にいると、息苦しくなったりパニックを起こすほどではないが、イヤな冷や汗が出てくる。満員電車になんて詰め込まれたら卒倒でもするんじゃないだろうか。
「俺なんか逆に向うが避けてくれるから助かるよ、ウハハ…」
彼はそう言いながら俺の向かいに座り、次の仕事の資料を広げた。
打合せと言ってもそこは慣れ親しんだ編集とモノ書きの仲なので、サクサクっと進んだ。彼の持ってくる仕事は単価こそ些か安めだが、厳しい制約やスポンサーの縛りが殆どなく、日数も比較的余裕のある、誠にありがたい仕事が多い。今回も楽しく仕事が出来そうだ。
「いつも安い仕事ばかりで悪いね、大先生なのに。」
「大は余計だよ、大は。」
「おや、その昔は先生と呼ばれただけで機嫌損ねてたのに。」
「そんな頃もあったな。若気の至りだ。」
確かに昔は先生と呼ばれることに抵抗があった。それは恐らく、権威主義に対する否定のようなモノだったんだろう。しかし五十路を迎えた今となっては、むしろ若い編集者から"さん付け"で呼ばれるより"先生"と呼ばれた方が面倒くさくない。
"先生と 呼ばれる程の 馬鹿でなし"
そんな言葉もあるが、むしろ歳を重ねたらある程度馬鹿になった方が世の中過ごしやすい。
一頻り打合せも済み、今後の事や業界の諸々、仕事仲間の噂や醜聞などを話していると、時の経つのも早い。窓の外はすっかり日が暮れていた。
「今日もホテル泊まりだろ?飯、行くか。」
都内に出ると、翌日余程の用事がない限り、必ず一泊する事にしている。混み合う電車で帰るのも疲れるし、何よりたまには都会で一杯飲みたいからだ。
「どこかいい店あるかい?」
「そうだな、ステーキハウスなんてどうだ?」
彼の事務所から5分ほど歩いた路地に、小さなステーキハウスがあった。「steak inn」と書かれたネオンサインが何とも懐かしい。
店内も西部劇に出てくる酒場をイメージしたような雰囲気で、俺好みだ。
「こんな良い店を隠してやがって。」
「いや、俺も最近知ったんだよ、ホントに。」
ジーンズと白いTシャツ姿の若い店員を呼び、注文を伝えた。
「アンガスビーフの赤身ステーキ二つと、チリビーンズ。それと…バーボンは何があるかな?」
「バーボンのリストはこちらになります。」
店員がメニュー最後のページを開くと、ざっと見て10種類ほどの銘柄が並んでいた。
目移りしながらも、その時の気分で一つの銘柄が浮かんできた。
「イエローローズ ・オブ・テキサスをロックで二つ。」
店員は注文を繰り返すと厨房へと消えていった。
「なんか長ったらしい名前のバーボン頼んだな。美味いのか?」
「美味いよ。それに"テキサスの黄色い薔薇"なんて、名前そのものが物語じゃないか。」
「さすが作家先生は言うことが違うな。」
「一応これで飯食ってるもんでね。」
馬鹿話をしながら運ばれてきたバーボンで乾杯し、美味い赤身ステーキに舌鼓を打った。
「そういや去年の今頃、うちの仕事を手伝ってもらってた女の子、覚えてるかい?」
「あぁ、確か27、8歳のショートカットにしてた子か。綺麗な子だったな。」
「そう、その子。仕事も出来るし会話も上手いから正社員雇用しようと思った矢先…」
「寿退社か?」
「そう…まぁ仕方ないんだけど、惜しかったなぁ…美人で頭が切れるなんて、そうそううちみたいな零細プロダクションには来てくれないからなぁ。」
そう言うと彼はバーボンをグイッと煽り、お代わりを注文した。俺もそれに乗じ、バーボンを煽った。
「テキサスの黄色い薔薇、か…。なぁ、どんな意味があるんだ?」
「詳しくは知らんが、テキサス美人の例えとか何とか聞いたな。」
「なるほど、この旨さは美人さんぽいな。明日にでも買ってくるか。」
「残念だが、今はもう終売なんだよ、こいつ。運良く在庫が見つかったらラッキーってレベルだ。」
「なんだよ…テキサス美人にも縁がなさそうかよ…世知辛いねぇ。」
そう言いながら彼はステーキを一切れ口に放り込み、バーボンでそれを流し込んだ。
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