今夜も何処かでバーボンを

spikered

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ep.005

スピリッツ

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 週末の昼下がり、近所でラーメンを食べての帰り道、隣の酒屋をチラと覗くと、珍しく3人ほどの団体客がいる。
 しかしレジカウンターの親父さんの顔がどうにも不機嫌だ。ちょいと気になるので、野次馬半分に入店。

 「おう。」いつにも増して無愛想な挨拶だ。しかし件の客の会話を聞いて、その訳を知った。

 「ほほー、ターキーが一通り揃ってますね。こりゃ珍しい」
 「アーリーもちゃんと揃ってますよ」
 「なかなか掘り出し物の店だねこりゃ」

 年の頃なら40前後の男が3人寄ってピーチクパーチク…これじゃ親父さんだって不機嫌になる訳だ。
 そしてその中の一人が、バーボン棚を脇を指差して素っ頓狂な声を上げた。

 「あれ!この店はジャックがちゃんと別棚に分かれてるよ!流石だなぁ!」
 「そうそう、最近はジャック・ダニエルスをバーボンだと勘違いしてる店も多いからねぇ。」

 次の瞬間、親父さんが少々荒っぽい口調で話しかけた。

 「アンタら随分とバーボンにお詳しいようだけど、なんでジャックが分かれてると流石なんだい?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔の客たち。中の一人が、ちょいと半笑い浮かべて答え始めた。

 「いや、だってジャックは法定義的にもバーボンじゃないですしね。」

 親父さんはハァ~…っと深く溜息ついて近づいた。

 「だったらなんでターキーのライが同じ棚にあるんだよ?あれだって法定義的にはバーボンじゃないぜ?」
 「俺はコーンを使ってるアメリカンウイスキーはみんなバーボンと言っても構わないと思ってる。そこに"この酒は誰がなんと言おうがバーボンである"というスピリッツがあるかどうか。」
 「対してジャックは"この酒はバーボンでもスコッチでもない。テネシーウイスキーなのだ!"という強いスピリッツを持った酒なんだよ。」
 「アンタらもたまには頭と舌だけじゃなく、スピリッツで酒を飲んでみろよ。」

 3人組はバツの悪そうな顔を伏せながら帰っていった。

 「最近ああいう手合いが多くてな。」

 親父さんはそう言いながら、ジャックの棚に近寄り、その一本を手にして小さな声でテネシーワルツを口ずさんだ。
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