それでも私は彼女を愛していた

弘前 天海

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第一章

第五話 活動写真 其の弐

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私達は浅草で活動冩眞を見ました。題名はもう忘れてしまいましたが、五月信子と云う活動女優の出る作品でした。それにしても中は人がごった返していて、落ち着いて見れたもんじゃありませんでした。運良く席が取れたから未だ良かったものの、立ち見の人は堪ったもんじゃないでしょう。
 そんな中でも婇は文句一つ云わずに見てくれました。本当に良い子です。
「綺麗ね」
 ふと、婇は呟きました。
「そうかい?僕は君の方が綺麗だと思うけどなァ」
 私も良くあんなくっさい台詞が云えたと、自分でも思います。
「ンもぅ。崇文さんったら、冗談がお上手ね」
「冗談なンかじゃないさ。僕は本気だよ」
「アラアラ」
 婇はそう云って、なかなか本気で取り合ってはくれませんでした。
 そして活動冩眞は終わり、私達は近くの西洋料理店へ入りました。当然ながら其処は先刻の客でごった返して居ましたが、敢えて先を読んで席を予約していたので難なく入って行く事が出来ました。
「サァ何でも好きなものをお選び」
 そう云って私は品書きを婇に渡しました。
「あたし、ビフテキが食べたいわ」
「じゃァ僕はシチウにしようかな」
 私はボーイを呼んで、ビフテキとシチウを頼みました。
 未だ二十そこそこのしがない官吏である私には今日一日の出費はかなり大きく、痛いものでしたが、彼女の為を思うとそんなもの関係ありません。
 それにしても、私は婇が本当に良い子で良かったと思っています。もしも婇が悪い子ならば、私は散々貢がされて破産していたでしょう。
 出て来た料理を見るなりお願い、私達は舌鼓を打ちました。流石は浅草の西洋料理店です。値が張るだけあって、料理も相当豪勢なものでした。
「ネェ。崇文さんのシチウ。美味しそうね。一口くださいな」
 婇があまりに物欲しそうに云うので、私はシチウの一番良さそうな所を匙で掬って、彼女の皿に入れようとしました。すると彼女は皿で受けずに、パクッと一口食べてしまいました。
「やっ、止めないか。公衆の面前だぞ」
「アラ、私のお友達はみんなこうするわよ?それに、たかが一角のテーブルなンて、誰も見てやしないわ。だから、はい。アーン」
 私は欲に耐えられず、そのままビフテキを一口食べてしまいました。どれだけ恥ずかしかった事でしょう。
 しかし、味は相当美味しく、今まで私はビフテキを食べたことが無かったらので、私はその美味しさに驚きました。
「美味い・・・」
「でしょ?崇文さんも初めっからこれにすれば良かったのに」
 婇はいじらしく私の方を見てきました。
 料理を食べ終えて外へ出ると、また雪が降っていました。
「寒いな・・・・・・婇ちゃん。その着物だけじゃァ寒いだろう?反物を買ってやるから、羽織を拵えると良い」
「良いの?嬉しいわ」
 婇は喜んで呉服屋で一つの反物を選びました。
「如何かしら?」
 婇は反物を躰に当てて見せてくれました。それは美しい蝶の模様の入った赤色の生地でした。この生地で拵えた羽織はより一層、彼女の美しさを引き立ててくれるでしょう。
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