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第一章 隣の部屋に住む人は
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数日後の昼時をやや過ぎた頃。
宮前が引き戸を開けながら暖簾をくぐると、ゆきの元気な声がした。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは」
宮前にすぐに気が付いたゆきは顔を綻ばせ、近くにやってくる。
「いらっしゃいませ」
ちょこんと結んだ髪と小さく胸元に店名の刺繡の入ったエプロンが定食屋の店員としてよく馴染んでいた。
「いらっしゃいました」
宮前が笑えば、ゆきもにこりと微笑む。
「カウンターの方がいいですか? 今ならテーブルもご案内できます」
「じゃあテーブルにしようかな」
「どうぞ」
ゆきが案内してすぐに水を運んでくる。
「何になさいますか?」
「オススメはある?」
宮前は特にメニューを見ることもなくゆきに問う。ゆきも慣れたように答える。
「日替わりならすぐ出せますよ、今日はお刺身定食です。お時間があるなら、今日はお肉ならトンテキ、魚なら焼きホッケです」
「時間あるし、トンテキにしようかな」
「ごはんは大盛無料ですが、どうされます?」
「普通で」
「はい、ちょっとお待ちくださいね」
微笑みを残して、厨房にオーダーを通しに行く。
宮前は水を飲みながら店内を見回した。
小洒落た雰囲気は一切なく、どちらかと言えば無機質な少し草臥れた店内は実用性だけを追求したと言った感じだった。けれど、そこが客で埋まっていると不思議と人情味のある温かさが感じられた。
ゆきはカウンター越しに注文を入れ、振り返るようにホールを一瞬眺めると、水のポットをもってテーブルを巡って補充の声替えをしている。席数はカウンターを除けば十テーブルほどでその半分は二人掛けサイズなので、そこまで大きな店内ではない。
ゆきの他にホールにもう一人店員がいて、十分回っているようだった。
ゆきが話しかけられれば少し雑談をしながら水を入れていると、すぐにまた扉が開く音がする。
「いらっしゃいませ」
「日替わり」
「すぐお持ちしますね」
新しくやってきた一人客は、ゆきをちらりと見ただけで空いた席に座った。
いくらも経たないうちに、ゆきは四角いお盆をその客の前に置く。
「今日はお刺身です」
「ああ」
不愛想な客はすぐに箸を動かし始めるがゆきが気にした様子もない。宮前がお盆をちらりと見ると水もそこに乗っていたので、常連でいつもそうなのだろうと分かる。
するとまた扉が開く。
「あ、今日はゆきちゃんいる日じゃん」
「いらっしゃいませ、ここのテーブルどうぞ」
そこに座った二人客は、ゆきがエプロンのポケットから手書き伝票とペンを持って横に立つと笑いかける。
「俺、から揚げね」
「俺は、今日は魚かな」
「今日は焼きはホッケですよ、お勧めです」
ゆきがそう言って微笑めば客も頷く。
「じゃあそれで」
「ごはんはお二人とも大盛でいいですか?」
「サンキュー」
客は二人とも頷く。
「ちょっとだけお待ちくださいね」
またオーダーを通すと、今度はレジに立つ。
席を立った客が、レジのトレイにお金を置く。
「丁度ですね、ありがとうございます」
「ごちそうさん」
「またお越しください」
見送っている間もなく、声が掛る。
「すいませーん」
「はーい」
ゆきは声の方に急ぎはしないが素早く移動していく。
宮前はそんなゆきの様子を眺めていた。
もう一人の店員はさっと食器を引いていてテーブルをあっという間に綺麗に戻し、お冷用のグラスの補充やカウンター上にお盆を並べて箸を置いたりと、なんとも綺麗な連携が取れていて活気がある。
ゆきが四角いお盆をもって宮前の元にやってきた。
「お待たせしました、トンテキ定食です」
「忙しそうだね」
「もうピークは過ぎてるので、あと少しで一気に落ち着きますよ、皆さんお昼休憩の方たちですから」
「ゆきちゃーん」
別の席から声が掛りゆきが振り向く。
「はーい、お伺いします。宮前さんはごゆっくり」
「ありがと」
するするとテーブルの間を行き来しながら働ているゆきを宮前が箸を動かしながら伺っていると、ゆきがレジで雑談を始めた。やや控えられた声だがギリギリ宮前にも声が届く。
「ゆきちゃんの彼氏?」
「お友達ですよ」
ゆきは宮前の方には少しも視線を移さず、宮前はその横顔と声だけでゆきの笑顔を推察する。
「えぇ怪しいなぁ」
「素敵な方ですよね」
ゆきは横からでも分かるほど笑みを深くし、少し声もゆっくりとしたものになった。
「え? もしかして片思い?」
ゆきは唇に人差し指を当てて改めて小さく微笑んだ。
「そかそか、頑張れ」
「ありがとうございます、午後もお仕事頑張ってください」
「おう、ごちそうさん」
「またのお越しを」
ゆきは見送り元通り働き始める。
いくらもしないうちにゆきの言っていた通り、店内の客はほとんどいなくなって、少しして宮前も席を立つ。
「俺の事お友達で、しかも片思いしてくれてるんだ」
レジに立ったゆきに笑顔で宮前は言う。
「聞こえてましたよね、すみません」
恐縮しきりのゆきはおつりを出しながら頭を下げる。
「全然いいよ、嬉しかったし」
「嬉しがってくれるんですね」
ゆきはちっとも照れた様子もなく、さっきとは全く違い愉快そうに笑った。
それを見て宮前も同じように笑う。
「あと、上手だなと思って」
「上手?」
ピンときてないゆきにさらに笑い、手を振る。
「ううん、また今度ね」
「? ありがとうございました」
ゆきの働きっぷりに少し感化された宮前は店先で思い切り伸びをすると、いつもより少し力強く歩き出し仕事に戻った。
宮前が引き戸を開けながら暖簾をくぐると、ゆきの元気な声がした。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは」
宮前にすぐに気が付いたゆきは顔を綻ばせ、近くにやってくる。
「いらっしゃいませ」
ちょこんと結んだ髪と小さく胸元に店名の刺繡の入ったエプロンが定食屋の店員としてよく馴染んでいた。
「いらっしゃいました」
宮前が笑えば、ゆきもにこりと微笑む。
「カウンターの方がいいですか? 今ならテーブルもご案内できます」
「じゃあテーブルにしようかな」
「どうぞ」
ゆきが案内してすぐに水を運んでくる。
「何になさいますか?」
「オススメはある?」
宮前は特にメニューを見ることもなくゆきに問う。ゆきも慣れたように答える。
「日替わりならすぐ出せますよ、今日はお刺身定食です。お時間があるなら、今日はお肉ならトンテキ、魚なら焼きホッケです」
「時間あるし、トンテキにしようかな」
「ごはんは大盛無料ですが、どうされます?」
「普通で」
「はい、ちょっとお待ちくださいね」
微笑みを残して、厨房にオーダーを通しに行く。
宮前は水を飲みながら店内を見回した。
小洒落た雰囲気は一切なく、どちらかと言えば無機質な少し草臥れた店内は実用性だけを追求したと言った感じだった。けれど、そこが客で埋まっていると不思議と人情味のある温かさが感じられた。
ゆきはカウンター越しに注文を入れ、振り返るようにホールを一瞬眺めると、水のポットをもってテーブルを巡って補充の声替えをしている。席数はカウンターを除けば十テーブルほどでその半分は二人掛けサイズなので、そこまで大きな店内ではない。
ゆきの他にホールにもう一人店員がいて、十分回っているようだった。
ゆきが話しかけられれば少し雑談をしながら水を入れていると、すぐにまた扉が開く音がする。
「いらっしゃいませ」
「日替わり」
「すぐお持ちしますね」
新しくやってきた一人客は、ゆきをちらりと見ただけで空いた席に座った。
いくらも経たないうちに、ゆきは四角いお盆をその客の前に置く。
「今日はお刺身です」
「ああ」
不愛想な客はすぐに箸を動かし始めるがゆきが気にした様子もない。宮前がお盆をちらりと見ると水もそこに乗っていたので、常連でいつもそうなのだろうと分かる。
するとまた扉が開く。
「あ、今日はゆきちゃんいる日じゃん」
「いらっしゃいませ、ここのテーブルどうぞ」
そこに座った二人客は、ゆきがエプロンのポケットから手書き伝票とペンを持って横に立つと笑いかける。
「俺、から揚げね」
「俺は、今日は魚かな」
「今日は焼きはホッケですよ、お勧めです」
ゆきがそう言って微笑めば客も頷く。
「じゃあそれで」
「ごはんはお二人とも大盛でいいですか?」
「サンキュー」
客は二人とも頷く。
「ちょっとだけお待ちくださいね」
またオーダーを通すと、今度はレジに立つ。
席を立った客が、レジのトレイにお金を置く。
「丁度ですね、ありがとうございます」
「ごちそうさん」
「またお越しください」
見送っている間もなく、声が掛る。
「すいませーん」
「はーい」
ゆきは声の方に急ぎはしないが素早く移動していく。
宮前はそんなゆきの様子を眺めていた。
もう一人の店員はさっと食器を引いていてテーブルをあっという間に綺麗に戻し、お冷用のグラスの補充やカウンター上にお盆を並べて箸を置いたりと、なんとも綺麗な連携が取れていて活気がある。
ゆきが四角いお盆をもって宮前の元にやってきた。
「お待たせしました、トンテキ定食です」
「忙しそうだね」
「もうピークは過ぎてるので、あと少しで一気に落ち着きますよ、皆さんお昼休憩の方たちですから」
「ゆきちゃーん」
別の席から声が掛りゆきが振り向く。
「はーい、お伺いします。宮前さんはごゆっくり」
「ありがと」
するするとテーブルの間を行き来しながら働ているゆきを宮前が箸を動かしながら伺っていると、ゆきがレジで雑談を始めた。やや控えられた声だがギリギリ宮前にも声が届く。
「ゆきちゃんの彼氏?」
「お友達ですよ」
ゆきは宮前の方には少しも視線を移さず、宮前はその横顔と声だけでゆきの笑顔を推察する。
「えぇ怪しいなぁ」
「素敵な方ですよね」
ゆきは横からでも分かるほど笑みを深くし、少し声もゆっくりとしたものになった。
「え? もしかして片思い?」
ゆきは唇に人差し指を当てて改めて小さく微笑んだ。
「そかそか、頑張れ」
「ありがとうございます、午後もお仕事頑張ってください」
「おう、ごちそうさん」
「またのお越しを」
ゆきは見送り元通り働き始める。
いくらもしないうちにゆきの言っていた通り、店内の客はほとんどいなくなって、少しして宮前も席を立つ。
「俺の事お友達で、しかも片思いしてくれてるんだ」
レジに立ったゆきに笑顔で宮前は言う。
「聞こえてましたよね、すみません」
恐縮しきりのゆきはおつりを出しながら頭を下げる。
「全然いいよ、嬉しかったし」
「嬉しがってくれるんですね」
ゆきはちっとも照れた様子もなく、さっきとは全く違い愉快そうに笑った。
それを見て宮前も同じように笑う。
「あと、上手だなと思って」
「上手?」
ピンときてないゆきにさらに笑い、手を振る。
「ううん、また今度ね」
「? ありがとうございました」
ゆきの働きっぷりに少し感化された宮前は店先で思い切り伸びをすると、いつもより少し力強く歩き出し仕事に戻った。
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