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第三章 いつも隣に
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ゆきが毎年辟易する季節がやってきた。
冬の始まりはいつも体が慣れていないせいでどんなに着込んでもゆきは毎日寒さと戦っている。
目雲はそんなゆきの体が温まるようにと毎日のメニューを考えたり部屋を整えるのが最近の趣味になっていた。
二人暮らしは順調そのもので、そんな中目雲の実家に一同が介していた。
同棲を始める前に一度、そしてお盆にもすでにゆきはここにやってきて喜美に会っている。
ゆきを二度目にここに連れてきた時の目雲は変わらず警戒していたが、泰三と喜美と四人でする会話は意外にも目雲の不安を余所にスムーズに終わった。食事もせずに短い時間だったが、帰る途中でゆきが喜美との会話の解釈を伝えると目雲はさらに安心できた。
だからお盆の集まりにもゆきを連れて行き、その時は食事もした。
正月同様、用意された豪勢なメニューを囲み、そして始まりは緊張感に包まれていたが、終わる頃には、それが嘘のように賑やかに解散になっていた。
それがあったから、この日も泰三が賞をもらったお祝い会が開かれていた。
「ゆきさんはお料理なさる?」
キッチンにゆきと喜美二人だけが立って、火の番をしている。
「基本的なことだけですけど」
「まあ、すごい。うらやましいわ、周弥も上手だものね」
「周弥さんには敵いません」
「周弥もだけど、うちの子達はみんなお料理上手よ」
「それもすごいです」
「みんなとっても美味しいご飯をよく作ってくれたわ」
「どんな献立だったんですか?」
喜美がゆきの隣りに立ち、興味津々にその作業を見ながら腕を軽く組んで、様々な料理名を上げていっていた。
ダイニングテーブルの方ではより手のかかる料理をしている。
ちらし寿司とてまり寿司を作り、そうめんをひと口分ずつ巻いたり薬味を刻んだり、おはぎを握ったり。
実家の在庫整理も兼ねていたので季節外れのメニューになっていたが、子供も食べやすく温かい出汁を用意すれば良いだろうと三兄弟で決めた。
沙茅と海知は、泰三に誘われて離れのアトリエに遊びに行っているので、子供は旺輔だけ。テーブルの最奥に新しく置かれたダイニングチェアに座り、手伝いという名のあんこの粘土化とつまみ食いをしていて両隣で颯天と時枝がその世話をしながら、作業のアシストをしている。
つまり大翔と汐織と周弥が主に全員分の料理を仕上げていた。
「ゆきちゃんがいるだけで、なんて平和なの」
時枝がキッチンの様子を眺めながら言う。
当初はいつも通り料理を手配する算段だったのだが、どうしてもそれだけでは人数が多いだけあって集まる頻度が上がりそうだと感じられだすと、その度近くに住んでいる大翔と汐織が手料理を持ってきたり、作ったりするのは大変だという話になった。子供もまだ小さく、大人も多いからこそ外食できる場所も限られるため、毎度ということにならず、それならいっそみんな料理できるのだからその場で作ればいいのだと、すっかりゆきの実家で慣れてしまった周弥が提案した。
ただ絶望的に料理ができない二人がこの家にいる。
だからこそ、大翔が普段から様子を見がてら手料理を運んでいたりするのだが、泰三はまだいいが、何かしなければと喜美に思われると困ると言うのが三兄弟の総意だった。
この日も初めは兄弟の誰かが母の傍にいるようにしていたのだが、勝手を知っている大翔は声が掛ることが多く、動き回るようになっている旺輔に目や手を掛けなければならい颯天も同様で、ゆきに重たい物を持たせたりや大量のそうめんをゆでさせたりしたくない周弥も料理に手が取られていた。
そうなると自然とゆきが喜美に話しかけ、二人でできることを探してはそれこそおっちょこちょいな実母で慣れているゆきが実母以上に危険がないように手取り足取り教えたり見守りをお願いしたり、周弥の手伝いも普段通りなので、仕事はいくらでも見つけれる。それを喜美と二人できゃきゃと楽しんでいた。
今は煮物の番と、フルーツを切り分け盛り付けていた。もちろんフルーツを切っているのはゆきだ。
時枝と同様、様子を伺っていた颯天が内容が気になる。
「あれってさ、聞きようによってはやっぱり嫌味か」
時枝がはっきり頷いた。
「うん、あなたよりうちの息子の方が料理できますって言ってるんだよ。普通だったらストレスだね。ゆきちゃんとはなんだか盛り上がってるけど」
「普通に美味しいもの食べた話を聞いている感じだね、あと家庭でそんな料理手作りできるんだという感心だな」
「……呆れるくらいいろんなもの作ってるわね、そしてお義母さんよく覚えてる」
「お義母さんも楽しそう」
汐織が初めて見る姿に目を細める。
「あんなにしゃべることも珍しいな」
大翔が言えば、他の男二人も頷いていた。そして颯天がしたり顔で頷いた。
「俺さ、気が付いた」
「なに?」
「母さんってさ、天然悪役令嬢キャラなんだよ」
大翔が渋い顔をする。
「は?」
「マンガ業界の用語使わないでくれる? 私でも分かんないんだけど」
時枝までも呆れている。
「流行ってるんだよ、異世界物で悪役令嬢が活躍する」
「そもそも悪役令嬢ってなに?」
「大抵は高位貴族の綺麗なお嬢様で、主人公の恋路を妨害する役目」
「だから悪役?」
「最近はいろいろ派生してるから、悪役こそが主役だったりもあるけど」
「そこの詳細はいいから、お義母さんがその悪役令嬢だって? 息子の恋路を邪魔するとかそういう意味?」
「違うなー、そこは天然さんだからさ、悪気はなく相手を追い詰めると言うか。分かりやすく言うと、マリーアントワネット的な?」
「パンがないならケーキを食べたらとか言っちゃう天然さってこと?」
時枝が言うと、汐織がふと浮かんだことを口にする。
「あれって本人は実はそんなこと言ってないとかなかった? 慈善事業に注力してたとか」
「でもそんなこと言われちゃうくらいには性格悪かったとかの憶測もあるでしょ? いい人過ぎてやっかみでって説もあるけど」
マンガの資料を調べる過程で拷問や処刑をなんかの豊富な時代のことは時枝にも豊富だった。
颯天が疑問を投げかける。
「君達いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「育児の相談とかね、させてもらったら意外に趣味も合ったのよ」
ねっと時枝が振れば汐織も頷く。
「びっくりしたよ、私も」
「びっくりしたのはこっちだよ、あんな三流グロ映画を汐織ちゃんが観てるとは」
「最初はゾンビ映画からどんどん深みにね。でも映画だけだったのが、時枝ちゃんのお陰でマンガにも目覚めちゃった。今年はかなり読み漁ってる」
「母さんの話はどうなった」
大翔の突っ込みに汐織がごめんごめんと謝る横で、時枝が言いなおす。
「そうだった、マンガの話はあとでじっくりしよ。古い奴だけどお薦めあるから、絶対読んでもらいたいんよ」
「知りたい!」
嬉々とした声を出して、すぐに颯天に続きを促した。
「悪役令嬢って大抵ヒロインが恋する相手の婚約者なんだよ。それで自分の婚約者と親しくなっていくヒロインに意地悪とか犯罪まがいのことをするんだ。それを最後に断罪されて破滅する」
時枝が首を捻る。
「そもそも婚約者がいる相手を狙う方が悪くない?」
「そこはいろいろ理由があるんだよ、悪役令嬢なんだからそもそもの性格が滅茶苦茶悪くて上手くいってないとかさ。だから悪役令嬢にもいろんなパターンがあって、母さんは天然で相手を傷つけていくタイプ。意図せず身分を笠に着ているように見えるキャラで、本人には全く自覚がない」
周弥が母と和解した話を聞いているからこそ、納得できる捉え方ではあった。
「ゆきちゃんの話で分かる部分もあるんだけど、でもさ、結婚の事はまあ良いとしても、やっぱり子供のことはセンシティブだと思うんだよなぁ」
「私もそれは思った。お義母さんにいくらそのつもりがなくても、やっぱり言われたら相当ダメージある人絶対いると思う」
汐織も時枝も喜美から言われたことはなかったからこそだった。
「私ももう一人産めって言われても今はとても考えられないし、万が一考えることがあってもそれは四十前後のことになるから、軽々しく言ってほしくなって思うな」
それに大翔と颯天が顔を見合わせた。それに時枝と汐織が反応する。
「え? なに、その顔」
「何か言いたいことがありそう」
「でも俺たちの立場からは言えないからさ」
颯天が言葉を濁す。
「なんでよ、言いたいことがあるなら言えば良いでしょ?」
時枝が詰め寄った。
「言いたいことって言うかさ、なあ?」
「そうだな、俺たちの立場からは言うべきではない、これからも言うつもりは無い」
黙々と料理の手を動かしていた周弥が顔を上げた。
「ゆきさんを見習って俺が言う」
「ん? ゆきちゃん?」
「ゆきさんならきっとこう言うだろう。そう母さんに言ってみれば良いと」
「どういうこと?」
周弥はせっせと大量の薬味を刻むのを再開させながら、説明をする。
「母は決して人の心が分からない人ではない。確かに言葉は足りないから、多くの誤解を生みやすい。だから直接言えば良い。子供の事は夫婦で考えるから口出しするなと」
汐織が首を傾げる。
「そうすれば言わなくなるってこと?」
「母は自分がそうだったという事実を伝えてるだけであって強要しているわけでも従わせたいわけでもない」
「そんなの分かんないじゃん」
訝しがる時枝だったが、理解している側の大翔も驚いていた。
「周弥がそんなこと言うなんて、信じられん。一番それを疑っていたのはお前だろ?」
「俺たちは産まれた時からあの母の言動に慣れているし、そこに行動も伴っていたから誤解もしない。けれど、傍から見たらそうじゃないと知って、だから近づけたくないと思った。ただ通訳が必要だと理解したのだから、先回りの心配はしなくなっただけだ」
「ゆきちゃんにはその通訳も必要ないみたいだけどね」
颯天がキッチンの楽し気な二人を眺めながら続ける。
「それに、ゆきちゃんはそんな言い方はしないと思うなぁ」
汐織が笑う。
「ごめん、それは私も思った」
それに時枝の同意する。
「口出しするななんて突き放す言い方で勧めないでしょ」
「そこは周弥だからな」
「周弥君にも向いてなかったね」
「ゆきさんの様にスムーズに話の中に入れ込めなかっただけだ。伝えることに意味があるのだから間違いではない」
「私たちにもゆきちゃんに話すみたいに柔らかい話し方にしてくれてもいいのに」
「ゆきさんと話すから自然とそうなる」
颯天と大翔が固まった。
「うわっ……お前ののろけなんて初めて聞いた。こわっ」
「周弥、今更だが顧客にはきちんと応対しているんだろうな」
大翔の心配にあっさりと返す。
「当たり前だ」
兄弟の関係性が垣間見える会話もまた初めて聞いた汐織と時枝は顔を見合わせ笑い合った。
そして夫たちが今まで言及しなかったことが優しさだったと二人にも伝わった。
「二人が私たちにそのことを言わない理由もちゃんと分かったわ。嫁と母親を天秤にかけた時私たちの方を取るってことね」
「お義母さんを擁護するようなことを言えば、どっちの味方なんだって話になりかねないものね」
「できた旦那だこと」
時枝の一言に颯天が苦笑する。
「ゆきちゃんみたいに上手くできればもっと早く毎年緊迫した場に連れて来なくて済んだんだけどな」
「それこそ立場があるからできなかったんでしょ」
「第三者を探せばよかっただけの話しだ。父さんにそれができれば良かったんだけど、結局あの人も感覚の人だから」
「もう誤解しないからお義母さんの話しても大丈夫よ」
颯天が母の生い立ちを話し始めた。
「母さんはただのお嬢様じゃなくて超お嬢様だからさ。ただ甘やかされただけの育てられ方じゃなかったと思うよ。多分帝王学、女王学かな、そういう教育されてるんだよ、だから人に心の内を見せることはなかなかできないんだよ、どう上げ足取られるか分からない世界で生きてたみたいだから」
「祖父さんも忙しい人で、母さんの実の母は早くに亡くなってる」
大翔が補足する。
「幸いなのはそれでも愛情をもって育てられたことだと思う」
「祖父さんはもちろんだけど、祖父さんは再婚してその後妻さんが結構良い人だった。その人ももうずっと前に亡くなってるけど、俺たちにも優しかったよ」
話は大翔が引き継いだ。
「会うことの叶わなかった祖母は、子供がなかなかできず、しかも産んだのが女児だった」
「あ、今よりずっと大きな問題よね」
汐織が悟ったのを見て大翔も頷く。
「母もそのことを聞いているはずだ。祖父さんははっきり言わなかったが、それが早世の原因の一つだと思っているようだった」
「母さんはそれもあって貧乏でも子供を三人も産んだんだと思うんだよね。産めるんだったら、産まなくちゃって。でもこれも母さんの考えだから、別にそうしろって言ってるわけじゃないんだよ、ただ子供がいる人生は楽しいから、産めるんだったら産んでも良いんだってこと。たぶん言えばいろいろ支援もしてくれると思う、特に金銭面ね」
「今は教育に金がかかるし、不妊の場合も治療費が掛かるからね、もしそれが産めない原因になってるんだったら、そこは心配するなってことも言いたいんじゃないか」
大翔の言葉にすぐに頷くことをしない二人に、颯天が微笑む。
「話し合った結果産まない選択をしても母さんは別に何も言わないよ、それが俺たちがきちんと納得した上ならね。何かの事情でどちらかが我慢して産むんでも産まないんでも、それは母さんも望んでいない。そこに幸せが待っているとは言い難いと分かってるから」
「母さんは一般論を言ってるわけじゃなくて、俺たちにきちんと伝えたいことを伝えてるだけだからさ。誰かれ構わずいう訳じゃないよ」
「だから余計に嫌味に聞こえる」
苦笑する時枝は喜美からマンガのことはよく分からないとか、仕事が忙しそうとしか言われたことはなかったが、どこかで家庭のことをよく分からない仕事で疎かにしていると思われているんだとか思い込んできた。でもゆきの話を聞いて、もっとそのままの言葉の意味で受け取る努力を始めたところだ。
「隼二郎への接し方考えたら、もはや産まなくてもいいかもだけどな。母さんはきっとは博愛主義なんだよ、そこもお嬢様思考なのかもしれない」
子供の頃から家に出入りしていた周弥の親友の話は皆知っていた。
「なるほど子供はすべからく愛すべき存在ってことね」
当たり前のように頷く男たちに、時枝が呆れた。
冬の始まりはいつも体が慣れていないせいでどんなに着込んでもゆきは毎日寒さと戦っている。
目雲はそんなゆきの体が温まるようにと毎日のメニューを考えたり部屋を整えるのが最近の趣味になっていた。
二人暮らしは順調そのもので、そんな中目雲の実家に一同が介していた。
同棲を始める前に一度、そしてお盆にもすでにゆきはここにやってきて喜美に会っている。
ゆきを二度目にここに連れてきた時の目雲は変わらず警戒していたが、泰三と喜美と四人でする会話は意外にも目雲の不安を余所にスムーズに終わった。食事もせずに短い時間だったが、帰る途中でゆきが喜美との会話の解釈を伝えると目雲はさらに安心できた。
だからお盆の集まりにもゆきを連れて行き、その時は食事もした。
正月同様、用意された豪勢なメニューを囲み、そして始まりは緊張感に包まれていたが、終わる頃には、それが嘘のように賑やかに解散になっていた。
それがあったから、この日も泰三が賞をもらったお祝い会が開かれていた。
「ゆきさんはお料理なさる?」
キッチンにゆきと喜美二人だけが立って、火の番をしている。
「基本的なことだけですけど」
「まあ、すごい。うらやましいわ、周弥も上手だものね」
「周弥さんには敵いません」
「周弥もだけど、うちの子達はみんなお料理上手よ」
「それもすごいです」
「みんなとっても美味しいご飯をよく作ってくれたわ」
「どんな献立だったんですか?」
喜美がゆきの隣りに立ち、興味津々にその作業を見ながら腕を軽く組んで、様々な料理名を上げていっていた。
ダイニングテーブルの方ではより手のかかる料理をしている。
ちらし寿司とてまり寿司を作り、そうめんをひと口分ずつ巻いたり薬味を刻んだり、おはぎを握ったり。
実家の在庫整理も兼ねていたので季節外れのメニューになっていたが、子供も食べやすく温かい出汁を用意すれば良いだろうと三兄弟で決めた。
沙茅と海知は、泰三に誘われて離れのアトリエに遊びに行っているので、子供は旺輔だけ。テーブルの最奥に新しく置かれたダイニングチェアに座り、手伝いという名のあんこの粘土化とつまみ食いをしていて両隣で颯天と時枝がその世話をしながら、作業のアシストをしている。
つまり大翔と汐織と周弥が主に全員分の料理を仕上げていた。
「ゆきちゃんがいるだけで、なんて平和なの」
時枝がキッチンの様子を眺めながら言う。
当初はいつも通り料理を手配する算段だったのだが、どうしてもそれだけでは人数が多いだけあって集まる頻度が上がりそうだと感じられだすと、その度近くに住んでいる大翔と汐織が手料理を持ってきたり、作ったりするのは大変だという話になった。子供もまだ小さく、大人も多いからこそ外食できる場所も限られるため、毎度ということにならず、それならいっそみんな料理できるのだからその場で作ればいいのだと、すっかりゆきの実家で慣れてしまった周弥が提案した。
ただ絶望的に料理ができない二人がこの家にいる。
だからこそ、大翔が普段から様子を見がてら手料理を運んでいたりするのだが、泰三はまだいいが、何かしなければと喜美に思われると困ると言うのが三兄弟の総意だった。
この日も初めは兄弟の誰かが母の傍にいるようにしていたのだが、勝手を知っている大翔は声が掛ることが多く、動き回るようになっている旺輔に目や手を掛けなければならい颯天も同様で、ゆきに重たい物を持たせたりや大量のそうめんをゆでさせたりしたくない周弥も料理に手が取られていた。
そうなると自然とゆきが喜美に話しかけ、二人でできることを探してはそれこそおっちょこちょいな実母で慣れているゆきが実母以上に危険がないように手取り足取り教えたり見守りをお願いしたり、周弥の手伝いも普段通りなので、仕事はいくらでも見つけれる。それを喜美と二人できゃきゃと楽しんでいた。
今は煮物の番と、フルーツを切り分け盛り付けていた。もちろんフルーツを切っているのはゆきだ。
時枝と同様、様子を伺っていた颯天が内容が気になる。
「あれってさ、聞きようによってはやっぱり嫌味か」
時枝がはっきり頷いた。
「うん、あなたよりうちの息子の方が料理できますって言ってるんだよ。普通だったらストレスだね。ゆきちゃんとはなんだか盛り上がってるけど」
「普通に美味しいもの食べた話を聞いている感じだね、あと家庭でそんな料理手作りできるんだという感心だな」
「……呆れるくらいいろんなもの作ってるわね、そしてお義母さんよく覚えてる」
「お義母さんも楽しそう」
汐織が初めて見る姿に目を細める。
「あんなにしゃべることも珍しいな」
大翔が言えば、他の男二人も頷いていた。そして颯天がしたり顔で頷いた。
「俺さ、気が付いた」
「なに?」
「母さんってさ、天然悪役令嬢キャラなんだよ」
大翔が渋い顔をする。
「は?」
「マンガ業界の用語使わないでくれる? 私でも分かんないんだけど」
時枝までも呆れている。
「流行ってるんだよ、異世界物で悪役令嬢が活躍する」
「そもそも悪役令嬢ってなに?」
「大抵は高位貴族の綺麗なお嬢様で、主人公の恋路を妨害する役目」
「だから悪役?」
「最近はいろいろ派生してるから、悪役こそが主役だったりもあるけど」
「そこの詳細はいいから、お義母さんがその悪役令嬢だって? 息子の恋路を邪魔するとかそういう意味?」
「違うなー、そこは天然さんだからさ、悪気はなく相手を追い詰めると言うか。分かりやすく言うと、マリーアントワネット的な?」
「パンがないならケーキを食べたらとか言っちゃう天然さってこと?」
時枝が言うと、汐織がふと浮かんだことを口にする。
「あれって本人は実はそんなこと言ってないとかなかった? 慈善事業に注力してたとか」
「でもそんなこと言われちゃうくらいには性格悪かったとかの憶測もあるでしょ? いい人過ぎてやっかみでって説もあるけど」
マンガの資料を調べる過程で拷問や処刑をなんかの豊富な時代のことは時枝にも豊富だった。
颯天が疑問を投げかける。
「君達いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「育児の相談とかね、させてもらったら意外に趣味も合ったのよ」
ねっと時枝が振れば汐織も頷く。
「びっくりしたよ、私も」
「びっくりしたのはこっちだよ、あんな三流グロ映画を汐織ちゃんが観てるとは」
「最初はゾンビ映画からどんどん深みにね。でも映画だけだったのが、時枝ちゃんのお陰でマンガにも目覚めちゃった。今年はかなり読み漁ってる」
「母さんの話はどうなった」
大翔の突っ込みに汐織がごめんごめんと謝る横で、時枝が言いなおす。
「そうだった、マンガの話はあとでじっくりしよ。古い奴だけどお薦めあるから、絶対読んでもらいたいんよ」
「知りたい!」
嬉々とした声を出して、すぐに颯天に続きを促した。
「悪役令嬢って大抵ヒロインが恋する相手の婚約者なんだよ。それで自分の婚約者と親しくなっていくヒロインに意地悪とか犯罪まがいのことをするんだ。それを最後に断罪されて破滅する」
時枝が首を捻る。
「そもそも婚約者がいる相手を狙う方が悪くない?」
「そこはいろいろ理由があるんだよ、悪役令嬢なんだからそもそもの性格が滅茶苦茶悪くて上手くいってないとかさ。だから悪役令嬢にもいろんなパターンがあって、母さんは天然で相手を傷つけていくタイプ。意図せず身分を笠に着ているように見えるキャラで、本人には全く自覚がない」
周弥が母と和解した話を聞いているからこそ、納得できる捉え方ではあった。
「ゆきちゃんの話で分かる部分もあるんだけど、でもさ、結婚の事はまあ良いとしても、やっぱり子供のことはセンシティブだと思うんだよなぁ」
「私もそれは思った。お義母さんにいくらそのつもりがなくても、やっぱり言われたら相当ダメージある人絶対いると思う」
汐織も時枝も喜美から言われたことはなかったからこそだった。
「私ももう一人産めって言われても今はとても考えられないし、万が一考えることがあってもそれは四十前後のことになるから、軽々しく言ってほしくなって思うな」
それに大翔と颯天が顔を見合わせた。それに時枝と汐織が反応する。
「え? なに、その顔」
「何か言いたいことがありそう」
「でも俺たちの立場からは言えないからさ」
颯天が言葉を濁す。
「なんでよ、言いたいことがあるなら言えば良いでしょ?」
時枝が詰め寄った。
「言いたいことって言うかさ、なあ?」
「そうだな、俺たちの立場からは言うべきではない、これからも言うつもりは無い」
黙々と料理の手を動かしていた周弥が顔を上げた。
「ゆきさんを見習って俺が言う」
「ん? ゆきちゃん?」
「ゆきさんならきっとこう言うだろう。そう母さんに言ってみれば良いと」
「どういうこと?」
周弥はせっせと大量の薬味を刻むのを再開させながら、説明をする。
「母は決して人の心が分からない人ではない。確かに言葉は足りないから、多くの誤解を生みやすい。だから直接言えば良い。子供の事は夫婦で考えるから口出しするなと」
汐織が首を傾げる。
「そうすれば言わなくなるってこと?」
「母は自分がそうだったという事実を伝えてるだけであって強要しているわけでも従わせたいわけでもない」
「そんなの分かんないじゃん」
訝しがる時枝だったが、理解している側の大翔も驚いていた。
「周弥がそんなこと言うなんて、信じられん。一番それを疑っていたのはお前だろ?」
「俺たちは産まれた時からあの母の言動に慣れているし、そこに行動も伴っていたから誤解もしない。けれど、傍から見たらそうじゃないと知って、だから近づけたくないと思った。ただ通訳が必要だと理解したのだから、先回りの心配はしなくなっただけだ」
「ゆきちゃんにはその通訳も必要ないみたいだけどね」
颯天がキッチンの楽し気な二人を眺めながら続ける。
「それに、ゆきちゃんはそんな言い方はしないと思うなぁ」
汐織が笑う。
「ごめん、それは私も思った」
それに時枝の同意する。
「口出しするななんて突き放す言い方で勧めないでしょ」
「そこは周弥だからな」
「周弥君にも向いてなかったね」
「ゆきさんの様にスムーズに話の中に入れ込めなかっただけだ。伝えることに意味があるのだから間違いではない」
「私たちにもゆきちゃんに話すみたいに柔らかい話し方にしてくれてもいいのに」
「ゆきさんと話すから自然とそうなる」
颯天と大翔が固まった。
「うわっ……お前ののろけなんて初めて聞いた。こわっ」
「周弥、今更だが顧客にはきちんと応対しているんだろうな」
大翔の心配にあっさりと返す。
「当たり前だ」
兄弟の関係性が垣間見える会話もまた初めて聞いた汐織と時枝は顔を見合わせ笑い合った。
そして夫たちが今まで言及しなかったことが優しさだったと二人にも伝わった。
「二人が私たちにそのことを言わない理由もちゃんと分かったわ。嫁と母親を天秤にかけた時私たちの方を取るってことね」
「お義母さんを擁護するようなことを言えば、どっちの味方なんだって話になりかねないものね」
「できた旦那だこと」
時枝の一言に颯天が苦笑する。
「ゆきちゃんみたいに上手くできればもっと早く毎年緊迫した場に連れて来なくて済んだんだけどな」
「それこそ立場があるからできなかったんでしょ」
「第三者を探せばよかっただけの話しだ。父さんにそれができれば良かったんだけど、結局あの人も感覚の人だから」
「もう誤解しないからお義母さんの話しても大丈夫よ」
颯天が母の生い立ちを話し始めた。
「母さんはただのお嬢様じゃなくて超お嬢様だからさ。ただ甘やかされただけの育てられ方じゃなかったと思うよ。多分帝王学、女王学かな、そういう教育されてるんだよ、だから人に心の内を見せることはなかなかできないんだよ、どう上げ足取られるか分からない世界で生きてたみたいだから」
「祖父さんも忙しい人で、母さんの実の母は早くに亡くなってる」
大翔が補足する。
「幸いなのはそれでも愛情をもって育てられたことだと思う」
「祖父さんはもちろんだけど、祖父さんは再婚してその後妻さんが結構良い人だった。その人ももうずっと前に亡くなってるけど、俺たちにも優しかったよ」
話は大翔が引き継いだ。
「会うことの叶わなかった祖母は、子供がなかなかできず、しかも産んだのが女児だった」
「あ、今よりずっと大きな問題よね」
汐織が悟ったのを見て大翔も頷く。
「母もそのことを聞いているはずだ。祖父さんははっきり言わなかったが、それが早世の原因の一つだと思っているようだった」
「母さんはそれもあって貧乏でも子供を三人も産んだんだと思うんだよね。産めるんだったら、産まなくちゃって。でもこれも母さんの考えだから、別にそうしろって言ってるわけじゃないんだよ、ただ子供がいる人生は楽しいから、産めるんだったら産んでも良いんだってこと。たぶん言えばいろいろ支援もしてくれると思う、特に金銭面ね」
「今は教育に金がかかるし、不妊の場合も治療費が掛かるからね、もしそれが産めない原因になってるんだったら、そこは心配するなってことも言いたいんじゃないか」
大翔の言葉にすぐに頷くことをしない二人に、颯天が微笑む。
「話し合った結果産まない選択をしても母さんは別に何も言わないよ、それが俺たちがきちんと納得した上ならね。何かの事情でどちらかが我慢して産むんでも産まないんでも、それは母さんも望んでいない。そこに幸せが待っているとは言い難いと分かってるから」
「母さんは一般論を言ってるわけじゃなくて、俺たちにきちんと伝えたいことを伝えてるだけだからさ。誰かれ構わずいう訳じゃないよ」
「だから余計に嫌味に聞こえる」
苦笑する時枝は喜美からマンガのことはよく分からないとか、仕事が忙しそうとしか言われたことはなかったが、どこかで家庭のことをよく分からない仕事で疎かにしていると思われているんだとか思い込んできた。でもゆきの話を聞いて、もっとそのままの言葉の意味で受け取る努力を始めたところだ。
「隼二郎への接し方考えたら、もはや産まなくてもいいかもだけどな。母さんはきっとは博愛主義なんだよ、そこもお嬢様思考なのかもしれない」
子供の頃から家に出入りしていた周弥の親友の話は皆知っていた。
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だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
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第14回恋愛小説対象にエントリーしています。
※別タイトルで他サイト様掲載作品になります。
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