白鬼

藤田 秋

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第五章 春の氷人形

5-1 季節外れの凍結

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 妖怪といえば、あなたは何が思いつくだろう。鬼? 妖狐? 天狗? 私は……。

『——さんが行方不明になっており……』
 テレビから流れる行方不明者のニュース。

 四月になってからもう四件目である。
 消えているのは小学生や中学生の女の子。私は誘拐事件だと思っている。犯人はきっとロリコンだ。

「物騒だよねぇ」
「千真さんも気を付けなよ? ターゲットの範囲内だし」
 珀弥君は視線をテレビからこちらへ寄越した。それはどういう意味だ。

「私は大丈夫だもん」
「そう? 千真さんが行方不明になっちゃう可能性だって、ゼロじゃないんだよ」
「むむ……」
 そりゃあ、世の中は百パーセント安全って訳じゃない。でも、自分が攫われるなんて、現実味もないことだ。

「もしかしたら、妖の仕業かもしれないのぅ」
 頬杖をついてニュースを見ていた狐珱君が、ぽつりと呟く。

「どうして?」
「あのにゅうすとやらでは、行方知らずになった娘の帰路に凍結している場所があったとか言っていたじゃろ?」
「あぁ、そういえば」
 春なのに道が凍結しているなんて、おかしな話だ。

「ゆきむすめの仕業かのぉ」
「ゆきむすめ?」
「雪女のことだよ」
 珀弥君がフォローを入れるように教えてくれた。なるほど、雪女は『ゆきむすめ』ともいうのか。

 雪女といえば、よく雪山に出没して宿を借りに来るだとか、子供を抱かせるだとか、そんな伝承のあるポピュラーな妖怪だ。雪女なら、容易に氷を連想できる。

「雪女ですか……」
 突然、天ちゃんが音もなく狐珱君の隣に現れた。
 無理矢理効果音を付けるなら、『ドロン』が合うだろう。いつもの事だからもう驚かない。

「天ちゃんおはよー」
「おはようございます、千真様」
 相変わらず笑顔が可愛らしい。だが男である。

「のぅ、珀蓮よ。お主、雪女に遭ったことはあるかの?」
「はい。生前に一度だけ封印したことが」
 ん? 今更だけど、天ちゃんって元から神様じゃなかったんだ。死後に神格化されたタイプの神様かな?

 それにしても、鬼が妖怪を封印するだなんて、ファンタジー世界の陰陽師みたいなことするんだなぁ。

「お主、封印だけとは随分甘いのぉ。殺さぬと後々面倒じゃと思うぞ?」
「むぅ……生憎、命を奪う術は存じておりませんので……」
 天ちゃんはそうやって苦しそうに微笑んだ。確かに、彼に殺生なんて似合わない。

「ほー? 儂を本気で殺しに掛かってきたのは誰じゃったかのぅ……?」
 目を細める狐珱君に、天ちゃんは口元に袖を添えて晴れやかに笑った。背景にお花が見える。

「あれは『のーかうんと』なのです」
「意味が分からぬぞ!」
「数に入れないって意味だよ」
 珀弥君が再びフォローを入れる。狐珱君はそれを聞き、耳をピンと立てた。

「のぉ!? 貴様、今度こそ殺す!!」
「既に死んでいるのですよー」
「待てぃ! この糞餓鬼め!!」
 狐珱君はすーっと滑るように逃走する天ちゃんを追って部屋を出ていった。

「仲良しだねー」
 珀弥君はほのぼのとしながらお茶をすすった。

「あれは仲良しなの?」
「喧嘩するほど仲が良いってね」
 いや、あれは喧嘩じゃなくて殺し合いじゃないのかな。

「あの二人は昔の話になるといつもあんな感じだし、気にしないほうが得策だよ」
「そ、そう」
 一体、あのちびっ子たちに何があったのだろうか。というか何歳なんだろう。
 天ちゃんの口からナチュラルに飛び出るブラックジョークが殺伐さを加速させている。

「話を戻すけど、もし雪女とかに遭っちゃったら、これを使うと良いよ」
 珀弥君はそう言って懐から何かを取り出した。

***

 程よい時間になり、私と珀弥君は学校に向かうことにした。
 境内の木には片足をロープで縛られた天ちゃんがぶら下がっていた。

「物理的な方法で捕まったねー」
 普通にスルーした珀弥君に、私も続いたのであった。

「ゑっ!? お助けください!!」



 暫く田んぼ道を歩いていると、風を切る音と硬いもの同士がぶつかる音がして、珀弥君が呻き声を上げた。

「珀弥君!?」
「普通に食らってやんの、めっちゃウケる」
 後ろからケラケラと笑う声がして振り向くと、数メートル離れたところに翼君となっちゃんがいた。
 なっちゃんはキラキラとしたオーラを纏いながら駆け寄ってくる。

「おはようチマ! 今日も可愛いねぇ!!」
「おはよう! ちさなだよ、なっちゃん」
 最早恒例になりつつあるなっちゃんのグッモーニンハグ。彼女のお胸の所為で息と心が苦しくなります。

「ちょっと、お宅のカラスさんが刺さったんだけど」
 珀弥君はにこやかに後頭部から烏を引き抜くと、翼君に押し付けた。グロい。

「おい、そんな風に頭掴んだらエリカが可哀相だろ」
 エリカと呼ばれた烏の頭を労るように撫でる翼君。

「頭を刺された僕は可哀相じゃないんだね」
 珀弥君の目は死んでいた。つーか血飛沫が致死量なんじゃないかってぐらい凄いんだけど、大丈夫?

「ギャグパートでは死なない法則だよ」
「珀弥君、頭に血が足りてないんだね」



 ホームルームが始まり、薄井先生が出席を取る。なっちゃんから名前を呼ばれ、順調に進んできた時だ。

「谷口」
 だが、谷口さんの返事は無い。ちらりと彼女の席を見ると、誰も座っていなかった。

「連絡は無かったが、谷口は休みか? 誰か知ってる奴はいるか?」
 教室を見回す先生に、返事をする生徒は誰もいなかった。

 彼女と仲の良いグループの子たちも、ひそひそ声で頭を傾げている。谷口さんは真面目そうだし、無断で欠席も遅刻もしなさそうなイメージなんだけどなぁ。

「チマ程じゃないけど、谷口さんも結構童顔よね……」
 物凄く真面目な顔で何言ってるの、なっちゃん。
 彼女の言う通り、谷口さんは童顔で小柄な子だ。まだ中学生って言っても通じるレベルだと思う。

『——さんが行方不明になっており……』
『消えているのは小中学生の女の子』
『千真さんもターゲットの範囲内だし』

「あっ……」
 嫌な可能性を一つ、思い浮かんでしまった。手が微かに汗ばむ。

「チマも気付いた?」
「多分」
 私の考えが間違っていなければ。

「大丈夫、あたしもチマと同じこと考えてる筈だから」
 ——最近起こっている、少女の神隠しを、ね。

「あくまでも可能性だけど」
 表情を柔らかくするなっちゃんに、私は緊張を解く。

「そうだよね……本当に病欠とか、遅刻かもしれないし」
 たまたま学校に来なかっただけで、そんな不吉なことを考えちゃいけない、よね……。
 そしてホームルームは終わり、一時限目が始まった。

 だが、最後の六時限目が終わるまで、谷口さんが登校してくることはなかった。

***

「谷口さん、結局来なかったね……」
「うん」
 私の言葉に、なっちゃんは表情を険しくする。ただの欠席ならいいのだけれど。

 この拭い去れない嫌な予感の所為で、悪い結末ばかり考えてしまう。彼女は本当に……。

「なーに暗くなってんの?」
「うわっ」
 背後から飛ばされた明るい声に驚き、思わず肩をびくりと震わせてしまった。

「あんたねぇ。いきなりそういうことすんの、やめなさいよ」
 なっちゃんは翼君の額を勢い良く叩き、声を荒げた。彼は額を押さえて少し涙目になる。

「ひどくね? 落ち込んだ雰囲気だったから、明るくしようと思ったのにさ?」
「うるさい! あんたはやり方が悪いのよ!」
「じゃあどうすりゃ良かったんだよ!」
「そんなの自分で考えなさいよ!」

 凄い剣幕のなっちゃんに、若干拗ねながら抗議する翼君。彼らのマシンガントークに置いてけぼりされてしまった私。

「何やってんだか」
 呆れながら笑う珀弥君に、私は目を向けた。

「珀弥君、いたんだ」
「ごめん、影薄くて」
 彼の憂いを含んだ緑色の瞳は、どこか遠くを見つめていた。まさか、地雷!

「いやいや、そんなことないよ! 珀弥君すっごく存在感ある! 緑だけど大丈夫! 二番手じゃないよ!」
「何の話かな」
 珀弥君は目元に若干陰を落とし、にっこりと笑った。黒笑いというのはこういう顔をさす、と知った瞬間である。

「すすす、すいません珀弥さん、いや、閣下!」
「珀弥君でいいです」
 珀弥さんは咳払いを一つし、目元から陰を取り去った。純粋に、優しげな珀弥君に戻る。

「千真さんは何も心配しなくて良いんだよ」
 私に向かって諭すように発されたその言葉は、何処か独り言のような響きを孕んでいた。

「珀弥君……」
「だから、くれぐれも危険なことに首を突っ込まないように、ね?」
「う、うん」
 有無も言わせない雰囲気に、私は操られるように首を縦に振った。

 彼はそれを確認すると、今だにマシンガントークを繰り広げる翼君の首根っこを掴む。

「ほら、翼。さっさと行くぞ」
「うおっ!? ちょっ、タンマ! 苦しいから!!」
 珀弥君は暴れる翼君に構わず、彼を引き摺るように教室を出ていった。

「全く、何しに来たのよあいつら」
「あはは……」
 私は不満げに口を尖らすなっちゃんに苦笑いをこぼす。

 この不安感は一体何だろうか。本当に、何もなければそれで良いのに。
 彼らが出ていった教室のドアを見つめながら、そう思ったのであった。
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