白鬼

藤田 秋

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第十章 仁義なき文化祭!

10-7 私たちの関係

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***

 夕飯を済ませた後、私と珀弥君は使った食器を洗っていた。

「こーくん、たっち!」
「ぬ、待てぇい!」
「ふふふ、元気なのです」
 狐珱君とコマちゃんは居間で一緒に遊んでおり、天ちゃんはその光景をにこにこしながら眺めている。
 ほのぼのしてるなぁ。小さな子の嬌声は微笑ましい。

 だがこの子たち、実年齢は私よりずっと上という衝撃の事実。

「コマちゃん、狐珱君と仲良いね」
「そうだね。同じイヌ科だし、気が合うんじゃない?」
「なるほど」
 そういえば狐もイヌ科だったっけ。
 珀弥君から渡された皿をお湯でゆすぎ、洗剤の泡を落とした。

「あ、そうだ」
「どうしたの?」
 皿を水切りラックに立てかけながら、とあることを思い出した。珀弥君は不思議そうな声と共に、泡の付いた茶碗を寄越す。

「私と珀弥君の関係を言葉に表すと何なのかな? 『友達』って表すとちょっと違うから、気になっちゃって」
 昼間、室町さんたちが来たときに浮かび上がった疑問だ。
 ずっともやもやしたままで、気持ち悪い。珀弥君なら、この疑問に答えてくれるだろうか。

「千真さんと僕の関係かぁ」
 珀弥君はスポンジで泡を立ててコップを磨き、うーん、と唸った。私はその間、茶碗の泡を落とし、水切りラックに置く。

「巫女さんと神主さん?」
「ちょっと求めてる回答とニュアンスが違います、店長」
 答えと共にコップを受け取り、水で洗い流した。

「じゃあ、クラスメイト?」
「ちょっと遠くない?」
 心の距離的な意味で。
 珀弥君は箸を纏めてスポンジで挟み、回すように磨き始めた。彼はまた考え、少し躊躇いがちに口を開く。

「じゃあ、家族?」
「えっ……」
 私の頭に鈍器で殴られたような衝撃が走った。 驚きで短い声が出て、それ以降の言葉を失う。私には遠くて、縁の無い言葉。
 でも、私たちの関係には、不思議としっくりくる言葉。家族。

「家族、か」
 確認するように、その言葉を繰り返す。どこかむず痒くて、暖かい気持ちになった。

「やっぱりこれも違う?」
 珀弥君は手を止め、困ったような声で聞いてきた。どうやら、勘違いさせてしまったようだ。

「ううん。すごく、ぴったりだなと思って」
 私の顔から、自然と笑みがこぼれた。きっと、嬉しいからだ。
 ずっと家族を知らなかった私に、家族ができたんだから。

「じゃあ、珀弥君と私は、家族ってことで!」
「うん、わかった」
 私が意気揚々と宣言すると、珀弥君は穏やかに頷いた。

「コマちゃんもかぞくー!」
 突然コマちゃんが私の背中に抱き付いてきた。話を聞いていたのだろう。

「うん、コマちゃんも家族ね」
 ペットポジションは固いな。

「こーくんも、てーちゃんも、みーんなかぞくー!」
「おやおや」
「ぬ、儂もか」
 コマちゃんの明るい声に続き、天ちゃんの嬉々とした声と、狐珱君の驚きの交じった声が聞こえた。

「そうだね、皆家族だね」
 血は繋がってないし、彼らは人間ではない。けれど、私たちの繋がりは家族と同じ物なのかもしれない。
 ずっと憧れていた物が、ここにあったんだ。

「よし、私は長女ポジで、珀弥君はお母さん、狐珱君は次男で天ちゃんは三男? コマちゃんはペットね!」
 家族構成はこれで完璧!

「儂が次男じゃと?」
「私は妥当な所でしょうか」
「ぺっとー?」
「それより長男はどこ行ったし」
 各々反応を示す中、珀弥君だけはきっちりとツッコんでいった。

「さすがお母さん!」
「せめてお父さんにしてください」



「わーい!」
「癒されるねー」
 家族団欒した後、私とコマちゃんは一番風呂をいただいていた。コマちゃんは最初、お風呂が珍しいのか、視線をあちこちに巡らせていた。
 そして今はちゃぷちゃぷと水面を震わせてはしゃいでいる。

「お風呂楽しい?」
「うん! たのしー!」
「そっかー、よかったねー」
 明るく笑うコマちゃんにつられ、私の顔がほころぶ。

 初対面のときは警戒して噛み付いてきたのに、今はすっかり懐いてきてくれる。私だけではなく、黎藤家の皆にも馴染んでいるし。
 何故、鳥居の下に居たのかは未だに謎だが。

「コマちゃんは可愛いなぁ」
「えー、ちーちゃんがかわいー!」
 コマちゃんは私の言葉をリピートし、耳をピクピクと動かした。

「もーっ、コマちゃんったら」
「でも、ちっちゃーい!」
「どこ見て言ってんの!?」
 コマちゃんの視線に気付き、私は胸を両手で覆った。まさかこの子まで貧乳ネタを使ってくるとは!
 ちなみに撮影のため、タオルは巻いています。

「えー、みせてー!」
「コマちゃんのえっち!」
 悪気は無いだろうし、彼は純粋無垢な目をしているから本気では怒れない。小さい子だから、仕方がないね。

「ちっちゃくても、ちーちゃんすきー!」
「うん、ありがとうね」
 そう、見た目だけが全てじゃない。でかけりゃいいってもんじゃない! 私はもっと自分を磨いて、巨乳に負けないイイオンナになるんだ!

「よぉし、もっと女子力あげるぞぉ!」
「おーっ!」
 私が拳を突き上げると、コマちゃんも元気良く万歳した。

「珀弥君にも負けないぞぉ!」
「お、おー……」
「何で自信無さげなの!?」
 私では珀弥君の女子力を超えられないというのか!? 男に負けるというのか!?

「しーくんのほうが、おっきー!」
 話の流れ的に、身体の大きさではないだろう。彼の意外な体格の良さからわかる、胸囲的格差。くっ、こんなところで負けるなんて……!

「あの野郎覚えてやがれ」
 だが次の日、珀弥君と私の差をまざまざと見せつけられるのである。

***

「ぐっ……!」
 私は非常に困っていた。
 ピンク色の細いシャーペンを握りながら、紙の上で手を止める。次第に手が震え、それに連動してシャーペンの先がゆらゆらと揺れた。
 そして、下書き用の紙には蛇のような線が出来上がる。

「可愛い字って何だ……!」
 私は呻き、頭を抱えた。

 現在、クラスでは文化祭の準備をしている。メニューや看板、壁などの装飾品を作っているのである。
 私はメニューのレイアウトを任されたのだが、特にセンスが無いため、何も書き出せないのだ。

 そんな私が、何故任されたのか? 『千真ちゃんって可愛い系の得意そう!』というイメージだからだそうだ。

「お品書きって何なの、可愛くすれば良いの、可愛いって何なの、美術部いないの……」
「チマ、大丈夫……?」
 なっちゃんが携帯を片手に声を掛けてきた。その声音には、私に対する憂いが込められている。
 さすがに、ぶつぶつ呟いている私が異常に見えたのだろう。ちくしょう、良い乳しやがって。これがイイオンナなのか? あん?

「同情するなら乳をくれ!」
「大丈夫みたいね」
 なっちゃんはにこりとして、立ち去っていった。
 ちなみに、彼女はメニューの材料を格安で仕入れるため、卸業者と交渉する役目を背負っている。携帯を出していたのはその為だろう。

「ちぇー」
「どうしたの、千真さん?」
 なっちゃんにスルーされて突っ伏していると、頭上から柔らかい声が聞こえてきた。

「んー、珀弥君かー。私なんてどうせ魔改造したってイイオンナになれませんよーだ」
 貧乳な上に、可愛い文字の一つや二つ書けない私なんて。

「ありのままの君が一番素敵だよ。で、今何してるの?」
 さらっと流した! この人さり気なくイケメンな事を言ってから流しやがった!

「メニュー作りです。何も書けなくて詰んでるんです」
「そうですか。どういう雰囲気にしたいの?」
 ちょっと顔を上げてみると、珀弥君はしゃがんで、私の机に肘をついていた。相談に乗ってくれるらしい。

「可愛くてキュートでプリティでキリンさんがの方がもーっと好きです」
「要するに可愛い感じね。ちょっと借りていい?」
 珀弥君がシャーペンと紙を指さすので、こくりと頷いた。

 彼はシャーペンを握ると、紙の上でペン先をサラサラと滑らせた。ペン先が通った後には、丸みを帯びた可愛らしい文字が並ぶ。
 一番上に広告のロゴさながらの『お品書き』の文字を描くと、一旦ペンを置いた。
 この間、約一分である。

「こんな感じ?」
「すげぇ!」
 『お品書き』というロゴの下に並ぶ、軽食やドリンクの名前一覧。
 丸い文字であるが、読みやすい。本当に手書きなのか疑わしい程カッチリとしており、パソコンのデザイン用ソフトで作成したような仕上がりだ。

 下書き用の紙なのに、既にメニューとして使えそうである。

 女の子が書いた物だと錯覚してしまうくらいポップでキュードだが、実際は四捨五入したら身長百九十の男が書いたものだ。わけがわからないよ。
 何か女として負けた気がするが、致し方ない。

「珀弥君、本番いってみよー!」
 私はすかさず本番用の画用紙を取り出し、笑顔で親指を立てた。

「いやいや、それは自分でやろうよ」
 まさか断られるとか。

「能力見せ付けといて途中で放り投げるですか!? 見損なったよハクえもん!」
「珀弥です。参考までに使ってくれれば良いかな、って思って……」
「適材適所って言葉があるでしょうが! 珀弥君すごく適材じゃん! これ適所じゃん!!」

 多才過ぎて意味わからない。
 そして私が何故ここまで無能なのかも意味がわからない。
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