白鬼

藤田 秋

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第十八章 勿忘草

18-14 夏の河辺で

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***

 辿り着いたのは天波山。
 隣町の山だけれど、町の境目にある僕の家からは結構近い。

 ここには天狗が棲んでいたっていう話だけど、今でもいるのかな?
 うちの神社にも狐が一匹棲み着いているし、妖怪自体は今もどこかにいるんだと思う。

「おみずきれい!」
 山の麓には川が流れており、水が透き通っていて綺麗だ。
 ちさなは川に足をちょんちょんと入れてはしゃいでいる。

「ちさな、お魚がいるよ!」
「おさかな~!」
 ちさなは着物をたくし上げ、今にも川に飛び込みそうな勢いだ。

「あっ! 駄目ー!」
 この川は穏やかだ。でも、あのちさなのことだから、いつの間にか流されてるなんてこともあり得る。かなり。

 僕が手を伸ばしかけたその横を、長い腕が悠々と伸びてちさなを捕まえた。

「おっと、危ないぜ嬢ちゃん。ここらは悪戯好きの妖怪がいるからな」

 突然現れたのは茶髪のお兄さん風の男の人だった。
 黒い山伏装束を着ているが、どことなくチャラく見える。夕陽色の瞳が印象的だ。

 見た目はお母さんの歳とあまり変わらないように見えるのに、ずっと歳上に感じるのはどうしてだろう。

「ようかいがいるのー?」
 ちさなは足を止め、くるりと向き直る。

「おう。だから子供だけで遊ぶのはやめときな」
「えー! コーカサスオオカブトをつかまえにきたのにー!」
「ヘラクレスオオカブトじゃなかった?」

「いやぁ、どっちも居ないと思うぜ?」
 山伏のおじさんは苦笑い。やっぱり居ないよね、僕は正しかったよね。

「えー! おじさんひーどーいー!」
 ちさなは頬をぷっくりと膨らませる。可愛い。

「オレのせい!?」
 おじさんは『えー!』とビックリするリアクションを見せつつ、くつくつと笑っている。随分と気の良い人だ。

 でも、知らない人とお話ししちゃいけないって言われてるし、あまり心を許すのは危険かも……。

「しゃあねぇ、お詫びに飴やるから許して?」
「わぁい!」

「ちさなー!?」
 ちさなはおじさんにすっかり懐いてしまい、飴まで頂いている。

「まあまあ、あんまり警戒しないでくれよ。取って食いやしないさ。ほい」
 おじさんはそう笑いながら、飴を僕に手渡してきた。

 紅茶の色をしていて、半透明の綺麗な飴玉だ。おずおずと口に含んで見ると、控えめながら優しい甘さが広がった。

「美味しい……」
「だろ? 今日はこれで勘弁してくれよな?」
「は、はい」
 どうやら僕たちがここにいるのは都合が悪いらしい。何かあるのかな?

「ん、物分かりの良い子は嫌いじゃないぞ。おじさんの娘も君と同い年くらいなんだけどなー、まだ落ち着かなくてなー」

 おじさんはしゃがんで僕と目線を合わせ、わしゃわしゃと頭を撫でてきた。随分と楽しそうに話すなぁ。

 っていうか、子供が居たんだ。若々しくて、あまりお父さんっていう感じには見えない。

「そーいや、今日はここら近辺で花火大会があるんだろ? 今疲れちまったら夜に騒げないぞ」
「あ、そうだ!」

 今日は花火大会がある。結構大きなお祭りで、人が沢山来るんだ。ちさなと行こうって約束してたんだっけ。

「はなび~」
「カブトムシはまた別の機会にして、今日は帰ろっか?」
「うん!」
 大変素直でよろしい。

 僕はちさなの濡れた脚をハンカチで拭き、着物を整えてあげる。
 こうしてお世話をすると、ちさなが妹みたいに感じるな。

「さようならおじさん、飴ごちそうさまでした」
「ごちごち~」
 二人でぺこりと頭を下げると、おじさんは片手を上げた。

「おう、気をつけてな。花火でオレ似の可愛い娘ッコを見たらよろしく~」
「は~い」
「あ~い!」
 僕たちは見知らぬおじさんに別れを告げ、神社に戻るのだった。



「はくらー」
「なぁに?」
 山からの帰り道、ちさなは僕の背中の上から名前を呼んできた。

「カメラかおうよ! はなびとるの!」
「うーん、写らないと思うなぁ」
「えー!」

 手軽に買えるインスタントカメラは、夜空を綺麗に収められるほど性能は高くない。
 デジカメも高価なもので、子供が手にすることなんて出来るはずもない。

 僕たちが写真に花火を収める方法は無かったのだ。

「仕方ないよ。よーく見て、自分の目に焼き付けようね」
「うー……」
 ちさなは残念そうに唸る。

「かずまに見せてあげたかったんだよね?」
「うん」
 やっぱり。ちさなは何かしらお土産にしたがるんだ。
 それだけ、かずまの事を気に掛けてくれるのが嬉しいし、同時に羨ましく思う。

「じゃあ、よーく見なきゃ。どんな花火だったか、かずまにお話してあげようよ」
「それでいいの?」

「うん。ちさなが楽しそうにお話するだけで、きっと喜ぶから」
 ちさなの笑顔は、暗い気持ちも吹き飛んでしまう。
 かずまは口では文句を言うけれど、ちさなが笑っている時は穏やかな目をするんだ。

「そうなんだぁ!」
 ちさなは背中の上でぴょんぴょん暴れる。

「こらっ、暴れないの!」
「きゃっきゃっ」
 天真爛漫な女の子一人に兄弟二人で振り回されているけれど、不思議と気持ちがぽかぽかする。
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