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第十八章 勿忘草
18-14 夏の河辺で
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辿り着いたのは天波山。
隣町の山だけれど、町の境目にある僕の家からは結構近い。
ここには天狗が棲んでいたっていう話だけど、今でもいるのかな?
うちの神社にも狐が一匹棲み着いているし、妖怪自体は今もどこかにいるんだと思う。
「おみずきれい!」
山の麓には川が流れており、水が透き通っていて綺麗だ。
ちさなは川に足をちょんちょんと入れてはしゃいでいる。
「ちさな、お魚がいるよ!」
「おさかな~!」
ちさなは着物をたくし上げ、今にも川に飛び込みそうな勢いだ。
「あっ! 駄目ー!」
この川は穏やかだ。でも、あのちさなのことだから、いつの間にか流されてるなんてこともあり得る。かなり。
僕が手を伸ばしかけたその横を、長い腕が悠々と伸びてちさなを捕まえた。
「おっと、危ないぜ嬢ちゃん。ここらは悪戯好きの妖怪がいるからな」
突然現れたのは茶髪のお兄さん風の男の人だった。
黒い山伏装束を着ているが、どことなくチャラく見える。夕陽色の瞳が印象的だ。
見た目はお母さんの歳とあまり変わらないように見えるのに、ずっと歳上に感じるのはどうしてだろう。
「ようかいがいるのー?」
ちさなは足を止め、くるりと向き直る。
「おう。だから子供だけで遊ぶのはやめときな」
「えー! コーカサスオオカブトをつかまえにきたのにー!」
「ヘラクレスオオカブトじゃなかった?」
「いやぁ、どっちも居ないと思うぜ?」
山伏のおじさんは苦笑い。やっぱり居ないよね、僕は正しかったよね。
「えー! おじさんひーどーいー!」
ちさなは頬をぷっくりと膨らませる。可愛い。
「オレのせい!?」
おじさんは『えー!』とビックリするリアクションを見せつつ、くつくつと笑っている。随分と気の良い人だ。
でも、知らない人とお話ししちゃいけないって言われてるし、あまり心を許すのは危険かも……。
「しゃあねぇ、お詫びに飴やるから許して?」
「わぁい!」
「ちさなー!?」
ちさなはおじさんにすっかり懐いてしまい、飴まで頂いている。
「まあまあ、あんまり警戒しないでくれよ。取って食いやしないさ。ほい」
おじさんはそう笑いながら、飴を僕に手渡してきた。
紅茶の色をしていて、半透明の綺麗な飴玉だ。おずおずと口に含んで見ると、控えめながら優しい甘さが広がった。
「美味しい……」
「だろ? 今日はこれで勘弁してくれよな?」
「は、はい」
どうやら僕たちがここにいるのは都合が悪いらしい。何かあるのかな?
「ん、物分かりの良い子は嫌いじゃないぞ。おじさんの娘も君と同い年くらいなんだけどなー、まだ落ち着かなくてなー」
おじさんはしゃがんで僕と目線を合わせ、わしゃわしゃと頭を撫でてきた。随分と楽しそうに話すなぁ。
っていうか、子供が居たんだ。若々しくて、あまりお父さんっていう感じには見えない。
「そーいや、今日はここら近辺で花火大会があるんだろ? 今疲れちまったら夜に騒げないぞ」
「あ、そうだ!」
今日は花火大会がある。結構大きなお祭りで、人が沢山来るんだ。ちさなと行こうって約束してたんだっけ。
「はなび~」
「カブトムシはまた別の機会にして、今日は帰ろっか?」
「うん!」
大変素直でよろしい。
僕はちさなの濡れた脚をハンカチで拭き、着物を整えてあげる。
こうしてお世話をすると、ちさなが妹みたいに感じるな。
「さようならおじさん、飴ごちそうさまでした」
「ごちごち~」
二人でぺこりと頭を下げると、おじさんは片手を上げた。
「おう、気をつけてな。花火でオレ似の可愛い娘ッコを見たらよろしく~」
「は~い」
「あ~い!」
僕たちは見知らぬおじさんに別れを告げ、神社に戻るのだった。
*
「はくらー」
「なぁに?」
山からの帰り道、ちさなは僕の背中の上から名前を呼んできた。
「カメラかおうよ! はなびとるの!」
「うーん、写らないと思うなぁ」
「えー!」
手軽に買えるインスタントカメラは、夜空を綺麗に収められるほど性能は高くない。
デジカメも高価なもので、子供が手にすることなんて出来るはずもない。
僕たちが写真に花火を収める方法は無かったのだ。
「仕方ないよ。よーく見て、自分の目に焼き付けようね」
「うー……」
ちさなは残念そうに唸る。
「かずまに見せてあげたかったんだよね?」
「うん」
やっぱり。ちさなは何かしらお土産にしたがるんだ。
それだけ、かずまの事を気に掛けてくれるのが嬉しいし、同時に羨ましく思う。
「じゃあ、よーく見なきゃ。どんな花火だったか、かずまにお話してあげようよ」
「それでいいの?」
「うん。ちさなが楽しそうにお話するだけで、きっと喜ぶから」
ちさなの笑顔は、暗い気持ちも吹き飛んでしまう。
かずまは口では文句を言うけれど、ちさなが笑っている時は穏やかな目をするんだ。
「そうなんだぁ!」
ちさなは背中の上でぴょんぴょん暴れる。
「こらっ、暴れないの!」
「きゃっきゃっ」
天真爛漫な女の子一人に兄弟二人で振り回されているけれど、不思議と気持ちがぽかぽかする。
辿り着いたのは天波山。
隣町の山だけれど、町の境目にある僕の家からは結構近い。
ここには天狗が棲んでいたっていう話だけど、今でもいるのかな?
うちの神社にも狐が一匹棲み着いているし、妖怪自体は今もどこかにいるんだと思う。
「おみずきれい!」
山の麓には川が流れており、水が透き通っていて綺麗だ。
ちさなは川に足をちょんちょんと入れてはしゃいでいる。
「ちさな、お魚がいるよ!」
「おさかな~!」
ちさなは着物をたくし上げ、今にも川に飛び込みそうな勢いだ。
「あっ! 駄目ー!」
この川は穏やかだ。でも、あのちさなのことだから、いつの間にか流されてるなんてこともあり得る。かなり。
僕が手を伸ばしかけたその横を、長い腕が悠々と伸びてちさなを捕まえた。
「おっと、危ないぜ嬢ちゃん。ここらは悪戯好きの妖怪がいるからな」
突然現れたのは茶髪のお兄さん風の男の人だった。
黒い山伏装束を着ているが、どことなくチャラく見える。夕陽色の瞳が印象的だ。
見た目はお母さんの歳とあまり変わらないように見えるのに、ずっと歳上に感じるのはどうしてだろう。
「ようかいがいるのー?」
ちさなは足を止め、くるりと向き直る。
「おう。だから子供だけで遊ぶのはやめときな」
「えー! コーカサスオオカブトをつかまえにきたのにー!」
「ヘラクレスオオカブトじゃなかった?」
「いやぁ、どっちも居ないと思うぜ?」
山伏のおじさんは苦笑い。やっぱり居ないよね、僕は正しかったよね。
「えー! おじさんひーどーいー!」
ちさなは頬をぷっくりと膨らませる。可愛い。
「オレのせい!?」
おじさんは『えー!』とビックリするリアクションを見せつつ、くつくつと笑っている。随分と気の良い人だ。
でも、知らない人とお話ししちゃいけないって言われてるし、あまり心を許すのは危険かも……。
「しゃあねぇ、お詫びに飴やるから許して?」
「わぁい!」
「ちさなー!?」
ちさなはおじさんにすっかり懐いてしまい、飴まで頂いている。
「まあまあ、あんまり警戒しないでくれよ。取って食いやしないさ。ほい」
おじさんはそう笑いながら、飴を僕に手渡してきた。
紅茶の色をしていて、半透明の綺麗な飴玉だ。おずおずと口に含んで見ると、控えめながら優しい甘さが広がった。
「美味しい……」
「だろ? 今日はこれで勘弁してくれよな?」
「は、はい」
どうやら僕たちがここにいるのは都合が悪いらしい。何かあるのかな?
「ん、物分かりの良い子は嫌いじゃないぞ。おじさんの娘も君と同い年くらいなんだけどなー、まだ落ち着かなくてなー」
おじさんはしゃがんで僕と目線を合わせ、わしゃわしゃと頭を撫でてきた。随分と楽しそうに話すなぁ。
っていうか、子供が居たんだ。若々しくて、あまりお父さんっていう感じには見えない。
「そーいや、今日はここら近辺で花火大会があるんだろ? 今疲れちまったら夜に騒げないぞ」
「あ、そうだ!」
今日は花火大会がある。結構大きなお祭りで、人が沢山来るんだ。ちさなと行こうって約束してたんだっけ。
「はなび~」
「カブトムシはまた別の機会にして、今日は帰ろっか?」
「うん!」
大変素直でよろしい。
僕はちさなの濡れた脚をハンカチで拭き、着物を整えてあげる。
こうしてお世話をすると、ちさなが妹みたいに感じるな。
「さようならおじさん、飴ごちそうさまでした」
「ごちごち~」
二人でぺこりと頭を下げると、おじさんは片手を上げた。
「おう、気をつけてな。花火でオレ似の可愛い娘ッコを見たらよろしく~」
「は~い」
「あ~い!」
僕たちは見知らぬおじさんに別れを告げ、神社に戻るのだった。
*
「はくらー」
「なぁに?」
山からの帰り道、ちさなは僕の背中の上から名前を呼んできた。
「カメラかおうよ! はなびとるの!」
「うーん、写らないと思うなぁ」
「えー!」
手軽に買えるインスタントカメラは、夜空を綺麗に収められるほど性能は高くない。
デジカメも高価なもので、子供が手にすることなんて出来るはずもない。
僕たちが写真に花火を収める方法は無かったのだ。
「仕方ないよ。よーく見て、自分の目に焼き付けようね」
「うー……」
ちさなは残念そうに唸る。
「かずまに見せてあげたかったんだよね?」
「うん」
やっぱり。ちさなは何かしらお土産にしたがるんだ。
それだけ、かずまの事を気に掛けてくれるのが嬉しいし、同時に羨ましく思う。
「じゃあ、よーく見なきゃ。どんな花火だったか、かずまにお話してあげようよ」
「それでいいの?」
「うん。ちさなが楽しそうにお話するだけで、きっと喜ぶから」
ちさなの笑顔は、暗い気持ちも吹き飛んでしまう。
かずまは口では文句を言うけれど、ちさなが笑っている時は穏やかな目をするんだ。
「そうなんだぁ!」
ちさなは背中の上でぴょんぴょん暴れる。
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