白鬼

藤田 秋

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第十八章 勿忘草

18-22 またいつか会いましょう

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* * * * * * * *

 世界はまた洞窟の中に戻る。

「あ……ぅ……」
 言葉に出来なかった。珀弥君……いや、珀弥たちの辿った運命は、あまりにも悲惨だった。

 記憶を閉じ込めていた鍵がこじ開けられ、ようやく思い出した。

 私が今まで珀弥君と呼んでいた彼は、かずまだった。そして、ここに居るのが本物の珀弥だったんだ。

「珀弥……?」
「久しぶり、ちさな。やっと珀弥って言ってくれたね」
 あの頃と全く変わらない姿で、珀弥は笑いかけてくれた。

 ああ、懐かしい。小さい頃、兄のように慕っていたあの男の子が、目の前にいる。

 この洞窟で『珀弥君』を作り上げたとき、最初に現れたのはこの姿だったことを思い出す。

 記憶の奥底には、本物の珀弥が居たんだ。でも、曖昧な記憶で出来たから、『珀弥君』に書き変わってしまったんだと思う。

「ええと、その……また会えて嬉しいよ」
 記憶が一気に流れてきて、頭が上手くまわらず、口から出たのはぎこちない言葉だった。
 もっと言うことがあるでしょーが!

「うん。僕も嬉しい! 本当は傍に居たんだけどね」
 珀弥は人懐っこい笑みを浮かべた後、困ったように肩を竦めた。

「え!?  全然わからなかった!」
「そうだよねぇ。僕のこと、現世では人や妖怪でさえ見えなくなっちゃったみたい」

 私はともかく、天ちゃんや狐珱君も全くその素振りを見せていなかったのは、そういうことか。

「何で?」
「うーん……何て言えば良いんだろう。禁忌を破った代償、かな?」
 珀弥が破った禁忌とは、自然の摂理に反すること。

 死ぬはずの人間の寿命を延ばしたこと……?
 その代償が、誰にも気づいて貰えない『孤独』だった。

「でも、あれは仕方なかったじゃない!」
「うん、仕方ない。でもね、禁忌は禁忌だから、きっちり代償は払わなきゃいけないみたいなんだ」
 珀弥は悲しさを隠すようにヘラッと笑う。

「傍にいるのに気付かれないのは、寂しかったよ……。でも、またこうして会えた。どうやら、此処なら僕のことが見えるみたいだから」
 最悪の形だけどね、と付け足し、少し複雑そうな顔をした。

「もし、此処から出たら……もう会えなくなる?」
 現世では会えない。でも、常世なら会える。ちゃんと触れられる。声も聞こえる。珀弥がそこに居るんだ。

 じゃあ、此処から出たら……?

「会えないね」
 珀弥はキッパリと言う。
 今まで、傍にいても。当然のことじゃないか。

 気持ちが揺らいだ。もう会えなくなるなんて、嫌だ。
 空白の期間を、もう一度やり直したい。はくらと、かずまと……。

 ツンっと額に軽い衝撃。

「あいたっ」
「ちーさーなーっ、だーめっ!」
 珀弥はニコニコと笑いながら人差し指を突き出している。

「ちさなはね、まだ此処に来ちゃいけない人なの。帰るべきところに帰らなきゃ」
「でもっ、私、嫌だよ……」
 私はイヤイヤと首を振る。小さい頃、まだ遊びたくて駄々をこねたときと同じように。

「……ちさな、これを見て?」
 珀弥が指さしたのは、目の前に広がる大きな闇。出口が見えなくて、暗くて、怖い。

「とても、暗いです。何があるのかわかりません。でも、よく耳を澄ませてみてください」
「ん……?」
 言われた通りに耳を澄ませ、意識を集中させる。冷たい風が肌を撫で、ゴオオと音が反響した。

 ——!
 雑音の中に、微かに誰かの声が聞こえた。……ような気がする。

「あっちでちさなを待ってる人が居るんだよ? 行かなくて良いの?」
 珀弥は茶目っ気のある笑顔で、私の顔を覗き込んだ。

『ちま、お願い、起きて……!』
 あの気丈ななっちゃんが、涙声になっている。

『ちーちゃん! ちーちゃん!』
 コマちゃんも泣きながら私を呼んでいる。

『千真ちゃん、頼むから起きてくんねーかなぁ』
 翼君がぼやいている。二人が泣いているから、きっと困っているんだね。

『千真ちゃん、わたし、信じてるからね……!』
 志乃ちゃんは凜とした声で、私に呼びかけてくれている。

『ほっほっほっ、若いのぅ』
 ……あー、ええと、河童のコスプレしたお爺さん?

「私を待ってる人がいる……」
「そ。ずーっと此処にいる場合じゃないんだよ?」
 そうだ。私はまだ、生きなきゃ。

「……でも、珀弥は?」
「僕はここでお留守番かなー」
 珀弥はあっけらかんとした顔で答える。
 そんなこと言われたら、私、帰るに帰れないじゃない。

「おっと、また帰らないとか言い出すのはナシだよ?」
「ぐっ!」
 バレた。兄弟揃って読心術がお得意なんだね。

「大丈夫、また会えるから。ちさなは僕の弟をよろしくね?」
「え?」
 トンっ、と軽く押され、私は暗闇の中に身を投げ出す形になった。

 足がつかない。身体は一瞬宙に浮いたが、加速しながら落ちていく。

「珀弥ーっ! それどういう!?」
「お婆ちゃんになってからまた来てねー!」
「聞けぇー!」
 私たちは言葉のドッジボールを投げ合うが、それも届かないくらい、距離が離れてきた。珀弥が豆粒に見える。

 ああ、呆気なくお別れしちゃうんだ。それなら、ちゃんと言わなきゃ。

「またねー! 珀弥ー!」
 私の声が届いたかどうかわからない。
 だけど、珀弥も『またね』と返してくれたような気がした。

***

 木の匂いと草の匂い。差し込む穏やかな光。

 薄っすら目を開きかけ、眩しさで閉じてしまった。今は昼かな? 随分眠っていたような気がする。

「チマ……?」
 なっちゃんの声。恐る恐るという感じ。

「おはよー……いてて!!」
 眩しくて目が開けられないので、目を閉じたまま小声で返事した。
 その直後、身体に痛みが走る。痛い! なにこれ!?

「チマ!?」
「ちーちゃん!」
「おっ!?」
「千真ちゃん……!」
 私が返事をしたことで、色々なリアクションが返ってきた。
 皆嬉しそうで、私は少し照れ臭くなる。

 そして痛い。ささくれをペリっとした程度じゃない。あれの百倍痛い。胸の辺りがじりじりする。

「痛っ……いたい……すごく……」
「おお、ちょいと待ってなさい。痛み止めをあげよう」
 今度は河童のコスプレのお爺さん(以下お爺さん)の声だ。

 よいしょと足音が少し遠ざかり、また近づいた。枕元で衣擦れの音がする。

「口を開けられるかい?」
「はい……」
 口を半開きにすると、そこから細い管のようなものが入れられる。
 何だろう、水差しみたいなやつかな。

「苦いけど我慢しとくれよ」
「おごごごご」
 間髪入れずに口に苦い薬が流し込まれ、私はむせそうになる。
 これマジで苦いや、何これ。お茶っ葉をそのまま食べたらこんな味がするのかな。

「良薬は口に苦しだよ」
「苦過ぎごごごご」
 多分これが痛み止めだろうし、呻きながらも喉に流し込む。痛いの痛いのとんでけ~!

「すごい! 痛くない!」
「早っ!」
 スッと痛みが消えたことを伝えると、翼君が光の速さでツッコんできた。

「それは即効性の薬だからねぇ」
「にしても早くね?」
 私としては早い方が助かります。

「んー」
 目を薄っすら開け、少しずつ開いていく。

 眩しくてまた目を閉そうになりかけたけど、それを堪えて瞼を上まで持ち上げた。
 狭い世界が光と共に広がり、お馴染みの人々を映し出す。

 水差しを持ったお爺さん、涙目のなっちゃん、やれやれ顔の翼君、涙でぐずぐずのコマちゃん、ホッとした表情の志乃ちゃん。
 皆が私を囲んでいた。

「ただいま」

 私は帰ってきた。この世界には珀弥は居ないけれど、私を心配して待っていてくれる大切な人たちが居る。

 生きなきゃ。まだやることがあるから。かずまのことは、私に任せて。

 それで、お婆ちゃんになってから、もう一度会いに行こう。
 その時まで、またね……珀弥。

* * * * * * * *

 ちさなに事の顛末の殆どを話したところで、そろそろタイムリミットが近づいてきた。

 これ以上長居すると、戻れなくなる。
 ちさなと一緒に居られるのは嬉しいけれど、物事には順序があるから、あっちに帰さないといけない。

 元々、これが僕の仕事だったしね。

 でも、ちさなは帰る決心が鈍ってしまったみたい。僕を置いていく事を気にしているんだ。その気持ちだけで嬉しかった。

「大丈夫、また会えるから」
 この場を取り繕う為の言葉じゃない。僕の本心だ。

 ちさなが学校を卒業して、大人になって、好きな人と結婚して、家族ができて、お婆ちゃんになって、長生きして……また此処に来るまで、僕はずっと待ってる。

 また、ちさなと会えると思えば、独りなんて寂しくない。

「ちさなは僕の弟をよろしくね」
 トン、とちさなの肩を軽く押した。

 ちさなはキョトンとした顔で闇の中に落ちてゆく。こんなときでも、可愛いなって思ってしまった。

「それどういう!?」
「お婆ちゃんになってからまた来てねー!」
 質問には敢えて答えなかった。この先は、ちさな達で解決して貰いたかったから。

 さっきから遠回しなことをしてきてごめんね。でも、これはちさなが自分で乗り越えなきゃ意味がないと思うんだ。

 だから、僕はこんなことしかできない。

 ちさなはあっという間に豆粒程度の大きさになってしまう。別れは呆気ないものだ。
 遠く、遠く、ちさなは元の場所へと——。

「またねー! 珀弥ー!」
 声なんて聞こえないほど離れてしまったと思ったのに。確かに、ちさなの声が届いた。

 そうだ、僕もちゃんと言わなきゃ。

「またね、ちさな」
 もう、僕が居なくても大丈夫。
 役目は終わったから……また会えたら、その時は沢山お話を聞かせてね。
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