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第十八章 勿忘草
18-21 ここにいない
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そう思ったところで、また距離が開いてしまった。
「なっ!?」
かずまの驚いた声。
光の中から無数の手が伸びてきて、かずまに絡み付いてきた。そして、あちら側へと引きずり込もうとしている。
「くそっ……!」
かずまは身を捩らせて抵抗しているが、それも虚しくじわじわと身体が光の中に取り込まれて行く。
「かずまを離せ!」
僕はかずまの手を掴んで引っ張るが、ビクともしない。逆に、僕自身もあちら側に引きずり込まれている。
ここまで来たのに。もうすぐだったのに。
「珀弥、もういい! 離せ!」
「嫌だ!!」
絶対に離さない。この手を離したら、かずまは戻ってこない。
「お前まで連れて行かれるぞ! 離せ馬鹿!!」
かずまの声には必死さが滲んでいた。もう時間が無いんだ。でも、この手は離さない。
「絶対嫌だ!!」
「最後ぐらい言うこと聞けよ!」
「最後じゃない!」
片割れの弟は僕の手を振り解こうとするが、必死に食らいついた。
「かずまを身代わりにするのは、もうたくさんだ!」
「珀弥……?」
生まれた時から、かずまは僕の身代わりになっていた。かずまが僕の分まで辛いことを引き受けていた。
今度は僕の番。今までの分を、全部返さなきゃ。
「ああああああ!」
これ以外、何も考えられなかった。僕は、光の中から伸びる手の群れに飛び込んだ。
その一瞬、手の力が緩んだのを見逃さなかった。力の反動を利用して、かずまを反対側へと突き飛ばす。
「ぐっ」
身を投げ出されたかずまは上手く着地できず、地面に叩きつけられた。
「っ!」
今度は僕が手に絡みつかれ、身体を拘束される。腕を動かしてみようとしたけど、がっちりと掴まれてそれも叶わない。
かずまは起き上がると、僕を見て焦りの表情を浮かべていた。
「珀弥……何してんだ! 早く戻って——」
「ごめんね、かずま。交代だよ」
もう、タイムリミットみたい。僕は勢いよく光の中へ引きずりこまれた。
「珀弥!!」
最後に聞いたのは、かずまの悲鳴に近い叫び声だった。
ごめんね、かずま。
本当は一緒に帰りたかったけど、駄目みたい。僕だって、本当は死ぬはずだったんだ。これが正しいんだ。
僕が交代しなきゃ。今度は、かずまが幸せになる番だ。
心残りなのはちさなのこと。もっと一緒に居たかったな。お別れをするなら、ちゃんとお別れしたかった。
僕が居なくなったら、悲しむかな……?
でも、大丈夫。かずまがちさなの傍に居てくれるなら、きっと——。
「……っ」
ああ、死ぬのは……怖いなぁ。
****
目覚めたのは、見知らぬ部屋の中だった。
白い壁、白い天井。清潔感があるけど、殺風景だ。そんなに広くはない。
僕が立っているのはドアの近くで、その反対側には仕切りカーテンが引かれている。
「うーん……」
前後の記憶がはっきりしない。僕は、一体……。
「なんで!? ちがうよ!!」
突然、甲高い叫び声が仕切りカーテン越しに響き渡る。あれはちさなの声?
「ちさな、何言ってるの? 僕だよ。見間違えてるの?」
もう一つの落ち着いた声。
僕の声だ。おかしい、僕は此処にいるのに。
「ちがうもん! はくらじゃないもん!!」
どういうことだ。僕は急いで仕切りカーテンの向こう側に回った。
「……嘘」
そこに居たのは、ちさなと……僕。
いや、正確には僕とそっくりの男の子だ。まるで鏡でも見ているよう。
『僕』はベッドの上にいて、点滴を腕に繋いでいた。ちさなは顔をしかめ、丸い目で『僕』を睨みつけている。
そして、不思議なことに、二人とも僕が来ても全く反応を示さない。まるで見えていないかのように。
「ちさな?」
呼び掛けても、こちらを見ない。例え無視してるとしても、あんまりだ。
「かずまは、はくらじゃないもん!」
「ちさな……」
ちさなはブンブンと首を振る。『僕』は困ったように目を伏せた。
今のちさなの言葉……。
かずまは、僕じゃない。僕は此処にいる。じゃあ、かずまは何処にいるの?
「はくらがいなくなっちゃったのに、かずまもいなくなるのはいやだよー!!」
ちさなは声を上げて泣き始めた。
鈍器で殴られた気分だ。僕は死んだ。それはわかる。
じゃあ、ここにいる『僕』は……。
「千真……」
『僕』の声のトーンが落ちた。この声は、紛れもなくかずまのものだ。『僕』はちさなの頭を撫で、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう……『さようなら』」
かずまは言霊に想いを乗せる。
それが合図だったみたいだ。ちさなはフッと思い立ったかのように回れ右をして、かずまから離れる。
ちさなの頭に乗っていたかずまの手は、撫でる対象を失い、宙で寂しそうに空気を掴んだ。
たったったった……軽い足音が数歩。
かずまはまぶたを固く閉じ、耳を澄ませてその足音を聞いていた。
たったった。
ドアがスライドし、軽い足音は廊下に出て、ドアがまたスライドする。ちさなは、完全に僕たちの前から姿を消した。
かずまは目を開け、ドアの方をジッと見つめている。とても話し掛けられる雰囲気じゃなかった。
「……」
一気に疲れた顔をしている。表情はごっそり抜け落ち、『僕』ではなく、かずまがそこに居た。
虚ろな瞳は段々と揺れ動き、スゥーっと一筋の涙の線が頬に描かれた。
横一文字に結ばれた口が、徐々に歪んでゆく。見開かれた目は、何度も瞬きを繰り返した。
「……ごめん……なさい……ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい……」
震える声で何度も繰り返す。謝罪の言葉には嗚咽が混じり、肩が大きく動き、しゃくり始めた。
「うう、ぁ……ああ……」
声は大きくなり、謝罪も言葉に出来なくなる。
ただ純粋に、年相応の子供のように、かずまは泣きじゃくっていた。
かずまが泣いたところを一度も見たことが無かった。あんなに大人びていたけれど、ずっと無理していたんだ。
そうだよ、僕と同じ子供だもの。
「かずま……」
触れようと手を伸ばしたが、スッと肩をすり抜けてしまった。
おかしい。かずまくらい霊力が高いなら、幽霊になっても触れるはずなのに。
それに、僕の声も聞こえていないようだ。
「珀弥……どこだよ……」
「僕はここに居るよ。居るんだよ……」
慰めたくても慰められない。近いのに、とても遠くにいる気分。
僕は本当に居なくなってしまったんだ。
「なっ!?」
かずまの驚いた声。
光の中から無数の手が伸びてきて、かずまに絡み付いてきた。そして、あちら側へと引きずり込もうとしている。
「くそっ……!」
かずまは身を捩らせて抵抗しているが、それも虚しくじわじわと身体が光の中に取り込まれて行く。
「かずまを離せ!」
僕はかずまの手を掴んで引っ張るが、ビクともしない。逆に、僕自身もあちら側に引きずり込まれている。
ここまで来たのに。もうすぐだったのに。
「珀弥、もういい! 離せ!」
「嫌だ!!」
絶対に離さない。この手を離したら、かずまは戻ってこない。
「お前まで連れて行かれるぞ! 離せ馬鹿!!」
かずまの声には必死さが滲んでいた。もう時間が無いんだ。でも、この手は離さない。
「絶対嫌だ!!」
「最後ぐらい言うこと聞けよ!」
「最後じゃない!」
片割れの弟は僕の手を振り解こうとするが、必死に食らいついた。
「かずまを身代わりにするのは、もうたくさんだ!」
「珀弥……?」
生まれた時から、かずまは僕の身代わりになっていた。かずまが僕の分まで辛いことを引き受けていた。
今度は僕の番。今までの分を、全部返さなきゃ。
「ああああああ!」
これ以外、何も考えられなかった。僕は、光の中から伸びる手の群れに飛び込んだ。
その一瞬、手の力が緩んだのを見逃さなかった。力の反動を利用して、かずまを反対側へと突き飛ばす。
「ぐっ」
身を投げ出されたかずまは上手く着地できず、地面に叩きつけられた。
「っ!」
今度は僕が手に絡みつかれ、身体を拘束される。腕を動かしてみようとしたけど、がっちりと掴まれてそれも叶わない。
かずまは起き上がると、僕を見て焦りの表情を浮かべていた。
「珀弥……何してんだ! 早く戻って——」
「ごめんね、かずま。交代だよ」
もう、タイムリミットみたい。僕は勢いよく光の中へ引きずりこまれた。
「珀弥!!」
最後に聞いたのは、かずまの悲鳴に近い叫び声だった。
ごめんね、かずま。
本当は一緒に帰りたかったけど、駄目みたい。僕だって、本当は死ぬはずだったんだ。これが正しいんだ。
僕が交代しなきゃ。今度は、かずまが幸せになる番だ。
心残りなのはちさなのこと。もっと一緒に居たかったな。お別れをするなら、ちゃんとお別れしたかった。
僕が居なくなったら、悲しむかな……?
でも、大丈夫。かずまがちさなの傍に居てくれるなら、きっと——。
「……っ」
ああ、死ぬのは……怖いなぁ。
****
目覚めたのは、見知らぬ部屋の中だった。
白い壁、白い天井。清潔感があるけど、殺風景だ。そんなに広くはない。
僕が立っているのはドアの近くで、その反対側には仕切りカーテンが引かれている。
「うーん……」
前後の記憶がはっきりしない。僕は、一体……。
「なんで!? ちがうよ!!」
突然、甲高い叫び声が仕切りカーテン越しに響き渡る。あれはちさなの声?
「ちさな、何言ってるの? 僕だよ。見間違えてるの?」
もう一つの落ち着いた声。
僕の声だ。おかしい、僕は此処にいるのに。
「ちがうもん! はくらじゃないもん!!」
どういうことだ。僕は急いで仕切りカーテンの向こう側に回った。
「……嘘」
そこに居たのは、ちさなと……僕。
いや、正確には僕とそっくりの男の子だ。まるで鏡でも見ているよう。
『僕』はベッドの上にいて、点滴を腕に繋いでいた。ちさなは顔をしかめ、丸い目で『僕』を睨みつけている。
そして、不思議なことに、二人とも僕が来ても全く反応を示さない。まるで見えていないかのように。
「ちさな?」
呼び掛けても、こちらを見ない。例え無視してるとしても、あんまりだ。
「かずまは、はくらじゃないもん!」
「ちさな……」
ちさなはブンブンと首を振る。『僕』は困ったように目を伏せた。
今のちさなの言葉……。
かずまは、僕じゃない。僕は此処にいる。じゃあ、かずまは何処にいるの?
「はくらがいなくなっちゃったのに、かずまもいなくなるのはいやだよー!!」
ちさなは声を上げて泣き始めた。
鈍器で殴られた気分だ。僕は死んだ。それはわかる。
じゃあ、ここにいる『僕』は……。
「千真……」
『僕』の声のトーンが落ちた。この声は、紛れもなくかずまのものだ。『僕』はちさなの頭を撫で、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう……『さようなら』」
かずまは言霊に想いを乗せる。
それが合図だったみたいだ。ちさなはフッと思い立ったかのように回れ右をして、かずまから離れる。
ちさなの頭に乗っていたかずまの手は、撫でる対象を失い、宙で寂しそうに空気を掴んだ。
たったったった……軽い足音が数歩。
かずまはまぶたを固く閉じ、耳を澄ませてその足音を聞いていた。
たったった。
ドアがスライドし、軽い足音は廊下に出て、ドアがまたスライドする。ちさなは、完全に僕たちの前から姿を消した。
かずまは目を開け、ドアの方をジッと見つめている。とても話し掛けられる雰囲気じゃなかった。
「……」
一気に疲れた顔をしている。表情はごっそり抜け落ち、『僕』ではなく、かずまがそこに居た。
虚ろな瞳は段々と揺れ動き、スゥーっと一筋の涙の線が頬に描かれた。
横一文字に結ばれた口が、徐々に歪んでゆく。見開かれた目は、何度も瞬きを繰り返した。
「……ごめん……なさい……ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい……」
震える声で何度も繰り返す。謝罪の言葉には嗚咽が混じり、肩が大きく動き、しゃくり始めた。
「うう、ぁ……ああ……」
声は大きくなり、謝罪も言葉に出来なくなる。
ただ純粋に、年相応の子供のように、かずまは泣きじゃくっていた。
かずまが泣いたところを一度も見たことが無かった。あんなに大人びていたけれど、ずっと無理していたんだ。
そうだよ、僕と同じ子供だもの。
「かずま……」
触れようと手を伸ばしたが、スッと肩をすり抜けてしまった。
おかしい。かずまくらい霊力が高いなら、幽霊になっても触れるはずなのに。
それに、僕の声も聞こえていないようだ。
「珀弥……どこだよ……」
「僕はここに居るよ。居るんだよ……」
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