白鬼

藤田 秋

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第XX章 名前を忘れた怪物は幸せな夢を見る

XX-1 正反対の双子

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 怪物は夢を見る。
 それは、バッドエンドが約束された幸せな物語。

* * * * * * * *

 ある家庭に双子の兄弟が生まれた。
 片方は正常値で生まれ、もう片方は未熟児だったという。

 一卵性双生児のため、顔はよく似ていたが、その性質は真逆なものであった。

 まぁ未熟児は俺のことだ。生まれてからずっと貧弱さは変わらず、何度も死にかけた。
 片割れの珀弥は外で元気に走り回っているが、俺は寝たきりで過ごしていた。

 その関係か、珀弥は明るく活発な性格に、俺は根暗で面倒な性格に成長した。

 珀弥は『お兄ちゃんだから』が口癖で、自分がしっかりしなくてはならないという使命感に駆られている。
 しかし、いざフタを開けると泣き虫野郎だ。

 一応俺の方が先に生まれ、戸籍上は兄であるが、古い習慣の関係で弟の珀弥が兄と名乗っている。
 俺たちにとって兄と弟という概念は薄く、どちらでもいいというのが正直なところだが。

 俺はまともに学校にも通えず、奥の部屋で寝転がるか病院のベッドにお世話になる生活を続けていた。

 学校帰りの珀弥が、文字の読み書きや、今日習ったことを日記のように話してくるのが習慣だ。

 その為、児童文学を読むのに困らない程度の知識は備わっていた。あとは暇だから辞書とか古文とか読んでた。

 この生活には不満は無かった。
 生まれた時から『こういうもの』だと思っていたからだ。

 珀弥が昼間転んだことを話してきたことがあったが、膝小僧は無事だったらしい。一方、俺は何故か膝小僧に血が滲んでいた。

 もちろん、怪我をするようなことをしていないし、そもそも出来ない。
 まさかと思ったが、そういうことが何度もあり、『こういうもの』だと納得した。

 珀弥が元気な分、俺は弱る。バランスが取れていると思う。
 歪んだ思考なのかもしれないが、『こういうもの』なのだから仕方がない。

 自分と正反対の珀弥のことは恨めしいとは思わない。だが、少し眩しく見えた。

 珀弥は俺の知らない世界をいつも見ていて、それを勝手にペラペラと喋る。俺もまた勝手に聞く。

 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、本の中よりも面白いものはそこそこあった。

 俺の話し相手は常に珀弥だった。
 親とは必要最低限の会話をたまにするだけ。別にネグレクトをされているわけではない。俺が会話を成立させないからだ。

 珀弥が高性能翻訳機だからか、あいつとは会話が成立するが、他の人間とは無理だった。それが親でも主治医でも。

 俺も人と話すことは好きではなかったから、改善する努力もしなかった。

 しかし、世の中には不思議な奴もいるもので、俺との会話を成立させる奴が現れた。

 第一印象は、掴めない奴だった。
 見たことのない小さな女の子は、突然俺の部屋に転がり込み、『隠れさせて』とせがんだのだ。

「……ん」
 嫌だ。とそっぽを向く。けれど、そいつは俺の視線の先に移動し、にっこり笑う。

「わたし、かんなぎちしゃな! 千に真ってかくんだよ!」
 突然名乗り出したこいつ。小柄で幼い話し方。俺より歳下なのかもしれない。
 ちしゃな……千真? 随分とご立派な名前のようだ。

「おなまえはなんていうの!」
 千真は手をグーにして、マイクのように俺に近づけた。

「……っ! れ、れい、どう……かず、ま……一に……真、って……書く……」
 なんて律儀に答えてしまったのだろうか。こいつに名前を教える義理など無いのに、口から勝手に出てきてしまった。

一真かずま! ちしゃなにとってもにてる!」
 字面だけはな。

「……ああ、そうだな」
 俺が答えただけで、千真は嬉しそうにニコニコしている。
 何がそんなに嬉しいのか。そして、乗せられてる俺もどうかしている。

「そうだ! かずまもいっしょにあそぼ!」
「……ごめん、それは……できない」
 千真は思いついたように手をパチンと合わせるが、俺は首を振った。

 一緒に遊んで、発作でも起こしたら迷惑かけるし……走れないし。

「どうして?」
 千真が寂しそうに聞いてきたところで、戸の外から物音が聞こえてきた。

「おーい、起きてるー?」
 珀弥の声だ。千真はギョッとして俺の布団に潜り込む。
 コンマ一秒の瞬発力。珀弥だってこんなことはしないぞ。

「……おい」
「ちょっとだけーっ」
 千真はヒソヒソ声で答えた。全くなんて図々しい奴だ。
 とりあえず珀弥に返事をしなくてはならない。

「……なに」
 相変わらず無愛想な返答だ。自分でもそう思うんだから、他の奴だってその百倍はそう思っているはずだ。

「入っていい?」
「だめーっ、だめーっ」
 珀弥の問いに、千真は小声で駄目と繰り返す。

「……駄目」
 別に千真を匿う必要は無い。だけれど、俺の口は勝手に千真を庇っていた。



 千真が帰った後、珀弥が様子を見に来た。
 いきなり外の人間が転がり込んできて、俺が疲れてないかと心配だったそうだ。
 実際疲れている。

 珀弥は気遣って早々に話を切り上げようとしたが、俺はそれを引き留めた。
 別にあいつの話が聞きたいわけじゃない。暇だからだ。

 あいつはまた座り直し、千真の話をし始めた。

 第一印象通り、掴めない奴だ。
 良い言い方では天真爛漫だが、悪く言えばただの阿呆。珀弥曰くそこが可愛いらしい。

 いつにもなく上機嫌だったから、『珀弥はあいつが好きなんだな』とカマをかけてみると、否定もせずに『わかる?』とヘラヘラと笑った。まじか。

「お前はわかりやすい」
 珀弥が好きなら、俺も嫌いはしない。きっと良い奴なんだ……と思う。

「ちさなが遊びに来たら、ちょっとだけここに連れて来て良い?」
「勝手にしろ」
 二人で勝手に遊んでろ。と思ったが、珀弥がそうしたいなら仕方がない。
 ぶっきらぼうに返すと、珀弥は嬉しそうに笑った。

 その後、週に一回の頻度で千真が来るようになった。

「たのもー!」
「……うるせ」
 寝てる時に大声で起こされた時はムカついたが、ちゃっかり布団に潜られてしまい、どうでもよくなってしまった。

 更には絵本を要求する始末。こいつの図太さは、怒りを通り越して逆に感心してしまう。

「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり……」
 絵本は『かぐや姫』で、本当は『むかしむかし、あるところに』という出だしであったが、敢えて竹取物語の原文を諳んじた。

 千真は三行で寝た。

「……読めって言ったくせに」
 すやすやと人の布団で気持ちよさそうに眠るチビ。呆れ果てて怒りさえ湧かない。

 でも、黙って寝ていれば可愛いと思う。黙れば。
 小動物みたいだ。気まぐれで、ちゃっかり者で、人の寝床を占領して……猫?

 ああ、猫。
 こいつは猫だと思えば憎むに憎めない。愛着も湧いてくるものだ。

 珀弥が好きなら、俺も嫌わない努力をしなくては。

「むにゃむにゃ……たらこ」
 何言ってんだこいつ。

***

 千真は珀弥が居ない時も来ることがあった。珀弥が帰ってくるまでは俺の部屋に居座るつもりらしく、迷惑極まりない。

 その日は、あやとりをしようと言い出した。

 あやとりは女の遊びらしい。
 以前、珀弥が折り紙やあやとりの本を持ってきたことがあったから、やり方だけはわかる。

 やりたいのは二人あやとりだそうだ。
 一人が最初に糸で形を作り、もう一人が糸を摘み、引き抜く。このとき、形が崩れたら負けらしい。

「ほい!」
「……」
 千真は糸をバッテンに形作り、俺に差し出す。ここはクロスしているところを摘み、下に潜らせ引き抜く。すると、平行線が四本現れた。

「わぁ、じょうずー!」
「……あっそ」
 千真はパチパチと手を叩いてはしゃぐが、俺にはどうでも良かった。

 それより、自分の指先の震えが気になった。力が上手く入らない。

「かずま?」
「……なんでも、ない」
 こいつに心配されたら世も末だ。
 ほら、引けよと糸を差し出すと、千真は上手く出来なかったのか、解けてしまった。

「あー、ちしゃなのまけだー」
「……残念だな」
 当の本人はケロっとしており、とても残念そうには見えないが。

 ——リーン……リーン……——

「……珀弥、帰ってきた」
「ほえ?」

『ただいまーっ!』
 直後、珀弥の声。

「ほら、迎えに行けよ」
「うん!」
 シッシッと手を振ると、千真は嬉しそうに立ち上がり戸まで駆けた。
 しかし、すぐには行かず、俺を見る。

「またあそびにきていい?」
「くるな」
「やったー!」
 千真は何故か飛び跳ね、廊下を駆けて行った。ああ、これはまた来るやつだ。

「……はぁ」
 あいつを相手にするのは面倒臭いし疲れる。

 いつもぞんざいな扱いをしてるのに、妙に懐いてくるのもよくわからん。
 あいつもまた、珀弥と同じ類の馬鹿なんだろうな。まぁ、可愛いもんだ。
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