白鬼

藤田 秋

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第十九章 手折られた彼岸花

19-1 珀弥君のいない家

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 あの夜、最後に見たのは恐ろしい顔をした白い鬼だった。
 我を失った彼の標的は……私。

* * * * * * * *

「チマ、これも持っていく?」
「うん、持っていきたいな」
「りょーかいっ」
 なっちゃんは私の服を一つ一つ私に見せ、小さく畳んでリュックに詰めてくれた。

 奇跡的な生還を果たした私は、暫くなっちゃんの家にお世話になることになった。

 今はその荷造りをしているのだけれど、私は大怪我をして本調子じゃないだろうと、なっちゃんがやってくれているのだ。

 河童のお爺さんはとても凄腕らしく、三日程で自力で立てるくらいには回復したけれど、あまり動き回ることは出来ない。

 下手に動くとすぐ傷が痛み、最悪の場合は簡単にパックリと開いてしまうのだそう。

 ……凄腕だけど結構突貫工事なのかな。大丈夫なのかな私。
 そりゃ死の淵を彷徨うような大怪我が三日でそこそこ回復するのがおかしいよね。大丈夫かな。

 今はなっちゃんが率先して私の身の回りの世話をしてくれているから、本当に助かっている。

「あっ、クマのパンツ可愛い」
「まじまじと見ないで!?」
 やっぱり自分でやろうかな。



「ふう……ほんと、無駄に広いわねここ」
「ごめんね、こんなことまで」
「良いの良いの、チマの為だもの」

 私たち以外誰もおらず、ガランとした広い家。
 暫く留守することになる為、戸締りや、ガス、電気、水周りのチェックをしている。とにかく広い為、戸締りが結構な手間なのだ。

 本当はここで一真を待っていたかったけれど……。

 翼君曰く、天ちゃんや狐珱君、そして……一真が居ない神社は守りが薄くなり、色々と悪いものが侵入出来てしまうのだそうだ。

 私は悪いものに狙われやすく、一人でここに住むのはとても危険らしい。
 そこで、なっちゃんが家に泊まるように誘ってくれたから、ご厚意に甘えた次第である。

「あっ……」
 『珀弥君』の部屋の前で立ち止まる。
 障子は半開きになり、部屋の中には布団が敷かれてそのままになっていた。
 ここだけ、時が止まっているようだった。

 『珀弥君』はもう居ない。その事実だけが突き付けられる。

 彼は珀弥でも一真でもなかった。
 けれど、一緒に過ごした暖かい時間は本物だった。あのかけがえのない時間が、恋しくなる。

 彼の部屋に誘い込まれるように、足が勝手に動いた。
 布団の上まで来ると、ぺたりと座り込む。とても、冷たい。

 冷たくなった掛け布団をぎゅうと抱き締めると、懐かしい匂いがした。

「チマ……」
「ああっ、ごめんなっちゃん」
 なっちゃんを待たせてたんだ。いけない。

 名残惜しいが、布団を片付けよう。そう思って三つ折りにしたら、なっちゃんが代わりに片付けてくれた。

「ごめんね、ありがとう……」
「いいのいいの。さぁ、行こ?」
「……うん」
 なっちゃんは気遣うように私の肩を抱き、前は進むよう促す。

 前を見なくちゃ。私はその為に戻ってきたんだから。

***

「ここがあたしの家よ」
「お、お邪魔しまーす」
 なっちゃんの家は隣町にある小綺麗な一軒家だった。私は彼女に連れられ、玄関先で恐る恐る挨拶する。

 お母さんと二人暮らしなのだそうだけど、どんな方なんだろう。
 なっちゃんのお母さんだし、サバサバとしたカッコ良い女性かも? でもスイッチ入るとヤバイ系の。

 奥から足音がして、廊下の先から誰かがひょっこり顔を出す。その人は私の顔を見ると、ぱぁっと顔を明るくした。

「あらぁ! こんにちはぁ~! 待ってたのよ~っ!」
 ふわふわとした若々しいお母様だ。
 顔はなっちゃんとそっくりでとても美人なんだけど、雰囲気が柔らかい。

「こ、こんにちはっ」
「まぁ可愛い! あなたがチマちゃんね? なっちゃんから聞いているわ~!」
 おおっと、早速読み間違えられてますねぇ!

「あの、私チマじゃなくて……」
「もう、こんな可愛い子を迎えられるなんて! 有給取っておいて良かったわ!」
 あ、この人なっちゃんのお母さんだ。

「もうママったら、チマが困ってるでしょ?」
「あらごめんなさい! さぁ上がって?」
 お母さんはなっちゃんに窘められ、私を家に上がるよう促す。私はお言葉に甘えさせて頂くことにした。

 リビングに案内されると、お洒落なインテリアの数々が目を引いた。
 今までは古風な家に居候させて貰ってたから、今風のインテリアは私には物珍しい。

「適当に座って~」
「は、はい」
 私は部屋の端に腰を降ろすと、なっちゃんのお母さんは和やかに笑う。

「そんな硬くならないで~っ! 自分の家だと思ってリラックスリラックス」
「そうよ、遠慮なんかしないでよチマ」

「う、うん」
 二人とも同じような顔をしているのに、フワッとしていたりクールだったり。

 なっちゃんのお母さんが優しくて良かった。
 ちょっと緊張してるけど、すぐに慣れそう。ひとまず、脚を崩してみる。

「美味しいケーキを買っておいたの! 用意してくるからちょっと待っててね!」
 なっちゃんのお母さんはウフフと笑いながらカウンターキッチンの方へと行ってしまった。

 その様子を見届けながら、ヒソヒソ声でなっちゃんに話しかける。

「若くて素敵なお母さんだね」
「実はアレで四十よ」
「うっそホント!?」
「ホントホント。心は夢見る少女だけど」

 こりゃビックリ。まだ三十代前半にも見える若々しさなのに。でもなっちゃんの年齢を考えれば妥当か。

 なっちゃんが四十になっても、このくらい美人なのが約束されてるんだなぁ。良いなぁ。

「あ~ら、ママの噂~?」
 なっちゃんのお母さんはお盆に三人分のショートケーキと紅茶を載せ、リビングに戻ってきた。

「ええ、若くて素敵だねって」
「まぁ! 嬉しい!」
 なっちゃんが答えると、お母さんは頬を赤らめて少女のように笑う。

「チマちゃんにはママのベリーをサービスしちゃう」
「えっ!? 良いですそんな」
 私は首を振るが、なっちゃんママは自分のケーキのラズベリーを私の皿に置いた。

「良いの~っ! チマちゃんは可愛いんだから~!」
「おふ!」
 大きなマシュマロが私の顔面を覆う。柔らかくて、良い匂いがする。でかい、説明不要。

 この人やっぱりなっちゃんのお母さんだ、間違いない。

 ショートケーキは甘い生クリームにラズベリーの酸味が絶妙なバランスで、スポンジはふんわりと口の中で溶けて、とても美味しい。

「美味しい……」
「でしょ? テレビの取材が来たくらい有名な店なの」
「そうなんですか! すごい」
 これがお店の味なんだ。
 いつも食べていたあの味も、これに負けないくらい美味しかったな。

 台所で手際よく料理をする長身の男の子。彼はご飯だけでなく、お菓子もよく作ってくれた。

 そのどれもが、とても美味しかったんだ。
 プロみたいだと褒めたことがあるけれど、彼はそんな事ないと首を振った。

 私が喜びながら食べてる様子を見ながら、彼はただ微笑んでいた。

「……美味しい、とっても……美味しい……」
 ふと思い出してしまう彼の面影。
 甘かった筈のショートケーキが、段々塩っぱくなってきた。

「チマ!? どうしたの?」
「ううん、大丈夫。美味しすぎて驚いちゃった」
 なっちゃんは心配そうに私を見るが、心配しないでと首を振った。

 いけない。ついつい、彼を思い出すとこうだから。しっかりしなきゃ。

「チマ……」
「このケーキ本当に美味しいね!」
 なっちゃんには色々とお世話になってるのに、これ以上心配をかけちゃいけない。
 私は笑顔を作って甘いケーキを頬張った。

 なっちゃんのお母さんは、何も言わずに優しく笑っていた。
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